NEXT TO ME

〜第一話〜















「今晩は、ガウリイさん。」

空間に ただ声だけが響く。
寝付けなかったオレは、寝台に腰掛けながら窓越しに月を眺めていた。
その視線を外さぬまま、オレは素っ気なく返す。
嫌悪感を滲ませた声で。


「・・・何の用だ ゼロス。」


真夜中も過ぎた・・・丁度 丑三つ時だろうか、突然の訪問者が訪れる。
ここはありきたりな宿屋のありきたりな一室。
隣には既に安らかに寝ているだろう少女の部屋がある。
敏感な彼女も深い眠りについてしまった頃では、目覚める気配はない。
ま、オレにとっては好都合か。

少女のことを考え始めたオレの制止を掛けるように、訪問者は闇の気配を強める。

「素っ気ないですねぇ〜」

月を眺めていたオレは、その気配が暗に示す方へと視線を移す。
そこには、ただ、虚ろな闇が漂っていた。
オレは知っている。
ゼロスが、彼女の前ではこのような登場を決してしない事を。

滅びを望む魔さえ惹きつける少女。
惹きつけられて魔は、まるで人間であるかのように感情のある声を出し、月明かりすら届かない部屋の隅に具現化した。


「用がないなら消えろ。」


静かに、しかし言葉に力を込めながら言う。
これじゃ、オレの方が人間じゃないみたいだな・・・
自然と自嘲的な苦笑が漏れる。

「おやおや・・・リナさんと一緒に居る時とは大違いですねぇ。・・・彼女が今のあなたを見たら、なんとおっしゃるか・・・」

魔はオレの心の闇に的確に忍び寄る。
ヒトの心の弱みを的確に突きやがって・・・・嫌な人間外だ。

魔が月明かりに照らされその漆黒の姿が微かに浮かび上がる。
その顔には内なる闇を誤魔化すための偽りの笑顔。
それはオレを闇へと誘う存在・・・
オレはそれに呑まれないために全身全霊を持って拒絶する。

「・・・これをリナの前で出すつもりはない。」

認めてしまうオレは・・・・背徳者なのかもしれない。
瞳だけが月明かりに照らされ異彩な輝きを放つ。
少女が温かい瞳といった瞳は 今や漆黒を纏い冷気さえ帯びていることだろう。

「リナさんは貴方のこと、どう思っているんでしょうかねぇ。」

魔は唐突に隣で寝ている少女の話を持ち出す。
面白くて仕方がない、といった意味深な表情で。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁな」

分かっている。
見え透いた誘いに乗ってはいけない。
けれど、それは自分でどんなに考え、悩み、眠れぬ夜を過ごしても決して答えが出ない問い。
見守ることしか出来ぬまま、彼女を想う日々を重ね続けている臆病なオレには誘惑が強すぎた。

オレの凍りついた瞳が淡く揺らぎ、少女といる時の瞳が垣間見える。


「貴方はリナさんに必要とされているのでしょうか?もし、必要としているなら何のために?・・・本当はただの邪魔者かもしれませんね。」

「オレは・・・」

先程の瞳の力は一瞬で消え失せ、その瞳には迷いの色。
リナは・・・オレを必要としてくれているのか?
本当に?
必要としてくれているなら、何のために?
保護者?相棒?アイテム?

・・・・リナは・・・・何もいわない。
必要だとも、不要だとも。

「ハッキリ言いましょうか?・・・・もしかしたら、リナさんは貴方が側にいることを望んでいないかもしれませんねぇ・・・」
「リナは自分の気に入らないものは受け入れない。」

確信のある確かな答え。
そうだ。
リナはオレに何も言わないが、一緒にいてくれる。
今はまだ・・・それだけで十分だ。
自分の名を呼ぶ彼女の姿を思い浮かべ、自然と瞳と口調が穏やかになる。

魔は気に入らなかったのだろう。切り札を・・残酷な言葉を紡ぎ出した。

「・・・・・・・・。貴方が自分を『知らせない』からリナさんが偽りの貴方を受け入れているだけでしょう。」
「・・・・・・・・っ! だまれ・・・」

声に堅いものが混じるがゼロスは言葉を止めない。

「錯覚しないで下さいよ。・・・狡猾に本性を偽りを続ける貴方が何も知らない彼女の隣に居座ってるだけでしょう。」

「だまれ!」

図星でしかない残酷な言葉。
的を射て、返す言葉を持たないオレは、声を荒げる。

「そんな大声出したらリナさんが起きてしまいますよ〜」

魔の笑みが一層深くなる。
ゼロスはオレから溢れ出す彼にとっての何よりのご馳走を喰らっているのだろう。
彼女がオレの本性を知ってしまうことへの不安感、恐怖心、焦燥心・・全て少女の有無によって彼が引き出す闇のご馳走を・・・

