悠久の風のなかで そして…






〜前〜





 私が作り出したある一つの世界。
 そこに私は三つの種族を誕生させた。
 一つは神族、それから魔族、そして人間─────

 神族と魔族には対極の者、常に交わることの無い者としての宿命を、
 人間にはその挟間の者としての宿命を与えた。

 私は神と魔には強大な力を授けたが、人間には微々たる力しか与えなかった。
 したがって、人間とはもっとも弱き者であったはずなのだ。
 それなのに。
 意思の力、その心は人間の方が強かったのだ。
 時には神や魔を凌ぐほどに。
 私は驚き、しかしそんな人間達を愛しくも感じた。
 そのことを私に教えてくれた人間達がいた。
 その愛しき紅と蒼の風は、今は私の側で眠りについている。

 そして、私は新たに一つの世界を作り上げた。
 そこには神も魔もなく、人間による人間の為の世界。
 私は、その世界に愛しき紅き風と蒼き風、そしてその周りを取り囲む者達を転生させた。
 
 ────それは、単なる気まぐれにすぎない─────





 ここは、とある国の首都。
 その街中を走る一人の女性……いや、少女と言うべきだろうか。
 印象に残る紅い瞳を持つ、彼女の名はリナ=インバース。
 自慢の長い栗色の髪をなびかせながら、リナは走っていた。

「あ〜っもうっ!遅刻しちゃうぅっ!」
 叫びながら走るリナの目的の場所は近くのバス停。
 次のバスに乗らなければ遅刻は確定であった。
 ちなみに、リナは大学生である。
「ど〜しても出なきゃなんない講義がある時に限って寝坊するなんてぇ〜!
 姉ちゃんも起こしてくんないし〜っ!」
 リナの姉は非常に厳しい。
 さすがのリナも姉にだけは逆らうことができないのだ。
「よしっ、ここを曲がればすぐバス停!間に合ったぁ〜♪」
 と、角を曲がったその時!


 どしんっ!


「きゃあっ!」
 曲がった瞬間に誰かとぶつかり、リナは思いっきり尻餅をついた。
「いたたたたっ」
「おいおい、大丈夫か?お嬢ちゃん」
 上から降ってきた声にリナは顔を上げる。
 そこにいたのは一人の青年。
 朝日に映えて輝く長い金髪、青空を思わせる蒼い瞳。
 仕立ての良いスーツを着ている彼の名はガウリイ=ガブリエフ。
 まるで童話の中に出てくる王子様のような長身の美形に、リナは一瞬見とれてしまった。

「……ちょ、ちょっとぉ!痛いじゃないの!」
 はっと我に帰り、リナはガウリイを睨みつけ文句を言う。
「あのなぁ……お前さんがぶつかって来たんだろうが」
「うっ……」
 もっともな意見に、リナは言葉に詰まる。
 そんなリナを、ガウリイは不思議な想いで見つめていた。
 意思の強い紅い瞳……。なんだか大切な物を見つけた……そんな気がしてならなかった。
「ほらよ、服が汚れちまうぜ、お嬢ちゃん」
 そう言って、ガウリイはリナに手を伸ばす。
「ちょっと!そのお嬢ちゃんってのやめてよね!あたしは19よ!
 もうりっぱなレディなんだから!」
「19?本当に?」
 ガウリイはまじまじとリナを見る。
 確かにリナは同世代の女性達と比べると、幼く見えるかもしれない。
「何よ?文句あるの?」
 低い声で呟くリナに、なぜか嫌な予感がして、ガウリイは慌てて首を振る。
「いっいや、その……、失礼しました。レディ」
 そう言ってウインクひとつ。
 とたんに顔を赤くするリナに笑顔を向けながら、ガウリイはリナの手を取り立ち上がらせる。

 その瞬間、二人の間に衝撃が走った。


『────!?』
 突然、脳裏に浮かび上がったのは森の中を貫く一本の道。
 そして道を歩く二人の人影。
 それは間違いなく自分達の姿だった。
 しかしその服装は見たことの無い物で、鎧を身に着け長剣を持っていたり、
 長いマントを羽織っていたり……。
 自分達と同じ顔をした二人は、楽しげに話をしながら歩いていく────


