白 鳥 の 湖


〜第五幕〜




 「ふざけるなっ、この中途半端な女装のどこが似合ってるんだっ!!」
「そうですっ、〔化粧させたら面白くないから顔はそのままでいいでしょう〕だなんて・・・悪です!!なぜ完璧に女装させてあげなかったんですか!?これじゃあ生殺しです」
 実に良いタイミングで現れたゼルガディスの後ろで、アメリアが少々的外れな非難を口にします。憐れゼルガディス、彼と彼女の苦悩は一致していません。
 しかし・・・本当にいいタイミングでしたね!?
 ゼルガディスは確かに〔女装の途中です〕と、公言しているような姿に見えるのです。そう、これで化粧さえしてしまえば、文句なしの美女になれるのに・・・。
 「それを言うならあたしのドレスだって何とかして欲しいわよ!?」
 リナ姫の脳裏にはかの忌まわしい出来事がまざまざと蘇ります。
 〔ふっ、お子様にはピンクがお似合いよ!!でも、ピンクのリナっていうのも、風俗みたいで嫌な感じねっ〕
 とある国の第一王女の言葉。それ以来、リナ姫は大好きだったピンクのドレスを避けるようになっていたのです。
 「それとゼル。何なのよ、その‘変な趣味’っていうのは」
「気にするな、それより。ゼロス、いい加減リナ姫のことは諦めたらどうだ?」
「諦めるも何も、僕とリナ姫は結ばれる運命にあるんですけどねえ」
 呑気な顔で、さも当然のことのようにゼロスが口にした言葉は、リナ姫には到底享受できるものではありません。
 「冗談じゃないわよ、こんな身体にされて、あんたのこと好きになれるはずないでしょっ!!」
「お気に召しませんかあ〜?それも大切な恋のプロセスなんですけどねえ」
「どこがよっ!!」
「そうですっ、第一なんで私たちまで・・・しかもゼルガディスさんはこんな姿だし。酷いですっ」
「まあ、そちらはただのついでですから」
「きさまっ、リナ姫に嫌われているからといって、俺たちに八つ当たりなんぞするな!!」
「何を仰るやら、嫌い嫌いも好きのうち、ですよ?それに、僕達以外のラブラブカップルなんてウザイだけですしね」
 なんと勝手な言い草でしょう。議論するだけ無駄、という気にさせる悪い魔法使いの発言です。
 それまで四者の会話を静かに見守っていたガウリイ王子が、暗い顔でリナ姫の腕を掴みました。
 「リナ」
「いっ痛い。な、何?今取り込み中なんだから黙っててよ」
 ガウリイ王子の強い力に、リナ姫が思わず顔を歪めました。けれどそんなことにも気づけないほど、ガウリイ王子の心は別のことで占められていたのです。
 「あいつは何だ?お前とどういう関係なんだ?」
 声に宿った責めるような響きに、リナ姫は眉をひそめます。けれどそれを問いただす暇はありません。これ以上自分のせいで他人に迷惑はかけたくない、という思いも、リナ姫の言葉を素っ気無いものしました。
 「どうでもいいでしょ、あんたは関係ないんだから引っ込んでなさい」
「関係ないわけないだろっ!!あいつに何されたんだっ!?」
 その効果のほどは、リナ姫の意図する方向には作用しませんでした。なぜガウリイ王子に怒鳴られるのか、リナ姫には理解できません。ついでに、ガウリイ王子の考えも、イマイチ理解できません。鬼気迫る形相のガウリイ王子に気圧されて、リナ姫はわけもわからずに答えました。
 「何ってだから、‘こんな身体’にされたんだってば」
「こんな身体・・・あいつに・・・」
 リナ姫を見下ろすガウリイ王子の瞳には、狂おしい嫉妬の炎が燃えさかっています。
 「ねえゼルガディスさん、何だか誤解が生じていますよね?」
「誤解というより曲解だな」
 呆れた様子の外野の二人には、お二人のすれ違いがわかっているようです。
 「そうよ、あいつが。昼間は白鳥になる魔法をあたしにかけたのよ」
「白、鳥?」
「???そうだけど?他に何かある?」
 更なる疑問がリナ姫を襲います。
「いやあ〜俺はてっきり。膝の上で‘あーん’とか、‘大きくなーれ、大きくなーれ’とか」
「・・・・・それ、何の呪文?」
「え?ははははは、そのうち教えてやるよ」
「え、遠慮する」
 不吉な予感を覚え、リナ姫は肩をぶるりと震わせました。
 リナ姫の返答など聞こえない様子で、いや実際、リナ姫の拒絶の言葉は自動的に削除されているらしく、ガウリイ王子はにこやかにゼロスへと歩みより、握手を求めます。
 「そうかあ、あんたがリナ白鳥の生みの親か。いやあ〜リナを白鳥にしてくれて嬉しいよ。ありがとな」
「「「ちょっと待てい」」」
 ガウリイ王子の奇行に三重奏が生まれました。ただ一人、沈黙を守っていたゼロスも、呆気に取られて差し出された手を眺めています。
 「だってなあ、リナが白鳥になったおかげで俺はリナに出会えたってことになる。いわばこいつは俺たちの恋のキューピッドだろ?俺は別にリナが半分白鳥でも構わないしなあ」
 一陣の風が巻き起こり、ガウリイ王子との距離を取るように、ゼロスが後方へと移動しました。一度は細められていたゼロスの瞳が再び見開かれます。
 無頓着なガウリイ王子に危機感を抱いたゼルガディスが、咄嗟に効果的な一言を呟きます。
 「リナ姫が完全な人間体に戻ったら、朝も昼も1日中、あ〜んなことやこ〜んなことのし放題だ・・・・・」
「何よそれ!?」
 リナ姫の疑問は黙殺されました・・・。
 「ゼロスッ!!今すぐリナを元に戻せ!!」
 豹変するガウリイ王子。
 「やはりあなたは邪魔者のようですね。まあ今日のところは、これで失礼しますよ。またお会いしましょうね、リナ姫」
 うっすらと笑みを浮かべてリナ姫を一瞥してから、ゼロスは一瞬にしてその身を梟の姿に変えると、飛び去っていきました。

