二人の未来











「ねぇ、ガウリイ」

リナがどこか言いにくそうに話しかけたのが事の始まりだった。


夕食が運ばれてくるまでのしばしの間。
たわいない話の中で次第にリナの表情が緊張していった。

「どうかしたのか?」
「あんたさ…もし、あたしに恋人が出来て、その町に留まる、とかいったら、やっぱり別れる事になるわよね」
「…どしたんだ?急に?」

彼女らしからぬ言動に戸惑いながらオレは眉を顰めて尋ねた。
リナはオレが質問の意図が分からないと思ったのだろう。
口早に言い直す。

「ただ、どっちかが好きなことしたくて、片方は要らなくなったら、別れることになるでしょっていってるのっ」
「まぁ………な、」

かなり長い沈黙の末、不承不承に頷く。

「だ、だからね。『もしも』の話よ?あたしと別れる事になったら、やっぱりもう二度と会えないのかな〜と思って」
「……………」
「そのときに…」
「リナ。そーゆー話、止めないか?」

オレの有無を言わせぬ言い方にリナはこちらを見上げる。
何か言いたげな表情をするが、視線を厳しくすると俯き加減で押し黙った。

「話はそれだけか?オレ、もう部屋に戻るから…明日も―――早いんだろ?」

まだ何かを訴えかけるリナの瞳を一瞥して黙らせ、夕食も運ばれてはこなかったが席を立つ。
食欲なんてものは失せちまった。

不愉快で……虚しくて、むやみやたらに怒鳴り散らしたい。
これまで感じたことがないような支離滅裂な感情がオレを支配していった。



部屋に引き籠もるとすぐその身を寝台に投げ出し、もやもやが悪化して頭痛すら覚える頭を手で押さえる。

何でこんな気持ちになるんだ?
どうしてリナはそんなことを言うんだ?
確かにリナの言う通り、もし彼女に恋人の一人でもできたら、そしてそこに留まることを彼女自身が望んだら、二人は別れることになる。
付かず離れずの関係、ただの腐れ縁―――今のオレたちを言葉で表すのはそれがそれが精々だろう。

そして―――
別れてしまえば最後。
オレは二度とリナと会うことはない。
二度と?―――違う。

根本が間違っている。
オレと別れて別の道を歩んでいく姿など思い浮かばない。
リナの隣に他の男の存在など、必要ない。
ただ不愉快なだけだ。

そうだ。
あいつに普通の男で釣り合うはずがない。

――――そうであってほしい。

他の男ではだめだ。
オレは認めない。

なら、誰なら認めるっていうんだ…?

………他は駄目……?
だとすれば、オレ自身?

自問自答の末、導き出された言葉にすっきりと全てが割り切れる。
今まで悩ませていた頭痛がすぅっと引いていくのを感じる。


――そうか。
あいつの未来はオレの未来でなければならない。
オレのために――…


辿り着いた必然の答え。










「リナ、起きているんだろう?入るぞ」

別れてから暫く経った時、オレは彼女の部屋のドアを開けた。
さすがに沈み掛けていた太陽は消え、部屋の安っぽい獣油のランプだけが頼りなく光っていた。
部屋に入ると、ベッドの上で髪をとかしていたリナが驚いたように見上げてくる。

風呂上がりのリナ―――
思わず息をのむ。

湿り気を帯びてつやつやと光る髪。微かに上気した顔。華奢な体を布一枚でくるむ、その危険な誘惑。
彼女はもう、以前のように子供じゃない。
無意識に男を誘える体に成長していた。
咽を鳴らし、見惚れるリナに歩み寄る。

こいつを今更他のヤツなんかに譲れるかよ。


回りくどい言い方は思いつかない。
率直に話を切り出す。

「なんであんなこと言ったんだ?」

それだけで話は通じたようで、リナの深紅の瞳が少し曇る。
辛苦の表情。それでいてどこか艶のある女の表情。
リナは無言のままオレから目を逸らす。

「……」

「リナ、あんな話されて気にならない方がおかしいぞ?
 もしそんな気がないなら―――二度と口にするなよ」
「……そーかな」
「どういう意味だ?」
「そんなの、わからないじゃない?遠くない将来、あたしにだって恋人の一人や二人が出来る。そしたら―――…」
「あり得ない。おまえは普通の男で満足するタマじゃないだろ?」
「じゃ、あんただって気に入った人が出来るかもしれない」
「それもない。今はお前のことで手いっぱいだ」
「…だったら、好きなことでもいい。片方が片方を必要としなくなった時に」
「そんなのわからないだろう?」
「そりゃーね。けどもしそうなった時に、さ」
「時には?」
「ガウリイといると心地良いから。別れたら…はい、さよならお元気で、ってのは…寂しいじゃない?
 また会って…積もる話しとかしちゃってさ。子供でも出来たら―――」
「もうやめろ!」
「…………」
「どうして?」

