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〜 最終話 〜
















ここは・・・何処だ・・・・?

何もない

何も見えない

何も聞こえない

ここにいるとオレという自我さえ曖昧になってゆく・・・





これが ―――『死』―――




オレはこのまま死ぬのか・・・・?

いやだ

イヤだ

嫌だ!

天命に背いたとしても、

神に罪の烙印を押されたとしても、

あいつの・・・リナの傍にいたい!




混沌から抜け出そうと必死にもがくオレの一部に柔らかくて温かいものが触れる
なんだこれ・・・?

温かくてほっとする・・・

それを感じるや否や、無くなったはずの血が逆流し、混沌から引きずり戻されていく。

なんだ・・・・・体が  焼けるように  熱い!!



ボン!




かなり景気のいい音がする。
が、そんな音なんてどうでもいい。


オレが聞きたいのはあいつの声だけだ。
オレが見たいのはあいつの笑顔だけだ。



オレはもう一度リナの顔が見たくて、リナを安心させてやりたくて、瞳を開く。
そこには、涙を流しながら驚いたように目を見開いたリナがいた。


「・・ガウリイ・・・・・」

リナからオレの名が紡ぎ出される。
やっとオレの名前、分かってくれたのか・・・でもオレはもう・・・


あれ?

そこでふと気付く。
自分の体から痛みが完全に消えていることに。



「・・リナ・・」

自然と言葉が零れる。
それは紛れもなく人の言葉。
手を見ればぷにぷにの肉球付きの手ではなく、彼女を守るために剣を振るう節くれの手。

オレ・・・戻ったのか?


「リナ、オレなにに見える?」

「バカくらげ」


リナは泣き笑いをしながら声を絞り出す。

「もう泣くなよ。オレ、大丈夫みたいだから」

リナの大きな赤茶の瞳から溢れ出る雫を手で拭ってやると、閉じた瞼からまた一雫、こぼれた。
彼女がこんな風に泣いてくれるのはオレのため。
不謹慎だとは思うが、心の何処かで歓喜している自分が居る。

「なんなのよ 一体どうなってるのよ・・・さっぱり分かんないわよ」

うーん・・・確かに・・・な。勝手に居なくなったはずのオレが犬で、死にそうになったのに人間に戻ってて…。

オレ自身も分からないことだらけだが、何よりリナが一番。

もっと良くリナの顔を見たくて、オレはリナに自分の顔を近づける。
彼女の瞳に映るのは人間のオレ。

本当に人間に、戻れたんだ・・・
あれ?でも人間に戻れる方法って・・・・確か・・・・


リナが照れたようにそっぽを向く。
と そこでギチリとリナが固まり、顔を引きつらせる。

どーした?


「きっ・・・」
「き?」

オレはリナの言葉を繰り返す。


「ぎゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁああああーーー!!!!」


リナは鼓膜が張り裂けそうなほどの悲鳴をあげて、今まで抱き上げていたオレを放り出しオレに背を向け、手で顔を覆う。

「ってーーーなんだよいきなり・・・・」

放りだされた勢いで打った頭をさすりながら立ち上がる。
折角リナの膝枕堪能してたのに・・・

「あんたはぁぁ!乙女になんてもん見せんのよ!!」

くぐもった声で絶叫する。

えっ?格好って・・・
自分の体を見渡せば、一糸纏わぬ姿。

……………そーいや犬ん時、服なんか着てなかったもんなー…
当たり前か。


「なぁ、リ・・・・」

リナの肩に手を置こうとしたのだが、脱兎のごとく逃げていく。

「いやぁぁーーへんたいーーー露出狂ぉぉぉ近寄んないでぇぇーー!!!」

「お前なぁ…そんな大声で言わなくても・・・・取り敢えずなんか着る物くれよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

