ある日の出来事















 「あ〜っ!! しんどかった!!」
 階段をペタシペタシと登りながら、うーんと伸びをする。
 「じゃ、ガウリイの部屋はここ、あたしは隣ね」
 何とか食事を済ませて、今夜の自分の部屋に転がり込んだのだが。
 なぜかガウリイまであたしの部屋に入ってくるし。

 「なんか用でもある? 疲れてるんだから、手短にお願いね」
 眠気に襲われている所為で、どうしても愛想の無い聞き方になってしまう。
 「ああ、すまん。 今日はありがとうなって言いたくて。
 しかしお前さん、今日は本当によく動いてたよな」
 感心したように言うガウリイに
 「ま、あの状況を見ちゃったら放っておけないじゃない?」と返した。
 「本当にお疲れさん。・・・なぁ、身体、辛くないか?」
 妙に過保護なガウリイがなんだか可笑しいし。
 「だーいじょうぶだって言いたい所だけど、正直ちょっとしんどいかも」

 旅をしているあたしは普通の娘より体力があると自負していたが、
 今日はいつもとは事情が違った。
 普段使わない筋肉と、やり慣れない仕事で身体はクタクタ。
 腰は痛いし腕も重いし。

 「なら、ちょっとマッサージしてやるよ。
 俺の所為で疲れさせちまったようなもんだしさ」
 「あんたの所為じゃないけどさ・・・お願いしていい?」
 足の裏なんかを揉んでもらったら、かなり気持ちがいいだろうな。
 「じゃあリナ、そこのベッドに寝っ転がってくれよ」
 促されて、あたしは素直にベッドにうつ伏せに寝そべった。

 「ねえ、今頃はまた二人で奮闘中なんだろうね」と言ったあたしに、
 「そうだな」と、昼間の光景を思い出したのか小さく笑いながら、
 ガウリイがあたしのブーツを脱がせ始めた・・・。


 事の始まりは今朝。

 朝ご飯のあとしばらく別行動を取っていた時に、ガウリイが
 ささやかな依頼を受けたのが始まりだった。
 依頼内容は簡単な買い物とその荷物運びで、別にあいつが受ける必要も
 なかったのだろうけど。

 依頼してきたおっちゃんのかなりなヘロヘロ具合に同情しちゃったらしく、
 ほんっとうに格安の料金で引き受けてきたのだ。
 「ちょっと仕事してくるから」と、言いに来たガウリイの横に
 まるで幽霊のように立っていたおっちゃんは、あたしの目から見ても
 今にも倒れそうな位に顔色も悪く、頼りない感じがして。
 「買い物なら得意だから一緒に行ってあげる!!」と、
 言っちゃったんだよね・・・。
 だって、どう考えてもガウリイに上手な買い物ができるとも思えないし
 依頼主のおっちゃんは市場の中を歩き回る事自体無理っぽいしと。

 確かにこの時点での判断は間違ってなかったんだけど。
 このあと丸々一日潰す事になるとは想像もしていなかったのだ。






 「では、買い物リストはこれで全部ですね?」
 ガウリイの部屋で依頼主のおっちゃん、オーレンさんに確認を取って、
 「では今から買出しに行って来ますから、少しでも身体を休めて下さいね」
 と言った。

 「でも・・・そういう訳には」と戸惑う彼に
 「そんなに疲れた身体で市場を歩き回ったら倒れちゃいますよ? 
 今後の為にも今は休息を取るのも大事だと思いますけど?」と諭す訳は、
 いざ買い物に!!と出かけようとした矢先、オーレンさんが貧血を
 起こして転倒しまったからだった。

 原因は明らかに睡眠不足。

 あたしの説得が効いたのか、はたまた疲れが限界に達していたからなのか。
 「・・・では、お言葉に甘えてここ、お借りします・・・」
 ペコリとあたし達に頭を下げて、ゴソゴソとガウリイのベッドに横になり。
 「・・・・・・ぐー・・・・・・」カウントスリーで眠りに落ちた。







 「簡易おしめにベビーソープ、粉ミルクに洗剤にトイレットペーパー、
 果物に野菜に魚にお肉。・・・それから甘いお菓子もか」
 道々歩きながら買う物を確認。
 それ自体はありふれた物ばっかしなんだけど・・・。

