いつか帰る日まで
〜1〜









 出会ってから三年の月日が経った。
 あいつは保護者。あたしは被保護者。
 その関係を、つい何ヶ月か前にあたし達は投げ捨てた。
 
 あたしはあいつが好きだった。
 あいつも――あたしのことを、好きだと言ってくれた。
 ずっといっしょにいたいと、思わなかったわけじゃない。
 だけど、あたしの背負うものは大きすぎた。
 あいつの剣の腕は超一流で、カンなんて獣並にするどくて、何度も助けてもらったけど。
 某神官から買い取ったタリスマンは、とある戦いで砕けてしまい、あたしの魔族に対する切り札は、いっきに減ってしまった。
 それだけが、理由じゃない。
 ほかにも、理由なんかはたくさんあった。

 だから―――あたしは、ガウリイから離れた。

「ふう・・・・・・」
 一つ息をもらしながら、あたしは街道を歩いていた。
 雲一つないいい天気で、吹いてくる風も心地良い。
 以前なら、きっと心も浮かれたんだろう。
 
 ガウリイ・・・・・・元気かな・・・・・・
 
 ふと気がつくと、ガウリイのことを思い浮かべてることが多くて、思わず苦笑してしまう。
「何たって、三年近くいっしょに旅してたんだもんねぇ。
 いつのまにか、隣にいるのが当たり前になってたわ」
 寂しいと、思わないわけではない。
 あたしだって、ずっといっしょにいたかった。
「危険、だもんね」
 あたしといっしょにいる限り、一生魔族に狙われる。
 あたしのせいで、ガウリイに怪我なんかしてほしくなかった。
「それに・・・・・・一人じゃ、ないしね」
 あたしは自分のお腹を見下ろす。
 まだ、どこもかわったところはない。
「男の子かな。女の子かな」
 想像するのと、少しだけ明るくなれた。
 子供ができたことは、ガウリイには言わなかった。
 まさかあいつも、たったの一回でできちゃうとは思ってもないだろうし・・・・・・

 ガウリイのことだから、子供ができたなんて言えば、絶対に別れてくれない。
 まあ、できてなくても、別れてくれたとは思わないけど・・・・・・そのせいで、
何も言わずに、ほとんど夜逃げ同然にここまで来ちゃったし。
「とりあえず、あと何ヶ月かしたら、しばらく住むための家を見つけないとね。
 旅を続けるのにも限度があるだろうし」

 あたしのことは、忘れて。
 金髪の剣士に向けて、あたしはただそれだけを願っていた。

 しばらく旅を続けていたあたしは、とつぜん倒れてしまった。
 その時のことはよくおぼえていないのだけど、気がつくと、ベッドに寝かされていた。
 しばらくすると、四十過ぎぐらいの人のよさそうなおばさんが部屋に入ってきて、
道で倒れていたあたしを助けてくれたのだと言った。
 あたしはお礼をして、すぐにそこから立ち去るはずだった。
 おばさんが、あたしが妊娠していることに気がついていなければ。
「子供がいるってのに、いったいどこへ行く気だい?」
 そう言われて、あたしは何も言えなかった。
 おばさんの強引なまでの誘いを断れず、あたしは子供が生まれるまで、ここにいつくことになった。
 しばらく住む場所を探さなければいけないところで、あたしも正直助かっていた。
 おばさんは、実の娘が遠くに住んでいるとかで、あたしのことをとても可愛がってくれし、あたしも安心できた。

 正気じゃいられないほどの痛み。
 おばさんの声が、遠くから聞こえてくる。
 そして、赤ちゃんの産声。
 生まれて来たのは、男の子だった。

「名前、決めないとなぁ」
 夜、あたしは貸してもらった部屋のベッドに座りながら、抱いた赤ちゃんの名前を考えていた。
 白い毛布に包まれて、赤ちゃんはすやすやと眠っている。
 ううー、可愛いーっ!
 思わず顔がにやけてくる。
「名前名前っと。男の子だもんね、どんなのがいいだろ」
 目に映る、やわらかそうな金髪。
 ガウリイと、同じ色。
 じわっと、目に涙が浮かんできた。
「ガウリイみたいに、凄腕の剣士になるかな」
 名前は、決まった。
「ロナよ。ロナ=インバース」
 あたしの名前を、一文字だけ変える。
 きっとこの子も、いつかはあたしのもとから旅立っていく。
 そして、もしガウリイに会った時に、名前を聞いただけでもわかるように。
 いつか、ガウリイに会える日まで。

