青い、蒼い、物語








あのね、とおさまはいないの。
でもね、かあさまはいるの。
だからなかないよ。
だからわらうよ。
いいこにしてたら、とおさまはみつかるかな?

それは、無理な話だけど。

第四話・UPON MEETING SUDDENLY…


「おい! もう少しゆっくり歩け!」
「そーや! あんた何考えてんやっ!?」
セイルーン王宮、謁見の間へと続く廊下に、二人の罵声が響きわたった。
「…あのなぁお前ら……。もーちょっと静かにできんのか?」
『この状況でどうやって静かにしろって言うんだ(や)っっ!!』
ガウリイとリュートが、噛みつくようにして近衛兵隊長の男を睨む。
「そうよ、二人とも。他の人に迷惑でしょう?」
レナのいつも通りの声が背中に当たる。
そう。『いつも通り』の。
だが、その脇腹は真紅に染まっていた。

「ちょっ……ちょっと待て。なんで俺なんかが王宮に行かなきゃいけない?」
「知らん。俺に聞くな」
………可愛くないヤロー…。
「とにかく、一緒に来てもらおうか」
「あの〜…」
男に、声がかけられる。そりゃもぉぼけぼけな女の声が。
「よくわかんないんですけど……。
そのコをお城に連れていくのなら…私たちも行っていいですか?」
両手を目の前で合わせ、いつものポーズ。
「ねっ……ねーやん! アホ言ったらあかん! 怪我、まだ治ってないんやで!?」
「あら。歩くくらいなら、どうってことないわよ?」
白いパジャマに、金髪がさらりと揺れる。
素足のままベットから下りて、くるりと一回転。
ね? と微笑む。
「それでもダメ! あんちゃんにはうちがついてったるさかい」
「残念だが。部外者を王宮内に入れるわけにはいかん」
冷たい遮り。
「俺は女王陛下直々の命により、リュート・レイクリッドを連れて来いと言われただけだ」
「…う〜ん………」
ちょっと考えて。
「………………………それって。
『リュート・レイクリッド『だけ』を連れて来い』とは言ってないのでしょう?
だったら………いいんじゃないんですか? 隊長さん」
「おお。ねーやんにしては上出来や」
ぱちぱちと、心底感嘆したようにガウリイが手をたたく。
「……どうしても来るつもりか?」
「はい。私は……」
男の問いに、レナは疲れた孤息をもらして。
「……私は、そのコの保護者ですから」
「ヲイ」
なんであんたが俺の保護者になるんだ──
そう、叫ぼうとした矢先。
男が動いた。
リュートの脇をすり抜け、事態の展開についていけないガウリイの隣。
レナの目の前で立ち止まる。
「……保護者、か」
「はい」
にっこりと笑う、青い瞳。
男は目を細めてそれを見つめ。
ドガッッ!!
────レナの脇腹…包帯の巻かれている部分に。
手刀を、いれた。
「ねーやんっ!?」
「貴様!!」
激昂を見せる二人に、レナはにこ、とまた微笑む。
「大丈夫……。私の神経ズ太いから…」
わずかに震える声。
本当に、わずかに。
「…………ふん。いいだろう。好きにしろ」
男は短く言い放ち、きびすを返した。

「俺は一言も来いとも待ってろとも言ってないぜ?
そいつが勝手にくっついてきただけ……。俺を責めるのはお門違いじゃないのか?」
「でも! あんたがあないなこと……」
「いいのよガウリイ」
尚もつっかかるガウリイをなだめ、レナが微笑む。
「その人の言う通り、だから」
「よくない」
むすっと顔をしかめる銀髪の青年。
「傷が開いて跡が残ったりでもしてみろ。俺が困る」
「どうして?」
きょとん? と小首を傾げる。
「………苦手なんだよ」
「何が?」
「……俺のせいでこんなところに足運ぶハメになったわけだし…」
「…らしくない答えね、ボク」
「素直に『心配だ』って言えばえーんに」
「やかましい」
悪態を言いながらも、赤くなるリュート。
両手を頭の後ろで組みつつ、にやにやしながら二人を小突くガウリイ。
くすくすと、静かで日溜まりのような笑みをこぼすレナ。
一枚の絵のような……光景をちらりと見やり、近衛隊長は呟く。
「ついたぞ」
と。

