人 魚 姫







〜第4話〜



「海の王から逃れて、何処へ行こうというの。答えなさい、アクア」
 逆巻く波打ち際で。紅の少女は静かにそう言った。


 満月の光の中、ただ静かに佇むリナの姿は一種幻想的な美しさを醸し出していた。
 しかしその手には不釣合いな一本の銀の槍が握られている。
「海の王の許し無く陸で生活する事は出来ないわ。貴女は決して海から離れる事は出来ない。何時までも逃げ続けられるものではないわ。
 ………海の王の慈悲が残っているうちに、戻りなさい。そして自らの罪を償いなさい」
「くっ」
 青年が馬の首を返し、逃げようとする。
「……無駄よ」
 リナの唇が、不可思議な韻と律の言葉を刻む。
 突然海の水が生き物のように巻き上がり、馬の体に纏わりつく。驚いた馬は棒立ちになり、背中の二人はその拍子に振り落とされていた。
 馬はそのまま走り去って行く。
「逃れられると思っているの?」
「……………………」
 無言でメイド姿の女性が立ち上がる。彼女を庇うように青年も立ち上がり、佇む少女を睨みつける。
 リナは氷の色の滑らかな流線型の穂先を持つ槍を青年に向けた。
「陸の者よ、黙って立ち去りなさい。これは海の民の事。陸に住む貴方は関係の無い事」
「そうはいかない。彼女をオレは愛している。海の王の使いだかなんだか知らないが彼女は、アクアは渡さない!!」
 そう言うなり青年はナイフを抜きリナに切りつける。
 しかしそれがリナに届くより先に、彼女の持つ槍の柄が青年の鳩尾に叩き込まれていた。
 崩れ落ちる青年。
 しかしアクアは、自分を守ろうとして倒れた青年をただ黙って見ているだけだった。


           * * * * * * *  


 広間は混乱の渦だった。
 舞踏会に現れた謎の真紅の少女。彼女を『姫様』と呼んだメイド。
 二人が会場から姿を消した後、ガウリイはすぐにその後を追った。だが広間を出ようとした時、威厳に満ちた低い声に足を止めざるをえなかった。
「待ちなさい、ガウリイ」
「……父上」
「先ほどの娘……お前の知り合いか」
「…………………」
「……答えたくないか」
「…………………」
 国王は大きく溜息をついた。
「言いたくないなら仕方が無い。ガウリイ」
「はい」
「時間だ」
 短い一言に、新たなざわめきが広がる。
「父上、どうしても今決めなければならないのですか?」
「言ったはずだ。ガウリイ」
 有無を言わせない強い眼差しがガウリイを見据えた。
 集まった貴族の令嬢たちが期待に満ちた眼差しでガウリイを見つめる。
 ミルガズィアが真紅のビロードに乗せられた銀のティアラをガウリイに差し出した。彼がこのティアラを着けさせた女性が妃として選ばれるのだ。
 しかしガウリイは静かに首を横に振った。
「ガウリイ!」
「父上。今この場に私の妻となる女性はいません」
「何を言っている。………やはりあの娘か、ガウリイ」
「………はい」
「ならば何故黙っている。あの娘が何処の者か、なぜ言わない」
「それは………」
「言えぬというのであれば認める訳にはいかぬ」
 静まりかえった広間に、王の声だけが響いた。

 ズ・ズ・ズ・ズ…………

 不意に地の底から響く不気味な地鳴りと共に城が揺れ動いた。
 幾つもの悲鳴が上がる。
「な、何なんだあれは!?」
 それは誰があげた声だったのか。
 窓の外に、巨大な海の魔物の姿が稲光に照らされて浮かび上がっていた。
 それを見た瞬間、ガウリイは今度こそ広間を飛び出していた。


