青い、蒼い、物語








第六話・王子 ウィンディス・弐

はぁっ…はぁっ…。
息を切らして、ゼルガディスは王宮の廊下を駆けていた。
理由は一つ。
「もう終わり?」
背後に現れる影。
振り向かなくても、おおよその見当はついている。
このふざけたソプラノ。忘れるはずも無い。
「ちっ…」
思わず舌打ちをして、剣を構える。
もっとも……『左手』は使えないが。
「イイカッコじゃん? 近衛隊長さん。片手に赤ん坊抱いてなきゃ、もっとサマだけどね」
いかにも愉快そうに口の端を曲げ、彼女は笑う。
桃色の柔らかな髪がふわりと舞い、つぶらな草色の瞳は獲物を見つけた猫を彷彿させる。
『あれは…』
『しっ! 見つかるわよ!』
気配を殺し、様子を伺っていたリュートに、『リナ』の小声の叱咤が掛けられる。
「悪いが……ウィンディス王子は渡せない」
「やだな〜。王子、なんてつけなくてもさぁ」
くす。
「知ってるのよ? あんたとその子が……」
っ。
飛んできた短刀が、言葉を遮った。つ、と頬に一筋の赤い液体。
「………ったぁ〜…」
二本の指に挟まれたモノを、ぱきんと折る。
たったの二本で。
「玉のお肌にキズがついちゃったじゃない。責任、とってよね」
「やだね」
不敵に笑う二人。それが、合図だった。

桃色の髪。
──ちょっとリュート! どーしたのそのキズ!
黄緑の瞳。
──ほらっ! もーちょっと自然体で構えて! 
  そんなんじゃ、いつまでたっても剣なんて持てないわよっ!
まさか。
「くっ…」
呻いて、間合いをまたとる。
もう何度めだろうか。数えるのも馬鹿馬鹿らしい。
片手の赤子は皮肉なことに、ゼルガディスの腕の中で安らかに寝息を立てている。
「やっぱり邪魔みたいね。その子がいると」
一方こちらは、剣で軽く肩を叩いている。
「あたしが預かっててあげよっか? ゼルガディス隊長」
「ほざけっ!」
吐いて捨てる。
がぎぃぃんっ!
少女の剣と、ゼルガディスの剣が交わり、鋼が悲鳴を上げる。
力勝負ではゼルガディスの方が上だが、何せ片手、しかも利き腕とは反対の左手で戦っているのだ。
いくらなんでも分が悪い。
「…むかぁ〜し昔。あるところにお姫様がいました。
そのお姫様は、とてもとても大きな国の元に生まれた、二番めのお姫様でした」
少女は語る。剣にほんの少し力を入れれば、こちらの勝利だと言うのに。
「さてさて。ところかわって。あるところに悪い男の人がいました。
その男の人は女子供も平気で殺すという、残酷な魔剣士でした」
「何が……っ言いたい!」
ぎんっ!
剣を弾き、再び。
「………ひょんなことから、この二人は知り合い、恋に落ちました。
ですが……問題点が一つだけ……」
くす。
「そのお姫様には、幼き頃より定められた、婚約者がいたのです」
「だっ……!」
ぎっ!
きぃぃんっ!
「父親の、国の威厳を保つためにも。お姫様はその婚約者と一緒にならなければならず」
「黙れっ!」
がぎぃぃぃっ!!
「王族の常として、二人は政略結婚で結ばれてしました。
………もっとも、愛のない、本当に形だけの」
「黙れっ!!」
っっ!!
また、交差。
少女は余裕の笑み。
青年は憎悪の顔。
「……Shut up(黙れ)ってのはないんじゃない?
ホントの事でしょ? むしろ……」
ぱきぃ……っん
「っ!」
彼の相棒が折れる。
「あたしらに感謝して欲しいくらいよ。ゼルガディス・グレイワーズ」
ひゅっと風を斬る音。
少女は剣を下段に構えていた。
「この戦いが起こったおかげで、お邪魔存在(ムシ)を一掃できたんじゃない…。
フィリオネル王子…クリストファ王子……そしてウィンディス王子の父を…」
「やめろ……」
呪詛のように、唱える。
リュートが思わず背筋を凍らすほどの、低い声。
だが、少女は少しも怯まない。
「あ、ごっめ〜ん。今のは違うよね。てーせーてーせー(はぁと)」
てへっと舌を出し、こつんと頭を叩く。
そこにあるのは、あどけない、『少女』としての『素顔』。
だが、それがフリなのかは定かではない。
「『仮』の父親、だよね?」
「やめろぉぉおおぉぉぉぉおぉっっ!!!」
耐えきれない。
そんな、悲鳴じみた雄叫びと共に、ゼルガディスが少女に向かって疾る。
が。
とんっ。
いともたやすく、少女は桃色の髪をたなびかせ、ゼルガディスの頭上を飛び越える。
「かーんしゃっしてっ♪」
くすくすっ。
くすくすくすっ。
白銀の満月が、天窓の上の少女を照らす。
浮遊(レビテーション)で上がったのでだろうその少女の腕の中。
産着に包まれた赤子が。
「なっ!?」
それが──
「この子はあたしが…そう。フィンディーネ国第一王位継承者……」
最後。
「クリアリール・ジェイガン・フィンディーネが預かる事にするわっ♪」
だった。
「じゃねっ。『残酷な魔剣士』さんっ♪」