リナは背を向けたままマントの留め金を外し、こちらに放る。
オレはそれを体に巻き付ける。

「もいいぞ」
「う゛ーーーー」

リナがこちらをちらっと見てまた背を向ける。



「リナ」

リナが近寄ってこないのでこちらから近寄っていく。

「こっち来るなぁ!」

リナの顔を見ればこの上ないってほどの真っ赤。
ホント、照れ屋だなぁ。

「ありがとな、リナ」

また逃げようとするリナを後ろから抱き締める。
リナは一度 ぴくん、と身体を震わせたが、それ以上は抵抗してこなかった。

温かいリナの体温。
混沌でオレが感じたものと同じ・・・
リナは見るからに細身なのに、思った以上に柔らかくて抱き心地がいい。



「あんた・・・あたしを置いていったんじゃなかったの?」

暫くしてリナがぽつりと呟いた。

「オレがお前を置いていくわけないだろ。現にずっと傍にいただろ?」
「犬で?」
「そっ 犬で。お前ちっとも気付いてくんないんだから・・・・」
「どーして犬なんかになったの?」
「それは・・・・」

「それは僕がご説明いたしましょう」

突然 厄介ごとの張本人が現れる。

「ゼロス!」

リナが叫ぶ。

「いやーリナさんお久しぶりです。おや ラブシーンの途中でしたか?」

ゼロスのわざとらしい言葉でリナがまだオレに抱かれているのを気付かせる。

「はなせー!!」

振り解こうと暴れ出すが、浸りきっていたオレの腕がそれを許さない。
ちっ ゼロスの奴、何処までも邪魔しやがって・・・・


リナが逃げ出さないように気を配りながらゼロスに嫌味を返す。

「さっきからずっと覗き見してたくせに 今更なんだよ」

「おやーガウリイさんは本当に鋭いですねぇ」

「こんの・・・デバガメ魔族ーーー!!」

リナは逃げ出すのは無理と悟ったのか暴れるのを止めて怒りの矛先をゼロスに向ける。

「なにはともあれおめでとうございますガウリイさん。呪い、無事解けたじゃないですか」

「呪い?」

リナが不思議そうにこちらを見上げる。

「おかげさんでな」

不敵に笑ってリナを抱き締める腕に力を込める。
こら、リナ。お前さんはさっきの野郎どものせいで服が乱れているんだから、他のヤツの目には毒だぞ?
例え魔族だって、リナの肌は見せたくない。
混乱して忘れているんだろうが、白い胸元なんかは惜しげもなく………すまん、リナ。オレも少しヤバイかもしれん……

ぎゅっと強く掻き抱きながら、日頃培ってきた自制心で呼吸を落ち着ける。

「ちょっ・・・苦しいわよ、ガウリイ。それよりゼロス!今のどういう事よちゃんと説明しなさい!!」

「実は、僕がガウリイさんを犬にする呪いをかけたんです。それで手紙をいてみたりなんだりと細工してみたりなんかしてみたんです♪」

「なんですってぇぇええ!!!!」

「・・・・あの手紙・・・あんたが書いたんじゃなかったの?」

リナが不安そうにオレを見る。
確かにオレの字だったんで、リナも信用したんだろう。

「オレは手紙なんて書いてないぜ。オレがリナに相談もなしに一人でいなくなるわけないだろ?」

「そっか・・・・そうだよね?」

そういうと、安堵からかリナの体から力が抜ける。
見上げてくるリナの瞳は先ほどの涙の湿り気を帯びて、ひどく扇情的だ。

「イチャつくのは結構ですが、説明を聞き終えて僕が消えてからにして下さいね。折角今まで美味しく食べていたのに、後味悪くなるじゃないですか」

「知ったことじゃないわよ!」

リナがゼロスに向かって舌を出す。
ち。…良い雰囲気だったのに……
内心で舌打ちをするオレを見透かしてか、満足気にゼロスは先を進める。

「それでガウリイさんにゲームを持ちかけたんですよ。呪いを解く方法はただ一つってね。いやー本当はあんな無茶な注文って思ってたんですけど・・・
 分からないもんですねぇ」

「賭はオレの勝ちだ。さっさと失せろ」

そして、さっさとオレとリナを二人っきりにしてくれ。


「はいはい。では預かっていた荷物はここに置いときますね。
 ではまたいずれ……」

そう言ってゼロスが姿だけを消す。

「ああ・・・あとガウリイさん。傷を治してあげたのは僕の大出血サービスPt2です。感謝して下さいね♪」

虚空からゼロスの声が聞こえてくる。

「ああ、それだけは感謝してやるよ」

「二度と来るなー!!」


リナは顔を真っ赤にしながら声がした方に向かって叫んだ。





「……………いい加減、離しなさいよ?」

一向に放そうとしないオレに、小さな声で抗議するリナ。

「やだ」

「やだって・・・あんた・・・」

「お前が無事で良かった」

「ったくホント過保護なんだから・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「?どうしたのガウリイ?」