 「なぁ、これって本当に必要だったのか・・・?」
 ガラガラと音を立てて付いてくるガウリイと・・・大きな手押し車。
 「ま、かさばる物も多いから。 あって困る事はないでしょ?」
 そう言いつつも、実はこの時点であたしは嫌な予感がしていた。

 渡されたお金は普段の買い物に使うにしては少々、いや、かなり多い。
 それに買い物リストの一番上に女の人の字で
 「出来るだけ沢山買い溜めしてくる事!!」とあったのだ。
 更に買うものの優先順位まで書き込んであって、まずとにかくおしめと粉ミルク。
 それから洗剤が安かったら買っといてと続き、そのあと食料品をと。

 「オーレンさんがあれだけ疲れてたって事は、奥さんはそれ以上かも・・・」
 「ん? 何か言ったか?」
 「いいから。 まずは薬局からね」
 目に付いた最初のお店で目的の物を見つけたあたしは、早速
 値段交渉に入ったのだった・・・。





 戦い済んで日は・・・まだ暮れてないけどさ。

 何とかリストに有った物をかき集めて、宿に向かう。
 「リナぁ、今回は早かったなぁ」
 「まぁね。 何となく急いだ方がいい気がしたから」
 いつもならトコトン納得行くまで値段交渉に明け暮れるあたしだったが、
 今回はそれなりのラインで妥協していた。
 「それに、その手押し車を見て事情を知ってる人が多かったから
 結構おまけもしてもらえたし♪」

 がらがらがら。

 「それにしても、これだけ沢山買い込んだら二月は持つんじゃないか?」
 今や手押し車から溢れんばかりの荷物を眺めながらガウリイは言うが。

 「なら、いいんだけどね・・・」
 買い物中ずっと、のほほ〜んとあたしの横に立ってただけの
 ガウリイは聞いていなかったのかもしれないが。
 ・・・あたしの予想だと、三週間持つかどうかと言った所か。
 「ま、とにかくオーレンさんを起こしてこれを家まで届けましょ」と、
 二人して荷物が落ちないように気をつけながら道を急いだのだった。
 






 「本当にありがとうございました」
 宿からしばらく歩いた住宅地の中でも、比較的新しい区画に彼の家はあった。
 家の前まで送ってきたあたし達にペコリと頭を下げる。
 短いながらも深く眠ったお陰なのか、幾分顔色の良くなったオーレンさんに
 礼を言われて謝礼を受け取り無事依頼は終了。

 「ついでだから、家の中まで運びますよ」
 純然たる親切心でガウリイが申し出ると、
 「でも、中がかなり散らかってますから・・・」と遠慮するオーレンさんだったが。
 扉越しにでも判る、かなり大きな声で中から聞こえてきたのは・・・
 「ほぎゃ〜!!おぎゃ〜!!」
 盛大に泣いている赤ちゃんの声と。
 「あなた・・・? おかえりなさい・・・」
 それとは対照的な、か細い女の人の声だった。





 「とにかく二人ともゆっくり寝ててください!! 
 特に奥さん!! そんな疲れた身体じゃお乳も思うように出ないでしょ? 」




 力なく開いたドアの中から現れたのは、げっそりとやつれた若い女の人。
 そしてその腕に抱かれて激しい自己主張をしていたのは・・・。

 まだ首も座ってなさそうな双子の赤ちゃん。
 聞けば、待望の子供が生まれたのはいいが、とにかく夜泣きがひどい事と
 慣れない育児で疲労困憊、しかも手間は二倍以上!!
 双子だからと言って、同じ時間にミルクを飲んでくれるわけでもなく。
 どちらかが泣くと釣られてもう一方も泣き出す始末。
 半年前に引っ越してきたばかりで、近くに頼れる人があまりいない
 からと、夫婦で孤軍奮闘していたらしい。

 「・・・いえね、お隣の奥さんとか向かいのおばぁちゃんとかが
 少しの間なら見て下さるんですが・・・。
 流石にそれ以上の事を頼むような図々しいマネはできなくて・・・」
 目の下に深く刻み込まれた隈が、彼女の疲れを雄弁に物語っていた。

 「でも、ここでお二人が倒れたらこの子達どうするんですか?」
 「それは・・・」俯く奥さんを見て、ついおせっかいの虫が騒ぎ出す。
 「なら今日一日あたし達を雇えばいいじゃないですか。 
 こう見えても家事は姉に一通り仕込まれてますし、仕事として
 報酬を払うのなら奥さんも気兼ねしなくていいでしょ?」
 「でも・・・お恥ずかしい話なんですが、うちの家計はカツカツで
 とてもそんな余裕は・・・」

 まだ迷っている彼女にもう一押し!!

