保護者だけど


〜中編〜




―――ぎぃぃぃぃぃ…
軋んだ音を立てて扉が開く。
途端にむせかえるような瘴気。そして微かにオレが求めてやまない気配……
間違いない。リナはここにいる。
だが、妙な具合に空間が歪んでいて、リナのいる正確な位置が掴めない。
「―――くそっ!」
オレは拳を壁に叩きつける。
ギリと握り締めた拳からは赤い雫が滴り落ちた。
情けなさと不甲斐なさと憤りで泣きたくなる。
護ると…一生護ると決めた、愛しい少女。
その少女の正確な居場所さえ掴めない自分に、心底腹が立った。
目を離すべきではなかったんだ。絶対に。
少しでも目を離せばどこかへ消えてしまう。そんなリナだから。
目を離さないようにしてたのに……。
この頃のリナが妙に可愛くて。そんな可愛いリナが見れて嬉しくて。
リナが紡ぎ出す言葉の語尾すべてにハートマークがついているような気がするく
らいの重症に陥って……浮かれすぎていたんだ。オレは。
のんびりと風呂に入っていたことを後悔する。
あの時オレは……完全に自分の世界に入ってた。浸っていた。油断した。
「リナ……」
気になって気になって……いつだって目が離せない。
ちょっとでも目を離せばこの状況。
リナのちょっとした行動にオレはいつも振り回される。
わかってるのか? オレが今どれほど焦っているのかを。
わかっててやっているのか? それとも無意識なのか……?
リナはいろんな奴を惹きつける。人間も竜族も魔族も……。
今回は間違いなく魔族が絡んでる。しかもかなり上位の。
……はぁっ。
きっと別れてしまえば楽なんだろうな。
だが。
リナから目が離せない自分。
リナから離れられない自分。
もうオレはリナがいないと生きていけない。
だから―――取り戻す。
なんとしても。この手に。この腕の中に。
リナは―――オレのすべてだから。

―――ぐぉぉぉん

何もない所から、目の前にいきなり変な物体が現れた。
人間のような形をしてはいるが……明らかに異形のものが。……20匹はいるな。
一斉に襲いかかってくるが、オレは軽く一回転してそれをかわす。
かわしたついでに1匹顎を蹴り上げてやると、そいつはギャッと悲鳴をあげて3
匹ほど巻き込みながら弾け飛んだ。
次々に身を翻し、攻撃をかわしていく。しかしこうも数が多くては剣を抜くヒマ
もない。攻撃をかわすだけで、正直、手一杯だ。
……いつもはリナがいるからな……。
いつもさり気なくフォローしてくれるリナは今いない。
きっと今頃オレが来るのを待って……は、いないかもな。あいつは。
黙って護られてるやつじゃない。自分でなんとかしちまうやつだから。
いつだって自分一人で抱え込んで……それでも微笑ってるリナだから。
だから気になった―――時折見せる切なげな表情が。
だから惚れた―――辛さを乗り越えていく魂の輝きに。
リナのことだから、オレと合流することを考えてるはずだ。絶対に。
だったらここは、オレ一人でなんとかするしかない。リナと合流するために……
―――っっ!?!?!?!?!?
何とも言いようのない感覚がして急に空間が歪み、オレはバランスを崩した。
「……ぐっ……」
仰向けに転倒する。転んだ拍子に肩をやられたらしい。
寝ころんだ姿勢のまま2匹蹴り上げ、蹴りの勢いを利用して素早く起きあがり体
勢を整える。
しかしまた空間が歪んだ。
―――っっ今度はよけきれないっ!!!!!
太い腕が鳩尾にめり込む。更に尻尾で床に叩きつけられる。
衝撃と共に苦いものが喉を圧迫し、耐えきれずに身体を二つ折りにして血を吐い
た。
それでも次の瞬間には横に跳躍し、第三撃をかわす。
―――いつまでもこんな雑魚相手にしてられるかよっっ!
再び襲いかかってきた奴に自ら突っ込んで間合いをずらし、一瞬の隙をついて剣
を抜き放ち、一気に斬りつける。
髪の毛が何本か宙を舞い、ハラリと床に落ちる。
そしてドサリという音と共に倒れる魔獣。
「かかってこいよ」
振り向いて残りの雑魚を挑発する。
あっさりと挑発に乗ってくる魔獣達。
奴らを倒すのに、それほど時間はとられなかった。

