深い霧の中で…… 〜前編〜 |
深い深い樹海。 それこそ不気味森と命名したくなるほどの薄暗い樹海の中にあたしはいた。 別に肝試しをしているわけでもない。 ただ、このごろ暑くなってきたし、日焼けしたくないし。 とにかく、乙女には色々都合があるモノで、涼しい森を通って町に出よう、という計画に落ち着いた。 森自体も山間に広がるただの普通の森。 旅慣れたあたしたちにはどうってことはない森なのだ。 しかし、予想に反してあたしは苦戦していた。 しかも、未だかつてないほどに……… この森は地元どころか、近隣の国々でも有名な森だったそうだ(ガイドブックにも載っていた) ズバリ、心霊幽霊スポットとして。 いつものよーに鼻で笑い飛ばし、突き進んでいたあたしだったのだが……… どうやら、ほんっっきで自殺の名所だったらしい。 身に染みてわかった。 そう、居たのだ。しかも…………団体さんで…… 『うけけけけけけけけ』 バサバサと羽ばたくカラスの鳴き声。 しかし、カラスはそんな風に鳴かないもんである。 『かかかかかかかかか肉……血肉をよこせーーーーー!!!!!』 「うきゃーーーーーーーーーーー」 『こっちにおいで……こっちにおいで…』 「ほげーーーーーーーーーー」 『いひひひひひひひひひひひひひ、コロス。コロスコロスコロスコロス』 「ぴぎゃ゛ぁぁぁぁーーーーーーーー」 髑髏に遭遇し、血みどろの兵士追いかけられ、胴体の上と下の別れた女の人に別個に追い回され、悲鳴のバリエーションも尽きたところで走り通しだった足を止める。 あたしはふと気が付くと、一人だった…… 街道から外れた獣道。 奥深い樹海。 四方八方、目先も解らないほどの深い濃霧。 そんな状況にあたしはただ一人で佇んでいた。 そう、一人なのだ… いっつもあたしの後に付いてくる某クラゲ氏の姿はない。 森に入ってしばらくの時には、ずっと傍にいたのだ。 ……ちょろ〜っとあたしが一人で立っていられなくて、腕を貸してもらっていたのだが… 「あんの役立たずクラゲ〜〜〜っ!どーしてはぐれちゃうわけ!?」 ベシベシと、何故か人の顔をした妖木に蹴りをかまして八つ当たり。 散々幽霊どもに馬鹿にされたせいか、少し耐久性もついてきたかもしれない。 『ゔ〜〜〜〜……』 「木のくせに呻くな!!」 『…………………』 宜しい。 ベシベシっと再び蹴り続ける………と、また今のやり取りに違和感を感じ、動きがピタッと止まる。 …………木はフツー呻かないだろ。 ゆっくりと、木から足を退け、乾いた笑いをする。 「け、結構な特技で…………」 『ゔ〜〜ら〜〜〜め〜〜〜〜し〜〜〜〜〜やぁぁぁぁ〜〜〜〜』 「ぎゃぁぁぁぁぁああああっっ失礼しましたぁーーーーーーーーーーっっ」 ひぃぃーーっなんであたしがこんな目に…っ 一目散に逃げながら、こうやってガウリイとはぐれたのはあたしからだと思い出していた。 くっそぉ〜〜〜〜〜ひっつく物がないと余計に怖いぢゃないっっっ 「ガウリイ〜〜〜!!さっさと出てきなさいよ〜〜〜〜〜〜っっ」 ちょっぴり涙混じりの声は、虚しく木々の間を彷徨うだけだった。 冷静になって呪文を唱えればいいだけのことなのであるが…… かく言うこのあたしは、お化け嫌いだったりするのだった。 「お願いだから出てきてよ〜〜〜〜〜!!!!!!!!」 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 「ん?」 聞き慣れた声がしたような気がして、思わず足を止め、耳を澄ます。 …気のせいか? ややあってまた歩き出す。 「リナのヤツ、どこまで走っていったんだ?」 