いつか帰る日まで
〜8〜









 言いたいことは、伝えたいことはたくさんあった。
 だけど、たった一言で良かった。
 今までの想いを、全部、つめこんで。
 せいいっぱいの、今あるだけの気持ちで。
 たった、一言だけを。

 ありがとう、と――――



「ロナ、寝かしてきたわ」
 夕食もとっくに終わり、酒場などがにぎわいでくるこの時刻。
 あたしは、階段を下りながら、一階の食堂のテーブルについているみんなに向かってそう言った。
 町外れの場所を選んだせいか、この宿にはあたし達以外の客はいなかった。
「いいんですか? ロナ君を一人にして・・・・・・」
 アメリアの問いに、あいているイスに座りながらあたしは答える。
「大丈夫よ。いっつもあの子の方が先に寝てるし・・・・・・それに、そんな一人で寝られないほどの子供ってわけじゃないんだから」
 昔から、ロナは手のかからない子供だったが、それは今でも全く変わってはいなかった。
 夜は眠くなれば一人で歯磨きに行くし、朝もあたしが声をかけるよりも早く起きてくる。着替えやその他の準備なんかもてきぱきとやってくれるし、わがままらしいわがままを言ってあたしを困らせたことも一度もない。あたしが何かの用事で出かけなきゃいけない時も、ロナは一人でいい子に留守番しててくれるし。デーモンなんかの魔族が現れても―――足手まといになるどころか、逆に助けてくれちゃったりして。
 なんか、こうしてあらためて思い返してみると、ロナってめちゃくちゃいい子なのよねぇ・・・・・・
 ふっ、まあさすがはこの天才美少女魔道士リナ=インバースの子供ってところよね!
 ・・・・・・何かちがうかもしんない。魔道士とか関係ないし。それにあたしほとんど何もしてないし。
「えーと、さ。それで、ロナには言ったのか?」
 頃合を見計らったかのように、ガウリイが口を開いた。
「言ったのかって、何をよ?」
「いや、だからさ、その・・・・・・オレのことを」
 ・・・・・・ああ。
「まだ言ってないわよ。今日はばたばたしてたし・・・・・・
 でも、あの子もバカじゃないし、あたしとあんたのやりとりを見て、だいたいのことは察してるでしょうね。
 明日―――あたしの口から、ちゃんと言うわ」
 きっと、ロナなら理解してくれると思うから。
 あたしは、小さく笑った。
 あの後―――
 帰って来たロナを連れて、もどったあたし達を。
 みんなは・・・・・・受け入れてくれた。
『リナさんのバカぁ! ほんとに、バカですよ・・・・・・っ!』
 アメリアはそう言って、泣きながら、何度もあたしの胸をぽかぽかと叩いて。
 フィリアは何か言いたげな笑顔を浮かべて、ゼルは仏頂面。ゼロスは・・・・・・
まあ、どうでもいいけど。
 そうして、ひとしきり騒いで。
 その後、みんなで食べた夕食は。
 涙が出るほど美味しくて―――本当に、楽しかった。
 そんな、ちょっとした時間を。大事にしたい。今は・・・・・・そう思っているあたしがいる。
「それで、話は変わるんですけど―――リナさんは、どうやってこの時代に来たんですか?」
 アメリアの問いに、みんなもそう思っているのか、こうこくとうなずく。
 あたしは、オレンジジュースの入ったグラスを傾けながら、ちょっと考え込む。
「うーん・・・・・・口で言っても信じられないと思うから・・・・・・明日、実際にみんなに見せるわ」
「見せる?」
 首をかしげる一同。
「それは―――あのロナとゆう子供にも関係があるのか?」
 そう言ったのはゼルガディスだ。
「そうね、ロナにも・・・・・・だけど、何でわかったの?」
 あたしの言葉に、ゼルはかるく肩をすくめて見せた。
「ここの時代に来てどれくらい経ったのかは知らないが、おまえは以前会った時とほとんど変わらない姿だ。だが、ロナはちがう。ちゃんと成長している。それにあの時の、俺達を閉じ込めた結界―――それ一つをとってみても、ロナが普通の人間でないことは明らかだ。ちがうか?」
 あたしは少し目を開いて、それからぱちぱちと手をたたいた。
「さっすがゼルちゃん。全部そのとーりよ」
「じゃあ・・・・・・?」
 うながすアメリアに、あたしはこくりとうなずく。
