あなたの欲しいモノは何ですか? |
旅の途中で何気なく立ち寄った、ある国の、ある町の、ある宿屋の二階にあるとある一室。 外はとってもいい天気で、五月病を誘発しそうなぽかぽか陽気なのに、部屋の中に閉じ籠もっている気配が二つ。 そのうちの一人は、開け放った窓から入り込んだ風に髪を揺らされる少女――真剣な表情で手にした魔道書を読み耽っています。 でも何故か、ひたすら何かに耐えるような表情をして――よく見ると、ページを捲る手が微かに震えていたりします。 そして、もう一つの気配の持ち主は―――・・・ 窓際に椅子を移動して、一番日当たりと風通しが良い陣地を陣取った少女の真後ろ――寝台に腰掛けて、何やら嬉しそうに手を動かしています。 それはそれはとろけそうな顔で――・・・。 ビリっっ・・・ 紙が破けるような――実際破けちゃいましたね。 異常に力が入った指のお陰で、一昨日、魔道士協会から拝借してきた『持ち出し厳禁』と書かれた本の一部が無惨に切り取られているではありませんか。 そんなことにはお構いなしに、今まで必死に耐えてきた少女の怒りのゲージがMAXまで到達してしまったのです。 「ねぇ・・・ガウリイ?」 しかし、少女は我慢強かった――本人曰くですが――暴れ出すのは最後の手段にとっておくことにして、自分の機嫌を損ねる張本人の名前を呼びました。 勿論、思いっっっっっ切り怒りを込めて―――。 「なんだ?リナ?」 少女――リナの不機嫌極まりない声と対照的に、明るく、楽しく、朗らかに答えてきます。 青年は、本に夢中になっていたリナがやっとこさ自分の名前を呼んでくれたのが嬉しくて、そういう表情になったのですが、リナにとっては振り切る怒りのゲージと共に、ブザー(非常警戒警報)が鳴り響く結果となりました。 対するガウリイは手を動かしたまま、何を言うのかと目を輝かせながら待っています。・・・まるで犬っころのよう・・・。 パタパタと尻尾を振る姿が目に浮かびます。 こんなバカでっかくて、食い意地がはった犬なんかいらないけどね・・・ってそれより! 「ねぇ、ガウリイ?あたし、集中したいんだけど」 「ああ、いいぞ。好きなだけ本読んでても♪」 ん〜〜〜いい香り。リナの髪・・・オレのリナの髪(はぁと) ・・・つまりはそーゆー事です。 今朝からまったく相手にされなかったガウリイは、自分なりの楽しみ――大好きなリナちゃんの髪を梳いては、指に絡め、絡めては梳いて――を飽きもせず、ずっと繰り返していたのです。 「集中したいんだってば!」 リナにしてはかなり辛抱強く、遠回しに言います。 それでもやっぱりガウリイの手は止まりません。 今度は、その一房を取って、それに口づけます。 ちなみにリナは知りませんでしたが、もう何度もやられていたりします。 「ああ。」 ぷちっ ついに、止める様子が一向に見られないガウリイに対して、貯まった怒りが炸裂する時が来ました。 こめかみと口の端を引きつらせまくりながら、すう・・っと息を吸います。 そして振り向きざまに一発。 「だから!人の髪を絡めて遊ぶなって言ってんの!!!!」 「え゛え゛〜〜〜〜っ」 あ〜すっきりした。やっぱし貯めとくと体に悪いしねぇ〜 リナがさっぱりとした顔になった代わりに、ガウリイの表情が一転、悲しそ〜〜〜な顔になります。 ぢつは、リナ、彼にそんな顔をされるのがイヤで今まで我慢してきたのですが、結局は報われぬ努力となりました。 くるっと向き直って、また本に目を通そうと視線を落とそうとすると、ピンっと髪が何かに引っ張られている感覚がします。 小さくため息を吐いて、ちらっと後ろに目を走らせてみると、捨てられた子犬のような目でこちらを見ているガウリイ。 「リナぁ〜〜」 「鬱陶しいの!」 ピシャリと言われ、耳としっぽ、ヒゲまで垂れ下がってしまった犬っころ君。 これが超一流の剣士というのだから、世の中なにか間違ってます。 でも、認めたくないけどそーなのよねぇ・・・。 リナは視線を再び本に落として、今更ながら、そんなことをしみじみと考えてしまいます。 と、またピンピンっと髪をひっぱる感覚。諦めの悪い犬が食い下がっているのでしょう。 「駄目ったらダメったらだーーーめ!」 ダメを連発して髪を一纏めにして前に流します。 これで大丈夫のハズ。リナは、本の知識を頭に流し込む作業を再開しました。 一方、残り香だけを残して、大好きな髪を取り上げられてしまったガウリイ君・・・と、リナが髪を前に流したせいで滅多にお目にかかれないうなじが露わになっているのを目ざとく見つけます。 ぴょこんっと犬っころから食欲旺盛なオオカミ君に変身。 誘っている(ように見える)うなじに触れ、おまけに食べちゃいました。 「うにゃぁ!?」 愛らしい(←ガウリイフィルター付き論)変な(一般論)声を上げて、リナが前に跳びずさります。 