彼の本気に彼女の憂鬱 |
「オレと付き合ってくれ。」 「幸せにするから。」 リナは、追われていた。笑顔で走ってくる金髪の青年に。 「ぐっ・・・・・うっ。」 「一目惚れしたんだ。」 「嘘じゃないオレは本気だ。」 どこまで走ろうと振り返れば、目に飛びこむのは青年の笑顔。 「ううう・・・・・。」 遂に、リナは目の前に立ち塞がる壁によって逃走経路を絶たれてしまった。すぐ後ろには 「リーナ(はぁと)」 嬉々とした声で自分の名を叫びながら近づいてくる青年。青年はリナの前まで来ると、屈み込み、リナの頬に チュッ 「う、うぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 リナは、ガバリと起き上がりゼェゼェ、ハァハァと大きく息をしたのも束の間、 ビュッ 「どわっ!!」 リナの顔の横を、二本のナイフとフォークが通りすぎ後ろの壁に深々と突き刺さった。 「ね、姉ちゃん・・・・・・。」 「何度起こさせたら気がすむのかしら(はぁと)」 リナの姉―――ルナ=インバースが微笑みを浮かべて、ドアの側に立っていた。はっきりいって目が少しも笑っていない。リナは体中から冷や汗が流れるのを感じた。 「ご、ごめんなさいです。」 リナは素直に謝った。もし、これ以上反論を続けようものなら、武道の特訓と称する『お仕置き』が待っているのは確実だ。何を隠そうリナに武道を叩きこんだのは、ルナである。リナですら一度としてルナに勝てたことはない、というかレベルが違う。 なにしろ、半年ほど前だろうか、インバース日本支部ホテルの近くを騒がせており警察さえ手を焼いていた暴走族集団を 「近頃、うるさいわね。」 の一言と愛用の万年筆一本で壊滅させたのである。このように微笑ましいエピソードがあったりする。(どこが微笑ましいのよ!by リナ) 「今度からは、一回で起きなさいよ。でないと次は包丁で行くわよ。」 「は、はい・・・・・・・・・。」 「すぐ下りてらっしゃい。それと朝食ホットケーキだから、そのナイフとフォーク抜いてくるのよ。」 そう言うとドアを閉めて出ていった。リナはどっと肩から力が抜けるのを感じたが、深々と刺さっているナイフとフォークを握ったリナの脳裏には、昨日の悪夢のような出来事が走馬灯のように蘇った。 「くっそーーー、あの変態バカ男の所為で、悪夢は見るし姉ちゃんには怒られるし!許さんーーーーーーー!!」 叫びと共に握る手に力を込めナイフとフォークを引っこ抜いた。 小鳥の囀りさえ聞こえる実に爽やかな朝である。 「いってきまーす!!」 顔を引きつらせながらルナに声をかけると、靴を履き玄関のドアを開ける。あの後、結局 「朝っぱらから叫んで近所迷惑でしょ。」 の一言でお仕置きされたリナ・・・・・・何があったかは・・・・・・あぁ、恐ろしい。 「ったく、悪夢を見たのも魘されたのも姉ちゃんにお仕置きされたのも、全部あの変態バカ男の所為よぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 リナは鞄をブンブンと振り回しながら門に手をかけた。とたん 「リナぁ、おはよう(はぁと)」 実に爽やかで幸福感に満ち溢れた声がした。 ゴガン リナは門に思いっきり頭をぶつけた。 「今、すごい音したけど大丈夫か?」 ガウリイはリナの元に駆け寄り顔を覗き込んだ。 はぁ〜、やっぱりオレのリナは可愛いなぁ。体操服姿もよかったけどやっぱり制服姿もいいなぁ。あぁ、朝からリナに会えるなんて幸せすぎて鼻血が出そうだ。 「大丈夫なわけあるかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!なぜにどうして何故、あんたがあたしの家の前にいるのよ!しかも、なんでこんな朝っぱらから!いーえ、それよりなんであんたがあたしの家を知ってんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 リナは恐ろしい勢いでガウリイの襟首を掴むとガクガク揺さぶりながら叫んだ。 「偶然だ。」 揺さぶられながらも、どこか幸せそうな笑みさえ浮かべている。 「偶然なわけがあるかぁぁぁぁぁぁ!昨日まであたしの家の前でなんか見かけた事なかったのに、これのどこらへんが偶然だっていうのよ。」 憤慨するリナの横で家を見上げると 「いやぁ、それにしてもでかい家だなぁ。リナはお嬢様なんだな、そうは見えないけど。」 「人の話を聞けっていうか、今サラッとメチャクチャかちーんとくること言ったわね!」 キッとガウリイを睨みつける。 あぁ、真っ赤になった顔も怒った顔もなーんて愛らしいんだ!これから毎日、リナと学校まで一緒に登校できるなんてオレって幸せ! リナは一言も一緒に登校するなどと言っていないが、あきらめも悪けりゃ思い込みも激しい男だ。 家の前で男と騒いでるとこなんて、姉ちゃんに見付かった日には・・・・・・あぁ、悪寒が走るわ。ええい、このバカはこの際無視よ、無視!!そもそも一体誰があたしの家をこの変態バカ男に教えたのよ。あたしの家を知ってる奴なんて昨日のバカ揃いのメンバーの中で・・・・・・・アメリアとゼルか・・・・・・・ふふふふ・・・・・ふふ。 