「この時代に来て、あたしの『時間』は止まってるわ。きっとあんた達もそうでしょうね。だけどロナは―――今年で七歳よ」
 おかげで、二人で町なんか歩いていると、このところでは年のはなれた兄弟にまちがえられるしまつである。
 まあ、ロナはあたし似だし、そう思われてもしかたないんだけど。
「それで、あたしの方からも聞きたいことがあるんだけど。
 あんた達―――どうやってここに来たの?」
 あたしのその問いに―――
 四人は、ばっとゼロスの顔を見た。
「一言で言っちゃうと・・・・・・ゼロスさんに連れてきてもらったんです」
「ゼロスに?」
 そういえば、ゼロスの奴、あたしに逃げられると困るとか言ってたけど・・・・・・
 また何か企んでいるんだろうか?
「ゼロス。あんた、今度は何を企んでるのよ?」
「べ、べつに何も企んでなんかいませんよ」
 ぷるぷると、ゼロスは首を横にふる。
 それをじと目で見るあたし達。もちろん、かけらもゼロスの言うことを信じてなどはいない。
「ほ、ほんとですってば。信じて下さいよぉ」
『イヤ』
 即答する五人。
 これが、日頃の行いの結果とゆうものである。
「ですから・・・・・・今回は、獣王様からリナさんを連れ戻すよう命令を受けただけで・・・・・・本当に裏なんてありませんよ」
「獣王から?」
 あたしは首をかしげる。
「何で獣王があたしなんかに―――」
「歴史が変わるのをふせぐためですよ」
 笑ったまま、ゼロスは話し始める。
「本来なら、リナさんはこの時代にいてはならない存在です。それもそのはず、まだリナさんは生まれていなく―――言ってしまえば、この世界に『リナ=インバース』とゆう人間はいないんですから。
 そのリナさんがここにいるとゆうことは・・・・・・少なからず、時の流れも歪みが応じてしまっているんですよ」
「歪み?」
 だれかのつぶやいた言葉に、ゼロスはこくりとうなずいた。
「例えば、もしこのままリナさんがこの時代に留まると考えましょう。当然、ここでもリナさんは生まれるわけですから・・・・・・この世界に、二人も同じ『リナ=インバース』とゆう人間がいることになってしまうんですよ」
「―――なるほど」
 たしかに、それはもっともな話である。
「でも、おかしくありませんか? 滅びを望んでいるはずの魔族が、歪みを直そうとするなんて・・・・・・」
「かんちがいしてもらっちゃあ困りますねアメリアさん。僕たちが望んでいるのは世界の滅びであって、歪みではないんですよ」
 首をかしげるあたし達。
「ですから・・・・・・歪みによって、世界が滅びの方向へ向かってくれるのでしたら、僕たちはべつにいいんですけど・・・・・・」
 ・・・・・・いや、あたし達にとっては全然よくないけど・・・・・・
「ですが、必ずしもそうなるとは限らないでしょう? とくにリナさんは、あの方の力をかりた呪文で、ことごとく魔族を葬っていますし」
「たしかにな。ここでリナが魔族を倒せば、おまえ達には損になり、その上歴史まで変わってしまう―――か」
「そうゆうことです」
 ゼロスは、満足そうにこくこくとうなずく。
 なんか、あたしがここに来ただけで、すごい話になってるみたい・・・・・・
「まあ、いつもはそこらのゴキブリや生ゴミと同じくらいには存在意味のない魔族なんかでも、たまには役に立つことがあるとゆうことですわね」
 今まで黙っていたフィリアが、優雅な手つきで紅茶を飲みながら、トゲのある口調でそう言う。
 ゼロスの笑顔がわずかに引きつった。
 ・・・・・・って、やっぱり仲が悪いのか? この二人は?
 明日になれば、ロナもフィリアといっしょになってゼロスを毛嫌いしそうだし・・・・・・あう。
「嫌ですねぇ、フィリアさんってば。自分が何の役にも立たなかったからって、人に八つ当たりするなんて」
「だ、だれが役立たずですって!?」
 がたん、とイスから立ち上がるフィリア。
「だって本当のことでしょう? あの時の『力』は感じとれたみたいですけど・・・・・・あとは、ガウリイさん達といっしょにふらふらと歩き回っているだけ。僕がいなかったら、きっと今ごろも、まだあそこら辺をうろついてたんじゃないですか?」
「だから役立たずだって言いたいの!? 毎日毎日、獣王にこきつかわれているだけのパシリ魔族に、そんなえらそうなこと言われたくはありません!」