それはまさにオレの唯一の弱点。
それは人としての感情が与えられたことへの代償。
それを辛いとは思わない。

オレは今の自分が嫌いじゃない。今の自分は絶対に失いたくない。
だから、オレはそれを甘んじて受け入れよう。
オレは人間としてリナを護っていきたいから。
想いの弱さは強さに変わることも知ったから。


「ご馳走様でした♪このままいくと僕の嫌いな感情が出てきそうですからね。今宵はこの辺にしておきますよ。それで、今夜お伺いしたのは、ちょっと面白いことを思いつきましたんで、実験して検証してみたいなぁ〜なんて思いまして。」

ゼロスはご馳走に満足したのか、やっと本題を切り出してきた。

「ガウリイさん・・・こういうプランはどうです?リナさんがいなくなるのではなく貴方の方からいなくなるというのは。もし、そうなったら・・・リナさんはどういう反応をすると思いますか?ね。面白そうでしょ?」

「悪いが、オレはリナの側を離れる気はない。絶対に。」

その言葉には確かな決意が含まれている。

「くだらん企みなどしていないで、さっさと消えろ。」

再び凍りついた瞳を細め、魔に送りつける。

「貴方は恐れているのでしょう。・・・彼女を失う事を・・・自分の・・・」
「消えろと言ってるんだ!」

耐えられなくなったオレは、テーブルの上にあった花瓶をゼロスに投げ付けた。
が、それはゼロスに当たる直前で動きを止め、力を失って床に落ちる。
ガラス製の花瓶は花や水をまき散らし、砕け散り、無惨に散乱する。
同時に、夜の静けさに耳障りな音が響く。

「おーこわ・・・ま、少々不服ですけど、食事も頂いたことですし・・・・・そろそろ退散しますか。」

ゼロスはそう言って姿を消してが、闇の気配が依然、部屋を満たしている。

「・・・こちらはこちらで楽しませていただきますよ。・・では。」

一方的に言い捨て、闇は消滅した。




再び静寂が戻った夜の最中。
オレの心だけに痕跡が残り、苛む。
ヤ・・・メ・・・・ロ・・・・
オレの心を弄ぶな。想いを掻き乱すな。
彼の拳が・・・全身が・・・細かく震えを刻んでいる。
震えを止めようと彼は必死に自分の腕で体を抱き締める。

震えは怒りのためではない。
魔に告げられた言葉の意味。力。重さ。
恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。

彼女を失うことが・・・
彼女は自分の希望・・・
彼女は自分の全て・・・





・・・・・リナガ・・・オレヲ必要トシナクナッタラ・・・?・・・・・











ドンドンドン!

ドアが景気良く叩かれる。

・・・ウルサイ・・・なんだ?

「・・リイ・・・・・・ガウリイ!」

キイの高い少女の声が頭に響く。

「こら!ガウリイ!いい加減起きなさい!もう何時だと思ってんの!」

リナの元気な声と共にドアの叩く音が響く。
そっか。起こしに来てくれたのか・・・・
リナの声を聞くと自然に頭が保護者バージョンのオレに切り替わる。

寝台の上に寝そべったまま、背伸びとあくびを同時にする。
眠い・・かなり眠い。
ゼロスのせいで明け方まで寝付けなかったからなー
重い瞼を無理矢理開くと、眩しいほどの光が目に入り、目を細める。
目が慣れる頃には、意識も覚醒していく。

(いまいく・・・)
そう言いたかったが、言葉にならない。

あれ?

体に違和感を感じる。

あれれ?

体を起こしてみたが視線がもの凄く低い。
ベットから50cmほどの所だろうか・・・

オレ、こんなに背低かったっけ?

