人 魚 姫 |
「行くおつもりですか」 幾つもある秘密の抜け道の一つの前で、ガウリイは足を止めた。 「あの少女は海の民。仮にも海の王より“王女”の称号を与えられた方である以上、いずれは海に帰られる。 それでもかの姫を求められると?」 ミルガズィアの問いかけに無言で頷くガウリイ。 結局、あの日の舞踏会はそのまま終了した。突然の海の魔物の襲撃に、そこに居合わせた誰もが恐れおののきガウリイの花嫁選びどころでは無くなってしまったからだ。 今、ガウリイが身につけているのはこっそり街に出る時のごく一般的な庶民の衣服だった。しかしその上には軽いが丈夫な軽鎧とショルダーガードを身に着けている。そして一本の剣。 数枚の着替えと幾らかの金貨。それに小粒の宝石の入った袋を背負い、ガウリイは城を後にしようとしていた。 「お止めしても無駄のようですな」 「あぁ。 ………俺が求めるのはリナだけだから」 「しかし。人魚は一生に一度見る事ができるかどうかという種族。二度と会えないかもしれません。それでも?」 ガウリイはふと微笑んだ。 「いや。会える」 「なぜ?」 「なんでかって言うとだな、ミルガズィア。俺はずっと前にもう一度リナに出会っているから。二度と会えないという人魚に再会できた。だから俺達は必ずまた会える」 確信に満ちた言葉に、ミルガズィアは何者も彼を止めることは出来ない事を悟った。 旅立つガウリイをミルガズィアは無言で見送った。 「……申し訳ありません陛下。ガウリイ様をお止めする事が出来ず…」 「お前のせいではない。……誰に似たのか。あの頑固な所は」 ゆっくりと背後の木々の陰から出てきた国王はそう言って苦笑した。 「陛下ご自身でしょう。女王陛下とご成婚前はあのお方以外の女性は娶らないと大騒ぎされたではありませんか。挙句の果てに駆け落ちなさったのは陛下だったと記憶しておりますが」 「う」 「…それにラウディ様もメリルーン妃殿下とご婚約が成立される前は家出騒ぎを起こされましたし。これでは陛下に似たとしか」 「分かった分かった。あやつ等は私に似たのだ。認めるからそれ以上昔の話を持ち出すな!」 相変わらず無表情に当人達にとって赤面ものの話をするミルガズィアに国王は苦笑せざるを得なかった。 * * * * * * * 薄暗い路地をリナは全力で走っていた。リナの背後からは獲物を追う猟犬さながらに数人の男たちが追いかけてくる。 まったく。ただ道を歩いていただけでなんでこんな目に遭わなきゃならないのよ。 リナは舌打ちした。じわじわと包囲の輪が狭まっており、このままではいずれ追い詰められるのは目に見えている。 嫌な予想どうり袋小路に追い込まれ、振りかえると舌なめずりをしながら男たちが次々と姿を現わした。 「なかなか足が速いな。だが、これでゲームオーバーだ」 「あらそう。でもあたしはそうは思ってないけれど」 軽く言い返しながら周囲をうかがう。 リナが持つ力を使えばこの程度の人間くらいどうという事も無い。しかし人間たちばかりが住む地上では軽々しくそれは使えない。それに術を使うにはどうしてもある程度の精神集中が必要になる。ここにいる連中がそんな余裕を与えてくれそうにない。 明らかに男たちは他人を襲うことに馴れていた。自分達のホームグラウンドとも言えるこの場所で、狙いを定めた犠牲者を貪っているのだろう。 だからといって、彼女にはそんな男たちの欲望を黙って遂げさせてやるつもりは全く無かった。 不用意に近づいた男をニヤニヤしながらこちらを見ている男に投げつけてやる。小柄で華奢な少女が自分より大きな男を投げ飛ばした事に集まった男達も度肝を抜かれる。 その隙をついてリナは疾風のようにその間をすり抜けた。 「待てっ!!」 咄嗟に手を伸ばした男がリナの服の裾を掴んだ。 前へ行こうとするリナと引き戻そうとする男の力に耐えられず、衣服の布地が鈍い音と共に引き裂かれた。 少女の白い胸があらわになる。 「きゃぁっ!!」 当然胸元を押さえたリナを男達は乱暴に押さえ込み、細い腕を頭上に捻り上げた。 別の男が細い足を押さえ込む。 引き裂かれた服から覗く雪のように白い肌に舌なめずりをし、服の中に手を差し込もうとしたその時。 「やめろ」 「なんだぁ?…色男の兄ちゃんじゃねぇか。今イイ所なんだから邪魔するんじゃねぇ」 そう言った男の耳に、何か重いものが倒れる音がした。見ると集まっていた仲間達が全員腕や足を切られ苦悶の声を上げている。 「ひいっっ!?」 「殺しちゃいない。だがこれ以上そいつに手を出そうって言うのなら覚悟するんだな」 血のついた剣を突きつけられ、残った男は動けない仲間を見捨てて転がるように逃げ出した。 軽く剣を振って血をぬぐい、押し倒されたまま呆然としているリナの前にしゃがみこみ、震える小さな体をそのまま抱きしめた。 