 |
 |
| 愛しさゆえに･･･ |
あの艶やかな栗色の髪に顔を埋め、 あの柔らかい唇を思うがままに貪り尽くし、 あの華奢な躰を折れるほど抱き締めて、 あの白い肌にオレの印を刻み込みたい････ 幾度となく溢れそうになった想い。 その想いを理性の鎖で戒め、保護者の仮面を被り続けた。 あいつの傍に居られるなら――――と。 「ガウリイ･･･別れて欲しいの」 彼女の口から発せられた言葉。 なんの前触れもなく、告げられた離別の言葉。 夕食を食べ終え、部屋に引き上げ、それぞれが眠りにつく頃。 オレの部屋のドアが叩かれた。 入ってきたのはオレが思い焦がれる女。 パジャマ姿というあまりに無防備な姿に溢れそうになる欲望を押さえ付け、彼女の意向を尋ねる。 そして発せられた言葉。 それが―――別れの言葉だった。 「どうして？」 叫び出したくなる衝動を堪え、静かに問いかける。 その声は固く、心なしか震えていた。 「別れたいから」 静かに、けれどはっきりと言う彼女。 「理由は…？」 そんなんじゃ納得できない。 できるわけないだろ！？ オレはお前を片時も手放したくないのに。 オレはただひたすら、お前が愛してくれるのを待っていたのに。 それでもリナはオレから離れていくのか？ どうしてだ？･･･……どうしてなんだ！？ 「自分の気持ちに気付いたの…… 好きな男がいるの。もう耐えられないのよ」 切なく、苦しそうに訴える少女―――いや、 その表情はもう少女といえるものではなかった。 男を愛し、苦悩する女。 そんな表情を見るのは初めだった。 頭を殴りつけられるかのような衝撃を受ける。 オレはそんな表情は見たことはない。 オレはお前に、そんな表情など教えてはいない。 いつの間にそんな顔が出来るようになった？ どこでそんな感情を覚えてきた？ その憂いを帯びた表情がオレにもたらしたものは、純粋な怒り。 嫉妬と独占欲が溢れ出し、吐き気さえ覚える。 いつも恐れていた。 いつかはこんな日が来るかもしれないと…… リナに好きな男が出来たらオレを捨てるんじゃないかって。 オレは保護者であって、決してリナに男としては見られてはいないのを知っていた。 オレが好きな男のもとに行くリナを止められないことも―― だからそうならないように、リナから男を遠ざけた。 保護者という名目で。 オレが隣にいれば大丈夫だ、と。 もしかしたら、リナがオレを愛してくれるんじゃないか、と。 都合のいい考え。 淡い期待。 ほんの少しの優越感と、ほんの少しの罪悪感。 そして、その結果もたらされた裏切り。 リナの言葉でうち砕かれた想い――― 「あんたには感謝してるわ。ここまで付き合ってくれて･･････ ねぇ、聞いてるの？ ガウリイ？」 別れるだと？ リナが？ オレから？ この声を聞くのも最後？ この声がオレを呼ぶのも最後？ この紅い瞳がオレを映すのも最後？ そんな事は許さない。 逃がさない････放さない･･･どんな汚い手を使っても･･･っ 溢れ出した欲望。 戒めが解かれ、姿を現すもう１人のオレ。 巧妙に彼女から隠し続けた男のオレが現れる。 自分の欲望を満たす、ただその為だけに――― 無言のままリナに歩み寄り、彼女の細い腕を掴み上げ、ベットに放り投げる。 小さく悲鳴を上げるリナは驚愕しきった目でオレを見つめ、オレもまたそんなリナを一心に見つめていた。 薄く酷薄な笑みを浮かべて。 常軌を逸した狂気の微笑で。 ベットのスプリングでリナの躰が跳ねあがる前にオレが上に覆い被さる。 「なにす･･っ！？」 「お前は、誰にも渡さない･･」 その言葉でリナの瞳が見開かれる。 「な、に言って･･」 「好きな奴ができた？なら、オレの前に連れてこい。 お前の前で容赦なく殺してやる･･･っ！」 「がう･･」 彼女の声が震える。 強い光を秘めた紅い瞳には怯えの色。 普段とは明らかに違うオレに怯える少女。 怯えるリナのパジャマに手を掛け、左右に引き裂く。 静かな夜に響く、耳障りな音。 飛び散るボタンと、露わになる新雪のような白い肌。 「やぁっ！！」 剥かれた恐怖に悲鳴を上げ、激しく暴れ始める。 「何するのよ！？ 放して！放してよ！！」 「お前はオレの物だ」 必死に抵抗する非力で細い両腕を片手で纏め上げ、 もう片方の腕でリナの露出した肌を愛撫する。 「やめてっ！ おねが、い…っ！」 震えた声。 怯えた瞳。 恐怖にわななく小さな身体。 これがオレが守ろうと誓った少女の成れの果て。 守るはずのオレが今、彼女を踏みにじって壊そうとしている。 もう元には戻れない･･･ それでも、リナがオレから離れていかないのならば―― どんなに蔑まされようと、どんなに詰られようと、構わない。 嫉妬と独占欲に捕らわれたオレは、リナの柔らかい唇に口づける。 