今なら・・・言えるかもしれない・・・


「なぁ・・リナ もし、」

「その前に放してよ・・・」

「このままで聞いてくれ」

オレはリナを抱き締める腕にさらに力を込める。


「リナ・・もし、もしオレが今のオレじゃなくなったら・・・どうする?」

「あんた、犬だけじゃ足りなくて次はくらげにでもなる気?」

「そうじゃない! 真剣に聞いているんだ。
 ・・・もしオレが今お前が見てるオレじゃなくなったら・・・どうする?」


抱き込まれて顔の見えないリナから、ため息が聞こえてくる。


「・・・・・・それも、あんたなんでしょ?」

「?」

「だーかーら!今のガウリイも、そうなるかもしれないガウリイも、全部あんた自身なんでしょ?」

闇のオレは傭兵時代に形作られたもの、今のオレはリナに出会ってから形作られたもの。別に切り離すつもりはなかったけれど、どうしてもリナに見られたくなくて、いつの間にか作為的に人の良いオレを演じてた。
オレはこんなにも汚れている。穢れている。幾多の命を狩ったこともあるのに、たった一人の女を愛そうとしている。守りたいと願っている。
紛れもなく、どちらもオレ自身。


「・・・・・・・・そうだ」

「じゃ、いいわよ。別に」

あっさりと言い放ち、少し間を空けて言葉を繋ぐ。

「人間はさ、汚い所とか・・・見せたくないと所とか、必死に隠そうとするから。でも、そうやって都合の悪い部分を切り離したって、そんな歪なモノはただの偽善者にすぎないわ。陰を受け入れて、自分の血肉にするの。良いことも悪いことも全部内包して歩いていかなくちゃ。あんたにはその力があるとあたしは思ってる」

「リナ・・・・お前・・・」

オレの仮面に気付いていたのか?・・・それでもオレの傍にいてくれたのか?


「いったでしょ あたしは人を見る目があるって」

その瞳は自信に満ちた強い瞳。
オレが魅せられ続けるリナという存在。



「ありがとな、リナ」


「ねぇ・・・ところで元に戻る方法って、なに?」

「…………なんだと思う?」

ってか、分からなかったのか?自分からやっておいて?

「分からないから聞いてるんでしょ!」

オレは笑いながらリナの唇に人差し指を当てて言う。

「それは・・・・リナからの愛の口づけ」

「………はぁ!?」

素っ頓狂な声を上げて驚いているが、やがて自分のした事を思い出したのか、音すら立ててリナの顔が赤くなる。

「だっっ 誰が犬なんか愛するかーー!」

「でもリナがオレにキスしてくれたから人間に戻ったんだぜ?」

「う゛ーーー忘れろーー!!」

「忘れないぜ。・・・絶対に。
 リナがオレのために涙を流したことも、リナの唇も、全部忘れない」

「スケルトン並の記憶力なんだから、直ちに容赦なく忘れなさいーー!」

「忘れても・・・また思い出すよ。こんな風にしてな」

そう言うとオレはリナに不意打ちを食らわせてキスをする。

「………………………………………な、……ななな、な、な、な・・・っ」

「ごちそうさま♪」

「はなせー!この辺り一帯とともに消し飛ばしてやるぅぅ!!」

「そんなに嫌か? オレにキスされるの?」

距離を縮めてリナを覗き込むと、うっと押し黙り、そっぽを向いて早口で捲し立てる。

「そういう訳じゃないけど、あたしは好きな人としかキスしたくないの!」

「オレはリナのこと好きだぜ?」

「あんたは『保護者』として好きなんでしょ!」

「ホントお前さんは鈍いなぁ・・・。
 分かってもらえるように涙ぐましい努力してきたつもりなんだけど……。
 ま、いいか。今言えば。
 オレはお前のこと、一人の女として愛してる」

「……………え?」

さらりと言われた言葉に、リナが固まる。

「リナはどうなんだ? オレのこと、男として好きか?」

今度はしっかりと瞳を合わせながら、精一杯の想いを込めて。

なあ、リナ。
オレはお前さんが一人寂しく歩いていたこと、知ってるんだぜ?
どんなときでも平静さを失わないお前さんが動揺を隠しきれずにいたことも。
置いてきぼり食らって涙を流したことも。
涙ながらにオレへの想いを打ち明けてくれたことも。

全部、知ってるんだぜ?

