硝子の魔法使い
〜1〜




















 綺麗なドレス かぼちゃの馬車

 そして 硝子の靴

 魔法使いがシンデレラにくれた 幸せになる為の魔法のアイテム―――


 バチンっっ!!

 「馬鹿にしないでっっ!!」

 ・・・あ〜らら。やっちゃったよ。
 ヒールの足音も高らかに、女性は男の元から去っていった。

 暑い夏の日の昼下がり。街の中心部にある、緑豊かな大きな公園の中で。
 あたしはちょっと前から、目の前で繰り広げられていた痴話喧嘩を、冷ややかに
 見物していた。
 見たくもない陳腐なドラマを見せられていたのは、ワケがある。
 そいつらがあたしの店の真ん前で、いきなりおっぱじめやがったのだ(怒)
 店の(といっても露天だけど)商品は硝子細工。壊れ物な為にそう簡単に移動も
 出来ず、ただコトが終わるのをひたすら耐えて待っていたのだが・・・。
 女が、男の頬を叩いて、ようやく最終宣告を下してくれたのだ。
 男の方はといえば、叩かれた頬を押さえもせず、呆然と女の後姿を見送っている。
   
 ハッキリ言って、マヌケ以外の何者でもない。

 おまけに、ちっともその場から立ち去る様子も見せなくて。
 不本意ながらあたしは、ぼ〜っと突っ立ってる男に声を掛けた。
 「ちょっと。そこのお兄さん」
 「・・・・・・・・・・・・」
 ・・・無反応。おい。
 「ちょっと!いまおんなにひっぱたかれたそこのあんたを呼んでるのよっ!!」
 「・・・オレの事か・・・?」
 「そーよ。あんたしかいないでしょーが」
 男の視線が、こちらを向いた事を確かめて。あたしはひょいっと、よく冷えた缶
 ジュースを彼に放り投げた。
 訝しげにキャッチする彼に、
 「ほっぺた。赤くなってるわよ」
 ちょいちょいと。あたしは自分の左頬を突ついて、渡したジュースの意味を示す。
 ふっ・・・あたしって優しい(はぁと)
 「・・・サンキュ」
 「どーいたしまして。んで。できたらそこから退いて欲しいんだけど?」
 「何でだ?」
 こら待て。
 心底不思議そうな表情の彼に、あたしは青筋立てながら、
 「バカ女と一悶着起こしたバカでっかい図体の兄ちゃんが店の前にいたら、お客
 が寄りつかないでしょーがぁっ!営業妨害だっつってんのよっっ!!」
 びしぃっ!と、とある女友達の真似して、兄ちゃんに指を突き付けるあたし。
 突き付けられた兄ちゃんは、何度か瞳を瞬いて―― ぽん、と缶を持った手を叩
 いた。 
 「悪い。気付かなかった」
 「わかったんなら退いて――って何であたしの横にくんのよっ?!!」
 なぜに人の隣に座り込むっ?!
 「いやぁ。ちょっと疲れたから、休ませてもらおうと思って」
 「勝手に決めんなあぁぁぁっっ!!」
 「まあまあ。そんな大声だすと、お客さん来ないぞ?」
 誰の所為ぢゃああぁぁぁぁっっっ!!!
 ホントはそう叫びたかったのだけれど。これ以上、お客を減らすワケにもいかな
 くて。あたしは胸の内で我慢した(偉いぞあたし!)
 息を荒げるあたしに、彼の兄ちゃんはのほほんと、まるで子供をあやすように、
 人の頭をぽんぽんと撫でくりやがる。
 「あのねぇ・・・!」
 あたしはちっちゃなお子様か?!そう続けようとして・・・やめた。
 彼のお日様みたいな微笑みに、負けて。

 はぅ・・・。ったく、何なのよこの兄ちゃんは・・・。
 こっそりため息を吐く。
 あたしはとっくに抗議を諦め、隣の彼にちらりと視線を移す。
 腰まで伸びる、さらさらの黄金の髪。
 整った顔立ち。鍛えられ、引き締まった体躯。
 完璧なまでのその容姿は、極みに達した芸術品そのもの。
 そして何より、その瞳。
 空の『蒼』と草原の『藍』そして海の『碧』を足して、更に透明感を感じさせる
 その瞳は。
 ・・・あたしが、ずっと求めていた色だった。

