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今は深夜、高層ビルの屋上に一人の少女が立っていた。 赤味の掛かった栗色のフワフワした柔かく長い髪が、高層ビル特有の吹き上げる風に激しく靡いている。 自殺をしようとしているのか、少女は安全用に張られたフェンスの向こう側に立っているのだが、彼女が自殺をしようとしていない事が少女の燃えるような赤い瞳の中に宿す光が証明していた。 「フフッ、やっぱりここからの夜景は最高ね。必死にもがき足掻く愚かな人間のオーラが良く見えるわ。さ〜て、今日はどの人間を餌食にしようかしら?」 少女が楽しそうに微笑む姿はとても美しかったが、その愛くるしい口から出た言葉はとても恐ろしいものだった。 「・・・・・・・・・随分物騒な事言うな?」 すると突然少女に話し掛ける声が聞えてきた。その声は少女のすぐ目の前、つまり空から聞こえてきたのだ。流石に驚いた少女が声のする方を見ると、そこには一人の美しい青年が立っていた。否、正しく言うなら浮いていた。 長い金髪が靡く姿が丸で太陽の光が注ぐ錯覚を少女に与えた、雲一つ無い青空を連想させる青い瞳が少女を射抜くように見詰める。その視線に思わず少女は頬を赤くする。 しかし、彼は人間では無かった。その証拠に彼の背中には人間には在り得ない物、純白の羽根と頭に光の輪が存在していたからだ。 「天使・・・そう、とうとう天界でもあたしを始末しに来たって訳ね。でも残念ね、あたしはあんた如きに消滅する事は出来ないわよ。こんな任務を受けた自分の不運を呪うのね!!」 「ちょ・・・ちょっと待て!?人の話をちゃんと聞け!」 「あんた人じゃ無いじゃない。」 「うっ!・・・・俺はお前さんを保護する為に天界から降りてきたんだ。」 少女の鋭い突っ込みに動揺しつつも、天使の青年は少女に自分が現れた理由を話した。 「あ・・・あたしを保護ですってぇ!?そっか・・・・・・・・・つまりあたしの力は邪魔だけど、返り討ちに遭うのは嫌だから手っ取り早く隔離しようって作戦ね?フン、あんた達みたいな腑抜けにしてはまぁまぁな考え方ね。でも・・・相手が悪かったわ。」 少女の言葉に青年は小さく溜息を吐く、正に彼が上司に言われたセリフそのままを彼女が口にしたからだ。 「あんた、あたしが誰だか知らないんでしょうね?だからあたしの前にそんなのほほ〜んってした顔で居られるのよ。」 「知ってるよ、リナ=インバース。天使の母親と悪魔の父親から生まれた禁忌の子、だろ?」 少女、リナは青年のこの言葉に驚きを隠せなかった。 「知ってるって、じゃああたしが忌み嫌われる存在だって知っててあんた来たの?」 「どうして・・・禁忌な子ってだけで嫌われると思ってるんだリナ?」 逆に青年に問い掛けられ、思い切り脱力してしまうリナだった。 「あのねぇ!そんな事も知らないで来たんかい、あんたは!!天界と魔界は昔から敵対してるのよ、そんな関係の中で天使と悪魔の間に生まれただけで既に厄介者なの!しかも禁忌の子は混血が故にどちらにも属せず、又混血だからこそ・・・・・そのパワーは計り知れないわ。」 (そうよ、この壮絶な力の所為で・・・あたしは両親に捨てられた。人間界に逃げた母さんと父さん、あたしの力は人間界では脅威でしかなかった。) 「あたしはね、一人が好きなのよ!だから誰にも守ってもらうつもりは無いし、保護者も要らない!一生飼い殺しになる位なら死んだ方がマシよ!!」 そう言ってリナはビルから飛び降りた。 「リナぁ!!」 青年が慌てて落ちるリナに追い付こうと飛ぶが、リナは背中から瞳と同じ炎のような赤い羽根を生やすとフワリと宙に浮いた。 「バカね、あたしが死ぬって本気で思ったの?あたしはね、不死身なのよ。死にたくったって死ねな―――――!?」 思わずリナが本音を叫んだ時、凄い力で抱き締められた。 「ちょ・・・ちょっと、何すんのよ!放しなさいよ!?」 「心配したんだぞ、本気で死ぬかと思った。」 「・・・・・・・・・どうして、どうしてあんたがあたしの心配なんかするのよ?初めて会ったのに」 「・・・・初めてじゃ無い」 青年の声が震えている事にリナは気付いた、そして以前にも会った事があると言う彼に驚いた顔をするリナ。 「あんた・・・・・何者なの?」 「俺はガウリイ=ガブリエフ」 「ガウリイって!!