コイツらに引っ張られたり憑かれたりしたら面倒なことになるだろうに… 「自殺の名所って言うだけあって、死の吹き溜まりみたいな場所だな」 昔の―――……傭兵時代だった頃、何度か体験した事がある。 生死を分けた戦争が終わって振り返れば、いつもそこは死で溢れていた。 よく似ている。 あの感覚はそう消えるものじゃない。 オレがこーゆー類に平気なのは、所詮―――死人は死人。 新たに死を生み出すのは、常に貪欲な生者どもだからだ―――…… ぽりぽりと頬を掻く。 あいつがいないんで、どーも調子が狂う…いや、戻るのか? まぁいい。 それより早く、あいつに会いたいな。 さっきまであのリナが、オレにしがみつきっぱなしでかなり美味しいシチュエーションだったのに……。 ついつい愚痴も零れてくる。 脱兎の如く走り出したリナを見失ったのは痛かった。 ああ、オレあん時はすっげぇ幸せだったもんなぁ。 歩きながらリナに頭を埋め尽くしてにやけるオレは、端からみればかなり怪しかったらしい。 悲鳴を上げながら逃げていく亡霊どもの姿もちらほらあった。 まぁ、あいつらのおかげでもあるもんな。 そろそろあの意地っ張りなお嬢ちゃんにも観念してもらって、いつでも密着していたいんだがなぁ………それこそ、四六時中。 そして夜はもちろん…………………ふ。 オレは口元に怪しい笑みを浮かべながら勘の赴くまま歩み進めていった。 頭の中はいわずもがな………いいや、知らぬが…………なんだっけ? …………まぁ、いいか。 「ん?」 また足を止める。 微かに、耳に届く……女の…声――― 啜り泣く声に引き寄せられるように近づいてゆく。 「そこにいるのか?リナ?」 樹海と霧によって感覚が麻痺している…あいつの気さえ分からなくなるほどに。 ………くすん……くす………くすくす…… もう声は近い。 オレの耳には、啜り泣く声から笑い声に変わってゆくように聞こえる。 霧の中から現れるのは………… 「……やっぱ人違いかぁ…」 リナは色白だが、こんなに青白くない。 何より…胸の方が……………… 女の姿形をジロジロと見ながら胸中で呟くオレに、身体の透けた女が頬を覆っていた手を退ける。 「う〜ん。目ん玉ないし。ますます似てない。何よりリナは生きてるしな」 どうやら、これがリナの言う「幽霊」というヤツなのだろう。 ゴーストとかは平気で呪文ぶちかますのに、なんで幽霊は駄目なんだ? タチ悪そうだからか? 確かに、執念深そうだしなぁ。 「……ぃ……だ…ぃ……」 「何か言ったか?」 「目を…ちょう…だい………」 「へ?う〜〜んっと………」 ばぁちゃんが女子供には優しくしろって言ってたけど…… 「悪いなぁ。譲れないんだ」 「めを……その瞳を……ちょうだい………」 「そう言われてもなぁ〜」 オレも困るよな。 なにより…… 「やっぱり譲れない。悪いが諦めて―――」 「目を……よこせぇぇえええぇぇえええぇぇええ!!!!!!」 化けの皮が剥がれた悪霊が襲いかかってくる。 「人の話は最後まで聞けって…」 不気味な青白い腕を寸ででかわし、剣の柄に手を掛け、間合いを計る。 「誠心誠意尽くしてるつもりなんだからなっ!」 懲りずに再び突っ込んで来る悪霊を今度は上半身だけで避け、身体をひねらせ、斬妖剣を抜き放って攻撃を受け流す。 「目は駄目なんだよ。 あいつが見れなくなるし、護りにくくなる。それに―――…」 「よこせぇぇぇええええぇぇえぇぇえええええ!!!!」 ギンッ! 剣が掴みかかってきた悪霊の胸に深々と斬妖剣が突き刺さり、すれ違いざまになぎ払った。 オレの手に返ってくる確かな手応え。 「ぎゃぁぁぁぁぁああああああぁぁぁあああぁぁ…………」 断末魔を上げ、悪霊はあっけなく掻き消えてゆく。 それを見届けてから、そっと呟く。 「それに、あいつがオレの瞳、好きだって言うからな」 〜続く〜 |