宿命の終わるとき











第1話:変化の後の一大事(1)


「―――ッ……!」
「…え?どうかしたの、ルーナ?」
そうルーナに聞いてきたのは、アスカだった。
のどかな昼下がり、2人は花壇の手入れをしていたのだが……
「……なんでもない。なんか、腹が…痛いっつーか、なんつーか……
 なぁんか、変な感じがするんだ。でも別に、きっとたいしたことねーよ」
「ほんとにだいじょぶなの?
 だから言ったじゃないの、無理せず休んでなさいって!」
「……ンな言葉、ひとっことも聞いたことないんだが……」
「細かい事は気にしないで。
 ともかく、休んでたら?別に急いでるってわけじゃないしね、うちの花壇の手入れなんて。
 家に帰って、ゆっくり休養してたら?」
「……うーん……それがなぁ……」
困ったようなルーナの顔。
「なぁに?何かあるの、家に?」
「………その……ちょっと、な…」
彼女にしては、歯切れの悪い返事である。
腑に落ちないアスカは、その端整な顔立ちをずずぃっ、とルーナの顔に寄せると、
「なんか、隠してるでしょ?」
ずばりとそれを指摘した。
「……う゛……」
図星らしく、思わずうめくルーナ。
「ほーら、言っちゃいなさぁーい?
 世界一の天才パティシエに、隠し事なんかできっこないわよー?」
「……そうはいっても…自分でも、よくわかってねーんだよ」
そっぽを向きながら、ルーナはぼそぼそと言う。
「え?」
「………その……フェリオ、と……」
――あのバカ殿モドキが、ついに本性でも現した?
喉もとまで出かけた言葉を、慌てて飲みこむアスカ。
どうやら、(自称)世界一の天才パティシエには、某お坊ちゃまの裏などあっさりと
見抜けていたようである。
「……その、な。
 なんか……一緒にいると、落ち着かなくて……」
「は?」
「なんか、こぉ……なんつーか……
 なんかミョーに不自然な態度とっちまうし、心臓はうるさくなるし……
 ……どうにもこうにも、なんねーんだよなぁ……」
「…………………」
思わぬ通告に、アスカは一瞬硬直し――
「……ぶはっ」
吹き出した。
「ってなんだよお前ぇぇー!
 なぜに笑い出す!?」
「だっ……だってぇ……あはっ……あははは……
 だって、ルーナってばぁ……女の子みたいなんだもん」
「はぁ?」
「女の子。
 今のって、まんま―――」
恋する女の子みたい、と言いかけて。
アスカは沈黙した。
――今ルーナに『恋する』とか言ったところで、どうにでもなるわけじゃないわよね…
 最悪、ルーナがあのバカ殿モドキに『あたし、あんたに恋してるみたいだ』とか言
いかねないし、そうなった場合あのバカ殿モドキがどうでるか全っ然予想できないわ
よね――
……むろん、アスカとてフェリオのことが嫌いなわけではない。
あの純情無垢そうな顔の裏で実はけっこーイイ性格してるとゆーあたりが、アスカに
してみれば割と新鮮で好きなのだ。
だが。その『好き』が、ルーナに対する『好き』未満だと言うだけの話。
「……? どうかしたかアスカ?
 そこで切られると、なんか無茶苦茶気になるんだが……」
「えぁえっ!?
 …あ、そうそう。それね。
 えっと、うんと……おお、そうよっ!
 今のって、まんま、…ルーナっぽかったわよ!」
「いや無理あるし。
 『おお、そうよっ』とか、『ルーナっぽかった』とか、その前の微妙な空白とか。」
「細かいところは気にしなくていいってゆったでしょ!
 ……とにかく、あんまし意識しなきゃいーのよ。
 そーすりゃそれ、なんとかなると思うから」
「……そぉかぁ……?」
うさんくさそうに見るルーナ。
「信じるものは救われる(と書いてだまされると読む)って言うでしょ♪」
「……今、『騙される』とかゆー文字が見えたんだけど…」
「気にしないで」
即否定するアスカ。
「とにかく……お腹。
 あんまりひどくなんないうちに、家帰った方がいいわよ?」
「……わかった。
 そーだな、永久に家にいないわけにはいかないし。
 じゃ、帰るわ。悪いな」
「いーえ。
 気をつけてね」
ルーナの背中を見送り――
完全に見えなくなったあと、アスカはぼそりと呟いた。
「……もしかして、ルーナ……」


