白 鳥 の 湖 |
〜第四幕〜
空に星の瞬きが一つ、また一つと増え続け。 その輝きが無数に広がっても尚。 ガウリイ王子はまるで死人のようにピクリとも動きません。 湖に到着したリナ姫が見たのは、そんな、ガウリイ王子の姿です。 何やってんのよ?いつから・・・・・いつまでそうしてるつもり? リナ姫自身にも理解できない切なさが、胸を締め付けます。 なんだか迷い犬を拾った気分だわ。ちょっと図体はデカイけど。 リナ姫が歩くと、草がさくさくと音を立てます。 蹄の音も足音も、ガウリイ王子の耳には届いているはずなのに、心には響かない。ガウリイ王子の意識はひたすら大空へと向けられて。空から舞い降りてくるはずの白鳥を待ちわびて。外界の刺激には一切の反応を示さない、示せないのでしょうか? 「ガウリイッ」 夜空を遮ってピョコリと顔を出した少女に、ガウリイ王子が目を見張りました。慌てて上半身を起こすガウリイ王子。接触事故を避けようと、リナ姫は後ろに跳び退ります。その姿が視界から一瞬でも消えるのを嫌がるように、起こした上半身を捻り振り返ると。そこには紛れもなく待ち人の姿。 驚きに思考が停止し、声もなくリナ姫を凝視するガウリイ王子の姿は、遅くなったの怒ってるなあ、とリナ姫に勘違いをもたらしました。気まずそうに視線を逸らしつつ、ガウリイ王子の隣にトスンと腰を下ろします。 「遅くなって悪かったわよ。でも、でもね?あんただって悪いのよ?こっちの都合も聞かないで・・・・・だからっ!!遅くなったからって文句言われる筋合いはないんだからね!?」 遅れてすまないと思っているのを悟られたくないのか、それを素直に表現できないのか、はたまたその両方か。少し怒った表情で言い訳するリナ姫の存在を間近に感じ、ようやくガウリイ王子は夢から覚めたように口を開きます。 「ああ、来てくれただけで、嬉しいよ」 微笑むガウリイ王子から怒気は全く感じられず、リナ姫は安堵の息を漏らします。 って、何であたしがこんなにホッとしなきゃなんないのよ!? 「わ、わかればいいのよ」 一瞬の沈黙。破ったのはガウリイ王子だった。 「俺は、お前さんが空から来るもんだとばかり思ってた」 だから空ばかり見つめていたの?・・・・・馬鹿じゃないの? でも。 嬉しいかもしんない。 だって。 白鳥のあたしを待っててくれたんだよね? その喜びはリナ姫に少しだけ素直さを与えてくれたようです。 「あたしは日が沈んでいる間だけ、人間に戻れるのよ」 「ってことは、元々人間なのか?」 「・・・・・そうよっ。もし、白鳥だったらどうする?」 「どうって?」 「だからっ、あたしが人間じゃなくて白鳥だったらどうするかって聞いてんのよ!」 のほほんとした顔で要領を得ないガウリイ王子の様子が癪に障ります。 「別にどうもしないけど。嫌なのか?白鳥は」 「っっっ!!!当たり前でしょっ!?あたしの身体があたしじゃなくなるのよ!?そんなの耐えられないわ!!」 悔しそうに顔を歪めるリナ姫に笑って欲しくて。 紅潮した頬に手を添えて語りかけます。 「でも、身体は白鳥でも。リナなんだろ?俺はリナが白鳥でも構わない」 「・・・・・そう?」 何だか不思議な気分です。 もしかしたらリナ姫自身、知らず知らずのうちに、昼間は白鳥になってしまう自分に劣等感のようなものを持っていたのかもしれません。 白鳥の姿に変わってしまうのが嫌だと言う気持ちは変わりませんが、そんな自分を認めてくれる人がいる、という事実にリナ姫は救われたような気がします。 「俺はどっちでもいいよ」 「そっか。でも人間の方がいいんでしょ?」 「うーん、そりゃまあそうかもしれんが」 熱い視線をリナ姫に浴びせつつ言葉を切るガウリイ王子。 意識してではなく本能のなせる技なのです。 「どっちでもいい」 言葉と共にリナ姫の小さな手を取り、軽く口付けます。 「この手が翼になったって、リナはリナだからな。俺は構わないよ」 ガウリイ王子の青い瞳が優しく微笑み、リナ姫を愛しそうに見つめます。 「ガ、ウリイ」 ガウリイ王子の一挙一動に魂を奪われかけていた自分に気づき、リナ姫が慌てて手を引っ込めます。 けれどそれはお互い様と言えるでしょう。リナ姫のどんな様ですら、ガウリイ王子の目にはこの上なく好ましいものに映るのです。今のはちょっとお寂しそうですけれど・・・。 「あっあたしみたいな美少女は、どんな姿になっても可愛いものねっ!!」 照れ隠しのため威張って言うリナ姫でしたが、ガウリイ王子の方が何枚も上手です。 「ああ、白鳥のリナも可愛いよ」 ううっ、何よ何よ、何でそんな台詞をさらりと言えちゃうわけえ〜〜〜? リナ姫の内心の葛藤も知らず、慰めの台詞を続けるガウリイ王子。けれども、方向が少しずつずれていっているのでは? 「気にすんなよ、夜だけでも人間に戻れるなら、色々出来るし」 「は?色々って?」 聞き返すリナ姫の言葉が耳に入っているのかいないのか。ブツブツと漏らされるその言葉は、リナ姫には理解できない内容です。 「そうだよな、白鳥でもいいけど、ずうっとだと困るよなあ。流石の俺も白鳥とのヤリ方なんて知らないし。いや、できないか?白鳥サイズだと無理だよなあ?せめて他の動物だったら、馬とか牛とか・・・」 「ねえ、何のこと?」 