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〜前編〜













「お待ちしておりましたよ、リナさん」


あたしが夜の出張から無事帰還し、そう時間が経たない部屋に含みを帯びた楽しそうな声が響く。姿は見えど、あたしにとっては別段驚くことでもない。
最も、この関わりたくない奴NO.1に言うべきことは・・・


「帰れ」


自分の要望をこの上なく凝縮した言葉を吐き、今日のお宝の整理を始める。



「・・・・・・・・・・」

「シクシク・・・」

あたしが頑なな完全無視を決め込んだのを見て取ったのか、部屋の隅っこに寂しそーな背中が現れた。

「をを!あいつらイイもん持ってんじゃない!やっぱこーでなくっちゃねー」

「いーんですよ・・・どーせ僕なんか・・・」

ちらっと視界の隅っこにその姿を捉えれば、膝を抱えて『の』の字を書いている。
そのあまりの情けなさとかまって欲しいオーラに思わず頬に一筋の汗が垂れる。
く…っ!ここで口を開けば負け。我慢よ。辛抱よ。耐えて堪えて幸せな明日をつかみ取るのよ!!

「このスタールビーなんか高値で売れるわー」

ちょっぴし声が裏返ってたりするが、なんとか平静を装う。

「折角来たのに・・冷たすぎますよぉ」

今度は涙声さえ混じっていたりする愚痴り魔。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

魔族のくせに芸細かく涙さえ浮かべてひたすら愚痴るその姿に、さすがのあたしも動きを止めざるを得ない。

「どーせ厄介者なんです どーせ嫌われ者なん・・」
「だぁぁあああぁぁぁぁぁああ!!!鬱陶しいぃぃぃ!!
聞くわよ!聞いてあげるからちゃっちゃと用件言いなさい!」
「実はですね。」

「のぅわぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!」

もう真夜中も過ぎている夜中だということも忘れて良く分からない悲鳴を上げてしまう。
それもその筈、今まで部屋の隅っこで『の』の字を書いていた情けない物体が鼻先を付け合わせんばかりの距離でいつものニコニコ顔をしているのだ。
思わず反射的に手に持っている装飾剣をそいつに投げつてしまった。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛傷付いたら値が下がっちゃうじゃないのよ〜〜〜!!
あたしの心配をよそにそいつは苦もなく ひょいっと避けて、すとんと床に座る。

「危ないじゃないですか、リナさん。」

ち。外したか・・・

「ふん!あんたが悪いのよ。大体、ただの剣なんか刺さったって効きやしないじゃない!」

ったく何考えてるのか分かったもんじゃない。
あんな大声出したらみんな起き・・・ん?
あれれ?
・・・そうだ こーゆー場面で飛んでくる過保護者が来ない?


「あっ ガウリイさんですか?実は、今回ばかりは僕たちの愛の語らいに邪魔だったんで、一服盛らせていただきました。」

あたしの考えを読んだようにゼロスが答えてくる。

「別に壁に向かって愛の語らいとやらをしたいなら止めないけど…ヤバめ120%upよ」

ゼロスの戯言を一言で受け流し、相手に悟らせないように身構える。

もし・・・コイツが獣王の命であたしを殺しに来たとしたら?
勝てるだろうか?あたしが獣神官の名を持つ高位魔族に・・・

「いやー別にリナさんを殺しに来たとかそう言うんじゃないんですよ。ただこの頃お仕事続きでろくに食事もとってないなーなんて・・」

またあたしの考えを読んだように答えてくる。

「あんた・・・あたしの考えが読めるの?」

さっきといい今といいあたしの考えをズバリとついてきたことを考えると、あり得ないことじゃない。ただでさえコイツは魔族という特徴(?)があるのだから。

しかし、ゼロスは、「いえ・・・そんなことは出来ませんよ。ただ、リナさんは顔に出ますからねぇ。」と、あっさり否定してきた。

「あっそ」

なんだ 心配して損した。

「そ・れ・で用件は というと・・・」

言葉を最後まで言わず、ずずいっとゼロスがあたしとの間を詰めて、おでこに指を当てぶつぶつと何かを唱え出す。

「なにやって・・・」
「・・・汝を我が望む姿へと変えよ」

あたしの疑問の問いが言い終わるよりも早く、ゼロスが最後の呪文を紡ぐ。

あたしの記憶では、本来魔族は他の力を借りるなどということをすれば、自分の存在意義を否定するということで、消滅することもあり得る筈。ということは、これはゼロス自信の力を使った術なのであろう。
でもいったいなんの・・・???