あのガウリイ!?大天使ミハエルが自ら後継者に指名したって言うあの!?」 「そんなの俺が望んだ訳じゃない・・・・・・・・ずっと会いたかった、リナ。」 ガウリイの抱き締める力が更に強くなる、リナは苦しみの余り彼の腕の中でもがいたが抜け出す事は出来なかった。 「あんたなんか知らないわ!苦しい、このバカ力!!好い加減に放しなさいよぉ!!」 「そっか、お前さんの前にこの姿で出るのは初めてだったんだな。お前さん小さい頃一羽のハトを助けたの覚えてないか?」 そのガウリイの問いに、リナは思わず顔を赤くする。 「ど・・・どうしてそれを知ってるのよ!?」 昔、リナがまだ三歳だった頃。近所の公園で一羽のハトが数人の子供に苛められているをリナが力を使って助けたのだ。そしてそれが原因でリナは両親に捨てられてしまった。 「あの時のハトが俺だったんだよ。」 「嘘ぉ!?あのハトが?あんたなの?」 リナが思い出してくれたのが嬉しかったのか、ガウリイは力強く頷いた。 「俺・・・あんな暖かいオーラ初めてでさ、それから凄くリナの事気になって、ずっと見てた。否・・・見てるしか出来なかった、天使は人間に干渉しちゃいけない規則があったから。」 「あたしは人間じゃないわ、それにあの事が無けりゃああたしは・・・・」 「親に捨てられる事は無かったんだよな?ごめん、俺がお前さんの人生を狂わせちまった。怒ってるよな、やっぱり?」 ガウリイの言葉にリナは小さく首を横に振った。 「怒ってないわ、あれのお陰で親の本心も分かったし。悪魔として目覚める切っ掛けになったし・・・・・・・むしろ感謝してる位よ。」 失笑を浮かべ答えるリナに、ガウリイは静かに微笑み口を開いた。 「嘘が下手だな、相変わらず。」 「誰が嘘言ったってのよ!?何も知らないくせに!!」 「言ったろ、俺はリナをずっと見てたって。本当は一人で居るのが怖いんだろ?魔界の方が天界より実力の世界だから暮らし易いと思って悪魔になる気になったんだろ?もしかしたらリナ自身を見てくれる相手が居るかもしれないって思ってたんだろ?」 リナはガウリイの腕の中でピクリと小さく震えた、それはガウリイの今の言葉を肯定するものだった。 「リナ、俺じゃダメか?俺じゃあお前さんを守る役目には相応しくないか?」 行き成りリナはガウリイを突き飛ばした、突然の事にガウリイは驚きの表情を見せる。 「先刻から黙って聞いてれば好き勝手言ってくれちゃって、ハッ!あたしが自分を見てくれる相手が欲しいですって?笑わせないでよね。あたしは強いのよ、だから実力重視の魔界で暮らすのが一番あたしが楽しめるから選んだのよ!あたしはね、一人で生きていけるし、一人が好きなのよ!あたしの傍には誰も近付けたりなんかしないわ!さっさと帰ってよ!!目障りだわ!!」 「リナ!俺は本気でお前さんを愛してるんだ、信じてくれ!!」 「うっさいわね!さっさと天界に帰りなさいよ!!」 「・・・・・・・・帰れないし、帰る気は無い。」 ガウリイの静かな言葉に、興奮していたリナが落ち着きを取り戻した。 「帰れないって・・・どうゆう事?」 リナの問いにガウリイは失笑を浮かべ、静かな口調で答えた。 「この任務・・・本当は別の奴が選ばれてたんだ。でも、俺が無理言って代わってもらったんだよ。そしてこの任務の条件は、任務を遂行するまでは・・・天界に戻らないって事なんだ。」 「そんな!?・・・・・・じゃあ、あんたが天界に戻るにはあたしが一緒じゃないとダメって事?」 震える声で尋ねるリナに対し、ガウリイは無言で頷く。 「だけどリナは嫌なんだろ?俺はリナが傍に居てくれれば天界になんか帰らなくても全然構わないんだ。だから・・・俺を信じてくれないかリナ?」 そう言ってガウリイはもう一度リナを抱き締めた。しかし、リナは力一杯抵抗する。 「信じない!もう誰も信じない!!あんただって、そんな事言って・・・・何時かあたしの前から居なくなっちゃうに決まってる!!あたしに優しくしないで、ほっといて、もうほっといてよぉ!!!」 ガウリイの腕の中でリナが涙を流して叫んだ、リナを抱くガウリイの腕の力が更に強くなり、ガウリイは声を震わせリナに問い掛けた。 「どうしたらお前さんは俺を信じてくれるんだ?俺が天使を辞めたら・・・信じてくれるか?」 