「ゼ〜〜〜ルぅぅぅぅぅぅぅ、殺す!!」 リナの目は完全に据わりきっていた。リナは門を急いで閉めるとガウリイを無視して早歩きで歩き始めた。いつものペースよりかなり速いスピードだが 「帰りも学校の前まで迎えに行くな。」 ガウリイはピタリとリナの横についてくる。身長差がかなりあるのでやはり足の長さにも違いがある。リナは額に青筋を立てながらも、何とか無視し、ますます、歩くペースを速める。 「今日はバイトか?じゃあ、帰りは送っていくな。やっぱり女の子の夜の一人歩きは危ないからな。」 うんうんと一人頷くガウリイ。リナの肩は怒りのためか震えている。さらにスピードを上げついに走り出した。 「そうそう、これから毎日一緒に登校しような(特大はぁと)」 ―――――無視――――― 「あっ、お昼も一緒に食べたいなぁ。」 ―――――無視――――― 「いやぁ、リナの手作り弁当なんていいよなぁ。」 ―――――限界――――― 「やかましいーーーーーーーー!!」 ボス 突然ピタリと立ち止まりリナは横のガウリイにエルボーをくらわせた。 「そんでもってこれは昨日のほ・・・ほ・・・ほっペにあんな事しでかしてくれたお礼よぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 ドゴ リナの右ストレートがガウリイに決まった。ガウリイは路上に蹲りながらも 「リ、リナ〜〜〜〜〜、放課後迎えに行くからなぁ〜〜〜〜。」 情けない声でそう言うと、自分を置いて学校へと行ってしまうリナの背中を見つめながら、今度は 「やっぱり可愛いなぁ。」 と呟いた。 やっぱり正真正銘のバカ男である。 ――――休み時間―――― 「リナさん、お尋ねしたい事があります〜♪」 不機嫌オーラを全開にしているリナとは対照的に瞳をキラキラ輝かせて、スキップさえしながらアメリアはリナの前にやってくると 「いいかげん機嫌の方も直して下さいね!質問の前にこれどうぞ!」 そう言ってリナも大好物の『パステル』の苺タルトに蜜柑タルト、シフォンケーキ、ミルフィーユ、特大苺のショートケーキをリナの前に並べ、水筒から紅茶を注ぎリナの前に置いた。 「さぁ、食べて下さい。」 アメリアは、にっこりと微笑んだ。 「アメリア、あんたあたしをケーキで買収するつもりね!」 リナのツッコミがアメリアの心の中の『正義』という文字を傷つけた。 「買収なんて『正義の行い』に反するんじゃないかしらね〜〜。」 やたらと『買収』『正義の行い』のあたりを強調するリナ。アメリアは頭を抱えながら 「う、ううう、これは・・・・・これは・・・・そうです!常に『正義』を行う者は正しい情報収集をしなくてはなりません!そのためなら物で釣る、お金を渡す!これらはすべて『正義』に基づく行いなのです!!それに今私を動かしているものは、一重に『愛』です。『愛』すなわち『正義』ってリナさん聞いてますか!?」 「はぁ〜〜、おいしかったわ(はぁと)アメリアごちそうさま!さぁって次は英語、予習でもするかなぁ。」 英語の教科書を取り出すリナに 「リナさ〜〜〜ん、お願いです!私の質問に答えて下さい〜〜〜〜〜〜。」 滝のような涙を流し、縋り付く。 「ちょっとしたお茶目な冗談じゃないの!で、何あたしに聞きたい事って?」 「はい!あのですね・・・・・・私・・・・・・・。」 しどろもどろになりながらアメリアは1冊のノートを取り出し、リナに見せた。 ゴガン それを見て思わず机に頭をぶつけるリナ。それもそのはず、ノートの表紙の色は蛍光ピンク、 そして大きな赤色のハートの中にでかでかと『愛』の一文字が。これを悪趣味と言わずして何を悪趣味と言うのか?リナは頭を抱えながら 「あのね、アメリアはっきりいって頂戴!!」 「はい、それでは!私昨日のゼルガディスさんっていう方に一目惚れしてしまったようです! きゃぁっ、アメリア恥ずかしい。それでそれでリナさんにゼルガディスさんの住所とか趣味とか好みの女性のタイプとか好きな食べ物とか聞きたいななんて・・・・・・きゃあ、私そんなこと恥ずかしくて聞けない!!」 アメリアは喋り続ける―――まだまだ喋り続ける―――まだまだまだ喋り続ける ピロピロピロ〜♪ピロ〜〜♪ そんな時、リナの携帯が鳴った。その横でアメリアは頬を紅潮させて、ひたすら喋り続けている。リナは、制服の内ポケットから、携帯を取り出し送られてきたメールを見たとたん バキ ものすごい音と共に、リナとアメリアの前の机が内側に折れこんで、床に崩れ落ちた。 「ひいぃぃぃぃぃ〜〜、リナさん、ごめんなさい。私喋りすぎましたぁ〜〜」 びっくりしたのかアメリアは椅子から転げ落ちた。 「あの、バ〜カ〜男〜ぉ〜!」 ピシ 「ひいぃぃぃぃ〜〜、リナさん、携帯にひびがぁ〜〜。」 リナは無言でアメリアに携帯を突き出した、アメリアはおそるおそる受け取ると 『リナ(はぁと) 次の日曜、オレとデートしよう! リナが好きな絶叫系のアトラクションが多い遊園地に行って、その後、 ものすごくディナーの美味しい店に行って、デザートに『パステル』の ケーキ食べに行こうな!