 「なあ」
 「あによ」
 「お前さん、名前は?」
 「人に尋ねる前に、まず自分から名乗るのが礼儀ってモンでしょ」
 「ああそっか。オレはガウリイ=ガブリエフ。お前さんは?」
 「・・・リナよ。リナ=インバース」
 特に拒む理由も思いつかなくて。あたしが素直に名前を告げると、彼は嬉しそう
 にさっきのお日様みたいな笑顔を浮かべた。
 「なあこれ、リナが創ったのか?」
 そう言って彼が示した指の先には、色とりどりの繊細な硝子細工。
 勿論、あたしの作品である。
 「そうよ」
 「へえ〜器用なんだなぁ」
 本心から誉めてくれているだろう彼の様子に、あたしの機嫌もちょっぴり浮上。
 単純、というなかれ。やっぱり人間、誉められると嬉しいのだ。
 「おおっそうだ!お兄さん何か買ってかない?ジュースのお礼に♪」
 「お礼って・・・こっちの方が高くつかないか?」
 「いーじゃないこんくらい。ケチケチしない!」
 だいたい、店に並べている細工の半分は、子供のお小遣いでも買える程度の代物 
 である。中にはちょっぴし値の張るモノもあるにはあるが、それだってビックリ
 するような金額じゃない。
 「でもなぁ・・・。オレが買うよ〜なモンじゃないだろ?」
 困ったように頬を掻く彼。
 そりゃーまあ、可愛らしい動物さんやらお魚さんやらのちまちました硝子細工を
 いいトシした兄ちゃんが飾るっちゅーのも、何やら不気味な気がそこはかとなく
 しないでもないが。
 「あ、でもほら、アクセサリーとかもあるし。恋人にプレゼントなんて・・・」
 「さっき、フラレちまった」
 ・・・をや。そーいやそーだったわね。
 でもこの兄ちゃんなら、新しい彼女なんてすぐ出来そうだし。
 ・・・出来そう、なんだけど・・・。
 あたしはしばし逡巡した後、肩を竦めて嘆息した。
 「しゃーない。新しい彼女が出来たら、その時買ってよ。夏いっぱいはここにい
 るからさ」
 兄ちゃんはなぜか、きょとんとした。
 「ずいぶんあっさり引き下がったなぁ〜。オレはまたてっきり、ヤクザみたいに
 無理矢理押し売りされるかと・・・」
 ・・・・あたしをど〜ゆ〜眼で見てんだ。こひつは。
 あたしは怒りを抑えて、彼の前にぴっ!と指を立てた。
 「いーい?プレゼントってのは、贈る相手を想いながら選ぶモンなの!それを適
 当に買っておいて、彼女が出来たらあげるなんて、失礼と無礼が世界中を埋め尽
 くしちゃうくらい心無い行為よ?!特に創ったあたしに対して失礼よっ!そんな
 不届き者は、重石括り付けてカタートの谷底に蹴り落としてくれるわっ!!」
 ぐぐっと拳を握り締めれば、あたしの背後に轟く雷鳴。この特殊効果も、とある
 女友達直伝である。
 そして大抵の人はこれで驚いて引くモンだが、この兄ちゃんはそんな素振りは微
 塵も見せず、何やら感心したように拍手なんぞしてくれる。
 
 ・・・・・・・・・・ヘンなヤツ。

 「ん〜と、つまり、大事な人に贈るならいいだよな?」
 「だから・・・そお言ってるのに・・・・」
 はああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜・・・。
 何か・・・泣きたくなるくらい、思いっきり疲れた気がする・・・。
 呆れて頭を抱えるあたしをヨソに、ボケ兄ちゃんは嬉々として、何やら物色し始
 めた。
 なんだ・・・やっぱ他にいるんぢゃん。
 彼は次から次へと手にとって―― 数分後。その手はルビーにも似た、紅く小さ
 な硝子でまとめた細いブレスレットを選び出した。
 「これな♪」
 「はいはい」
 彼から代金を受け取り、あたしはそれを袋に入れようとして――

 かち☆

 ・・・・・をひ。なぜにあたしの左手首に嵌める?
 「うん♪良く似合ってる♪」
 そりゃ〜あたしは、赤系似合うし。特にこのブレスレットの硝子の紅とデザイン
 は、苦心の末にようやく完成させた、これまでの中でも最高の出来映え―――
 「ってちっがあぁぁぁううぅぅっっっ!!!」
 思わず彼の胸元掴んで、かっくんかっくん揺さぶるあたし。
 「あたしにつけてどーすんのよっ?!このボケくらげえぇぇぇぇっっっ!!!」
 「く、くらげって・・・。い、いや、ちょっと待てって!」
 「あによっ!!」
 激昂するあたしの手を振りほどき、彼はぴっ!とさっきあたしがしたように指を
 立てた。
 「今現在、オレに彼女なし。で、リナはさっき彼女へのプレゼントに買ってって
 言った」
 「?そーよ?」
 「だからオレは、リナに似合うのを選んで、リナに贈った。」
 「・・・は・・・?」
 え〜と・・・?
 言葉の意味が理解できなくて、首を傾けるあたしに、彼は苦笑して言った。
 「リナに、一目惚れした」
 ああ、なーんだ。そっか、あたしに一目惚れ・・・・・って・・・・・?
 えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ?!!
 ひとっ、ひとっ、ひとめぼれぇぇぇぇっっっ??!!!
 「リナ」
 
 きゅ!

 ててて手を握るなああぁぁぁぁぁぁ!!!!
 「オレと、付き合ってくれないか?」
 「うええぇぇぇぇぇぇぇっっっっ?!!」
 パニくるあたしを、あの蒼い瞳が射抜くように見つめてくる。
 炎のような熱を持ったそれは、確実にあたしの思考を溶かしてくれて―――

 気がついたらあたしは、懐のスリッパで彼の頭を思いっきりどついていた。



                              つづきます