囚われの姫君 〜 後編 〜 |
「……止めても無駄…じゃろうな。」 リナが監禁されているであろう屋敷へと向かう森の入り口に老人が静かに佇んでいた。 「ああ、悪いな。」 老人の横を通り過ぎようとすると、老人の手がオレの行く手を遮る。 その手には、大人の握り拳ほどの水晶玉が握られていた。 「これを持って行きなされ。」 「…どういう風の吹き回しだ?」 てっきり敵側のヤツだと思っていた老人は深い苦悩の皺を刻み、淡い光を放つ玉を渡してきた。 「この水晶球は闇の力を一時的に消すものじゃ。昔、高名な僧侶に力を込めて貰った。滅ぼすことは叶わぬが、気休め程度にはなるじゃろう。 …………………あの子は昔はそれはそれは優しい子だったんじゃよ。優しすぎてヒトであることに嫌気がさすくらいに、な。 どうかあいつに、人としての安らぎを与えてやってくだされ・・・。」 「………分かった。」 「すまなかった。お前さんにも、リナ=インバースにも・・・」 「なんでリナの名を?」 オレはリナをフルネームで呼んだ覚えはないのに、どうして? 老人は答えず、無理に笑う。 「…………ありがとう。」 オレはそれ以上深く聞かずに礼を言って、水晶を懐にしまうと、再び森の屋敷へと歩き出した。 屋敷が―――赤い月の光を受けて、妖しく 鈍く輝く…血塗られたように――― この辺りだけ空気が淀み、虫や鳥の鳴き声が途絶えている。 闇が満ちる空間。ここに―――リナがいる。 リナが、オレを呼び続けている――― 鍵はかかっていなかった。 オレは剣の柄に手を掛けながら中に入る。 予想通り、中には歓迎の亜魔族がうなり声と敵意を持って盛大にお出迎えしてくれるようだ。 目算だけでも、片手の指を折ってさらに折り返せるくらいの数。 いつもなら気を抜かなければ決して負けるような敵ではない―――が。 ……今はオレの体力勝負だな。 敵の攻撃が始まる前に剣を抜き放つと、一気に咆吼をあげるブラスデーモンに向かって間合いを詰めた―――― 「リナさん。悪いニュースです。今屋敷にネズミが一匹侵入したようです。」 その報告に思わず、明後日の方を向けていた顔を正面に戻して相手の顔を凝視する。 ヤツは苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てていた。 この態度からして、侵入者は間違いなくあいつだ。 生きてた!ガウリイ!! そうよね。なんてったって、事ある事にあたしの制裁で鍛えてるあげてるし。 たかが、衝撃波の十発や百発…は死ぬかもしれないけど。 生きてた! ……ってか、それならそうと、もっと早く助けにきなさいよ! お姫様――ちなみに一応断っておくけど、あたしのことである――が貞操の危機なのよ!? あたしは見て分かるくらい浮かれすぎていて、奴が目の前まで迫ってきたのにも気づかなかった。 「喜んでいられるのも今のうちですよ。 ねぇリナさん、あいつの前で貴女を汚してやったら、あいつはどんな顔をすると思いますか? 泣くでしょうか? 怒り狂うでしょうか? それとも慰めてくれると思いますか?……笑って許せるはずはないでしょうね。 最も、ここにたどり着けるかどうかも怪しいですけど……」 そういいながら、そいつはあたしに近寄ってベットに押し倒す。 「つくづくゲスね、あんた。」 敵うはずがないのは分かっている。 分かっているが、身体が、頭が、心が、あたしの全てが拒絶する。 そいつに触れられているのが嫌で嫌でたまらなくて、抵抗しまくる。 「お喋りはもう終わりにしましょう。 これから僕の腕の中でいくらでも貴女の乱れる声を聞いて差し上げますから。」 そいつの手があたしの服にかかり、嫌悪感が全身を駆けめぐる。 「……ぃ……やぁ…!」 抗えば抗うほど相手の劣情を刺激するだけだと分かってはいても、身体を這い回る手に吐き気がするほどの嫌悪が溢れてくる。 こんな奴に……こんな奴なんかに踏みにじられるなんて!! 呪文さえ使えたら…っガウリイさえいてくれたら………っ!! あたしは体を堅くして、そいつがもたらす不快感に耐える。 「いや……ガウリイ…ガウリイ!!」 堪らず、あいつに助けを求めてしまう。 「また僕の前でその名を呼びましたね。」 