「こき使われているって・・・・・・僕は獣王様にお仕えする身としてっ」
「はいはい、ストーップ!」
 エスカレートこそすれ、絶対におさまらないであろう二人の口ゲンカの中に、あたしは割ってはいる。
「何であんた達、顔を合わせるたんびにケンカになるのよ?」
 フィリアをイスに座らせて、
「もう一つ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「まだ何か?」
「魔族が時までこえられるなんて知らなかったけど―――本当にできるの? そんなこと?」
 あたしの問いに、ゼロスは「そんなことですか」とでも言うかのように肩をすくめた。
「魔族が空間をわたれるのは知っているでしょう? それを少し応用すれば、時をこえることもできるんですよ」
「ウソね」
 あっさりと言ったあたしの言葉に―――
 みんなは、いっせいに振り返った。
 ゼロスはにこやかな笑顔を浮かべたまま、あたしを見つめている。
「どうしてそう思うんです?」
「簡単なことじゃない」
 あたしは、大きくはないがはっきりした口調で言う。
「もし、魔族が自由自在にそんなことができるのだとしたら、あたしを殺そうとしている魔族―――そいつらは、過去に行って、まだ魔法も使えないあたしを殺そうとするはずでしょ?」
「あっ」
 あたしの言葉に、驚きの声をあげるアメリア。
 ゼルもフィリアも、同じような表情をしている。
 ガウリイは・・・・・・あたしの話を聞いていなかったのだろう、一心不乱に食事に専念している。
「どう? ちがうの?」
「・・・・・・さすがはリナさん、と言っておきましょうか」
 わずかに肩をおとしながら、ゼロスは言う。
「説明するのが面倒だったので、話をとばそうと思ったんですけどねぇ」
「結局、どうやってあんたはここに来たのよ?」
 あたしの言葉に、ゼロスはめんどくさそうに、再び説明を始めた。
「魔族が時をわたれるのは本当ですよ。現に、僕たちはここにいるんですから。
 ただ、僕たち本来の力だけでは無理なんです。
 強い力の軌跡―――それを辿って、ここまでやって来たんです」
「力の、軌跡を・・・・・・?」
 つまりそれは―――ロナの力をたどって、とゆうことなのだろうか。
 あたしの言葉に、ゼロスは首をかしげた。
「僕も、あの力の正体はつかんではいませんからね、ただ『力』としか言いようがありません」
「だが、それならおまえ以外の魔族・・・・・・リナを付け狙っているやつらも、ここに来ることができるとゆうことか?」
「ああ、それはありませんから。大丈夫です」
 やけにはっきりと、ゼロスはそう言い切る。
「何でそうわかるのよ?」
「時をこえるとゆうのは、とてつもない力が必要なんですよ。この僕でさえ、獣王様の力をかりなくてはできないぐらいにはね」
「それなら、ほかの魔族も力を借りれば―――」
 ゼロスは首を横にふる。
「たしかに、力を借りることができれば、ここに来ることはできますけどね。
 五人の腹心のうち、冥王様と魔竜王はすでに滅んでいますし、覇王様も物質的な干渉力をなくしております。ゆいいつ動く事のできるのが海王様と獣王様ですけど、海王様は直接リナさんとかかわりがあったわけではありませんし―――」
「・・・・・・なるほど。あたしが恨みをかってそうな魔族は、ことごとく動けないわけね」
 って、恨みをかってそうな魔族って・・・・・・自分で言っててもちょっとさみしいものがあるんですけど・・・・・・
「それで、動ける魔族―――ゼロスさんが来たんですか?」
「はい、そうゆうことです。それに僕なら、リナさん達と面識もありますから、警戒もされないでしょうと」
 いやその警戒されないでしょうって・・・・・・
 まあ、ほかの魔族が来るよりはマシかもしれないけど。
「・・・・・・以上で、僕の知っていることは終わりですけど」
「そ。ま、だいたいはわかったわ」
 オレンジジュースを少し飲んで。
 あたしは小さく笑みを浮かべる。
「じゃ、状況も把握できたところで。
 ―――今日は、ぱーっと飲み明かしましょうか?」
『おうっ!』
 四人の返事が、みごとなまでにそうはもった。




