深い霧の中で…… 〜後編〜 |
「さぁて、ど〜すっかなぁ」 剣を収めて改めてあたりを見渡しても、相も変わらず四方八方白く霞んでいた。 むしろいっそう霧が濃くなったような気がする。 しっかしまぁ…。 気配すら紛らわす霧の中でリナを探し出すことは容易ではないだろうが、どうせ勘だけが頼りだろうし、大して影響もないだろう。 楽観的にそう結論づけると、朽ちた大木を跨ぎながら辺りに注意を払う。 今の戦闘は奴等への牽制になる。 脅しとまではいかなくとも、今後自分の行く先でそう易々とちょっかいを掛けられることはなくなるだろう。 となると、心配なのは今はいない彼女の方。 リナのヤツ、今頃亡霊どもに嬲り殺されてないよな…? オレの脳裏には何故かいかがわしいコトをされているリナと、執拗に迫る亡霊たち。しかも、そろいも揃ってむさい男の亡霊と、ぴーぴー怯える可愛いリナの姿が目に浮かんでは消えてゆく。 そんなことあるはずもないのだが、やっぱり男として想像してしまうのが悲しいサガ。 万が一にでも、リナがそんな危機に陥っているのだとしたら。 …………。 …………………。 ……………………………奴等、片鱗も残さず滅殺してやるっっ 殺意に似た闘気がみなぎり、のほほんを決め込んでいたオレの足が速くなったのは言うまでもなかった。 * * * * * 「が〜う〜り〜」 木々にこだまする声に応えはない。 それでも根気よく呼びかけ続ける。 こーゆー濃霧が出たの時は極力動かないのに限る。 おそらくガウリイはあたしを追ってきてくれるだろう。 もう近くまで来ているかも知れない。 そうすれば、きっと気付いてくれる。 とは言ってもねぇ…。 霊が屯する中一人でぽつんと佇んでいるのはあんまし心安らぐ状況じゃない。 それでも、不思議と不安は感じなかった。 そーよ、あのくらげときたらどーゆー感知能力があるのか知らないが、盗賊いびりの時には必ずといっていいほど阻止しに湧いてくるし。 この頃なんだかやたらとベタベタしてくるし。 おまけに……あたしを好きだなんて言ってあまつさえ……わわわわわわっっ 余計なことまで浮かんでしまって、即座に首を振って頭から打ち消す。 それでも脳裡にはあの時のガウリイの真剣な顔。 うーにゅ…。 この頃…あいつの目がなんっか、気になるのよね……。 まるで獲物を目前にした腹ぺこオオカミ。 まー嫌ってわけじゃないんだけど、やっぱし乙女としては雰囲気も大切って… だからそーゆーんじゃなくて!!! と言っても、今のあたしには待つしか道がないのだから、余計に暇を持て余してしまう。 はぁ〜、なんだってこうあたしに不利な状況が続くのかね。 霧は出てくるは、磁場は狂いまくりで方向が定まらないわ…。 ガウリイだったら野性の勘で切り抜けるであろう事態も、理論構成が先に来るあたしにとっては難関極まりない。 くっそ〜ガウリイのお馬鹿。 こんな時、相棒兼コイビトが不在でどうするんだか……。 悪態をつくあたしの背筋に唐突に悪寒が走る。 途端、全身に嫌な予感が駆け巡る。 なに…この…圧迫感は…!? 詰まる息に耐えながら胸の辺りを見ると、おぼろげな輪郭が蝕むように無理矢理入り込んでくる所だった。 ぬな…っこいつ、あたしの中に……っ! イイ根性じゃないっっ!!!! そうそう取り憑かれて堪るかってのっ!! 浄化の呪文は使えなくても、力を削ぐことは出来るアストラル系ならば…っ 急ぎフロウ・ブレイクの呪文を唱え出すが、 刹那。 あたしと侵入者の記憶がリンクした。 思わず詠唱が途切れる。 …ソレは記憶。 とても語り尽くせない…言語中枢機能が麻痺するとか、そーゆーレベルではない。 はっきり言って、コレは拒絶であるっ 背筋が粟立ち、意識が凍り付くまでそう時間は掛からなかった。 あたしは理解したのだ。 相手の死を伝える恐怖感などではない。 入って来たソレの正体に戦慄した。 ソレはこの世のモノとは思えないにゅめっとしたふにふにの姿態。 