しかしまだ終わっていない。
一点を睨みつけ、一歩ずつ前へと歩みを進める。
「―――リナを…返してもらおうか」
剣を構え、静かに言う。
オレの視線の先で瘴気が脹らみ、黒いローブを身に纏った魔族が現れる。
オレは黙ってこの魔族を見据える。
ゼロスほどではないが……いつだったか、セイルーンで相手したカンヅェルとか
って奴くらいの……いや、それより上の力がこいつにはあるだろう。
「困りましたね……ここへはリナ=インバースしか招待していないのですが」
悠然と宙に浮き、殺気の籠もった冷たい視線をオレに向ける。
「貴方がしぶといようなので、食事を中断してきましてね……。
 その償い……していただきましょうか」
奴の手が暗黒の炎を生みだし上へ放つ。
黒い炎が途端に散弾となり容赦なくオレに降り注ぐ!
オレはそれらを剣で一閃し、振り払う。
「ほう…なかなか素敵な剣をお持ちですね」
ニヤリと嗤いながら奴の手が伸びて変形し―――剣となった。
「リナが一緒に探してくれた剣だからな」
すっと片足を横に移動させ、迎え撃つ姿勢をとると、奴は獣のような咆吼をあげ
て突進してきた。
腰に手を伸ばし、鞘の両端を握り、水平に突き出す。
奴の剣は澄んだ音をたて、鞘にしっかりと受け止められた。
渾身の力を込めてはねのけると、奴の腕…いや、剣の中からさらに細い刀身が現
れ、立て続けに攻撃を繰り出してきた。
完全に虚をつかれてしまい、避ける間もない!
研ぎ澄まされた刃が目前に迫るっっ!!!!!
「ぐぁっ」
全身が燃えるように熱い―――
「くくくっ…もう立ち上がれないでしょう?」
余裕を感じさせる声音で奴が語りかけてくる……
「いいことを教えてあげましょう。
 まずは貴方のことです。
 折角の食事を中断させた償いとして、
 貴方をこの空間に幽閉してさしあげます。
 仮に私を倒せたとしても……二度と抜け出せない空間に、ね……。
 これで貴方は二度とリナ=インバースには会えません」
……二度と…リナに逢えない……?
「そしてもう一つ。
 リナ=インバースに関することです」
……リナ…の……?
「彼女は今、結界によって体力を奪われ、攻撃呪文も唱えられず……
 ある部屋に閉じこめられています。
 ―――彼女に恨みを持つ、盗賊達と共にね」
……な…ん・だと……っっ!?
聞いた瞬間頭をよぎったのは
  ―――ガウリイィィィィィィっっ
     涙を浮かべて逃げ惑うリナ。
     盗賊に組み伏せられ、衣服が破れ散って―――
「―――リナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
瞬間。
オレの中にあるすべての感情が一気に爆発し、剣を振りかざす。
「バカなっ!? 立ち上がることさえできないはずっっ」
初めて焦りの声をあげる魔族。
奴が慌てて低く身構え、オレを迎え撃とうとする……が、遅いっ!
―――カキン…
剣同士がぶつかり合い、硬い金属音が響く。
ピシリと音を立ててオレの刀身が砕け―――ひとまわり小さい刀身が姿を現す。
―――斬妖剣(ブラスト・ソード)―――リナが一緒に探してくれたオレの剣。
「―――この剣で護るって決めたんでなっ!」
渾身の力を込め、剣を斜めに振り下す。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
断末魔の悲鳴。
胴体が切り裂かれ、そこから徐々に闇へと消えていく……
だが最早そんなことはどうでもよかった。
なんとしてもこの空間から抜け出し、一刻も早くリナの許へ行く方法を探さなく
ては……リナの許へ―――
「リナっっ!!!!!」
空間にオレの声だけが虚しく響き渡った……