愛しさゆえに・・・

〜後編〜





















「ガウリイ! 入るわよっ!!!」


ドバンっ!と蝶番が壊れそうなほど乱暴にドアを開け放ち、入ってきたのはたった今出ていったばかりの少女。

パジャマの引き裂かれた部分を手でかき合わせながらズカズカとベットに力無く座っているオレの前まで歩いてきた。

何か言おうと口を開いたが、その言葉は飲み込まれ、視線は血が流れているオレの手に注がれていた。


「何やってんのよ、あんたわ!」

リナが慌てて治療呪文を唱え、オレの傷口に当てる。
柔らかな光が手を包み、傷を癒していく。




「・・・何しに来た?」








「あんたに文句の一つも言ってやろうと思ってね」

傷口が塞がり、一段落ついたところで、リナがそう言ってきた。


「ったく何なのよあんたは。保護者って言っときながらあんなことして・・・しかも気の迷いですって?ふざけないでよ。」

「・・・・・・・・・」

「しかも好きな男が出来たって言えば『殺してやるから連れてこい』ですって?冗談じゃないわよ。」

「あれは本気だ。連れてこい。殺してやるから」

「連れてきたわよ」

「・・・そうか」

オレは手に届く所に置いていた斬妖剣を取る。
リナを守るつもりで探した魔力剣でリナの大切なものを奪うものになるとは・・・お笑い種だな。

「何処だ?」

「ここよ」

「?」

何処にもそれらしい気配は無い。
何処に居るんだと、リナに視線を戻す。

「何処見てるのよ!ここよ、ここ!」

リナは自分の紅い瞳を指差す。


そこに映っていたものは……………


「ったく・・・」

がしがしっと頭を掻いて、リナは溜め息を吐く。


「つ・ま・り。あたしが好きなのは今あたしの瞳に映ってるどーーしようもない鈍感・クラゲ・自称保護者なの!
それなのに、あんたは子供扱いばっかりして・・・傍にいると胸が苦しくて苦しくてもう耐えられそうになかった。だから、子供としか見てくれないなら別れようって。もし止めてくれるなら自分の気持ちを伝えようって。それがなによっ!
どっちとも割り切れないような態度で!!おかげであたしの一大決心が水の泡よ!!!」


それって・・・・

オレの手から剣が滑り落ちる。

「ふんっ どうすればいいのよ、あたしは!!
 あんたの傍に居て良いのか、別れなきゃならないのか、
 分かんなくなっちゃったじゃないっ!!!」


……っリナ!! リナ、リナ、リナ!!!

オレはリナの細い腰を攫い、掻き抱く。
リナの存在を感じるように、
これが現実だと感じるように――…


「・・・・・・・。これも気の迷いなの?あたしが哀れだから?だったら大きなお世話よ。余計にあたしが惨めにな・・・」

「愛してる」

「・・・・・!?」

「愛してるよ、リナ」

「・・・・・・・・」

「気の迷いなんかじゃない。オレはお前をずっと愛していた。リナを、リナだけを」

「だったら・・なんでさっきはあんなこと言ったの?」

「・・・・・・・もしお前がオレの傍から離れていくのを止められないなら、憎まれてもいい。恨まれてもいい。ただ、お前にオレを忘れて欲しくなかった」

リナがその細い腕をオレの腰に回して、力を込める。

「ややこしいことしないでよ……ばか」

「それはオレのセリフだ」

リナに好きな男がいるって聞かされたとき、本当に胸が千切れるかと思った。
怒りと絶望で我を失う寸前だった。

オレはさらにリナをきつく抱き締める。

「お前はオレの傍にいればいい。他の何処へもいくな。
 オレだけの物になれ」

「なによぉ…始めっからそう言ってくれれば・・・」

「すまなかった」

恐かったんだ。
保護者面しているオレが、こんな気持ちをお前に抱いているの、何よりも大切なお前に知られるのが。
お前がいつもの無邪気な笑顔を見せてくれなくなるのが。
お前の隣にオレの居場所が無くなってしまうのが―――