初めて触れるそれはふっくらと柔らかく、オレの背筋を震わせ、理性をドロドロに溶かしてゆく。 すぐさまリナは身を捩って背けるが、顎を掴んでこちらに引き戻し、無理矢理口づける。 初めて味わうリナの唇は甘くて――切なかった･･･ これは決して同意の上でないのだから。 「リナ･･･」 このままオレのものにすれば、リナは離れられなくなる。 オレはそのままリナの首筋に顔を埋めた。 五月蠅い･･･もう待つだけのオレは終わりだ。 だから何だ？ オレだけのリナであればいい。他には何も望まない･･･ ぽた、…ぽた、ぽた････ …リ、ナ････？ オレのされるがままになっていたリナを見上げる。 彼女は、静かに、ただ静かに涙を流していた。 天井を見る感情のない瞳で。 抵抗もせず、泣きじゃくるともせず、ただ静かに泣いていた。 紅い瞳からこぼれ落ちた雫が、シーツを打つ音さえも聞こえるほど静かに。 「リナ･･･」 問いかけても応えない。 リナはオレの存在自体さえも拒絶したのか？ ゆっくりとリナの束縛を解く。 手を放せば、彼女の細い手首にくっきりと痣が出来ていた。 ―――終わりだ････何もかも――― リナの幸せを願って送り出してやることも出来ず、ただ自分の薄汚い欲望に駆られ、リナを傷つけた。 失ったものは、何一つ取り戻せない。 せめてもの償いとしてリナの瞳から止めどなく溢れる涙を手で拭いてやる。 オレじゃダメなのか？ こんなにお前を愛しているのに････ 狂おしいほど愛しているのに････ お前はオレを拒絶するのか？ 下唇を噛み締め、手を握りしめる。 自分の中の欲望を押さえ付けるように。 二度と溢れ出さないように。 「す、ま･･･ない･･･どうかしてた。 お前の――リナの好きにすればいい…」 これでいい。 これでいいんだ―――… 「どうかしてた？ただの気の迷い？ それだけであたしにこんなことしたの？」 夜の静けさを再び破ったのは、涙に濡れた彼女の声だった。 そうじゃない。 オレはそんな軽い気持ちでお前にこんなことしたんじゃない。 そう言ってやればいい。 リナにオレの思いの丈をぶちまけてやればいい。 ･･･でもオレは罰を受けなければならない。 リナを怯えさせ、傷つけた罰を。 リナが自分を取り戻すために――― 「そうだと言ったら？」 「･･･一生･･許さないわ」 許さない？一生？ そしたらリナは心の何処かでオレを残してくれるのか？ ････それなら憎まれても悪くない。リナにオレを刻み込めるなら。 「････そうだ」 その言葉を聞くと、真紅の瞳に力が戻る。 いつもの勝ち気な少女の瞳。 憎しみで、憎悪で、ギラギラと輝く真紅の瞳はこの世のものとは思えないほど鮮烈で美しかった。 「許さない･･」 「それで良い。 オレを憎め、恨め、軽蔑しろ。そしてオレを忘れるな」 リナが僅かに眉を顰める。 「？ 何言って･･･」 「早く部屋に戻れ。もっと犯されたいのか？」 彼女の上から退いて、強引に立ち上がらせる。 早く戻ってくれ。 オレがこれ以上お前を傷つけないように――― ゆっくりと涙を拭いて、リナは歩き出す。 そして、緩慢な動きでドアノブに手を掛ける。 いくな････いかないでくれ！ オレを捨てないでくれ･･･っ その言葉を強く手を握り締めることで押さえつけ、言葉を飲み込んだ。それと引き替えに、握り締めた手にはヌルリとした感触が広がってゆく。 ぽた、…ぽた、ぽた････ 赤い雫が、床に落ちる。 伸びていた爪が皮膚を突き破って溢れ出た血の雫。 先ほどの彼女の雫とは比べものにならない汚れた雫。 至高の涙とオレの血では流す意味も違う。 どうか幸せに。 今口を開けば引き留めてしまうかもしれないから、 言葉には出来ないけれど。 どうか、幸せに――… 「何か言いたいことは？」 一度だけ振り向く別れゆく少女。 その言葉に視線を上げ、彼女を見る。 悟られないように、血が滴れ落ちる手を隠しながら。 何処までも卑怯な自分。 最後になっても偽り続ける自分。 オレはただ臆病なだけかもしれない。 リナに真実を言ってはね除けられるのが―― 「元気でな。リナ…」 「それだけ？」 僅かにリナの言葉に怒りが籠もる。 謝罪の言葉が欲しいのか？ それはだめだ。 それでもしリナがオレを許しちまったら、リナの中にオレが残らなくなる。 どんなに蔑まれようと、憎まれようとも、それだけは嫌だ。 「それだけだ。他に何も言うことはない」 「･･･そう。じゃあ、さよなら」 硬い表情と硬い声音のまま、リナは部屋を出ていった。 なに一つ想いを言えぬオレを残して――― ぴしゃん･･･ぴしゃんっ･･ 血が止まらない。 違う。オレの爪が力を緩めず、さらに奥深くを抉っているせいだ。 床の染みは血だまりとなって一滴、また一滴と落ちていく。 オレは手当もせず、ただ無感情にそれを見ていた。 続く |
|
|