           * * * * * * *  


 いつしか海は荒れていた。その波打ち際に立つ二つの小さな人影。
「…………私は、後悔していない…………」
 リナに槍を突き付けられたまま、アクアは言った。
「海を捨てた事も、“海の宝珠”を神殿から持ち出した事も、何もかも全て後悔していない。………だから」
 アクアは初めてまともにリナを見た。
「貴女が追手だというのなら……その命、アクアが貰い受けます。“珊瑚の王女”リナ姫様!」
 アクアの手に群青の三叉の槍が現われ。
 荒れ狂う海の中から、巨大な何かがリナに巨大な吸盤のついた足を伸ばしてきた。
「クラーケン!?」
 襲いかかる巨大な足をかわし、リナは叫んだ。
「アクア貴女……王の封印まで解いていたの!?」
「リナ様、いいえリナ!いかに貴女が強い力を持つといえ王ですら手を焼いたこの海の魔物に太刀打ちは出来ない」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないわ!!」
 槍の穂先が光を帯びる。リナに襲いかかったクラーケンの足に切りつけるがやはりたいしたダメージにはならないようだった。
 自分の体の一部を切り落とされても、クラーケンの攻撃はまったく弱まらない。
「やっぱり直接攻撃じゃ無理みたいね。となれば…」
 次々と襲いかかる巨大な足から身をかわしつつリナは小さく呪文を唱えた。
「『ウォーター・シェル』」
 リナの言葉と共に人の形を取った水がクラーケンを包み込む。
「きゃあっっ」
 直後、リナは間近に振り下ろされた触手に弾き飛ばされ、砂浜に叩きつけられた。衝撃に一瞬気が遠くなりかけるが、素早く身を起こし距離をとる。
「ムダな事を。それで一体何をするつもり?」
「さぁ、何かしらね!!」
 素早く構えた槍の穂先に、流星の煌きが宿る。
「クラーケン!リナを捕らえなさい!!」
 アクアの言葉に従い、クラーケンはリナを襲う。素早い身のこなしでそれを避けるリナに、不意に何者かが飛びついた。リナを押さえ込んだのは先ほどの青年。
「!?」
 リナの動きが止まったその瞬間クラーケンの太い足が彼女に巻きついた。
 掴まれたリナの手から槍が落ちる。
 凄まじい力で締め上げられ、苦悶の声を上げるリナをアクアは冷ややかな眼差しで見つめた。


 浜辺に辿り着いたのガウリイが見たのは、クラーケンの太く巨大な足に捕らえられた小さな姿。


 一筋の流星の煌きが流れる。
 クラーケンが苦痛と怒りの声をあげた。


 クラーケンのたった一つしかない目。
 そこに一本の槍が突き刺さっていた。
 痛みと怒りにクラーケンが滅茶苦茶に暴れ出す。その拍子に掴まれていたりナは宙に放り投げ出された。
 地面に叩きつけられる筈だったリナの体を、ガウリイがしっかりと受け止めた。


「リナ、リナしっかりしろ。リナ!」
 呼びかける声に、リナの目がうっすらと開く。
「気がついたか」
 クラーケンに絞めつけられた体が痛まぬよう、ガウリイはそっとリナを抱きしめた。
「ガウ、リイ……」
 狂ったように暴れ続けるクラーケンから距離を取る。ガウリイによって目を傷つけられたクラーケンは、アクアの命令をもはや受け付けようとせずただ闇雲に暴れ続けている。
 暴れ続けるクラーケンにリナの表情が険しくなる。
「クラーケンを、倒さなきゃ……」
「無茶をするな。さっきのダメージが大きいんだろう?」
「ダメよ。……これはあたしの仕事だから。あたしがやり遂げなきゃならないのよ」
 痛みに顔をしかめながら、なおもクラーケンに向かおうとするリナ。
 ガウリイは心の中で嘆息した。何を言ってもリナは、彼女に比べてあまりにも巨大過ぎる海の魔物に立ち向かうことを止めたりはしないだろう。
 ならば、彼のとるべき行動は一つしかない。
「……分かった。なら俺も一緒にあいつと戦う」
「何言ってるのよ。そんな事出来るわけ無いでしょ」
「大丈夫だって。こう見えても剣の腕には自信があるからな」
 あの日、リナが励ましてくれたから。
 何時かまた会えた時に胸を張って彼女に答えられるように、ガウリイは剣の修行に励んだのだ。
「ダメよ。絶対にダメ」
「ならやらせない」
 きっぱりと言いきるガウリイにリナは困惑した。
 誰もが恐れる海の魔物。なのになぜあえて戦おうとするのか。
「どうしてあんたにそこまで言われなきゃならないのよ。それにどうしてそこまでしようとするの?」
「リナ。お前フラフラじゃないか。そんな状態でどうやって戦うつもりだ?今度は確実に死ぬぞ!!」
 ガウリイはリナを抱きしめた。
 相手がどんなモノであろうと、リナを傷つけようとするモノを許したりはしない。彼女を襲う全てのものからリナを守りたい。
 腕の中で、リナは小さく息を吐いた。
「仕方ないわね……じゃ、後ろであたしを支えていて」
「それだけなのか?」
「力であれを押さえるのは容易じゃないわ。まして剣じゃ近づく前にやられるのが関の山よ。だからあたしが術を使ってクラーケンの持つ力そのものを利用するわ。ガウリイは後ろであたしを支えていて」
「分かった」
 ガウリイは頷いて立ち上がるリナを支えた。
「来なさい、スターゲイザー」
 リナの声にクラーケンに突き刺さったままだった槍が無数の光となり、尾をひいて流星のように彼女の手に集った。
 その光を追ってクラーケンが向きを変える。
 迫り来るクラーケンに対し、リナはぴたりと槍を構えたまま微動だにしなかった。槍を構えるリナの手に、ガウリイが自分の手を重ねる。
 クラーケンが、二人めがけその巨大な足を振り下ろした。