赤絨毯が眩しくて、思わず眉を潜める。
言わずとも、リュートは王族に知り合いなどいない。
自分の育った村は、薬草作りの名村セーヌ。ただそれだけの、田舎村。
この前他界した母も、しがない薬師(くすし)だ。
なのに。
なんだって、一国の王ともあろう存在が、俺を呼び出すのか。
見当すら、つかない。
悩んでいると、横で近衛隊長は下がり、敬礼する。
「アメリア様」
「………へっ?」
間の抜けた呻きと共に。
ざっ! と周囲で硬い沈黙を守っていた兵士たちが男と同じように敬礼する。
コツ。
乾いた足音がリアル。
目の前に現れたのは、清楚で……どこか幼さを残す、女性だった。
白銀のドレスに、セイルーンの紋章をあしらった錫杖。
艶やかな長い黒髪に在る、黄金の冠。
『ごっつ美人のねーちゃんやて』
ガウリイの言葉が脳裏に甦る。
ふと気がつくけば、ただただ突っ立っているだけの自分と姉弟の姿。
「こら! 貴様ら、ひざまずかぬか! 女王陛下の御前であらせるぞっ!!」
野太いおっさんの声に促され……というか緊張が切れ、慌てて頭を下げる。
コツコツと、足音が近づく。
「……あなた…」
初めて、女王アメリアが言葉を話した。
レナの傍に立って。
「はい?」
にこっ。
顔を上げて天使の微笑みを浮かべるレナ。
(だぁぁぁぁぁっっ!! なんちゅー無礼なことをっ!)
(あかん…。王族侮辱罪……うちの人生もーお終いやな…)
リュート、ガウリイが蒼白のまま若き女王と姉を見守る。
アメリアは、そんな金髪の少女に同じく笑みを送り、錫杖を置いてひざまずく。
「怪我を…なさっていますね…」
「………はい。あ、でも大丈夫。絨毯に血を落としたりはしていませんから…」
ぱたぱたと気楽に手を振る少女を、アメリアは少し悲しげに見つめる。
「ダメですよ…。跡が残ってしまいますし……ちゃんと治さないと……」
す、と両手を、真紅に滲んでいる包帯を取って翳すと、ぼぅっ…と光が溢れた。
「こんなに深く抉られている……。
何をしたらこうなるのか、は……大体わかりますが……」
遠い昔を思い出すかにように一人ごこち、術に集中する。
あれほどまでに生々しかった傷痕が、見る見るうちに癒えてゆく。
おそらくは、復活(リザレクション)だろう。
「……これは自分の不祥事によりできたもの故、そのようなお言葉…。
……勿体のうございます…女王陛下……」
苦笑し、深々と頭を下げる。
「……よい、剣士になりますね………」
うなずくように、完治した脇をぽんっと叩く。
「ですが、命を粗末にしてはなりませんよ」
再び錫杖を拾って、微笑む。
(……ウワサどーり、キレーやな。女王さん)
(まあな)
他愛のない短い会話をぼしょぼしょと交わす二人。
そして、鈴の音にも似た一声。
「あまり堅くならないで下さい、皆さん。顔を上げて……」
それに従うと、心底嬉しそうにアメリアが言う。
「ようこそ。聖王都セイルーンへ。長き道のり、ご苦労さまです。
今夜はその旅の疲れを、我が国でゆっくりと落として下さい」
それは、神々しき女神のようで。
何故に、猪突猛進だの爆裂合金だのの単語が(レナ談)出てくるのか、不思議でたまらなかった。
「この近衛兵団隊長の任に当たるゼルガディスは責任感が強くて……。
多少なりとも無礼なところもあったとは思いますが、許してやって下さいね。
不器用ですが…本当は優しい人なんですよ……」
(………ほんまかいな…)
そろ…とガウリイが上目で近衛隊長・ゼルガディスを見やれば。
…………………顔が赤い。
どーやら照れているらしい。
(…なんや。ケッコーかわいーとこもあるんやね……。…?)
何かが引っかかった。妙な違和感が、ガウリイの胸に残る。
が、それが何なのか理解するより早く。
「陛下。そろそろ本題に」
こほん、と咳払いしたゼルガディスが、アメリアに言う。
ぎゅ、と錫杖を握る手が白くなる。
「……わかって、ます…」
レナとは異なった、優しい蒼の双眼が、こちらを向いた。
「十八年間……兵を挙げ、国を挙げ、全力を挙げて探し出しましたが……。
………あとに残ったのは虚しさのみ…」
コツ。
足音が、ゆっくりとこちらへ。
「ですが……スィーフィード様はちゃんと応えて下さった…。
十八年前の心残りを……」
コツ。
「私の一番の……そして……」
自分の前で足音は止み、香水ではない良い香りが鼻孔を満たす。
身体が動かない。
目を反らせない。
「私が……十八年想い続けた、宝物を……」
次の瞬間、魔剣士リュートは、アメリアに抱きしめられていた。
「こんなに大きく……立派になって……」
声が潤んでいる。
「お帰りなさい…ウィンディス………。私の息子……」
大きく、目を、開いた。

息子?
誰が?
……………俺が?
何故?
俺が王子? セイルーンの皇太子?
…………………。
………………………。
女王を母に持つ……者…?

