悠久の風のなかで











　あの『ダーク・スター』との戦いの後、あたしとガウリイはまた旅に出た。
　無くなってしまった『光の剣』の替わりの剣を探すため、でもあるし、
　いつも通りの旅を続けただけでもあるし。
　ここしばらくの間は、おかしなお姫様やへんてこな魔剣士達と四人で
　旅してたもんで、少し寂しいような気もするけどね。
　まあ、そんなこんなでいろんな国を周り、一年が過ぎようとしていた。
　

　その一年の間に、『ブラスト・ソード』なんて剣も見つかり、
　あたしとガウリイはいつのまにか心を通わせ、
　その、一般的に言う恋人同士、っていう関係になった。
　だって、もう一緒にいるのが当たり前になっていたから。
　離れて生きるなんて、二人とも考えられなかったから。



　そして、あたしたちは今、ゼフィーリアにいる。
　あたしが、ガウリイを連れて実家に帰ってきたからだ。
　もう何年も帰ってないし、ガウリイも乗り気だったし、まあいっかーってね。
　うちの姉ちゃんも、父ちゃんも、母ちゃんもあたし達二人を暖かく迎えてくれた。
　姉ちゃんなんてガウリイのこと「義弟くん」とか呼んでるし、
　母ちゃんなんて「婿さん」とか言ってる。それはちょっと早いのでは…………
　でも、かなり気に入られてるぞ、ガウリイ。
　まあ、とりあえず旅の全てをガウリイと二人でみんなに話した。
　詳しく話せ、と姉ちゃんが言うもんだから、それはもう詳しく話した。
　かなり……いや、ものすんごく波乱万丈な旅の出来事だったのだが、
　うちの家族は「いや〜大変だったね、はっはっは」で片付けてしまった。
　ガウリイもさすがに驚き、「お前ん家って……」とぽそりと呟いたまま固まっていた。
　いや、そんな予感はしてました。はい……


　実家にはなるべくゆっくりしようと思っていたので、あたしもガウリイも
　のんびりとすごした。いつもと違うおしゃれな服を着て、腕を組んで、
　町に買い物にいったり、観光したり……
　こんな風に二人でデートするなんてね。
　「ちょっとテレるよな」とガウリイも言っていた。
　大好きな家族と、大切な人と、あたしと。
　本当に穏やかな、優しい時間。
　あたしは、心から幸せを感じていた。　　
　




　そして、一ヶ月ほどすぎた頃の事だった。
「────────────────！！」
　突然襲いきた『それ』を、何て言えばいいのだろうか。
　何かわからないけど、体が震えるような妙な感覚。
　それはあたしだけでなく、ガウリイも、姉ちゃんも、両親も感じていた。
　そう、『何か』がこの世界を覆ったのだ。
　『スィーフィード・ナイト』である姉ちゃんは、あたしよりも、もっと何かを強く感じる
　ようで、「大変なことが起きようとしている……」と呟いた。
　それが、いったいなんだったのか、わかったのは二日後のことだった。



　
　───────リナさん───────

　誰かの呼ぶ声が、はっきりと聞こえた。
　それはあたしだけでなく、ガウリイにも聞こえたようで、こっちを見て頷く。
「ガウリイ、すぐに着替えて。行くわよ」　
「わかった」
　あたしたちは急いでいつものように装備を身に付ける。
　玄関を出て行こうとしたその時、後ろから声が掛かった。
「リナ、私も行くわ」
　見れば剣を携えた姉ちゃんの姿。あたしはこくり、と頷く。
「父ちゃん、母ちゃん、行ってくるね」
　玄関先で心配そうに見つめる両親に声をかけ、あたしたちは走り出した。
　この声が呼んでいる所は、ゼフィール・シティーを見下ろす丘の上！