リナの肩を掴み、力任せに揺さぶる。

「どうしてお前の未来にオレがいない?どうしてオレの居場所を消しちまうんだよ!?」
「やめっ 急に…何すんのよっ!」

「それはこっちの台詞だ!」
「っ…痛!」
「そんなにオレを排除したいのか?お前の都合のいいときだけ傍にいてほしいのか!?」
「違う、違うよガウリイ、聞いて!」
「何が違う!?オレを捨てて他の男と幸せになって、リナとそいつの子供を抱けって?
このオレによくそんなことが言えるなっ!」

激昂したオレは普段なら絶対にしないような、力任せで少女をねじ伏せる。
手加減なしでベッドに押し倒し、リナの両手を頭の上で固定してやった。
流石にこの体制が意味するものを知っていたのか、リナの瞳に怯えが走る。

「そんなに恋人がほしいなら、オレが恋人になってやる。子供がほしいなら…オレの子を産めばいいだろう?男に抱かれたいのなら、オレが抱いてやる。オレの顔を飽きるほど見せてやるよ」

片手をリナの体に這わせると、渾身の力で抵抗してくるが、あっさりと押さえつける。
そのまま顎から鎖骨へと舌でなぞってやれば、未知の感触に震える体。
リナの瞳。髪。体温。柔らかくきめ細かい肌。吐息すらも。
これを誰かに渡す気など、とうの昔からなかった。


「や、やだ!やめて!!!」

「三年だぞ!?三年も一緒にいたんだ。どうしてお前はそんな言葉でオレを追いつめる。オレたちの関係はそんなちっぽけなものなのだったのかよ?」
「だって…」
「『だって』何だよ。ここまで追いつめたんだ。それ相応の理由を言って見ろよ」

「だって……あんた…クラゲなんだもん」


ゆれる瞳が寂しげな色を滲ませる。

「あんたがあたしを好きだって、そんな自信ないもん。
 掴み所なくって、いっつものほほんとして…余裕綽々で大人ぶって。
 あんたから距離を開けたくせに、勝手な事ばかり言わないでよ!」
「余裕?余裕なんか何処にあるっていうんだ…お前にいつも置いていかれないように必死で足掻いているのに…」


いつまでも傍にいられるように、オレは縋り付いてきた。
伸ばした手を拒絶されないように。
空をきってしまわないように。
必死にリナの隣を走ってきた。


「オレはそんなに大人じゃないし、優しいだけの男でもない。ただ自分勝手な奴だ。
 でも確かに先の事なんて考えられない。今も次にどうすればいいのか解らない…」
「……」
「リナに一つ一つ教えてもらわないと解らないんだ」
「…じゃ、…退いて…よ」

横を向くリナがポツリと呟く。
言われるがままリナの上から退いて解放してやる。

「次は?」

「……自分で考えなさいよ」

「お前の傍にずっといたい…ずっと。一生」

「…勝手にしなさいよ」

「お前と一緒に旅をして、それが飽きたらどこかに安住してもいい。子供もほしい。それよりも…リナの傍にずっと居られさえすればいい」

「勝手にしなさいってば」

赤く染まった顔でそっぽを向く。
その小さな顔を両手で包み込み、正面に向けさせて微笑む。


「お前にもオレを愛してほしい」


甘い香りに誘われるように、そっとリナの赤い唇に口づけた。

「ん…っ」

自然と漏れる声。
リナは驚いたように目を見開く。


僅かに放し、瞳をまっすぐ射抜いたまま、

「駄目とは言わせない」

そう言って、何度も口づける。
縋り付くものが欲しいのか、オレの服を掴むリナに堰を切ったように攻め始める。

愛してるよ。

ついきっき自覚したとは思えないくらいに。
どうすれば伝えられる?
リナの紅潮した頬をなぞり、再び柔らかいシーツに押し倒す。
けれどそれは決して力づくでも無理強いするのでもなく。
リナの同意の証だった。

けれど、がっついて嫌われたくはないから。
今日はまだ、ここまで。
時間はたくさんある。

だから、


「ずっと傍にいろ」


それだけが、オレの願い。

今は、オレの存在をお前に刻みつけるだけでいい―――






おわしっ





☆あとがき?☆

と、いうことでっ!
始まりの雰囲気は同じ、ガウリイsideも同じ、なのにどーーしてここまで方向性が違う!?(笑)
そんな笑えないお話がちょうどお蔵入りしていたのにあったので、未羽様の許可を頂いてこんな所に掲示してみましたvv
ふふふふふふふふ……何気にバックがホワイト&ダークなのがポイント♪