自分の体を見れば朝日に輝く金色の毛。
何てことはない。オレの髪は金髪なんだから・・・
何てことがあるのは、その毛が全身に生えているってことだろう。
どーなってんだよ!?
オレは慌てて備え付けの鏡に向かう。

そこに映っていたものは・・・





金色の毛並みをした大きな・・・犬・・・だった・・・・

それは誰がどうみても犬だった。
きっと誰がどうもても人間には見えないだろう。
ふさふさの毛並みの獣毛120%!
手はプニプニの肉球・・

う・・・ウソ・・だろぉぉぉ・・


「ガウリイ!起きろーーーーーっっ
それともあたしの手荒いモーニングコールが欲しいわけ!」

苛立ち始めるリナ。
何とかしなければ、リナは絶対実力行使に走る。
(どーすんだよ!?)
おろおろと辺りを見渡す。

その慌てふためく姿からは昨晩の面影を微塵も窺うことはできないだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
どうせ現状改善に何の役にも立たないのだから。

昨日までは確かに人間だった。
起きてみると、この有様だ。
昨日なんかあったっけ?

オレは普段使わない頭をフル回転させて、昨日の記憶を手繰り寄せる。
リナとメシ食った後に・・・眠れなくて・・・・夜にゼロスが来て・・・!?
ゼロス!あいつのせいか!!
が、内心で毒づいても、やはり現状改善には繋がらない。


「えーいこーなったら アンロック!」

リナがしびれを切らせて鍵外しの呪文を唱えて、ドアを開ける。
流石にドアをぶち壊して宿屋の主人に怒られるような真似はしないらしい。


「ガウリイ・・・って あれ?」

リナはオレの姿が見当たらなくて、拍子抜けしたように部屋を見渡す。
そして赤い瞳が鏡の前にいるオレを捉える。

「?」

リナが怪訝そうな顔をする。
そりゃー相棒の部屋に相棒がいなくて、犬がいれば驚きもするだろう。
オレだと分かってくれるか?

「オオカミ?・・・犬ね。」

やっぱ無理か・・・

リナはこちらに近寄ってオレを眺めまわす。

「ねぇ。あんた どっから入ってきたの? ここにあんたと同じ毛色の髪した剣士いなかった?」

リナは座り込んでオレの視線に合わせる。
リナと視線が合うってかなり違和感があるなぁ。

「・・・・・・」

「お手。」

唐突にリナが言って手を差し出してくる。
オレも慌てて右手をリナの手に重ねる。

「うきゃ・・かあいい・・・」

リナはそういってオレを抱き締める。

・・・かなり嬉しいかも・・・

「きれーな毛並み・・・でもこれ・・・」

リナがオレを撫でながら金色の毛を見つめる。

もしかして オレだって気付いてくれたのか!?



「・・・・この毛・・売ったらいい値で売れるわね。」

ちょっとまて!
リナはオレに気付いたんじゃなくてオレを売り飛ばそうとしてんのか!?
冗談じゃない・・・毛皮にされてどーするオレ!?

「・・・クーン・・・」

取り敢えず、甘えるように鳴いてみる。
おお、なんかそれっぽいぞ。

「じょ じょーだんよ。売ったりしないわよ。」

効果抜群だったようだ。

「う〜んふかふかで気持ちいー」

リナはオレに頬ずりをしてくる。
犬って得だなー

暫くして、リナも気が済んだのかオレを放し、再び辺りを注意深く見渡す。
すると、テーブルの上に何かを見つけたらしい。
そこから何かを取り上げる。
それは一枚の紙切れだった。
それに何かが書いてある。
(そんな紙 昨日までなかったはず・・・)


それを読んだ途端、リナの顔が変わる。
紙をテーブルに戻す手は震え、何かを堪えるように下唇を噛み締めいてる。

どうした?

「・・・・・・・・・・・・・・・」

リナは無言で身を翻し、そののまま部屋を出ていこうとする。
オレは慌ててリナの前に回り込む。
リナの顔は俯いてはっきり見えなかったが、瞳に溢れんばかりの涙を溜めているのがはっきり見えた。
・・・今にも零れそうなほど・・・
(リナ!?)

「ワン!」

気を引こうと鳴いてみるが、リナはオレに構わず部屋を出ていってしまった。
(どうした!?何が書いてあった!?)
オレは今すぐリナを追っていきたい衝動を堪え、部屋に引き返し、テーブルの上に飛び乗って、リナが読んでいた紙を読む。
そこにはオレの字でたった一行の文が書いてあった。










『もう お前との旅にも疲れた。 オレは一人旅に戻る。』







つづく