わざわざ見せつけるように鈍い動きの後に続くのはぬらぬらの粘液。 あたしを地獄に落とす為だけに存在するよーな殻のない軟体生物。 「う、ううぅううぅううぎやぁぁぁああぁぁああぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!!!!!」 人気のない不気味な森に、似つかわしい絶叫が迸った―――― * * * * * 遠くから歌が聞こえる。 掠れているのに、どんなにも強く。 祈り、切望する歌声。 その旋律は懐かしいリズムだった。 聞き慣れた声で、哀願するように密やかに歌われていた。 旋律を頼りに近づいていくと、朧気ながら人影が佇んでいた。 「アメアメ降れ降れもっと降れ…」 「リナ…?」 「掛けられた塩を洗い流しておくれ…」 「そこにいるんだろ…?」 「体を溶かす白い結晶。わたしが消えてなくなるその前に。一滴の雨の恵みを…」 「…リナ?」 「わたしの流す血と引き替えに……」 声を掛けると、ゆっくりと振り向くリナ。 「わたしを苛む絶望を糧に…………」 じっと相手を見据え、押し殺した声で言う。 「その相棒の体、今すぐ返して貰おうか――?」 恐怖に引きつった瞳のまま、リナの口元はにたり、と笑ってみせた。 「殺したくせに」 知るか。 「我らの宿敵。我らを討ち滅ぼす為に生まれた悪魔め…っ」 少なくとも、ソレをしたのが自分ではないと確信は出来なかった。 オレが今まで斬った人間が取り憑いているのかもしれない。 だからといって、リナをそいつに渡すわけにはいかない。 オレは天使も悪魔も信じちゃいないが。 神族と魔族とでっかいトカゲならこの世に大勢いるからな。 オレが悪魔でも今更驚きはしないさ。 リナの瞳は怯えているものの、正気のままだろう。 体の自由だけ奪われたか? ちっ…このヤロウ。 勝手にリナと一つになってるんじゃねぇよ。 八つ当たり気味に気をぶつけ、瞬時に中にあった不純物を四散させる。 ロクに力もないただの浮遊霊は悲鳴を上げるまでもなく退散した。 「リナっ!!」 力を失って崩れ落ちるリナを受け止め、その温もりを確かめる。 歯茎を震わせ、リナは何かを必死に言おうとしていた。 少しばかり闘気を強くぶつけ過ぎたか? 「な、なななな、、、、、、 い、いた!!…アレが…あたしの中にアレが居たーーーーっっ!!!!」 ガタガタと震えるリナを抱き締めて、ゆっくりと柔らかな髪を梳く。 「いや、もういない。大丈夫だ」 「だ…っだってアレ!!な……ななななななめ…っっっあああ!?!? あっあの、この世の大厄災の元凶が!!あたしの中にーーっっ!!!」 「…あーつまりアレか。 リナの中に入っていた霊は、人間じゃなくてなめくじの………」 「言うな言うな言うなーーーーーっっっ!!!!」 半狂乱で取り乱すリナ。 思わず苦笑するオレにリナは涙目で抗議してきた。 「落ち着け、な」 「あ…あああぁぁああぁあぁ…っっ…いやぁああぁぁぁああ!!!!」 …仕方がない、な。 思いついた妙案についつい口元が緩む。 「も、もう嫌ああああぁぁああぁぁっっっっっっっ!!!!!! 全身に塩浴びるっっ!!胃の中まで塩漬けにしてやるーー…ぅん!?」 軽く口づけて。 『大丈夫』 濡れた瞳を間近で見据えながらそう囁くと、小さく笑ってみせる。 『もう、大丈夫だ』 怯えたリナを慰めるようにそっと、キスをした。 合間に囁いては、また口づける。 「大丈夫だ。 もう、平気だろ? オレもお前さんも、無事だ。だから…落ち着け、な」 「がう…り?」 「………っ」 きゅっと襟元を握りしめてくるリナが可愛くて、オレの中で何かが切れた。 「ふ…んっ……ぅん…っ!?」 リナの息苦しそうな喘ぎに気付くと、いつの間にその小さな舌を吸い上げ、貪るように絡めていた。 そっと解放してやれば、深く呼吸を繰り返し、切なげに伏せられた瞼がゆっくりと開く。 「…バカ。なんてコトするのよ?」 真っ赤な顔で睨んでくるリナ。 