 「そんな吹っかけようとは思ってませんって!! 
 この際大盤振る舞いで報酬は銀貨1枚でいいですから、ね!?」
 「それじゃ余りにも安すぎませんか!?」
 あたしの提案に戸惑う二人にニコッと微笑みながら
 「これも乗りかかった船って奴ですよ。 
 それに、ここで帰っちゃったらこの後気になってしょうがないですし」



 そして先ほどのセリフに戻るのだ。



 二人を寝室に押し込むようにして寝かしつけて。
 (二人とも横になった途端、ぜんまいが切れたかのように眠りに落ちた)
 あたしは荷物を載せていた手押し車に布団を引いて、そこに双子を寝かせた。

 「ガウリイ、ちょっとそこらの公園にでも行ってこの子達のお守りをお願い。
 今ミルク作って持たせるから、この子達が泣いたら飲ませてやってね」
 台所にあった哺乳瓶を消毒しながらお湯を沸かす。

 ついでに傍に掛けてあったエプロンを拝借した。
 「おいおいリナ、いいのか!? 
 いつもあれだけ金に細かいお前さんが、あれっぽっちで仕事を引き受けるなんて」
 その言い方に多少ムッと来るものはあったものの、確かにあたしがここまで
 安い仕事を積極的にする事は今まで無かったが。
 「なら、ガウリイはこの状況を見てそのまま
 『じゃあこれで。 さようなら』って言えた? 
 あんたも大概お人好しだし♪ どうせ放って置けなかったんでしょ?」

 さて、できた。

 「じゃ、あたしは今からここの大掃除するからあとよろしく。
 3時間は帰って来ちゃ駄目よ? 埃は赤ちゃんに悪いんだからね。
 でもあんまり遠くに行っても駄目。 
 誘拐犯と間違われたりしちゃ堪んないから」
 少し熱めに作ったミルクを冷めないように布で包んで、オムツと一緒に
 近くにあったカゴに入れて。

 「じゃ、子守は任せたわよ♪ ガウリイおとーさん♪」
 何となくノリで言ってみたあたしのセリフに、ガウリイは何故か
 顔を赤くしながら双子ちゃんを連れての散歩に出かけた。
 
 「さて、始めましょうか」
 あたしは手袋を外して腕まくりをし、自分に気合を入れながら
 雑然とした室内を見回して、どこから手を付けるべきか段取りを考え。

 それからのあたしは、自分でも本当によく働いたと思う。

 まずは山のような布オムツや産着にタオルの数々。
 その他にもどっさりと洗い場に積まれた洗濯物の山を種類別により分け
 所々で魔法も駆使しながらきっちし洗い上げ、乾燥させ。
 綿ぼこリが転がる室内を、窓という窓を開け放って掃除しまくり
 風を起こして淀んだ空気を強制的に換気した。
 (実はこの時点でオーレンさん夫婦にスリーピングをかけようかと
 思ったけれど、よっぽど疲れていたのか枕元をドタバタと歩いても
 まったく目覚める気配は無かったのだ)
 ついでにさっき買ってきた食材を使って栄養たっぷりの夕食を作り。
 テーブルの上に、外の花壇で咲いていた花を飾った。


 「お〜い、帰ったぞ〜」
 あたしの手早い家事仕事が一段落して外が暗くなる頃、
 ようやくガウリイが帰って来た。

 手押し車の双子達は・・・寝てる。

 「おかえり〜っ。 その子達いい子にしてた?」
 赤ちゃんを起こさないよう小さな声でガウリイに聞いてみたら。
 ありゃ? ガウリイ、何で顔が赤くなるかな?