<怖がるお姫様や侍女たちをかばって、王子様は勇敢に戦いました。悪い魔法使いはそんな王子様に恐れをなして逃げ出したのです>

 「もうっ!!逃げられちゃったじゃない、ガウリイの馬鹿」
 頬を上気させたりナ姫が、森に向かいます。
 「あれ?リナ、どこに行くんだ?」
「その辺で、ゼロスを探してみる」
「え?危ないぞ?じゃあ俺も・・・」
「あんたはついてくんなっ」
 あんたの方がよっぽど危険じゃないの?という一言は飲み込みます。かわりに恨みを込めて、得意の右ストレートを放ちます。
 バキッ!!
 ガウリイ王子の顔面を見事捉えました。
 倒れ伏すガウリイ王子。
 「リ〜ナ〜、そんなにあいつの方がいいのかあ〜〜〜。俺だって、俺だって。テクには自信があるんだぞお〜〜〜。あいつより上手いぞお〜〜〜」
 森に消え行くリナ姫の背中にガウリイ王子の情けない声が届かなかったのは不幸中の幸いと申せましょうね。
 深読みしたアメリアが顔を赤くしてます。
 「ゼ、ゼルガディスさん、なんかちょっと違うような気がしませんか?」
「ちょっとじゃないぞ、アメリア。全然違う」
「と、いうと・・・奪われた恋人の身を案じ嘆く、悲劇の王子様の図。ですね」
「亭主を愛人に寝取られた妻の図だろう」
「・・・・・身も蓋もないような」
「それよりアメリア、リナ姫を一人にさせないほうがいい。捜して来てくれないか。俺はこっちを何とかする」
「はいっ!!」
 元気に返事をしてリナ姫の後を追うアメリアを見送ったゼルガディスは、深く深く溜息をつきました。
 ‘これ’に自分達の命運も懸かっていると思うと不安は隠せません。
 ‘これ’が滂沱の涙を流しながらゼルガディスに縋りついてきます。
 「俺・・・・・リナに嫌われちまったのかあ〜〜〜???」
「そう嘆くな、要はあんたの力でリナ姫を元に戻してやれば済むことだ」
「?」
「つまり、リナ姫は自分の身体を元に戻す手がかりを掴めないうちに、ゼロスを逃がしてしまった。だからあんたに八つ当たりしている。そこでだ。あんたがリナ姫を元に戻してやれば、怒りも解けるし感謝もされる。ということだ」
 本当のところ、ゼルガディスの目には、リナ姫がガウリイ王子の〔白鳥になったおかげでリナに出会えた〕発言を意識しているように見えます。
 「感謝・・・リナからのお礼・・・・・」
無敵な立ち直りの早さで、ガウリイ王子は夢心地です。
「おいっ、妄想に耽る前に人の話を聞け」
「を、おおお、そうだった。でもどうすればいいんだ?俺にできることなのか?」
「あんたにならできる、というよりも、あんたにしかできないと言った方が正しいか」
「俺にしか?」
 こうしてゼルガディスは語り始めたのです。
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 そもそも、事はリナ姫が盗賊イジメにいそしんでいた時に起こりました。
 降って湧いたように現れた謎の魔法使いゼロスが、何を気に入ったのかリナ姫に唐突な求婚をしたのです。怒ったリナ姫はゼロスを当然のごとくぶっ飛ばしたわけですが、ゼロスはめげませんでした。なぜか益々情熱を燃やしてリナ姫に迫ります。