「え?」
「あれ?」
 二人は同時に我に帰る。
 今のは一体なんだったのだろうか、と首を傾げながら。

「ねえ、どっかで逢ったことある?」
「なあ、どっかで逢ったか?」
 同時に同じ質問をして、二人は顔を見合わせ、どちらかともなく吹き出し、笑い出す。
「ちょっとぉ、ナンパにしちゃ古いんじゃない?」
「お前さんだって」
 一通り笑って、もう一度お互いを見つめる。
「逢ったことなんて無いわよねぇ」
「そうだよなぁ、なんかどっかで見たことあるような気もするんだが……」
「あああぁぁぁっ!」
 突然リナが大声で叫びだし、ガウリイは驚く。
「なっ!なんだよ突然!」
「バス……行っちゃった……」
 呆然とリナが指差す方向を見ると、走り去るバスの後姿が遠くに見てとれた。 
 
「どーすんのよぉ!あんたのせいでバスに乗り遅れちゃったじゃないのぉ!」
「オレのせいかぁ?」
 突然自分のせいにされて、ガウリイは不満げに声を上げる。
「あああっ、もう間に合わない〜!どーしても聞かなきゃいけない講義だったのにぃ!」
 頭を抱えてしゃがみ込むリナに、ガウリイは困ったように頬を掻く。
(講義ってことは学校だよな……。しかたない)
 ふう、とため息をついて、ガウリイはリナに話し掛ける。 
「う〜ん……じゃあ、遅刻しなきゃいいんだよな」
「もう遅刻決定なのよ!次のバスじゃ間に合わないんだからっ」
「だから、学校まで送ってやるよ。オレの車そこにあるし」
 ガウリイの視線の先には、真っ赤なフェラーリが停まっていた。
「まあ、このまま知らん振りするのも気分悪いし、なんだかオレのせいみたいだし。
 よかったら乗せてくけど?」
 別に下心なんてないぜ、とガウリイは肩をすくめて笑う。
(こいつ……信用はできるわね)
 リナはしばらく考えて、乗せてもらうことに決めた。 
「どうする?お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんはやめてよ。あたしはリナよ、リナ=インバース」
「オレはガウリイ=ガブリエフだ。よろしくな」
 そう言って、ガウリイは車の助手席のドアを開け、どうぞ、とリナを呼ぶ。
(なんでこいつってばこんなキザな真似できるわけ?)
(でも、それがちっともイヤミじゃないのよねぇ)  
 リナはそんなことを考えながら、車に乗った。


「ガウリイさんってお金持ちなのね」
 車を走らせてすぐ、リナがガウリイにそう言った。
「ガウリイでいいよ。オレもリナって呼ばせてもらうから。ところで、なんでだ?」
「だってこの車、たしかン千万もするはずだわ。それに、ガウリイの着てるそのスーツ、
 アルマーニのオーダーメイドでしょ。安い物じゃないわ」
 リナはいい物についての目利きには自信がある。
 それゆえに、ガウリイの身に付けているもの全てが高級品だと確信していた。
「へえ、よくわかったなぁ。まぁ、オレ一応会社の副社長だし」
「えぇっ!あんたどう見たってまだ23、4歳くらいでしょ?その若さで副社長?」
「まぁな」
 ガウリイは事も無げに頷く。
「いったい、どんな会社なのよ……」
「ん?『ガブリエフ・コーポレーション』って言うんだけど?」
「がっガブリエフ・コーポレーションっ?!」
 リナは思わず大声を上げる。
「なんだ?知ってんのか?」
「知ってんのか?ぢゃないでしょーがっ!『ガブリエフ・コーポレーション』って言ったら
 世界中に支社を持つ大企業じゃないのっ!
 確かに、若いやり手の二代目がいるって聞いたことがあるけど、ここまで若いとは……」
 そこで、一旦言葉を切って、リナは息を呑む。
「ってことは、あんた……あのガブリエフ家の一人息子なわけっ!」
「お?なんだ、オレん家のこと知ってんのか?」
 のほほーんと聞いてくるガウリイに、リナは呆れたように言う。
「あんたねぇ……ガブリエフ家って言ったら、代々『貴族』の称号を持つ資産家として
 有名じゃないの。そんなこと、この街に住んでる人なら誰でも知ってるわよ」
「へえ〜、そうなんだぁ」
(こっこいつって……)
 まるで他人事のような口ぶりに、リナは眉間を押さえた。

