現代スレイヤーズ
第一話

始まりは唐突に
















「ん〜ちょろいものね」


そう呟いたのは、ほくほくと上機嫌な顔で歩道を歩く少女。

外見は小柄で華奢な体つき。

髪は元気のいい栗髪、満足げな顔もたいへん愛らしい少女が、それはそれは上機嫌で
裏路地を歩いていた。

今日はしつこいナンパを三組も撃退し、身ぐるみ剥いで………じゃなくて。

正当な慰謝料をありがたく頂戴してきた。

まさに最高の一日である。



悦に浸りながら裏路地から迂回して帰路へと着こうとする少女の耳に、

微かな呻き声が届いた。

立ち止まって訝しげに見渡すと、横手には狭く暗い路地。

というより、建物と建物の間隙があった。

声が聞こえたのは、この暗がりの奥からだ。


「………」


行くべきか、見過ごすべきか。

損得勘定でいけば、まず間違いなく通り過ぎるべきである。

時間の無駄でもあるし、何よりなんとなく不気味でもある。

しかし…自分は厄介事が大好きな性分でもある。

覗くくらいならばいいかもしれない。

誰もいなければそれで済むでないか。

気づいたのに通り過ぎるというも、あまりにも薄情だ。

しかし、誰かがいた場合、まず間違いなく巻き込まれる。

今までの経験から言ってもそうだった。


う〜〜〜〜ん……どうしよっかなぁ。

腕組みまでして黙考していたが、やがて大きく頷くと、すたすたと間隙に入っていった。




そう、最後に勝ったのはやはり好奇心であった。








「……、れ…だ…?」



外灯が届かぬ暗い路地の先。

いくらか進んだところで前方から先ほどの声がする。

声からして、青年といったところか。

しかもなかなの美声である。



「そこに誰かいる?」

こちらも声に出すと、暗がりから動揺の気配が伝わってくる。

どうやら相手は一人。

薬の密売などではないらしい。

危険がないかどうかまでは解らなかったが。


なおも数歩歩いていくと、微かにシルエットが見えてくる。

ごみために倒されたがっしりとした男の姿。

人相までは解らないが、どうやら怪我をしているらしい。

腹部を押さえ、また小さく呻いた。


「…き、えろっ」

「そーゆーのはボロぞうきんのなりで言う台詞じゃないわよ」

物怖じせずにそう言うと、相手から威嚇ともとれる怒気が伝わってくる。


「消えろと言っているんだ」

「イ・ヤ」

相手の直ぐ傍まで近寄って、しゃがみ込む。

怪我の具合を見ようとしていたのだが、相手が拒み、手を振り払う。


「…っオレに触るな!」


これには少女もカチンと来る。
そのまま見捨てて来た道を戻ろうとさえしたのだが、どうも相手の怪我の具合が悪い。

腹部から多量の出血。

…刃物で刺されたのかもしれないし、銃で撃たれたのかもしれない。

暗くてよくわからないが、これは早く手当をした方がいい。


「…立てる?」

相手の瞳を見据えながら尋ねる。

それには答えず、明らかに狼狽して引くように身動ぎする。


「…オレに触るな」

「触ってないでしょーが。自力で立てるかって言ってるのよ。
それともあたしがあんたみたいな馬鹿デカイ体をおぶれっていうわけ?」

「放っておけばいいだろう。さっさとお家に帰りな。お嬢ちゃん」

…いちいち癪に触る奴ね。

「癪に触ろうとして言っているんだ」

彼女の心境を読んだかのように絶妙のタイミングで言葉を発する。

「さっさと消えな、リナ=インバース」

「な…っ!?」


それはまさしく自分の名前だった。

止血をしようと男の体に触れていた手を放す。

男は起きあがろうとするが、よろけてそのまま膝をついた。

顔を顰め、荒い息を繰り返す。

「無理しないで」


慌てて手を添えると、男は呆れたようにこちらを振り向く。

「…まだカラクリが読めないのか?」


あまりに突拍子もない。

が、こんな男が自分の名前を知っている訳がない。

こんな声に覚えはないのだから、面識もない。



現実主義者の自分でも、なんとなく解ってしまった。

なんとなく、匂いがするのだ。
この男は何かが違う、と。


先になって考えれば、どうしてあそこまで冷静に受け止められたのはわからない。

ただ、その時は直感がそう告げていた。

だから、思ったことを言葉には出さず、ただ心の中で言った。

『…人の心が読めるわけ?』

「へぇ…飲み込みの早い嬢ちゃんだ」

純粋に感心したのか、幾分威嚇していた話し方よりは柔らかい物腰になった。


こちらの言葉に返事を返したと言うことは……。


リナは心の中でありとあらゆる罵詈雑言を並べた。

「………遊ぶなよ。人の能力で…」

「あははははは。
 ま、さっきのお返しよ。さ、立って。手当の出来る場所に行きましょ」


「気持ち悪くないのか?このオレが…」

「とりあえず、今ので言いたい事言ってすっきりしたから、良いわよ」


「…おかしな嬢ちゃんだ」


笑いながらこちらが差し出してきた手に大きな手を重ねる。








それが二人の出会いだった。










始まりは唐突に・終