「んー?ああ、オレなりの落ち着け方ってヤツだな」 それなりに功を奏したのか、リナは大分落ち着きを取り戻していた。 それでも、耳まで赤くなってはいたが。 「散々よぉ…もぉーーーっっ」 愚痴るリナにオレもほんの少し同情的に苦笑する。 「でももう平気だろ?お前さんが全力疾走して離れなきゃ亡霊どもはオレがなんとかしてやるから」 「う゛〜〜〜っっそんなこといったってアンタ、巫女さんでもないのにどうやって追い払うってのよ?」 胡散臭げに見上げるリナ。 オレの中にはまたもやある名案が浮かんでいた。 今日のオレって意外と冴えてる。 緩んだ口元をリナに気取られぬよう必死に取り繕うと真剣味を孕んだ口調で問いかける。 「なぁ、幽霊と魔族って親戚みたいなものなんだろ?」 「は?……んーまぁ、ぶっちゃけそーだと言えばそうだけど?」 リナの目がよくアンタがそんなこと覚えてたわね〜と感心していた。 「じゃ、リナ。オレにイイ考えがあるんだ」 「うきゃーっガウリイ!潰れた顔がいっぱいぶら下がってるよーーっ」 「ああ、よしよし。ほらリナ。しっかりオレに捕まって♪」 しがみ付くリナにオレは満面の笑みで対応していた。 「うぎゃぁっ!?えぐいーっ!ぐろいーっ!!えげつないーっっ!!」 「大丈夫だって。ほら、もっと強く力込めて抱きついてみろ。 恐くなくなるから」 『てめぇら、人の死に場所でイチャついてんじゃねーー!!!』 やかましい。 オレのささやかな幸せを邪魔するなっ! ギラーンっと凄味をきかせて睨みを飛ばすと、静まりかえる亡霊の影たち。 ちなみにリナはそんな微笑ましいやりとりに気づく暇などなく、必死にオレにしがみついていた。 ……ああ、オレ。今すんげぇ幸せ。 魔族も精神攻撃が苦手なように、幽霊どもにも十分効果あった。 それはリナがオレに幸せをもたらしてくれるだけでいい。 耐え難いほど苦痛なのか、進むたびに出口への近道を教えてくれるという丁寧さだ。 しかし、訳あってそれはリナには秘密。 リナにバレてオレまでこいつらの仲間入りはしたくなかったし、幸せを少しでも長く堪能していたい。 何喰わぬ顔をしてオレはリナを宥め続けていた。 ついには腰が抜けたリナをお姫様抱っこし、ひたすら森を進む。 首にしがみついているリナがなんとも言えず最高のシチュエーション。 やっぱりこうでなくっちゃな♪ 『『『…頼むから出てってくれ…』』』 泣いて懇願する亡霊たちを脅し、リナをひたすら脅かしながら出口まで案内させる約束を取り付けたオレは、至極満足だった。 『…なんて霊使いの荒い……』 『つーか…ヤラセ?…』 ……なんだ、お前等、死んだのにまだ死に足りないのか? 『うーーらーーーめーーーしーーーーやーーーーーーー!!!!!』 「うぎゃああぁぁっっ!? い、今のは反則だかんねーーっ!!」 涙目で訴えるリナ。 ヤケクソ気味に脅かす亡霊たちは、どうやら良き協力者になってくれそうだ。 …うん。ここは気に入った。また来年もリナと来るかな♪ 『『『二度と来るなーーーーーーーっっっっ!!!!!!』』』 同時に、オレたちの視界が晴れ、木々の合間から外の光が差し込んでくるのが見えた。 「…森を抜けた?」 「そうみたいだな」 「でも、もーちょっとこのままだかんね」 真っ赤な顔で言うリナ。 「うん。役得だな」 「…ばーか(///)」 * * * * * 後日談。 「なぁ、リナ」 「なぁに?」 「なんか不気味なモンがお前さんの後ろにいるような気がするから、 今夜は添い寝してやるからな♪」 「けっこーよ!!!(//////)」 「そー遠慮するなって」 「やかましっ。だ、大体アンタ大人しく添い寝だけで終わる自信あんの?」 「いや。これっぽっちもない」 「真面目な顔してあっさり裏切るなーっっっっ!!!!!!!」 「だって、なぁ」 「なによ?」 「リナと一つになるのはオレだけの特権だから♪」 「…馬鹿(/////)」 おそまつ。 |