「たしかに変わり者だって聞いたことあるけど……大金持ちのお坊ちゃんには見えないわね」
「そうかぁ、リナだって結構いい家柄のお嬢さんじゃないか」
 突然のガウリイの言葉に、リナは顔をしかめる。
「へ?なんで?」
「代々『騎士(ナイト)』の称号を持つ、インバース家……
 この国の軍隊の総司令官であるインバース将軍の娘さんだろ?」
「なっなんで知ってんのよっ!」
 驚くリナに、ガウリイはにっこりと微笑む。
「やっぱりそうか。いや、インバースって名前はめずらしいし、それにリナって
 インバース将軍にそっくりだし」
「ガウリイ、父ちゃんを知ってるの?」
「まあ、な」
 リナは目を丸くしたまま、口をぱくぱくさせている。
 ガウリイは、そんなリナを楽しそうに眺めて微笑む。
「あれ?そういえば、将軍の娘さんも軍人だって聞いたんだが……?」
「ああ、それは姉ちゃんよ」
「お姉さん?」
「そうよ。22歳という若さで、陸軍特殊部隊の隊長兼大佐をやってるわ」
「陸軍特殊部隊の隊長兼大佐ぁ!」
 今度はガウリイが驚きの声を上げる。
「おいおい、陸軍特殊部隊って言ったら、この国の軍の中でも最強と言われてるんだぜ?
 その隊長を22の女がやってるっていうのか?しかも大佐だって?」
 ガウリイの問いに、リナはこれまた事も無げに答える。
「そうよ、桁外れの実力の持ち主でね。そのあまりの強さ故に、
 父ちゃんの助けなんて一切無しに、自力でその地位を掴んだのよ」
「お前の姉ちゃんって、一体……」
 ガウリイの頬に一筋の汗が流れる。
「……聞かない方がいいわよ。ガウリイ」
 リナの少し青ざめた真剣な表情に、ガウリイは無言でこくこく頷いた。 


「さぁ、着いたぜ。リナ」
 大学の門の前に、ガウリイは車を停める。
「よかったぁ〜、間に合ったわ。ありがとね、ガウリイ」
 そう言って車を降りようとするリナの腕を、ガウリイが掴む。
「何?ガウリイ」
 訝しげな顔で振り向くリナに、ガウリイは優しく笑いかける。
 まるで汚れの無いような綺麗な笑みに、リナは思わず見とれてしまった。
「ちょっとまって、リナ、これ」
 そう言うと、ガウリイはリナに一枚の名刺を渡す。
「これは?」
「オレの名刺。そこに連絡先が書いてあるから」
「え?」
「またリナに逢いたい。いつでもいい、連絡くれるか?」
 ガウリイの言葉に、リナの顔が赤くなっていく。
「ちょっと、それってナンパ?お嬢ちゃんをからかわないでくれる?」
 リナはふん、とそっぽを向く。ガウリイはそんなリナの姿に苦笑する。
「お嬢ちゃんなんて言って悪かったよ。すまない。
 でも、からかってなんかいないぞ。オレは本気だ。もう一度、リナに逢いたい」
 完全に真っ赤なトマトになってしまったリナを、ガウリイは真剣な蒼い瞳で見つめる。
「リナ?」 
「しょっ、しょうがないわねっ。考えといてあげるわ」
 そのまま、リナは慌てて車を降りる。
「ああ、楽しみに待ってるからな!」
「まっ、まだ連絡するなんて言ってないでしょうが!」
「そうだっけか?」
 ガウリイは楽しそうにくくくっと笑う。
「自惚れてんじゃないわよっ!あたしはそんなに軽くないんだからっ!」
 真っ赤な顔のまま、ムキになってリナは叫ぶ。
 そんな彼女がたまらなく愛しいとガウリイは思った。
「はいはい、わかってますよ。じゃあな、お姫様♪」
 ガウリイはそう言うと、リナにウインクをして、車を発進させる。
 リナは車が見えなくなるまで、じっと道を眺めていた。
「……まったく……人をからかって……」
 火照った顔を抑え、リナはガウリイの名刺を大切にバックにしまった。






後編に続く





 単なる「おまけ」のはずだったのに、前編、後編になってるし(爆)
 幸せな二人が書きたくて考えた、「悠久の風のなかで」その後の話なんですけど、
 うまく話をまとめられずに長くなっちゃいました(汗)
 靖春、文才の無さを痛感しました。
 ちなみに、このガウリイ君は天才で、20歳で大学を卒業して会社に入ってます。(おい)
 小さい頃から、自分の身を守るために陸軍特殊部隊で特訓を受けていたため、
 リナの父ちゃんと知り合いだった、という設定です。(とんでもない奴だな。ガウリイ)
 もちろん、リナも父と姉から特訓を受けてますから強いです。
 この後、後編にはアメリアやゼルも出てくるし、いったいどーなっちゃうのかしら(滝汗)
 どうか暖かく見守ってください……。(涙)