横 恋 慕 |
「で、……なんでンなところに隠れてんだ?」 「周辺警戒強化中」 「よくわからん」 物陰から辺りを警戒するあたしが今いる場所はいつもの待ち合わせ場所なのだが…… あたしは正面ではなく、木の裏側にしゃがみ込み、人の目を避けるながら(他人は不審気に見ていた)覗き込むように彼を待っていたのだ。 来た彼も面食らったようにぱしぱしと目を瞬かせていた。 「で、楽しいか?」 「悪くないわ」 あたしがきょろきょろすると、彼も同じように辺りを見渡すが、なんの変哲もない駅前は平和そのものである。 むしろ、この中で一番異質な人物を挙げるとしたら、それは間違いなくあたしである。 「うし。居ないわね…」 用心深く辺りに気を配り、例の人物の気配を確かめるとようやく彼の正面に立った。 「一体どうしたってんだ?」 「う〜。まー気にすることじゃないんだろうけどさぁ〜」 彼の問いに答えると言うより、自分に言い聞かせるように零した。 そう、あたしは目の前の彼が正式なのであって。 あの男とはなんの関係も…ないとは言い切れないけど……ともかく、あの男に遠慮する必要などないはずなのに―― ふと気づくと、男を捜すあたしがいた。 「ささ。とっととここを離れましょ」 背の高い彼の袖を引っ張り、そそくさとその場所を離れる。 と、唐突に彼のケータイが鳴り出す。 「あ、たんまな」 眉をひそめながらも止まることは許さず、あたしたちは歩き続ける。 「あ、はい俺です」 携帯電話から漏れる声はくぐもっているけど、男のものだとわかる。 「は…?今すぐ会社に戻って来いって!?」 どうやら上司らしいが…………なんですって!? みるみる変わるあたしの形相を見てとった彼は慌てふためく。 「あ、本日は先約がありまして…」 「………」 「え…社長直々の命令…?しかし、ですね。 俺はそのプロジェクトに関しては、引き継ぎを………は? ゴタクはいいからとにかく戻れ?そんな横暴な!? ……………え………はぁ…………………………………はい。」 ピッと電話を切ると、深い深いため息。 「…………すまん、リナ」 「いってらっしゃい」 突き放した言葉に彼はガックリと項垂れた。 「板ばさみって、辛い」 「ご愁傷様」 「怒るなよぉ〜俺だってムサイおつさんたちと顔合わせてるより、リナと一緒にいたいんだぞ〜」 手を上げると、道路脇に停車するタクシー。 「ほら、さっさと乗りなさいってば!!!」 久しぶりのデートのドタキャン反動は、あたしをキレさせるのには十分な威力だった。 半ば無理やりにタクシーの中に押し込め、走り出すのを見送ると、 くるりと向きを変えてドタドタと歩き出した。 そりゃ、めずらしく来たけど!!!!!!!! ここまで来て、顔を見て、今から!というところで…………。 来てくれた嬉しさが大きかった分、一人なったときの虚しさは待ちぼうけの何倍も辛かった。 こんなのってあり? ふつふつと沸き起こる怒りは、会ったこともない彼の会社社長にも向けられる。 なによなによなによっっ!!!! 一端の一流企業だかなんだか知らないけど、ここまで社員扱き使っていいと思ってんの!? というより、なんてよりによってあんまり使えなさそうな彼を使うわけ!? もっと他に有能な部下なんて何百人だって居るでしょーが! 収まらない怒りは、そのまま会社に殴り込みをかけようかとさえ思わせるほどだった。 道の角を勢い良く曲がった瞬間、 「うぷっ」 壁ではない柔らかい物体にドンっと弾き返されて、たたら踏んでしまった。 「…っどこ見て歩いてんのよぉ!!!」 良く見てなかったのはあたしの方だったが、そこはそれ。 お決まりの台詞は早いもの勝ちである。 胸の中に渦巻く怒りを発散させるが如くドスの利かせた声で、相手を睨み付けようと顔を上げると…………… 「…………ぢゃ。」 それまでの勢いはなんのその。 