無視されてご機嫌斜めな様子のリナ姫。ガウリイ王子の長い金髪をくいっとひっぱり、注意を引きます。 「お?すまんすまん。いやなに、人間のリナにも会えてよかったなあ、って話だよ」 「ふうん?」 ちょっぴり照れて頬を染めた様子がとっても可愛いですね。 当然、ガウリイ王子の煩悩を直撃です。 「・・・知りたいか?」 「え?」 「さっきの内容、教えてやろうか?」 「?まあ、ガウリイがどうしてもって言うなら」 「どうしても教えたい。知って欲しいな、リナに」 自分の金髪を弄ぶリナ姫の手に指を絡ませ、反対側の肩に手を置き、体重をかけます。 一瞬後、リナ姫の背中が地面に触れ、見上げると星空ではなくガウリイ王子が広がっています。 「・・・え?あれ?」 「ちょっと警戒心が薄いんじゃないのか?」 苦笑するガウリイ王子の顔が、リナ姫の目と鼻の先、です。 「ま、俺だけ特別、ってんなら問題はないけどな」 事ここに到ってリナ姫は、ようやく御自分がどのような状況に置かれているのか把握し始めたようです。 「ちょちょちょちょちょ、なななななな」 「ん?」 「ん?じゃ、なあーーーーーい!!!何やってんのよ!?あんた」 「何って、教えてやろうかと思って。色々と」 間近に迫るガウリイ王子のにっこり笑顔が、今は恐怖を誘います。 思考能力どころか言語中枢も運動神経も麻痺してしまったリナ姫。その絶体絶命の危機を救ったのは。 こともあろうにリナ姫が最も憎むべき相手なのでした。 ガウリイ王子の唇がリナ姫に触れようとしたその時、彼は現れたのです。 「やれやれ、御捜ししましたよ?リナ姫」 「・・・・・ゼロス」 <しかし、幸せな二人の前に現れた悪い魔法使いが、二人の逢瀬を邪魔しようとしたのです> 黒髪のおかっぱ頭に細目の笑顔をはりつけて、黒いローブを着せ錫杖を持たせれば、ハイ、悪い魔法使いの出来上がり。 いつもは顔も合わせたくない相手ですが、今日は違います。彼の存在に感謝したのは今日がはじめてではないでしょうか。 「ゼロスッ!!一体何の用?」 ガウリイ王子の注意を逸らさんが為、大声を張り上げるリナ姫。 「おやおやご挨拶ですね。もちろんあなたにお会いしたくて、ですよ。それにしても、ちょうどいいところに伺ったようですね?そちらはどなたですか?」 リナ姫を押し倒している美青年を見るとき、その細目が開かれます。経験上、それが危険な兆候だということを知っているリナ姫は、言いよどみます。ガウリイ王子を厄介事に巻き込んでしまうことを懸念しているのです。そんなリナ姫の苦悩などお構いなしのガウリイ王子。 「駄目だぞ?リナ。よそ見しちゃあ」 子供をあやすような優しい口調で、リナ姫の顔に手を添え、再び自分に向けさせます。 って、・・・・・無視なさるおつもりですか?ガウリイ王子。 「ちょちょちょ、ちょっと待ってよガウリイっ!!」 「待てないよ」 ゼロスと呼ばれた青年など眼中にない様子のガウリイ王子でしたが、次のリナ姫の言葉を聞いて動きをピタリと止めました。 「あたしをこんな身体にしたのはあいつなのよ!?」 こんな身体こんな身体こんな身体・・・・・リナ姫の言葉がリフレイン。ガウリイ王子の頭の中ではどのような理論が展開されているのでしょうねえ。 「お前こそ誰だ?リナに何の用がある!?」 体を起こしたガウリイ王子の口調は冷ややかです。 「申し遅れました、僕はゼロス。見ての通り、悪い魔法使いです。以後お見知りおきのほどを。ガウリイ王子?」 ガウリイ王子の行動を阻止しようと思わず名前を呼んでしまった事に気づき、リナ姫は臍をかみます。 「で?それが何の用だ?」 「婚約者に会うのに理由が必要ですか?」 「婚、約者?」 愕然としてリナ姫に真偽を問いただそうとしたガウリイ王子でしたが、その必要はありません。 ガバリと勢いよく立ち上がったリナ姫が、怒りに燃える瞳でゼロスを睨みつけ、その発言を否定したからです。 「あたしはあんたなんかと婚約した覚えはないわよ!!」 「おやおや、そんなことを言ってもいいんですか?一生そのままでもいいと?」 「いいわけないでしょっ!?でも・・・あんたなんかの言いなりになるくらいなら一生このままのほうがまだましだわ!!」 赤い瞳とリナ姫から発散される怒気が相まって、まるで炎を思わせます。 なんという激しさ、矜持。 その熱に吸い込まれるようにガウリイ王子がリナ姫を見上げています。 リナ姫の真価は外見などではなくその心。 その魂に惹かれたガウリイ王子には見る目があったということ。 そしてゼロスにも・・・・・? 拒絶されているというのに、ゼロスは嬉しそうに目を細めます。 「僕はそんなあなたが好きですよ?あなたは僕のものです・・・・・」 「変な趣味だ」 不意に第三者の声が加わります。 「・・・ゼルガディスさんですか。いやいや、相変わらずドレスがお似合いですね?」 <突然現れた魔法使いに侍女たちは怯えるばかりです> ――――――――――――――――――――――――― 鬼畜な発言がございます。苦情等、随時受付中。(汗) ちなみにその場面のガウは、某N様、あなたに捧げます。(笑) 予定では第四幕の次は終幕、だったんですけど。 無理ですね。これで終わったら・・・すごいなあ。(滝汗) |