　丘を駆け上がると、見えてくる人影がちらほら。
　あれは…………？
「フィリア！それにゼル、アメリア、シルフィールまで！」
　そう、そこにいたのはかつて『火竜王の巫女』であったフィリア、そして
　共に旅をした懐かしい仲間達。
「どうしたのよ、一体。あたしを呼んでたのはフィリアね」
「その通りです……」
　どうやら感動のご対面、というわけではないようだ。それはあたしにもわかってる。
　だけど、みんなのこの沈みようはなんなの？
　みんな、厳しい顔つきで、黙っている。
「その前に、なぜ私たちが一緒にここにいるのか説明します」
　そう言ったのはアメリアだった。
「まず、フィリアさんと、シルフィールさんが有能な巫女であることは知ってますよね。
　その二人の巫女に、同じ御神託が降りました。」
「同じ御神託？」
「そうです。内容はこうです。
　『紅き瞳再び目覚め、生けとし生きる者達とその全てを闇に葬むらんとする。
　その力、甚大なりて防ぐ術無し。世界は滅びの道を辿る。
　定め打ち消せしもの、金色の揺らぎ、光と闇の挟間の者のみ』」
「それって……」
「なんだ？どうゆうことだ？」
　重苦しい空気の中で、一人のほほーんと答えるガウリイ。
　相変わらず……くらげ男め！
「いーからあんたはだまってなさい！！」
　あたしに怒鳴られ、すごすごと下がるガウリイ。まったく、話の腰を折るんじゃない！
「それで、今のが御神託なわけね」
　あたしはアメリアに先を促す。
「そうです。シルフィールさんからこれを聞き、ただ事ではないと感じた私は、丁度セイルーン
に来ていたゼルガディスさんを交え、相談し、フィリアさんと連絡を取ったのです。」
「なるほどね。それで四人一緒にいるわけね。それで、どうしてここに来たわけ？」
　アメリアは俯いて黙ってしまう。ゼルもシルフィールも顔を曇らせたまま、黙っていた。
　すると、フィリアが前に出る。
「私からお話します。私は、この御神託を聞き、神族の元に情報を集めに行きました。
そこで、私が得た真実は……
『赤眼の魔王』シャブラニグドゥの覚醒でした。」
「なっ！なんですって！」
「やっぱり……」
　あたしの驚きの声と、姉ちゃんのため息交じりの声とが重なった。
　スイーフィードの力を受け継ぐ姉ちゃんには、なんとなくわかっていたらしい。
　ガウリイもさすがにこれには絶句した。
「今回も、前にリナさん達が倒した『レゾ・シャブラニグドゥ』のように、人の内に封印されていた
魔王が目覚めたわけですが、ただ、それだけでは済まなかったんです」
　フィリアはそこで一旦言葉を切る。
　言い知れぬ不安が襲いくる中、あたしは思い切って聞く。
「……どういうこと？」
「……覚醒した魔王は……カタートに眠る『北の魔王』……
　もう一人の自分と融合してしまったんです……」
「なっ！」
「そんなっ！」
　あたしも、姉ちゃんも言葉が出てこなかった。
　まさか……そんなことになっていようとは……この世界を覆い尽くした『異様な何か』は
　シャブラニグドゥの瘴気だったのか……！
　姉ちゃんも、それに気付いたようで、顔を強張らせている。
　姉ちゃんのこんな顔、見たことない……
「なあ、結局どういうことなんだ？リナ」
　……やっぱしわかんなかったのね、あんた。
　あたしはため息を一つ吐く。
「この世界の魔王、シャブラニグドゥのことは覚えてるわよね、
　その魔王がまた復活して、しかも今度はもう一つの魔王と合体しちゃったのよ。
　てことは、今この世界にいる魔王は、
　前に戦った『レゾ・シャブラニグドゥ』の二倍以上の強さって訳よ」
「なんだって〜！！」
　今度こそ驚きの悲鳴を上げるガウリイ。
「前に戦ったときだって物凄く強かったんだぜ？『光の剣』だって通用しなかったし……
　それなのに、もっと強くなって復活しちまったなんて……」
　ガウリイの頬を汗が伝い落ちる。
　あたしの体も、冷たい汗が噴き出していた。
　フィリアが、話を続ける。
「私とここにいる皆さんで、何とか魔王を倒す方法がないか探しました。しかし、セイルーンの
力を持ってしても、そんな方法はみつかりませんでした。
　今、神族の者たちが全力で魔王の動きを止めているため、魔王はまだ水竜王の作り出した氷獄
の中から出ることが出来ません。しかし、それもいつまで持つか……」
「そうね、氷獄の中から出てしまったら、一瞬にして世界は滅ぶわね」
　あたしの言葉に、皆無言で頷いた。
「やはり、そんなことになっていたのか……」
　振り向けば、いつの間に来たのか両親が立っていた。
「父ちゃん、母ちゃん」
　父ちゃんはあたしと姉ちゃんを見て頷く。
　そんなあたしたちを、しばらく見ていたフィリアが話し出した。
「私たちがここに来た理由をお話します。
『スイーフィード・ナイト』ルナ＝インバースさん、あなたにシャブラニグドゥを倒すことが
できますか？」
　フィリアは真っ直ぐ姉ちゃんを見つめて言った。
　ゼルも、アメリアも、シルフィールも、そしてあたし達も姉ちゃんを見つめた。
「…………無理ね……できないわ。一つの欠片ならまだしも、『北の魔王』と融合してしまった物を
倒すのは……できない。私にできるのは魔王復活のせいで活性化した、魔族達や魔王の腹心達を
倒すことぐらいね……」
　姉ちゃんは、きっぱりと、そう言った。
　やっぱり、姉ちゃんの力をもってしても、倒せないか……
「やはり……そうですか……」
　フィリアがため息をつく。
「フィリア、本当はわかってるんでしょ、ヤツを倒す方法が」
　あたしの言葉に、フィリアだけじゃなく、ゼル達も驚く。
　やっぱり、みんなわかってたのね。
「……はい……その通りです……でも……」
「いいから。はっきり言ってちょうだい」
　フィリアは、思い切ったように顔を上げる。
「御神託にある『世界の滅びの定めを打ち消せし者』は『光と闇の挟間の者』すなわち人間です。
　そして、『甚大なる力の紅き瞳』を倒すための力は『金色の揺らぎ』です……
　それは……」
　そこまで言うと、フィリアは下を向いて黙り込む。
「そういう……こと……ね……」
　ガウリイ以外の全員、今の言葉の意味がよくわかっていた。
　実際には見た事ないはずの父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃんも。
　だからこそ、みんな何も言えなかった。
　それこそが、最強にして最後の手段。
　人類に残された最後の希望。　
　すなわち…………




　───────────　重破斬　───────────







２へ続く