 図々しくも城にまで押しかけたゼロスは、リナ姫の姉であり現国王であるルナ女王に談判する始末。政務にお忙しいルナ女王曰く。「リナがいいと言ったらあげるわよ?」と。
 そしてゼロスは、卑劣な手段にでたのでした。
 そう、魔法でリナ姫を白鳥の姿にかえたのです。リナ姫が人間の姿でいられるのは、太陽が沈んでいる間だけ。
 魔法を解いて欲しくば自分の求婚を受け入れよ、と。
 しかもその魔法は人間に戻った際の服をゼロスが指定できたのです。
 リナ姫に‘自分好みの可愛らしいピンク色のドレス’を着せるためだけに。
 その際、リナ姫のお供をしていたゼルガディスとアメリアにも魔法がふりかかりました。
 前々から仲睦まじい二人の姿はゼロスの気に触っていたようです。そこでついでとばかりに、ゼルガディスを女装させたのです。わざわざ中途半端な女装にしたのも、み〜んな単なる嫌がらせ。
 「その姿では二人並んでも様になりませんよ?」と。
 恋人達にはとんだ災難でした。 
 ちなみにルナ女王は妹姫に対して、慈愛に満ちたお言葉をかけられたのです。
 「自分の事は自分でしなさい」
 ああ、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすという。
 なんと厳しくも優しいお言葉。
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 「てことは、リナがゼロスの求婚を承諾しないと駄目なのか!?」
 そんなことをさせるくらいなら、一生白鳥でもいい、と。ガウリイ王子の瞳が雄弁に物語っています。
 ガウリイ王子から殺気の襲撃を受け、逃げ出したい思いに駆られたゼルガディスですが、何とか踏みとどまります。
 「待て、話は最後まで聞け。実はもう一つ、手段がある。この方法はリナ姫も知らない」
「リナが知らないのか?」
「そうだ、訳あってリナ姫の耳に入れてない。この方法は、ガウリイ王子。リナ姫を心から愛しているあなたにしか実行できない」
 ‘心から愛している’というフレーズに陶酔し、一瞬頬を緩めたガウリイ王子。
  このように順調かつ念密に、二人の打ち合わせは進んでいったのでした。
 「では明日の夜、祝賀会で」
「ああ、頼むぞ?ちゃんとリナを連れてきてくれよ?」
「任せろ、俺たち自身の命運も懸かっているからな。あんたこそ、注意事項を忘れないでくれ」

<なんと、悪い魔法使いはお姫様の美しさに心を奪われて、求婚していたのです。けれどそれを断られたためにお姫様を白鳥の姿に変えてしまったのでした>

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「謎」解明編、でしょうか?(笑)
近頃かなり駄目駄目です。
一発書き・・・問題ありですね。
もっと推敲すればいいのになあ。
お目汚しな文章で申し訳ございません。(滝涙)