「出来もしない事言わないでよ、あたしを一人にして・・・・・・」 そして暫しの沈黙、最初に破ったのはガウリイの方だった。 「・・・・・・・・・リナ、俺の頭の輪っか触ってくれないか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして?」 突然の申し出にリナは思い切り戸惑うと、ガウリイはリナを己の腕から解放してからリナの手を優しく握り、己のエンジェルリングに触れさせた。その瞬間――――――― 「きゃあ―――!?」 パリーンと乾いた音を立て、ガウリイのエンジェルリングが粉々に砕け散った。 「リナ・・・・・こ・・れ・・・・・で、信じて・・・・く・・・れ・・・・・・」 「ガウリイー!?」 苦しそうにしながらも、ガウリイはリナに優しく微笑んだ。そしてそのまま意識を失ったその瞬間、ガウリイの純白の羽根が一斉に弾け跳んだ。 「嫌あぁぁぁぁぁ!!ガウリイ、ガウリイ!ガウリイ!!」 羽根を無くしたガウリイはそのまま地面に凄い勢いで落下していく、リナは必死でガウリイを追い掛け、そして腕を掴み体勢を整えようとするが重いガウリイを抱えて飛ぶ事が出来なかった。 「死なせない、絶対にあんたを死なせない!!」 リナはガウリイの頭をギュッと抱き締めた、彼女達が居たのは高層ビルの屋上。例え不死身のリナでもこのまま地面に落ちれば只では済まないだろう。 地面が近付きリナはギュッと目を閉じ、襲い掛かる衝撃を待った。しかし、予想していた衝撃は何時まで経ってもこない。 「え!?」 恐る恐る目を開けたリナが見た物は、地面ギリギリで浮かんでいるガウリイと自分の姿だった。 『全く、無茶をする連中だ。』 リナが声のする方を見ると、そこにはショートカットの金髪にラベンダーの瞳をした一人の天使だった。 「あんた・・・・・・・・・何者?」 リナの問い掛けに対し、目の前に立つ天使に話し掛ける。すると、その天使はリナを静かに見詰めながら口を開いた。 『ほぉ、君がリナ=インバースか。確かにガウリイが惹かれるだけある、いい目をしている。この度は私のバカ弟子が驚かせてしまったね。』 「ば・・・バカ弟子って、あ・・・・あんた、まさか・・・・大天使ミハエルぅ!?」 『これはこれは、名乗らないのはレディに対して失礼だったね。その通り、私がミハエル以後宜しく。』 「ガウリイ!?そうだ!ガウリイは・・・・・ガウリイはどうしたの!?あたしが輪っかを触った瞬間行き成り割れたわ、あれは何?しかもあれからガウリイ全然目を覚まさないし・・・」 泣きながら問い質すリナに、今までニコニコ微笑んでいたミハエルは真剣な表情で答えた。 『そうか、君は知らなかったんだね。エンジェルリングは天使の魂と言っても良いんだよ。全ての力の源・・・、そしてこのエンジェルリングは、異界の者に触れられるとその力を保つ事が出来なくなって割れてしまう。』 「・・・・・・・・・・・!?」 ミハエルの言葉にリナは言葉を失った。彼の言った意味を、理解してしまったのだ。 『そう、君が今考えた通り、エンジェルリングが割れた時点で天使は天使では無くなるだけでは無く、その天使自身の命も失う。つまり・・・・・・・ガウリイは死んだ事になる。』 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!ガウリイ!ガウリイ!!ごめんなさい!ごめんなさい!!」 リナは動かないガウリイに縋り付き泣きじゃくった、そこにミハエルが優しい口調で話し掛けてきた。 『リナ=インバース、ガウリイを助ける方法が無い訳ではない。』 「教えて!!あたしは消滅しても構わないから!だからガウリイを生き返らせて!!お願い・・・・・・・・ガウリイを・・・・返して」 ミハエルに泣きながら縋り付くリナに、ミハエルは優しく笑みを浮かべた。 『君なら大丈夫だよ、方法は色々あるけど、この方法が一番早く復活出来るんだ。君の中には天使と悪魔、二つの魂が存在する。その魂が故に君は不死身なんだ、そしてこのバカ弟子を復活させる方法だけど、君の魂を一つガウリイに分け与えるんだ。』 「魂を?分かったわ、そんな事で良いならいくらでもくれてやるわ!じゃあちゃっちゃとやっちゃってちょうだい!」 リナが満面の笑顔でミハエルに言うと、ミハエルは静かに頷き話を続ける。 『但し、君のどちらの魂をガウリイに与えるかで君自身の属性も決まるから、慎重に選んで決める事。