by ガウリイ 』
と以上の文面をアメリアは目にした。アメリアは興奮のあまり椅子の上に片足を上げ、携帯を天高くかざし 「すごいです!絶叫系のアトラクションはリナさん大好きですし、そして何よりリナさんを食べ物で誘惑する。ものすごくリナさんを把握しています。すばらしいです!!ガウリイさん、あなたはやはりリナさんの『運命の赤い糸』で結ばれた恋人なんです!!」 そこまで言って、アメリアは口を噤みリナの方を見た。いつもならここらへんでリナの攻撃が炸裂するあたりだ。慣れとは恐ろしいものだ。しかしリナからの攻撃はないものの、静かだが激しいオーラが立ち上っていた。 「ゼ〜〜〜ル〜〜〜、家だけじゃなくバイトしてることまでその上、あたしの携帯番号まで教えたわねぇ〜〜!家に殴り込んでぶっ殺す!!」 そう言って窓に足をかけ今にも飛び降りようとするリナを、アメリアは羽交い締めにしながら 「ストップですリナさん、ここ3階です!!リナさんなら大丈夫だと思いますけど。とにかく放課後にしましょう!!私もお供します!!ゼルガディスさんの所に行きたいです!!」 この二人を止められる勇気のある人間は、誰一人としていなかった。 リナとアメリアが押し問答をしているその頃 ――――ナイトメア大学―――― 「ゼルガディスさんが来ませんね。」 「さっきから何度も電話してるんだが、でないんだ。」 そこでミリーナとルークは顔を見合わせ、そして、その横で実に幸せそうに写真に見入っているガウリイに視線を移した。 「ま、まさか、ほんとに殺しちゃったんじゃないだろうな?」 「御葬式はいつでしょうか?」 「ミ、ミリーナ・・・・・・・・」 「冗談です!!」 無表情で冗談を言われると実に怖いモノがある。ルークは、コホンと咳払いをし、気を取り直すと 「あのもしもしガウリイ、ゼルガディスとは昨日どうなったんだ。」 問い掛けられたガウリイは写真から目を離さずに、声だけは真剣に 「ルーク、例えばだ、心底惚れた女ができたとする。それで、そこに惚れた女と自分との間に恋敵ともいえるような邪魔な奴が現れたらどうする?」 惚れた女―――ミリーナとオレのラブラブを邪魔する奴が現れたら・・・・・・ 問い掛けられたルークは自分に置き換えて考え、しばらくすると 「闇に葬り去る。」 一言そう言った。 「そういうことだ。」 ガウリイはそれだけ言うと鞄からアルバムを取り出し 「はぁ、可愛いなぁ!小学生の時のリナも。」 うっとりと見惚れている。 「なるほど、確かに死んでれば電話に出れませんね。」 しみじみと頷きながらミリーナ。 ルークはミリーナのセリフを聞きだんだんと青ざめながら 「ってことは、やっぱり・・・・・・・ゼルガディスは・・・・・・うぅ、成績優秀だが『制服大図鑑』を持ってて、小学六年の時、逆上がりができなくて半泣きしたような奴だけど、いい奴だったのに。」 昨日リナの言ったことをしっかり覚えているルーク。しかも貶しているのか誉めているのか謎だ。 その横で 「今週の日曜はリナと初デート〜〜♪遊園地に〜♪ディナーに〜デザート〜〜♪朝から〜晩まで一緒〜〜〜♪♪」 と鼻歌交じりのガウリイ。 「ゼルガディスさんもこんな形で、命果てるなんて不本意だったでしょうに。」 すでに『だった』と過去形になっているミリーナ。この場にゼルガディスがもしいたならば 「オレがこんな目に合ったのは半分以上は、ミリーナの所為だ。」 と主張しただろうに。 ―――果たして――― 不幸街道まっしぐらなゼルガディスは、一体どうなってしまったのか!? 幸せ街道まっしぐらなガウリイは、果たしてリナとの初デートにこぎつける事ができるのか!? |