まったく油断も隙もあったものではありません。 「ガ〜ウ〜リ〜イ〜!あんたって男は〜〜〜〜っっ」 人三倍くらいウブな少女は、顔を真っ赤にして怒鳴ります。 勿論、口より手の早いリナのこと。 怒鳴る前に持っていた魔道書を投げつけますが、反射神経も超一流のガウリイに難なく避けられてしまいました。 ちなみに、そのせいで『持ち出し厳禁』と書かれた本の背表紙が千切れてしまったのですが、人災ではなく老朽化だとリナが勝手に決めつけたため、詳細は不明とさせていただきます。はい。 「〜〜っ暇なら暇で人に迷惑かかんない遊びを見つけなさいよ!」 「だって・・・・リナ、天気いいのに外出しないし」 「だ〜っ!子供じゃあるまいし一人で行けばいいじゃない!」 「リナがいないんじゃつまんないだろ〜?」 「ばっっ・・・う゛〜〜っだって・・・その魔道書、読みたいんだもん」 「だろ?じゃ、諦めろよ」 「だから!なんでそーなるのよ!!」 よく分からない理屈を捏ねられ、このまま丸め込まれては、ガウリイの思うツボ。必死にリナは考えます。 と、ぽん。と手を打ちます。 どうやら良い考えが浮かんだ模様。 にっこりと笑みを浮かべてガウリイに近づいていきます。 「ねぇ、ガウリイ。あんたに一つ暇つぶしのお仕事を提供してあげるわ」 「仕事ぉ〜?」 「そ、あっ大丈夫よ。あんたの春真っ盛りな頭を持ってしても達成できる仕事よ。お使い。うん。それなら今時五歳の子供でも出来るわよ」 「お使いねぇ〜」 あまり乗り気がしない、といった表情です。 「いいじゃない。こんなクラゲが降ってきそうなほどいい天気なんだし。なんてったって今はガウリイの季節ってカンジじゃない?」 「オレの季節?」 「そ。春と言えば、やる気をなくす。やる気がないといえば、 あんたのその、のほほんとしたツラ!おまけに頭の中は常春だしぃ〜雰囲気も春って感じだしねぇ〜まさに春よ春。春真っ盛り!!」 ・・・・酷い言われようです。誉めているんだか貶しているんだか分かりません。あがちな外れてはいないリナの言い分に、 ―――・・・それと、発情期ってやつかな。などと、リナの熱弁に加えてこっそりと付け加えるガウリイ君もなかなか・・・・ 「でね、丁〜度薬草が切れかかっていたのよ。それ買ってきて♪」 「やくそうって・・・」 「・・・・あんた・・・まさか知らな―――い、いい。言わなくていいわよ。うん。世の中には知らない方がいいって事もあるしね。 念のため簡単に説明すると、薬草ってのは傷を化膿させないようにして、治りを早くするのよ。ま、一時凌ぎだけどね。魔法が使えない旅人には必須アイテムなんだけど・・・・ガウリイのことだしねぇ・・・ でも、お店の人に言えばくれるから。いっといで」 ちゃり〜〜んっとお金が渡されます。勿論。ピッタリに。 「なぁ、リナは魔法が使えるんだろ?」 「と〜〜ぜんぢゃない」 「なら、どーしてそんなモノ買うんだ?」 「そっ・・そりは・・そのっ」 そうです。リナは自他ともに認める凄腕の魔道士。 本来ならそんなモノは必要ないのですが・・・ やっぱし、日頃どんな凶暴、極悪、どらまた魔道士と言われようと女の子は女の子。魔法が使えない日が巡ってくるのです。 「あっ、分かったゾ。あの日・・・」 「それ以上言ったらコロス!」 今にもコロス笑みを浮かべながら凄みます。 な〜〜〜〜んでコイツはこんなにデリカシーがないかなぁ!? 「と・に・か・く・行って来なさい。お使い行って来たら何かご褒美あげるから」 「ホントか!?」 その一言で、ぱぁぁぁっと顔を明るくするガウリイを見ながらリナは内心で悪魔の微笑をします。 やっぱ単細胞のガウリイは操りやすいわねぇ。 ぢつはリナ、戻ってきたら『良くできました』と言って頭撫でてあげれば良し。などと考えているのです・・・・が、果たしてそれが吉と出るか凶と出るか・・・・。 「じゃ行って来るな。ご褒美の話、忘れるなよ!」 あんたの方がその危険が高いくせに、などと思いながらも行ってらっしゃいなどと軽く相槌を返すリナ。 寝台に投げ捨てられていた魔道書を拾い上げ、また椅子に座り直して読みかけのページを探します。 間もなくして、すぐ本の中に引き込まれたリナでしたが、ガウリイが宿の外からリナがいる窓に向かってもう一度行って来る、と声を掛けられた時、ふと、本から顔を上げ、窓の外へ顔だけ出して忠告します。 「ガウリイ、遅くてもお昼前には帰ってきなさいよ〜」 ちなみにお昼までには一時間以上あったりしますが、ガウリイには徒歩10分の薬局に行って戻ってくるにはぎりぎりだと相場を踏んだからでした。 おう!という軽い返事を聞いたリナは、心置きなく本の世界にのめり込んでいきます。 そして、ガウリイ君のお使いが始まりました――― とぅーびぃーこんてにゅぅ〜☆ |