後、浄化と修行の為にガウリイは一度人間として生まれ変わらなくてはいけない。その人間の寿命を全うして初めてガウリイは天使に戻る事が出来るんだ。』 「それ位大した事無いじゃない、いくらでも待つわよ。それにどっちの魂をあげてもガウリイは天使になれるんでしょ?」 『あぁ、但しバカ弟子が人間になっている間は、君はその姿のままでは会う事も話をする事も出来ない。それでも良いのかい?』 ミハエルの言葉にリナはニッと勝ち誇った笑みを浮かべてキッパリと答えた。 「フフン、話が出来なくたって何時かは帰って来るんだから、それまでの楽しみに取っとくわよ。それにこの姿では会えないって事はこの姿以外では会えるって事でしょ?なら全然問題無し!」 『フフ、やはりガウリイが選んだだけはあるね。では、始めるかな。じゃあリナ=インバース、天使の魂と悪魔の魂、どちらを差し出しますか?』 ミハエルの質問にリナは満面の笑みで答えた。 「勿論―――――――――――――」 普通の家庭に男の子が生まれた、金髪に青い瞳の可愛い赤ちゃん。しかし、彼が生まれた時二つの不思議な事が起こった。 一つは赤ちゃんの右腕に赤味が掛かった栗色のミサンガを付けていた事。そしてもう一つは赤ちゃんが生まれた瞬間、どこからか凛とした少女の声が聞こえてきた事だった。 声はこう言っていたとゆう<やっと見付けた>と――――――― 「リナお帰り、今回は二年振りだよな。」 風に流れる長く美しい金髪、雲一つ無い空を連想させる青い瞳。そんな彼が話し掛けるのは一羽の純白のハトだった。 彼の名前はガウリイ=ガブリエフ、二十歳。彼は生まれた時から人や動物を引き付ける不思議な魅力があった。そしてこの純白のハトも又不思議な存在だった。 ガウリイが生まれた時から、必ず彼の傍には純白のハトが居た。時々居なくなり暫くすると又ガウリイの元に現れるのだった。 彼の両親は同じハトじゃないと言うが、ガウリイはこのハトにリナと名付け、戻ってくる時には必ずお帰りと言って優しく迎え入れるのだった。 「今回は随分戻るのに掛かったじゃないか、心配したんだぞ?」 肩に乗るハトに丸で恋人にでも話し掛けるように語り掛けるガウリイに、ハトも頭を摺り寄せて甘える。 (ただいまガウリイ、ねえ聞いて聞いて!あたしね、やっと純天使になれたのよ!って今のあんたに言っても言葉分かんないか。) ハト、否リナは少し寂しげに微笑んだ。そう、リナはガウリイに悪魔の魂を譲り、自分は天使になる事を選んだのだった。 「何だリナ、何か嬉しい事でもあったのか?それにしちゃあ少し元気が無いみたいだけど?」 (ありがとうガウリイ、心配してくれて。それにしてもまだあんた『それ』しててくれたんだ。) リナはそう言ってガウリイの右手首に付いている赤味の掛かったミサンガを見詰める。そう、それはリナが己の髪から作ったミサンガだった。20年経った今でも色褪せる事無くガウリイの手首に君臨している。 ガウリイはリナの視線に気付いたのか、右手をかざして自慢げにリナに見せる。 「これが気になるのか?これは俺の大切な・・・そう、大切な宝物なんだよ。」 (ど・・・どうしてそーゆう恥かしい事を平然とした顔で言うかなこの男は!?でも天使の時の記憶が消えてる筈なのに・・・・・何だか嬉しいかもって、言ってもあん時は既にガウリイの意識が無かったんだったっけ。) リナは小さく溜息を吐くとガウリイに向き直って、そっと嘴をガウリイの頬にくっ付けた。 (本当はあんたが天使に戻った時に言うつもりだったけど・・・・・やっぱり恥かしいから今言っとくね。・・・・・・・・・愛してるわ、ガウリイ) 囁く様に言ったと言っても、ガウリイには鳴き声にしか聞こえない。しかし、リナが告白した瞬間、ガウリイは満面の笑みを浮かべたのだった。 (あ、あたし今日はもう行くね!バイバイガウリイ!) その眩しい笑顔にリナは照れ臭くて堪らなくなり、大空に飛んで行ってしまった。その姿を優しく見送るガウリイが暫くしてから己の右手首のミサンガに視線を向け、そっとそれにキスをする。 ガウリイは静かに、丸で本人がそこに居るかの様に囁いた。 「リナ、俺も・・・・・・・・俺も愛してるよ。」 そしてガウリイは、ハトが消えた方向の澄み渡る青空を何時までも眩しそうに見詰めていた。 終 |