からんっ。
錫杖が、赤い絨毯に堕ちる。
後ろへ、危うく倒れそうになるアメリアを、ゼルガディスが受け止める。
「ウィン……ディス?」
震える、アメリアの声。
今度は、其処にいる者全てが目を開く番だった。
「俺の名前は……リュート・レイクリッド……」
呆然と、アメリアを突き飛ばした青年は呟くように。
「お袋は……ついこの間死んで…………。
親父は…顔も見たことない奴だ…………」
面と向かった。
自分と同じ青い双眼。
でも違う。
「あんたじゃない……!! あんたは母さんなんかじゃないっ!!!」
言った途端、自分が泣いたような気がして。
リュートは逃げるようにして、謁見の間から走り去った。

茜色の光が、部屋を照らす。
用意された、セイルーン王宮来客室の巨大なベットで仰向けのリュートは宙を見つめる。
ここが個室でホントによかった。
今更ながら、その事実に感謝する。
レナやガウリイのことは後ろ髪を引かれる思いがあったが、あそこに戻るのは……。
「…………なんで…言ってくれなかったんだよ……」
『リュート、あたしに何かあったら……セイルーンに行って…』
それだけ言い残して逝った母。
やりきれない、何かもやもやした気持ちがあって、リュートは銀の前髪をかきあげる。
「……らしくねー…」
コンコン。
ノックの音。
『食事、持ってきたわよ。ボク』
いつもと変わらぬ口調、声。扉の前で笑っているレナが、容易に想像できた。
『朝から何も食べていないって、ガウリイに聞いたから…。
さっきのことは……私にはよく解らないけど…元気出して?』
「いらん」
その言い分に、苛立つ。
口から、勝手に言葉が零れてくる。
「よく解らないで、どうして元気を出せなんて言えるんだ?
下手な慰めは不必要だ。保護者面もいい加減にしろ」
『ボク…』
「ガキ扱いも大概にしてもらおうか! あんたは一体何なんだ!?
勝手に理由もないままついてきたり、『保護者』を名乗ったり!!
俺はそんなものがいるような歳は卒業したはずだ!
赤の他人のお前なんかに心配されたくはないっ!!」
全てを言いきって、はたと気付く。
俺は今、何を言った?
ベットから降り立ち、ドアへと向かう。
「……レ、ナ…?」
気配は、ない。
かちゃ……。
ドアを開ける。
そこにあったのは、盆に置かれた料理。
「にゅぅぅぅ〜〜〜〜vv ケッコーいいお肉使ってるじゃないのーっ!
あ、これもなかなかいけるし〜〜〜〜っ!!」
どしゃっ!!
………を食い荒らすガウリイだった。
「〜〜〜〜〜〜っ!! お前なあ! 散々期待させといて……」
「何よ、期待ってーのは」
ぺろっと指についたソースを舐め、ガウリイはリュートを睨む。
……座って食べていたため、見上げる態勢になったが。
「……誰だ…」
問う。
瞳の色が、違う。
「………お前…?」
赤。
ガウリイじゃない。
「レナなら行っちゃったわよ。あんたがグチるもんだから。
ま、ようやく殻から出てきてくれただけでも、よしとするかっ」
ぱんぱんとお尻をはたいて、てこてこと断りもなく部屋に入る。
「先ずは自己紹介か。あたしはリナ。リナ・インバース。
いつも娘たちが世話になってるわね」

雨が降ろうとしているのか、黒雲に覆われる不吉な空をゼルガディスは窓から見ていた。
一瞬だけのことだったが。
「……アメリア…」
長い廊下に自分一人だけというのを確認して、呟く。
が。
「先程はどうも」
背後に唐突に現れた気配に、あわてて振り向く。
金髪碧眼、腰に下げた長剣。
黒光りのブレストブレードの前で両手を合わせた少女。
食事を王子に届けます、と早めに席を発った。
「お久しぶりです。ゼル様。私を覚えておいででしょうか?」
にっこり微笑んで、小首を傾げる。
「──忘れられる訳ないだろう? 旦那をパクった奴の顔なんざ…」
「……そんなに似てます?」
頬をかいて、レナが思わず聞く。
「ああ。そっくりだよ。
その、上手く人格を隠すところなんかも………な……」

                第四話・了

う〜みゅ………。
あと二、三回で終われるかな〜。
しかもアメリアがっ……アメリアが違う〜〜〜! (静かだぁぁ〜!)
おまけにこの話だけ長いし……。
ゼル、レナ篇と、リナ、リュート(ウィンディス)篇を混ぜて……。
……………五、六回になるな……こりゃ…。
ラストだけはきっちし考えたくせに……。
あたしのアホ…。


                   予告

第五話・王子 ウィンディス・壱

         姉は 負の感情を紛らわし 剣をとる
         弟の体を借りた母は 青年を連れ消える
         双方は 何を見ようというのか
         何を見せようというのか
         セイルーンに 満月が昇ろうとしていた
        「あたしはね、まどろっこしーのが嫌いなのよ」