失ったときの戦慄に耐える術が無くて。


もはや、一度手にしたからには、こんなにも愛おしくて手放すなんて考えられない。
もっと触れ合いたくて、ほんの少しだけリナの身体を放す。


「リナ」

「ガウリイ・・?」

名を呼んで心を満たし、ゆっくりとリナに顔を近づけていく。

「・・・っ」

リナは頬を紅潮させ、覚悟を決めて紅い瞳を閉じる。
初心な反応に小さく微笑むと、オレは触れるだけの口づけをした。
ささくれて乾いた心が瞬く間に満たされていく。

唇を離せば、リナの瞳がゆっくりと開かれる。
朝靄の中に咲く花のように、艶やかに潤んで、うっとりとした瞳。

それを目の当たりにした刹那、オレはそれに溺れた。


さっきとは比べものにならない激しい口づけ。
息すら吐けないほどの荒々しさでリナを貪る。

「・・・・っはぁっ・・・んっ」

リナが息をしようとしても、オレがすぐに塞ぎ、隅々まで探りを入れる。絡めて放さない。吸い上げて、交わらせる。

「んんっ・・・っはぁっ・・・っはぁ・・・ん」

そうやって何度口付けたのか、やっとの事で放してやると、リナが力無くもたれ掛かって、オレの腕の中で乱れた呼吸を整える。

「くらげ〜初心者には優しくしなさいよぉ…」

「悪い。嬉しくて、つい…」

本当はリナの瞳と唇の甘さに理性が吹っ飛んだ、などとは言わないでおこう。
未だ腕の中でグッタリとする少女を抱き上げ、ベットの真ん中に置く。

襲われかけた恐怖を思い出させないように優しく、破れた服を押さえている細い指を外し、胸元に唇を落として強く吸い上げる。

「ちょっ……ガウリイ!?」

うわずった声が上がるが、かまわず吸い続け、唇を離せば鮮やかな紅い刻印。
リナがオレを受け入れてくれた確かな証。

「ばっ……馬鹿っ!!!なにすんのよっ」

リナが慌てて前をかき合わせる。

「オレの物って言う印」

しれっと答えてリナの反応を楽しむ。
恥ずかしげに顔を赤らめ、次は怒ったように睨め付けてくる。

「ばかっ」

「そ、知らなかったのか?オレは馬鹿なんだよ」

「なに威張ってんのよ!」

「だから・・・ずっとオレの傍にいてくれ。オレがちゃんと生きていけるように」

リナを優しく抱き締め、その艶やかな髪に手を埋める。
もう我慢する必要もないよな?

「う゛〜〜しゃーないわねっ 思いっきしこき使ってあげるわよ」

リナらしいな。
ウブなところも、照れ屋なところも……鈍いところも。

目を細めて意味ありげに微笑むと、リナが何故かピシッと音を立てて固まった。
どんなに男女の仲に鈍くても、本能で何かを悟ったらしい。
こめかみから一筋、光るものが流れた。

「…………ええっと、なんとなく、ここに居ちゃいけない気がするから、あたし、部屋に戻るわ」

「何言ってんだよ、リナ。ずっと傍にいてくれるんだろ?」


離れようとするリナの腕を引き戻す。

「それとこれは話が別!」

リナも負けじと手で押し返す。

「えーーっっ折角リナがこんなそそるカッコしてるのにぃ?」

ホントにリナは非力だな。
……もっとも、非力じゃなくても今日は放さないけど。


「誰がさせたのよ!」

「もちろん、オレ」

ぐいっと引くと、あっさりとベットに倒れる華奢な躰。

「・・・・なにするのよ」

「さっきの続き」

「・・・・・続きって・・・」

さっきの事を思い出したんだろう、熟れたトマトのように赤面する。

「や!」

「何で?」

「恥ずかしいもんっ」

「任せろって・・・」

「やったらやったらやなのっっ!!!!!!!!」

「いいから・・・」

「・・・や・・・ぁ!」





絶え間なく続く攻防戦がいつの間にか妖艶な声に変わって行ったのは、夜も更けた頃。

リナ。
まさかそう簡単に積年の想いが伝え終わると思うなよ?

もう不安なんて欠片も感じさせないように、たっぷりと愛とオレを注いでやるからな。





オレは今、この艶やかな栗色の髪に顔を埋め、

この柔らかい唇を思うがままに貪り尽くし、

この華奢な躰を折れるほど抱き締めて、

この白い肌に、幾つもの印を刻み込んでいる。






それでも、彼女は傍にいてくれる。

オレの、恋人として―――…














おわり。