 「ああ、結構いい子にしてたぞ。
 それにベンチに座ってあやしてたら、近所のおかみさん連中が色々世話焼いて
 教えてくれたしな。ついでにここの事も話しといた」

 うんうん、やっぱしガウリイみたいなハンサムな男の人が赤ちゃん連れで
 公園にいたら、奥様方の興味を誘う事請け合いよね〜っ。
 「で、どういう反応だった?」
 「ん、かなり煮詰まってるって言ったら、口をそろえて「水臭いねぇ」ってさ」

 よしよし、反応は上々♪
 「なら、一応一安心ね。 
 古今東西近所のおばちゃんって奴は、おせっかい焼くのが好きだから」
 これで慣れない子育ても、少しは楽になるかもね。
 あたしは双子ちゃんを眺めながら、「良かったね」と呟いたのだった。
 
 


 それからあたしは残った材料で保存の効くおかずを作って戸棚に入れて
 ガウリイは眠りから覚めた赤ちゃん達を危なっかしい手つきながら
 たらいにお湯を張ったお風呂を使わせ。

 「なぁ、リナって赤ん坊の世話、やけに手馴れてるよな」
 二人して清潔な産着に着替えさせていると、唐突にガウリイが聞いてきた。

 「まぁね。 実家にいた頃近所の家でベビーシッターのバイトした事もあるし」
 「それで赤ん坊の扱いに慣れてたのか」
 「ふふん♪ 見直したでしょ」
 ちゃっちゃと服を着させ終えたあたしは、ちょっと自慢しちゃったり。

 「・・・なんか、こうしてるとさ」
 「なによ」
 「俺達夫婦みたいだよな」
 「・・・ばぁか」 
 二人で他愛も無い会話を交わしながら、雑事をこなしていった。





 遅い夕食の時間になって、ようやくオーレンさんが起きてきた。
 「こりゃ・・・!!」
 目を丸くするのも無理ない事だ。
 寝る前とは部屋の様子が一変していたからだ。

 「一応ごみと判断したものはこの袋に纏めてます。
 後で捨ててもいいものか確認してくださいね? 
 ・・・チリとか埃は入ってませんから」

 ガウリイの腕の中にはふくふくと赤いほっぺの赤ちゃん達が
 穏やかな寝息を立てている。
 「さっき風呂に入れて、そのあと湯冷ましと果汁を飲んでいたので
 もう少し寝ていてくれると思います。
 公園では日向ぼっこして一時間ほど寝て、その後30分位は泣いてたかな?」
 ガウリイがオーレンさんにお散歩中の様子を報告して、
 あたしは今日この子達に何をどれだけ飲ませたのかを書いたメモを渡した。
 「これは奥さんに。 少しは目安になるでしょうから」と。



 オーレンさんはそっと子ども達を受け取って、優しくベビーべッドに寝かせ。
 「本当になんとお礼を言っていいやら。
 ・・・妻も久しぶりにゆっくり休息できたと思います。
 本当に、ありがとうございました」
 何度も何度も頭を下げて礼を言いながら、あたしが言った額より
 多めのお金を渡そうとしてくれたが、あたしはそれをやんわりと返し。
 「久しぶりに赤ちゃんと遊べて楽しかったので、最初の額でいいですよ」と
 約束通り銀貨一枚だけを受け取り、帰途に着いたのだ。





 疲れた身体を引きずって何とか宿屋に戻って遅い夕食を食べた後。
 報酬の銀貨で一杯ずつワインを頼んだ。
 「乾杯」
 「何に?」
 「二人のチビちゃん達に」
 「そうね、二人の幸福な未来と円満な家庭に」
 かつん、とゴブレットを合わせて飲み干した。
 
 






 
 
 ・・・・・・キュッ、キュッ。
 ガウリイの大きな指があたしの足を優しく揉み解す。
 あまりの気持ちよさに頭がボオッとしてきて、眠たくなってくる。

 ・・・お酒も入ってるしなぁ。

 ・・・まっ、いいか。
 このままねちゃおっかな〜っ。

 「リナ〜ッ、寝るなよ〜。 お前今日は埃まみれになったんだから
 寝る前に風呂に入ってこいよ〜っ」
 ガウリイに軽く揺さぶられて、仕方なくのそりと身を起こしながらも
 まだ何となく行きたくないなぁ、とグズグズしてたら。
 「ちゃんと温まってきたら足プラス手のひらもマッサージしてやるから」
 との魅惑の条件を持ち出したので、なら行って来るかと部屋を後にした。