そいつの瞳に一方的な嫉妬の炎が宿り、あたしの唇自分のそれでを塞ぐ。 〜〜〜ーーー!!!一度ならず二度までも!! あたしはせめてもの抵抗として、唇を堅く閉ざし、それ以上の侵入を拒否する。 早く……来て・・・・・・・・・・ガウリイ!! あたしの服の前が開かれ、そいつがそこに顔を埋める。 タスケテ・・タスケテェェェ!! 「いやぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!」 喉が裂けるほど絶叫を上げる。 何も出来ない自分が悔しくて悔しくて、情けなくて、涙が溢れる。 「……リナ!?」 今のは確かに、オレが探し求めていた少女の声。 反射的に声のした方へと駆け出す。 雑魚どもは既に闇に帰した。 残すは親玉のあいつだけだ! さっきの戦闘で多少の傷は負ったが、もともと傷だらけだったから今更一つ二つ増えたってどうってことない。 この身体が動く限り、あいつがオレを呼ぶ限り、止まるわけにはいかない。 屋敷の一番奥まった部屋に二人の気配。 いや、そのうち一人は人と呼べるものではない。 ドアを蹴り破って中へ入る。 そこでオレが見たのは―――リナの瞳から溢れる涙の滴だった。 「おや?随分早かったですねぇ。」 そいつは心底楽しそうに言う。 リナの、上から――― 怒りで身体中が震え出す―――心が凍る。 「きさまぁぁぁ!!!」 抜き身の剣を掲げるオレに、そいつの赤い光を宿した瞳が貫く。 「っ!?」 途端、オレの体が動かなくなる。 「ガウリイ!?」 リナが泣きながらも必死にオレを呼ぶ。 よくもっ よくもリナにっっ! 「進歩がないですねぇ・・・また同じ手に引っかかるなんて。しかし今回はあなたを痛めつけるまねはしません。僕とリナが結ばれるのをそこで指をくわえて見てなさい。」 そう言って、そいつがリナの透き通るような白い素肌を這う。 やめろ! そいつに触れるな…………リナに……オレのモノに触れるなっ!!! 「……リ…ナ……か、ら はな・れ・ろ………っ」 どうにか声を絞り出す。 「外野は口を出さないで下さい。今 良いところなんですから。」 そいつは嘲笑いながらリナの白い肌に赤い所有の痕を付ける。 「……!!」 そいつは、笑いながら嫌がるリナを押さえ付けて、唇に舌を這わせ、犯す。 そいつにリナの唇を塞がれるのを見るのが、オレの限界だった。
「やめろおおおおおお !!!!!」
叫び声と同時に、オレの懐から光が放たれ、体が自由を取り戻す。 「ぐぅ!!」 そいつが光から逃げるようにしてリナの上から跳び去ろうとするが、身体が光に焼かれている一瞬の隙を逃さず、そいつに向かって斬妖剣を投げつけ、腹部に深々と突き刺った。 「ぐあああぁぁ・・ばっ ばかな・・どうして・・貴様ごときに・・!!」 「滅びろ!」 オレはありったけの精神力を斬妖剣を媒介にして奴に送りつける。 「ぎゃゃあぁぁぁぁあ!!!」 そいつは人間の形から異様な形へと変態していく。 黒い―――ただの虚ろな闇。 そして端から灰へと化してゆき、果ては無へと消えていく―――。 オレは老人から貰った水晶を取り出す。 それはもう力つきたように輝きを失っていた。 「そ、れは……………ど…して……お前ごときが…持って…る……………ど………て………さ、ん、の………モノをぉぉ!!」 叫びが空気に散って消えた後、剣が乾いた音を立てて寝台の傍に転げ落ちた。 人を捨てた魔は―――……その身体すらこの世に留まることはなかった。 オレは最後まで見届けると、リナに視線を戻す。 リナもまた、呆然と奴の最後を見届けていた。 「・・・・・・」 「リナ・・すまない。来るのが少し遅れちまって・・・」 その言葉でリナがオレを見つめる。 「ひどい怪我…………でも、ちゃんと生きてる…」 再会して初めて、リナがはにかんだ笑顔をみせる。 まだ残る涙の後が痛々しい。 「ああ。なんとか、な」 オレはリナに近寄ろうと足を踏み出す、が。 「ちょっと、ちょっと待って!」 リナは慌てて起きあがり服の前をかき合わせる。 すると、右手にリナの細い手首には似合わない黒い鎖が耳障りな音を立てて擦れる。……こんなものつけやがって・・・ しかし、何故か不思議とあいつに対する憎しみは消えていた。 