「猛き水よ、その大いなる力を我が前に示せ。我に敵する全てを流しさり、その怒りを表せ……『タイダル・ウェイブ』」

 リナの声と共に、寸前でクラーケンの足が止まった。

 海が震えた。
 見たことも無い巨大な津波が天高くそびえ上がり、大地に襲いかかる。が、波が飲み込んだのは今まさに全てを破壊しようとしたクラーケンだけだった。
 津波はクラーケンの巨大な体を海底深く引きずり込み、やがて何事も無かったように海は静けさを取り戻した。


           * * * * * * *           


「そう…そういう事だったのね……」
 静けさを取り戻した砂浜に、アクアの呟く声だけが響いた。
「最初の術でクラーケンの攻撃力を上げるかわりに防御力を下げ、次に攻撃してきた相手の動きを止めると同時に相手の攻撃力そのもので反撃する術を……
 さすがですわ。リナ様……」
 諦めたようにうなだれるアクア。
 遠くから幾つもの足音が近づいて来る。
「アクア」
 リナはガウリイの腕をそっと外すとアクアに近づいた。
「………でも。もう私にはこうするしか道は残されていない!」

 交差する、二つの煌き。

 アクアの三叉の槍はリナの頬を掠め。
 リナの槍はアクアの胸を、貫いていた。

 よろめき、波打ち際に倒れたアクアを波が沖へと運ぶ。
 海底に沈むアクアの体は、一瞬にして泡となり消えた。


           * * * * * * * 


 夜の浜辺に、武器や甲冑のぶつかり合う音が響く。
 立ち尽くす二人の前に、兵士を引き連れた国王が現われた。
「あの化け物、そなた達が?」
 王の声にリナが振り向いた。
 槍の穂先を自分の方に向け、リナは王の前に進み出て一礼した。
「初めてお目にかかります、国王陛下。私の名はリナ。
 ……海の王に仕えし民の一人で、王より“珊瑚の王女”の称号を受けし者です」
「海の王の!?」
「今宵はこの国の王子ガウリイ様の大事な夜。それをこのように騒がせ申し訳ありませんでした」
 リナは静かな眼差しをガウリイに向けた。
 しかしその眼差しはあまりにも静か過ぎ、ガウリイは言葉を無くした。
「ガウリイ様には私が王より賜った役目を果たすのに力をお貸し頂いておりました。
 ………ガウリイ様、今まで本当に有難う御座いました」
 ひどくよそよそしいリナに、ガウリイはとまどった。
「この国と貴方に海の王の更なる加護と祝福を。
 ……ガウリイ様、お妃様とお幸せに」
「リナッッ!!」
 ガウリイが手を伸ばすよりも早く。海の波がリナを攫った。
 波間から一瞬浮かび上がったのは、純白のイルカの背に乗った真紅の人魚。
 その姿は人々の目に焼き付き、そのまま暗い海の中に消えていった。



to be continue...








言い訳のコーナー再び
 突発言い訳です。
 初の戦闘シーン……これで完璧に元の『人魚姫』ぢゃなくなりましたね。
 しかも某TCGを使ってるし…
 知ってる人はいるんでしょうか?いたらまずいかなぁ……?
 第1部は次でラストです。
 …………ってことはすぐに第2部に入ってしまう!?
 やばひ………続き、最近全然やって無いや。ウサギに走ってたから…(汗)