あたしは回れ右をして一刻も早く立ち去ろうとするが…… 「おいおい。待てよ。 オレの顔見た瞬間、血相変えて逃げなくてもいいだろうが…」 悪くもないのに、一方的に言われた相手。 しかし、その声には怒気など欠片も感じられず、寧ろ嬉しそうな声音すら醸し出していた。 「………なんでこんなところで、降って湧いたように、しかもタイミングよく出くわすわけ〜〜〜!?」 絶叫するあたしに対し、相手は笑みを崩さぬまま、ちゃっかりとあたしの腕を捕らえていた。 「だってまた逢おうって言ってたじゃないか♪」 「それにしたって、出来すぎよ!!誰かの陰謀よ!!!!!!」 「ははは。じゃ、オレとリナは運命で結ばれてるんだろ」 「いやぁぁぁぁっっっ!!!!!! そんな今時虫も食わないようなクサイ台詞言わないで〜!!」 いや。この顔で甘く囁くようにそれなりのムードで言われたら、どうかは知らないが、今あたしたちが居るのは何の変哲もない街角。 しかも公衆の面前。おまけにあたしは彼がいる。 ……って、ちょっと待て。 「な、なんでアンタ……あたしの名前…」 名乗ったことなんてないのに。 なんで知ってる!? 男はこともなげに満面の笑みを浮かべながら、 「ああ、酔った勢いで何度か聞いた。おまえさんに良く似合う」 …そうだったけか? 酔った時の記憶はもうおぼろげだが、覚えている限りでは……ないはずなんだけど………曖昧な記憶だし、相手が知っているとしたら、そうなのだろう。 「…で、あんたはなんでこんなところで突っ立ってるの」 「おいおい、歩いてたオレにぶつかってきたのはお前さんだろ?」 「…それにしては待ち構えてたような感じよね」 疑心に満ちた目で見ると、何もかもが怪しく見えてくる。 この男が何を考えているのかさっぱりわからないからかもしれない。 「オレは一応会社帰りなんだが…」 「送迎車があったじゃない」 「いや。たまに歩かないと体に悪いと思ってな」 「だからってなんでこの日この時この場所を歩いてんのよーー!!!」 「…そんなこと言われてもなぁ〜」 困ったように頬を掻き、あたしを見つめる。 その瞳は限りなく優しい。 透き通った蒼い双眸。 彼と同じ色でも、彼よりもっと澄んでいるような気がした。 「で、おまえさん、今日は前に会った時より機嫌悪いな。何かあったのか?」 明らかに期待しているような目つき。 あたしは舌を出しながら嘲笑う。 「まだ別れてないわよーだ」 「そりゃー残念。でも、またすっぽかされたようだな」 「う゛…でも今回は来たことは来たし……」 「でも今はいない」 「…………」 「いいタイミングだなぁ♪」 「今日は付き合わないわよ。あんた、あたしに何したか覚えてるんでしよーねー!?」 「おう。アレだろ?見つめ合いながらリナとオレの唇が…」 「みなまで言わんでいい!!!!!」 みるみる紅潮していく顔を誤魔化すように怒鳴り散らす。 「さて、ここじゃ落ち着いて口説けないしな。どっか行くか」 「行くわけないじょーが!!!」 「むぅ…じゃ、今日もアレやってほしいのか?」 捕まれていた腕が強く引かれ、彼の懐に引きずり込まれる。 回される手は腰に。 ぐっと力を入れられると、簡単に持ち上がるあたしの体。 「や、やめっっ。分かったから担ぐなー!!!」 「じゃ、このままバカップルのように歩いて行こうなぁ〜」 端から見たらうざったいほどのバカップルぶりなのだろうか。 「……あんたと居るとあたしのペースがめちゃくちゃよぉ…」 脱力して泣きそうになる。 「それはオレも同感だな」 うきうきと羽織っただけのコートの中に仕舞うような仕草のままで、あたしは歩いていく羽目になった。 …誰か………助けてよぉ。 らしくない泣き言を独り呟きながら、男は半ば引きずられるようにイルミネーションの目立つ街灯の下を恋人たちよろしく歩いていった。 ■ 続く ■ |