「…はは、来ちゃった」
ぱたぱたと手を振りながら。
ルーナは、物言わぬ墓石に向かって言った。
中には、かつて自分を『恋人』として見てくれた、1人の男――まぁ、故12歳だっ
たが――が眠っている。
「なぁんかさぁ……どうにも、自分らしくねーんだよなぁ。
 お前といたときと…一緒。
 お前とフェリオは……全然違う人間なのに……おんなじ感情を抱いちまうんだよ
なぁ……
 ……なんなんだろーな、あたし」
ふ、と自嘲気味の笑みを浮かべる。
――なんか…変。
「ってゆーかっ!」
突然ルーナは叫び出した。
「だいたいなんであいつはいきなしデカくなんてんだよっ!成長期だからってあれは
反則だろーがっ!
 しかもなんだかしんねーけど普通の反応はできねーし、飯の時もなんだかミョーに
気になるしっ!
 ってかなんでこんなにも腹が痛いんだよぉぉーっ!?」
……とりあえず言いたいことは叫びきったらしく、ぺたんとその場に座り込む。
「……ついでに言うと……母さん、趣味悪っ」
着ている真っ赤なワンピースを摘み上げ、ルーナは呟いた。
むろんそのまま外に出る事は精神的に無理だったので、苦し紛れに白いカーディガン
を羽織り、下はスパッツを穿いているが。
―――ふ、と。
目の前に陰が出来た。
「…………え?」
振り向くと――はっきり言って、果てしなく見かけ倒しな男どもが数人。
「ルーナ=ガブリエフ…だな?」
「違う。」
ルーナは迷わず即答した。
否定されるとは思ってなかったのか、男どもは思いっきり取り乱しつつ、
「………ま、まぁ、とにかくお前、ルーナ=ガブリエフだろうっ!」
「いや、違うって」
「とにかくお前はルーナ=ガブリエフなんだっ!そうしないと話が進まねぇじゃねー
かっ!」
「…はいはい……んで、あたしに何の用だ?」
「おとなしく、俺達について来てもらおうか?」
―――オリジナリティのない、営利誘拐目的の3流盗賊。
ルーナは男どもをそう判断した。
だが、自分の名を知っているということは――
「……母さんか父さんの関係か?」
「ああ。リナ=インバースには、ちょっとした借りがあってな」
あっさりとバラす盗賊その1。
「どうやらお前も、剣の腕は立つらしいが……今は得物持ってねぇようだし、な。
 下手な抵抗はやめとけよ」
確かにルーナは、剣の類は持っていない。友達の家の花壇の手入れに、剣持っていく
ような奴はいるはずがなかった。
だが――
「お前ら――調査不足だ。
 このあたしを誘拐しようとするからには、もう少し調べておけよ」
言ってルーナは―――
迷わず『ドラグ・スレイブ』の呪文詠唱を開始した!


「はーい…
 ってあら。アスカちゃんじゃない、どうしたの?」
玄関に出たリナは、驚いたようにそう言った。
「ルーナ、具合どうですか?」
小さな包みを持った少女は、リナに向かってそう言い――
「…え?ルーナ、まだ帰ってきてないけど……?」
その一言に、顔色を変えた。
――あのバカ殿モドキ、ルーナに何したっ!?
心の中で毒づきながら、アスカはリナの横をすり抜け、家の中を一目散に走っていく。
やがて、目標の人物を見つけ――
「あんたっ!
 ルーナをどこに幽閉したぁぁぁぁぁっ!?」
ミリーと遊んでいたフェリオの首根っこをつかみ、そのままがくがくと揺さぶりながら、
アスカは叫んだ。
「ちょっ…ぐる……苦しっ……」
本気で苦しいらしく、次第に青くなっていくフェリオにようやく気づくと、アスカは手を放した。
「ど……どうしたのさ、アスカ? ルーナは?」
咳込みながら言うフェリオ。
「しらばっくれてんじゃないわよっ!
 あんた、ついに手ぇ出したわねっ!?」
「は?」
「……ほんとに知らないの?」
「だから、何を?」
どうやらほんとに知らないらしい。
「…じゃあ、ルーナはどこに……?」
「え……ルーナ、どうかしたの…?」
「家に帰りたがってなかったけど…でも、どこに……?」
フェリオはしばらく考え込むと、
「ミリー。ちょっと、ママを呼んできてくれる?」
「わかったなのぉ♪」
とてとて、とミリーは部屋から出ていく。
「―――こないだ。
 庭で、ルーナをさらおうとしてたバカどもがいたから、死なない程度に殴っておいた。
 ひょっとしたら、あのバカどもが全然懲りてなくて、ルーナをさらったとか…」
「……あんたって、ほんとに表裏の違いが激しいわよねー……」
感心すら混じった声で言うアスカ。
「ルーナ、剣とか持ってなかったし……ありえるわ」
「でもそれなら、魔法を使えばすむことだろ?
 なんでおとなしくさらわれるんだ?ルーナが」
「それは――」
アスカが言いかけたそのとき。
「フェリオくん、ルーナの居場所に心当たりある?
 アスカちゃんのさっきの口振りだと、ルーナがいなくなっちゃったみたいなんだけど…」
ミリーを抱いたリナがやってきた。
「あ、あのね、さらわれちゃったみたいなんだ」
先ほどまでの口調は消え、うってかわって3歳のような口振りで話すフェリオ。
「え?」
「でもね、変なんだ。
 ルーナ強いから、簡単にはさらわれないはずでしょ?
 なんでさらわれちゃったんだろ…ひょっとしたら、さらわれちゃったんじゃないのかも……」
「――多分、さらわれたんだと思う」
そう言ったのはアスカだった。
アスカはリナの耳元に口を寄せると、一言二言ひそひそと囁き――
「えぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇええぇぇぇえええっ!?」
リナが絶叫した。
「確証はありませんけど……多分、そうだと思います。
 私のときと同じこと言ってましたし……」
「あ…赤い服着せといて良かったぁ〜……
 でもそうすると、ルーナがさらわれてもおかしくないわ…どうしましょ……」
「…? なんのこと??」
会話の意味がよく掴めず、フェリオが聞く。すると。
「……あー……なんてゆーか……まぁ、つまり……」
言いにくそうに、リナが言った。
「今のルーナ……魔法が使えなくなっちゃってるのよ……」
――次の瞬間、迷わずフェリオは駆け出していた。


<つづく>