「リナ」 「ガ…ゥリ…」 「大丈夫か?何処か怪我は無いか?」 「…う、うん……」 ショックのせいか、今だ茫然自失状態のリナに持っていた荷物から出した着替えを掛けてやり抱き上げる。 「行こう」 そう言ってガウリイは倒した男たちには目もくれずにリナを抱えてその場を離れた。 * * * * * * * ガウリイはリナを抱えたまま路地を抜けた。 「ガウリイ」 さっきよりずっと落ちついたしっかりした声。 「歩けるわ。下ろして」 見上げる眼差しも彼の知る少女のものに戻っている事を確認し、ガウリイはリナをそっと下ろした。 「助けてくれてありがとう。……でもどうしてこんな所にいるの?」 「リナを探してな。お前さん一人じゃ危なっかしいから」 「今回みたいなのは特別よ。あんな奴ら、術を使えば簡単に倒せるんだから」 そう言ってそっぽを向くリナにガウリイは苦笑した。 口ではそう言っていても、少し震えている。まださっきの事件のショックが抜けきってはいないのがはっきり分かるというのに。 「その特別が問題なんだって。もし俺が見つけられなかったら今頃あいつらにおもちゃにされていたんだぞ」 そんな事になっていたら、あいつら全員嬲り殺しにしていたが。 心の中でだけそう付け加えて、ガウリイはふわりと微笑んだ。 あれから二年。 過ぎた時間はリナを更に美しくし、ガウリイには逞しさと力強さを備えさせていた。 「…リナが強いのは分かってる。あんな馬鹿みたいにでかい化け物を倒したんだからな。一人でもちゃんとやって行ける。 でも一人より二人の方が何かと良いだろう?今みたいな連中はリナが一人だったから襲ってきたんだし」 「けどあんた自分の国の事はどうするのよ。海はまだ荒れている。こんな所でふらふらしている時じゃないでしょうが」 なおも言い募るリナに、ガウリイはにっこりと笑って言った。 「国なら兄貴がいるから心配無い。それにリナを手助けした方が確実に海が静まるだろう?」 「けど……」 「それに。やっぱりリナには保護者が必要だしな」 「ほ、保護者ぁ!?」 目を丸くするリナに対し、ガウリイはうんうんと一人で頷いている。 「よし。話もまとまった事だし、そろそろ行くか」 「勝手にまとめないで。そんな事より保護者って何よ。あたし子供じゃないわよ」 憤慨するリナだったがガウリイはどこ吹く風。 リナが子供じゃないから心配なのだ。ま、そんな事は言わなくても良い事だが。 「まずは服をどうにかしなきゃな。そんな格好じゃ襲って下さいって言ってるようなものだし」 「…って………うっきゃあぁぁぁぁ〜〜っっ!!」 慌ててリナは胸元を押さえた。一応ガウリイの掛けた上着があるのだが、サイズが違いすぎる為リナが動くたびに胸元がちらちらと見え隠れしていたのであった。 慌てて胸を押さえ、怒鳴るリナ。 「何でもっと早く教えないのよ!!」 「いや、気がついているものだと思ってたから………」 本当はさっきからちらりと覗く白い肌に目を奪われていたのだが………それは言わないお約束である。 「ガウリイの変態!馬鹿!!すけべ!!!」 「おいおい、誰のおかげで助かったんだ?ったく、恩人に変態だのスケベだのは酷いんじゃないか?」 「それは……助かったけど……でもそれとこれは別問題よ!!」 真っ赤になって睨みつけるリナに思わず笑いがこみ上げてくる。 やっと見つけた。 しっかりと胸元を押さえてスタスタと歩き出したリナの後を追う。 「何でついてくるのよ」 「そりゃ、俺はお前さんの保護者だし」 「認めてないわよ、そんなの」 「んじゃ、俺はさしずめ『自称保護者』ってところか」 「あのねぇ……」 リナは溜息混じりにガウリイを見上げた。 「ついて来るな……なんて言ったところでムダみたいね」 「おう(はぁと)」 満面に笑みを浮かべられて、思わず赤くなった顔を隠すように前を向いてリナは言った。 「……しょーがないから、居ても良いわよ」 言ってちらりと後ろを見ると、これまた滅茶苦茶嬉しそうに笑うガウリイとまともに視線がぶつかって。 照れ隠しに早足になるリナの後をガウリイは微笑みながら追いかけた。 「おーーい、リナ待てよ」 「うっさいよ!もたもたしてたら置いていくからね!」 ……ようやく手に入れた。俺だけの紅の人魚姫。 二度と、お前を離さない…… 第1部《再会編》完 第2部へ続く 平謝りのコーナー とりあえず、スレ版『人魚姫』第一部は終了です。 うあ、自分で「第2部に続く」とか言ってるし。(冷や汗)そーゆー台詞はもっと文才のある人が言うものだわ。うん。 それにしても、このような駄文を喜んで受け取って下さった飛鳥様、それにたくさんの暖かい感想を下さった皆様。 改めて御礼申し上げます。 有難う御座いました!!!!!!!!!!! それでは次は幕間へどうぞ♪ |