あいつが灰すら残さず消滅した瞬間から――――… あいつは、リナを縛り付けたかっただけ。 何処にも行ってしまわないように。 自分のところから、逃げられないように。 それはオレも同じこと。 きっと、オレとあいつは似ていたのだろう。 彼女にしていることは……あいつと何一つ変わっていないのだから……… もしオレが、自分と違う人間とリナが旅をしているのを見たら、あいつと同じように力ずくでリナを束縛していたかもしれない。 ただ、リナがオレを選んでくれたからそうならずに済んだ。 あいつは、リナに出会わなかったオレだったのかもしれない。 オレたちは結局、同じ穴のムジナだ。 一歩彼女に近づくごとに、違和感を感じた。 リナ手首が前にもまして細い。 よく見るとリナは随分とやつれていた。 「リナ? お前メシ食わせてもらわなかったのか?」 前よりも一回り小さくなった少女に尋ねる。 我ながら彼女のことになると、とんでもなく過保護だ。 「ううん、あたしがハンスト起こしてただけ」 リナの体から徐々に力が抜けていくのが分かる。 ようやく緊張の糸が切れたのだろう。 「そんなことしたら体、壊しちまうぞ。いつもあんなに食ってんのに。」 「ん…ゴメン」 珍しく素直に謝る。これで、リナから謝られた珍事は2度目だな。 あんまりお目にかかれないくらい、いつもの凶暴さがなりを潜めてしおらしい。 こうしていれば、リナも立派に儚げな美少女なんだがなぁ。 ………ま、オレはどのリナも好きだからかまわんが。 「取り敢えず、鎖を切ってやるよ。」 オレは床に落ちている剣を拾うと、リナを束縛している鎖に意識を集中する。 「リナ、ちょっと動くなよ。」 リナが静かに言葉を紡ぐ。 「ねぇ。その剣であたしも斬ってくれないかな。」 リナの瞳は、怖すぎるぐらい真剣だった。 「な…に、言ってんだ?」 かすれた声で聞き返す。 「あたしを…あんたの気が済むまで痛めつけていいよ」 「…………」 馬鹿を言うな。そんなこと出来る分けない。 なんでリナは、オレがリナに傷ついて欲しいなんて思うんだ? 呆然としながら、オレは何度も首を横に振っていた。 「あたし、自分が許せなくて。何も出来なかったことも、ガウリイにケガさせちゃったことも、あいつに汚されそうになったことも・・・」 静かに、ただ静かに言葉を紡ぐ。 「だから、ガウリイの手であたしに傷を付けて。いっぱい いっぱい 迷惑かけちゃったから。あたし、ガウリイにだったら――――」
「ふざけるな!!!!!」
あまりの怒気にリナが身を強張らせる。 当然かもしれない。 オレがリナの前で本気で怒鳴ることなどなかったから。 リナは大切だし、オレの何よりの宝物だが、そんなことに関係なく、オレは今、本気でリナを怒鳴りつけたかった。 「ふざけるな! オレがお前の血を見て、痛めつけて、そんなことでオレの気が済むと思ってんのか!?」 「じゃあ・・・あたしはどうすればいい? ガウリイの言う通りにするから・・・」 瞳を曇らせて呟く。 普段の勇ましさとは、懸け離れた脆さ。 愛おしくて、切なくて―――怒気が和らいでいく。 何言ってんだ、リナ。オレが求めていることなんて、たった一つだぞ? 「ずっと、ずっとオレの側にいてくれ。もう一人にさせないから。」 伝わってくれ、このオレの気持ち。 リナだけが欲しい。―――リナしか要らない。 「そんなことでいいの?」 心底呆気ないと言わんばかりの表情。 ・・・・・・・・根っこのトコロは分かってないだろ、お前さん? まあいい、大意は伝わっただろう。 「『そんなこと』って覚悟しとけよ? 一生だからな?」 リナが微笑む。 「うん。」 「だから、もう二度と傷つけろなんて言うなよ?オレはリナを守りたいんだ。」 「うん。・・・ありがと。」 「オレのためを思うなら、一生笑っててくれ・・・時々、泣いてもいいから、さ。」 「うん!」 オレはリナのいるベットに腰掛けてリナを優しく抱き締める。 「お前が無事じゃなかったら、オレ、正気じゃいられなかった。 ごめんな、オレの力不足で。」 抱き締めているからリナが今どんな顔をしているか分からないけど、きっと真っ赤になっているだろう。体温が急上昇しているのが抱きしめたオレにまで伝わってくる。 …………どさくさ紛れだが、この雰囲気ならこのくらいイケるはずだ!! 「あたしも、ガウリイが無事で良かった。あいつに犯されるより、死ぬより、ガウリイが死んじゃうのが一番恐かった。」 その言葉は空耳ではないかと思うほどの小声だったが、リナの顔を覗き込むと赤く染まった頬が都合の良い幻聴ではなかったと告げている。 しかも、抵抗もしない。おまけに、オレの背に手を回してくれるではないか! ………………も、もしかして………伝わってるのか? 「オレ、自惚れるからな?」 「…ん・・・・・・・・いいよ。」 ……試しに聞いてみたが、夢か幻かリナが肯定するではないか!! 苦節○年! 我慢と生殺しと、理性と本能の鬩ぎ合いの忍耐の時が漸く報われる日が来たのか、オレ!? 幸せのあまり声を出せずに感極まっていると、リナも至福の顔をしてすり寄ってきてくれる。 「…でもホントにひどい怪我。魔法かけてあげるから、サークレットと鎖、壊して?」 怪我なんてどうでも良いぞ。 何せあまりの悦びに痛みなんて彼方に消えているからな。…それより…………これから先は、下手に魔法を使われたり、暴れられたりする方が厄介だ。 「オレより先にリナの消毒をしてやらなきゃな。」 そういって、オレは先程目の前で屈辱的に奪われたリナの唇を取り戻す。 リナも驚いて固まっているが、オレが唇を重ね合わせながら至近距離で目を細めて見つめると、慌てて硬く目をつぶる。 うあ、あのリナが……この初々しさ。……惚れた欲目を差し引いたって有り余る。 すっげぇ可愛い。 「ん・・・はぁ…」 漏れる吐息も切なげだ。濡れた唇から漏れるところがまたなんとも扇情的だし。 「……オレの傍に一生居るってことは、こーゆーことだぞ?……いいんだな?」 「……………う、ん……」 リナが頬を紅潮させながら微かに頷く。 夢なら夢でいいが、一生醒めないで欲しい。 現実ならなお良し。我が人生悔いなし!……いや、これからもっと幸せになる予定なので、それは保留だな。 愛おしみながらリナの髪を梳きながら、小鳥が啄むように何度も口付ける。 リナがくすぐったそうに身をすくめると、抱え込んで深く口付け、隅々までリナを味わう。 ぎこちないリナはそれでもオレを受け入れてくれる。 「んん……ぅ……ふぁ…っ」 リナの意識が遠のくと、力が抜けて身を預けきったリナに、付けられた痕を上書きするようにオレが刻み直す。あいつなんかよりもいっそう鮮やかに。 「ん…っ」 そうして微かな痛みにリナが我に返ると、またたっぶりと時間をかけて口付ける。 「ん……ぷはぁぁ・・・ 苦しい、よ。……少し、…手加減…し、て…」 何度も重ね合わせた後、オレの幼い恋人は胸の中でそう愚痴った。 うう、可愛いな。 おまけにキスに酔って色っぽいし。 …でも、リナの奴、痩せちまったし、今から最後までコトを進めたら体力が持たないか?あまり強引にコトを推し進めても仕損じるかもしれんし……。 いや、でも、リナと良い雰囲気になるなんてほんっっとに稀な現象だし……… オレが逡巡していると、リナは首をかしげて訝しむ。 リナ、そんな風に息を切らしながら上目遣いで見上げるのは良くないぞ! ……いや、オレ的に悪くはない…むしろ歓迎したい気分だが、どうにもリナは無邪気さと無防備の意味を取り違えているような気がする。 危機感なんて無いに等しい。 リナに関しては絶対に、限りなくあり得ないことだろうが……オレを強請ってるみたいだぜ? ……まぁ、今後とも害虫は寄せ付けないつもりだし、オレだけならいいか。 「ガウリイ…?」 ううううう………リナ、今燃え上がった感情に身を任せてするのと、二人とも心身万全なときにするの、どっちがいい!? って、そんな事聞いたら、間違いなくズタボロになるまで痛めつけられるんだろうな、きっと。 そうして、一つの戦いと我慢の時は終わったはずなのに、新しい煩悩に頭を悩ませることになったオレが居たとか居ないとか。 オレの悩みを解消させたのは、それから随分経ってからの事だったとだけ記しておこう。 ……この鎖と魔封じの額飾り、壊さずにこっそり持ってってもいいか? これを聞いてもまた、烈火のごとく怒られるんだろうな。 終わり |