ポムっっ!


やる気のない音を立てて、辺りに煙が立ちこめる。

「みゃぁぁぁっっ」

いきなり浮遊感とそれに続く落下感を覚え、空中で体を捻らせ見事に着地する。
ふふんっ ざっとこんなもんよっ

「うわぁ リナさんいつもの凶暴さが滲み出るお姿とは打って変わってとってもキュートですよ」

ゼロスがあたしを見下ろしながら言う。

当然よ。この天才美少女魔道士をなんだと・・・ってあれ?
なんでこんなにゼロスとの身長差があるの?

ま・・・まさか・・・・


ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ・・・・
錆びた鉄を無理矢理回すようにしてゆっくりと首を回し、自分の体を見る。

「うみゅゅゅゅぅぅぅぅ!!!???」

かあいい(はぁと) ってんなこと言ってる場合じゃない!
あたしの視界にゆっくりと映し出されたモノは、全身を覆うしなやかな栗色の毛。
おまけにぎゅ〜っっって抱き締めたくなるようなラブリーな四肢。

そう・・・それはどっからどうみても 猫 ねこ ネコ お猫様!!

ぜーーーろーーーーすぅぅぅぅぅぅ

キラーン と爪を光らせ、ゼロスをジト目で睨む。


「をや?お気に召しませんでした?」

そらっとぼけて言いながらも、ちゃっかりと宙に浮かびあがって逃走体勢を整えていたりする。

(さっさと戻せぇぇぇぇぇ)
思いっきり飛びかかるが、もう少しの所で届かない。

くっそ〜このおちゃらけ魔族ぅぅぅぅ!!!


「可愛いですよその姿。」

ゼロスはさらに追い打ちをかけてあたしをおちょくる。

(あんたはー!!ガウリイならインターネット海牛だろーとミトコンドリアだろーと変えて良いけど、言うに事欠いてこのあたしを猫にするとはどういう事よ!?
 今すぐ、直ちにあたしを元に戻しなさい!)

「いえいえ。これから面白くなりそうなんですから駄目ですよ〜。大丈夫ですって。ちゃーーんとガウリイさんからのキスで戻りますから。健闘を祈ってますよ〜」

好き勝手な科白を言うだけ言って姿を消してしまうゼロス。


(こらまてぇぇ待てったらまてぇぇぇゼロスぅぅぅぅ!!)

呼べど、叫べど、一向に出てくる様子はない。


・・・・・・どーすんのよ・・・これ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まっ いっか。
考えてもこうなっちゃったもんはしょうがないしね。

ふぁ〜〜〜
なんかどうでも良くなったら眠くなってきちゃった。
やっぱ寝不足はお肌の大敵だし〜
取り敢えず・・・・寝よっと。


あたしはぴょんっとベットに飛び乗り毛布に潜り込んで本物の猫のみたいに丸まって瞼を閉じると、吸い込まれるような感覚に身を任せ、意識を手放した。





(リナさ〜んそんなあっさりと立ち直らないでくださいよ〜)

心底残念がっている物体がここに一つ。
彼女が出すであろう『焦燥心』を食べようと思っていたのだが、思惑通りにはいかず、リナの気持ちよさそうな寝顔だけを見るはめになってしまった。
腹の足しにもならないその結果にやや不満は残るモノの、真打ちは未だ隣の部屋で何も知らずに沈黙しているはずである。


それにしても、何処までも楽しませてくれる人ですねぇ・・・
アストラル・サイドから微笑む魔は、本来の魔性の笑みを浮かべながらベットで眠る少女をただ静かに見つめていた。
恫喝などいつでも出来る。だが、それでは自分の主義趣向にそぐわない。

(だからガウリイさん。僕は僕なりに期待しているんですから、頑張って下さいね〜)


前回のご馳走の質と量の味を占めたゼロスは未来に起こる悪夢を予想できず、
ほくほくと彼に盛った薬が切れる朝を待つのであった。









つづく