 ・・・みゅう・・・やっぱし、眠い・・・。
 熱いお風呂に入れば少しは眠気も治まるかと思ったんだけど、
 全然駄目みたい・・・。
 ほんわかと温まった身体は鉛のように重く、瞼は今にも上下が引っ付きそうで。
 ズルペタとスリッパを引きずりながら、何とか自分の部屋に辿り着いた。
 ドアを開いて、さて一寝入り・・・と思ったら。

 「ガウリイ・・・まだいたの・・・くぅあぁぁぁぁ・・・」
 思わす大きなあくびが出た。

 「いたの、ってなぁ・・・。風呂上りにマッサージしてやるって言ったろ?
 さ、早くベッドに横になれよ」
 ボォッと扉付近に立っていたあたしの腕をつかんで、ガウリイが微笑む。
 あたしは促されるままにポテポテとベッドに向かって歩き出し。
 何の躊躇いも無く再びベッドにうつ伏せになった。

 ・・・睡魔の魔力に取り付かれていたあたしは、ガウリイの
 優しげな微笑みの中に混じるものに気付かなかった・・・。

 「さてと、足から行くか」
 ガウリイの大きな手があたしの足首をつかんで、そっと自分の方に
 引き寄せて指圧してくれる。
 「んにゃ・・・きもちいい・・・」
 「眠かったらそのまま寝ちまっていいぞ」
 「ん・・・」
 ・・・あたしはその言葉に甘えて、つい意識を手放してしまいそうになった。







 「・・・リナは、きっといい奥さんになるな・・・」
 俺は小さなリナの足を指圧しながら、今日の出来事を思い出す。
 淡い黄色のエプロンをして、ミルクを作るリナ。
 微笑みながら『ガウリイおとーさん♪』だってさ・・・。
 その時の表情を思い出して、つい、顔がにやけてくる。

 ・・・お前さん、本気で俺と所帯持たないか?
 今はまだ、旅を続けるのもいいけれど。
 恋人になりたいと告げたのはつい先日の事。
 真っ赤な顔で頷いてくれたお前は、こう言ったよな。
 『でも、当分旅は続けるし、それに・・・普通の娘のようにね。
 あたしは、普通の暮らしは出来ないかもしれないけど。
 それでも・・・後悔しない?』
 その時既に、リナはその後の事まで考えていたのだろう。
 いつも自信たっぷりなリナが不安げな表情を浮かべていた。
 『ま、なるようになるだろ?』
 『・・・そうね』
 その時はそう答えたけどな。

 「もし、お前さんが今日みたいな暮らしを望むのなら。
 俺はどんな手段を使っても、それを手に入れて見せるから」
 ゼフィーリアに住むのもいいし、セイルーンだっていい。
 リナが気にしているのは魔族の襲来や、勝手に飛び込んでくるトラブルとか。
 俺には考えも付かないような事でもリナには予想範囲の内なんだろうが。
 ・・・何があっても、全力で護り切って見せるからさ。
 「だから、安心して俺の奥さんになってくれ。
  俺に出来る事なら、頑張って手伝うから、な」
 疲れきって眠るリナの頬にそっとキスを落としたら。

 「・・・がうり・・・、その言葉、忘れるんじゃないわよ・・・」
 寝ているとばかり思っていたリナは、目を閉じたまま真っ赤になった顔で
 小さく呟くと。
 スウッ、と大きく息を吸い込み、吐き出して。
 本当の眠りに落ちていった。

 「ああ、一生大事にするよ」
 足をほぐし終え、今度は手のひらのマッサージに取り掛かる。
 こんな形でプロポーズを受けてもらえるとは思わなかったけどな。
 小さな親切ってのも捨てたもんじゃない。
 「これで二回目のプロポーズなんだぜ?」
 一回目の時は、恋人になりたいとかすっ飛ばしちまったからつい、
 はぐらかしちまったけど、な。

 いつか、ちゃんとした所帯を持った俺達の所にも、あんなに賑やかな
 宝物がやってくるんだろうか。
 「愛してるよ、リナ。 いつか・・・な」
 お帰り、ガウリイおとーさんって、呼んでくれよな。