『……移動するわよ』
今まで黙っていた『リナ』が言ったと同時に、辺りが闇と化す。
ちょうど、あのクリアリールという少女が窓から去った直後だった。
『……何なんだ…一体……』
理解できない。
だって。
だってあの人は。
『混乱するのはまだ早いわよ』
『リナ』は冷酷に宣言する。
また、景色が変わる。
どこかの森、らしい。
「あ〜あ。あたしも趣味悪いよね〜」
聞こえてきたソプラノに、びくっと身をすくませるリュート。
がさがさと、茂みをかき分け進む少女、クリアリール。
「いぢめいぢめぬいてぇ〜♪ って…唄ってる場合でもないか」
ひょい、と猫の子掴みで、赤ん坊を目の高さまで上げる。
いつの間にか、それは目を覚ましていた。
「……あんたさ、知ってる? このあと、死んじゃうんだよ?」
赤子は、無垢なる眼差しでクリアリールを見つめる。
「……こぉーら。きーてる?」
ちょんっと鼻の頭を触ると、赤子は弾かれたように泣き出した。
「あっ……こらっ! 泣かないでよ、もぉっ! あたしガキって苦手なんだから〜っ!」
草色の瞳が、初めて困惑の色を迎える。
必死にあやすクリアリールを見やり、赤子は一応泣き止んだ。
「………あたしの困った顔がそんな面白い?」
ふう、と苦笑。
それにつられ、赤子も笑う。
『預かる、とは言ったものの、クリアリールの本来の目的は<王族の抹殺>…』
隣で『リナ』が、小声で話す。
『だから……』
じゃき。
短剣を、赤子の喉元へ。
クリアリールは苦笑したまま。
赤子はきょとんと。
「……あんた…かわいそうだよね…」
それは、ここで命を落とす事に対してか。
突きつけられた、赤子の髪と同じ、白銀を見て。
赤子は、笑った。
「そんなに笑わないでよ…。殺すに殺せないじゃない……」
かたかたと震えている、己の両手。切っ先。
「……っ!」
それらを振り切るかのように、短剣を振りかぶり──
「霊縛符(ラファス・シード)っ!」
「霊光壁(ヴァス・グルード)っ!」
ぼしゅっ!!
束縛用魔術と中級防御術が閃いた。
「…ふー、ヤバいヤバい。あとちょっと遅かったらアウトだったわね…」
赤子をまたもや引っ掴み、クリアリールが呟く。
「ウィンディスを返しなさい。さもなくば……」
錫杖が、彼の者を照らし出す。
「この私、アメリア・ウィル・テスラ・セイルーンが、正義の鉄槌を与えます」

            第六話・了

う〜ん…今回はリュート・リナ篇ですね。
次回もそぉな……らないようにします。(頑張ってレナ・ゼル篇をばっ)
クリアリールちゃんは、リナが言ってた『二人のお転婆姫』のうちの一人でして。
姉妹のうちの、『姉』にあたります。
妹……も、出そうかと思っていたんですが……。(こちらは、リナ・ガウリイと対戦中)
………すいません。面倒でしたもんで…。
名前も性格も決まってて、あたしのお気に入りのオリキャラだったのにぃ〜…。
次号! ついにリュートの出生の秘密がっ!(ンなたいしたもんじゃないケド)


             予告

第七話・王子 ウィンディス・参

      否 神はただ 人を見守るためだけに在るのか
      ならばそう 運命は変え、変わってはいけないのだろうか
      否
      否 
      断じて 否──
          「その子は大事な、私の子ですっ!」