だから、認めてくれよ。
オレを失いたくないと。こんなオレでも受け入れると――――…


「嫌いっていったら?」

「取り敢えず、好きになるまでキスし続けてみるか?」

そう。ほんの少し、リナが素直になるまで。
そのくらい強気になったって良いだろ?
お前さん、とことん鈍いっつーか、疎いんだもんなぁ。

オレはリナに後ろから羽交い締めにして、口付ける。
初めこそ暴れていたが、執拗に唇を重ね続けると、徐々に力が抜けて大人しくなる。

「バカ!強引男!キス魔!!!」

唇を離せば、リナが顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
初々しくて、照れ屋な彼女。

「抵抗しなかったくせに」

「抵抗したって止めないでしょーが!」

「流石リナ。分かってるじゃないか♪・・・・で好きになったか?」

「なるわけないで・・・ん!?」

オレはリナの言葉が言い終わる前にまたキスをする。

今度は堅く閉じてる唇をこじ開けリナの舌を弄ぶ。
どうして良いか分からなくて戸惑っているそれに絡みつき、奥まで探り、柔らかく蹂躙して、解放する。

「で?」

「・・・き、よ・・・・・悔しいけど好きよ!悪い!?」

「悪いわけないだろ?むしろ願ったり叶ったりだ。愛してるよ、リナ。
 だから、オレのために別れるなんて言うんじゃないぞ?」

犬の時にリナが言っていた言葉。
そんなこと絶対に許さない。
オレがどんなにリナの意思を尊重してやりたくても、オレから逃げることなど許さない。

リナに置いてかれたら絶対に見つけだしてまた一緒に旅をしてやるんだ。


「ずっとずっと傍にいてやるからな」

「・・・・そんなの分かんないじゃない・・
 あたしといると、さっきみたいに死んじゃうかもしれない・・・」

「死ななかったろ?」

「これからはどうか分からないじゃない」

「それでもリナの傍にいたいんだ」

また不意打ちを喰らわしてキスをする。

「もう!また!!」
「さぁ もう遅いから宿に行って泊まろう。人間に戻ったから泊まれるだろ?」

「その前に服着てよ!変態はお断りよ!!」

リナがそっぽを向く。

「いや・・・・・別にオレが変態って訳じゃぁ・・・」

犬だったら耳が垂れ下がっていることだろう。

オレはリナの戒めを解いて、ゼロスが持ってきた荷物の中から服を取りだして着込む。剣は一応差しておくが鎧は必要ないだろう。


「もういいぞ リナ」

「くーっ……クラゲ…くせ……早すぎる、よ!」

なにやらぶつぶつと言っているが気にしないようにしよう。

オレはリナに近寄ってマントを付けてやる。
肩から流すのではなく、乱れたリナの服を隠すように巻き付ける。

「ガウリイ?」

「さ、行くぞ」

オレはリナの手を取って路地裏を出る。
やはり人間に戻ったお陰でリナに近寄ってくる男が一人もいない。
折角『これはオレの(公認)女だ』ってセリフが使えるのになぁ。

ちっ・・・使えない奴らめ。

「あっれー・・・・・・?
 さっきは追っ払っても追っ払っても次から次へと湧いてきたのに・・」

辺りを見渡しながらリナが不思議そうに言う。


「やっぱ人間はいいな」

「えーーあたしふあふあのもこもこの方がいいーー!」

「普通恋人は人間の方がいいと思うけど・・・」

「誰が恋人よ!」


手を繋いでこうしてれば立派な恋人だと思うんだけどなぁ・・・・


「それに・・・人間の方がキスしやすいだろ?お互いにな」

「それを言うなー!もう二度とあんな事しないんだからね!」












おしまい。