「さてっと。ここら辺だったかしらね」
 昨夜は、宿のおっちゃんに叱られるだけさわぎにさわいで。
 そして明けて翌日のことである。
 今いる場所は―――あたしが時間を超えて初めて現れた、あの場所である。
「リナさん・・・・・・ここから帰れるんですか?」
「大丈夫だって」
 心配そうに問いかけてくるアメリアに、あたしは笑顔でこたえ、顔をロナに向ける。
「ロナ、わかる?」
「やったことはないからよくわかりませんけど―――多分、大丈夫だと思います」
 いやあの多分って・・・・・・それでまちがった時代に出られても困るんですけど・・・・・・
「力、使っていいんでしょう?」
 あたしは小さくうなずく。
 ほんと言うと、あんまり使ってほしくはないんだけど―――この場合はしかなたい。
 まあ、それに、人を傷つけるってわけでもないし。
 あたし達の会話の意味がわからず、首をかしげるみんなの前で、ロナは首にさげた青い宝珠を両手で包む。

 
 その瞬間。
 辺りが―――力で満ちた。


「なっ」
「これ・・・・・・っ!?」
 力に気づいて、みんなが声をあげる。
 あたしもこれほどまでにはっきりとロナの力を目の当たりにしたことはなかったが・・・・・・まさかこれほどのものだったとは。
「この、力は・・・・・・っ!?」
 驚きに、珍しく目を開いているゼロスに、あたしははっきりとした声で言う。
「まあ、ありていに言っちゃうと―――ロナ、赤の竜神の騎士なのよ」
 沈黙が―――
 辺りに広がり―――
『どぉうえええええええええええええええええええええええええええぇっ!?』
 ガウリイをのぞく四人の絶叫がみごとにはもった。
 ・・・・・・って、めちゃくちゃ声でかいんですけど・・・・・・
「あ、あああああ、あか、あかの・・・・・・りゅ、りゅう、じん・・・・・・?」
 驚きのあまり、上手く口の回っていないフィリア。
 ゼルとアメリアは、口をぱくぱくと動かしている。
 あのゼロスでさえ、顔面が蒼白も同然になっている。
 ・・・・・・うーみゅ、まさかここまで驚くとは・・・・・・
 これで、「実は姉ちゃんも赤の竜神の騎士なのよねー」とか言ったらどうなるんだろう?
 やめとこ・・・・・・冗談じゃなくぶったおれそうだし・・・・・・
 そして驚愕にみんなが声をなくしている中―――
「なあ。あかのりゅーじんのきしって、何だ?」
「っておまえはやっぱり知らないのかああああああああああああああっ!?」
 すぱこおおおおおんっ!
 すかさずふところから取り出したスリッパが、ガウリイの頭に炸裂する!
「いててて・・・・・・そんなこと言っても、知らないものは知らないんだからしかたないじゃないか・・・・・・」
「あんたは知らないことが多すぎよっ!」
 まあったく、何でこいつはこう・・・・・・っ!
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 まぁ、ガウリイらしいっちゃ、ガウリイらしいんだけどね。
「赤の竜神の騎士のことについては、あっちにもどったらみいぃっちり教えてあげるわよ!」
「いやぁ、オレ、教えられてもすぐに忘れるから―――」
「忘れるなぁっ!」
 あたしは怒鳴ってから、一つ呼吸をし、ロナに顔を向ける。
「じゃ、ロナ。みんな硬直してるけどほっといて、戻るわよ!」
「はい!」
 返事をして、ロナが力をふるう。
 あたしには、全くわからない、神族の『力』を。
 あたし達が、元いた時代にもどるために。


 
 
 向こうにもどったら―――
 きっとまた、いろんなことがあるのだろう。
 魔族に狙われて。
 そして、戦って。

 だけどあたしは、一人じゃないから。
 ガウリイと、ロナと。ほかにも、あたしを想ってくれている仲間が―――たくさんいるから。

 いっしょにいれば、また、ケンカすることもあるだろうけど。
 そしたら、一通り、怒って、怒鳴って。
 その後・・・・・・笑えばいいんだよね?
 もう、どちらが我慢することもなく。
 もう、どちらが辛い思いをすることもなく。
 言いたいことを、好きなだけ言えるように。
 そんな関係を―――築いていけるように。

 今なら、言えるから。ガウリイのことが―――好きだって。

 辛いことがあっても。
 悲しいことがあっても。
 どんなことがあっても。
 ずっと、一緒にいよう。



 いつか、共に金色の母の元に帰る―――その日まで。