 それから二ヶ月ぐらいして、あたしはまた旅に出た。
 おばさんは、ずっとここにいてもいいと言ってくれたけど、あたしはそうするわけにはいかなかった。
 赤ん坊連れの魔道士とゆうのは、かなり人目を集める結果にはなったわけだが、あたしはさして気にしなかった。
 もちろん仕事の依頼なんぞもこなかったけど、魔法の道具を一つ売り払えば、十分な路銀にはなったし。
「いい天気ね、ロナ」
 あたしは抱いたロナに話し掛ける。
 べつに返事を返してくれるわけでもないのだが(生まれてから二ヶ月の赤ん坊が返事などしたら恐い)、あたしはことあるごとにロナに話し掛けてしまう。
 ここらへんが、やっぱり母親とゆうものなのだろうか。
「次の町まで、あと少しだからね」
 言って、にっこりとロナに笑いかける。
 つられたように、ロナも笑い返してくる。
 ううー、めちゃくちゃ可愛いっ!
 まあ、この天才美少女魔道士リナ=インバースの子供なのだから、可愛いのは当たり前といえば当たり前なんだけど。
「さ、次の町に言ったら、まずは美味しいご飯を食べなきゃねー。
 あ、でも、ロナはミルクだっけ・・・・・・」
 言ったその瞬間。
 肌で、それを感じた。
 
 ――瘴気。

 ここ最近、あまり身近で感じなくなったそれは、たしかに近くからただよってきた。
 あたしは素早く辺りを見回す。
 べつに平凡な田舎道で、とくに変わったところは―――
「!」
 後から殺気を感じ、次の瞬間、あたしは前に跳んでいた。
 すぐさま振り向く。
 形は人間そのものなのだが、顔には目も口も鼻も何もない――そんなモノが、あたしの目に飛び込んできた。
「ほう。今の私の攻撃を避けたか。さすがは、リナ=インバースといったところだな」
 口もないのに、そいつはどこからか声を出していた。
「魔族ね。ずいぶん久しぶりじゃない?」
 軽い口をききながら、あたしはじりじりと間合いをとっていく。
 姿からして、それほど強い奴ではなさそうである。
 以前のあたしであれば、よほどのヘマでもしない限り、負けることはなかっただろう。
 だが――今のあたしにはロナがいる。
 いくらなんでも、赤ん坊を抱いたまま魔族と互角に戦えるわけがない。
 かといって、そこらに置いておくわけにもいかない。
 ――マズイ。
 このままじゃ、負けるのは時間の問題である。
「魔族が、あたしに何の用かしら。まさか、敵討ち、なんて、今さらはやんないことをやるつもりじゃないでしょうね?」
「おまえに答える義理はない」
 あっさりと魔族は言い切る。
 そしてその手が―――動いた。
 左手から、あたしめがけて飛んできた雷光を、あたしはすぐさま右に避ける。
 激しい振動に、ロナの顔が泣きそうにゆがむ。
 ダメもとで、あたしは呪文を唱える。
 ロナを抱いている今、身振りのいる術や、あまり大きな技は使えない。
 小さな術をいくつか放ち、スキをみて逃げるか――かしこい戦法とは思えないが、
今はこれしか方法がない。
「烈閃槍!」
 唱えた術を、あたしは魔族めざして放つ。
 避けようともせず、魔族は左手をかざす。
 ぶつかる寸前に、あたしの放った術は砕け散る。
 ――ああっ! 全然効いてないっ!
 魔族が動く。
 地を蹴り、あたしの後ろへと回る。
 振り向いたあたしのすぐ横を、火炎球が飛んでいく。
 あたしは呪文を唱えながら後ろへ跳ぶ。
「どうした? 何も仕掛けてはこないのか?」
 魔族のあざけるような声。
 ――無駄だとは思うけど。
「烈閃槍!」
 あたしは、唱えた術を魔族の後ろに出現させた。
 魔族が振り向くより一瞬速く、術は魔族の体にまともに当たった。
 ――だが。
「このぐらい、いかにまともに当たったとはいえ、猫に噛まれたようなものだな」
 いとも平然とそいつは言う。
 ・・・・・・どうするか・・・・・・
 魔族にも十分通用する、高位魔族の力をかりた術を使おうにも、両手がふさがっていては印が結べない。
 ロナをそこらに置いたとしても、殺されるのはめにみえている。
「もう終わりだ」
 開いた右手に、赤い光りが集まっていく。
 まっすぐに、それはあたしに向けられる。
 だんだんと、光りは大きくなっていく。
「終わりだ!」
 魔族の歓喜の声。

 それが、放たれる瞬間。
 あたしは―――目をつぶった。

 ごめん。
 ごめん。
 ごめん。

 心の中で、ただひたすらに謝った。
 生まれてすぐに、殺されちゃうなんて。
 
 ごめん。
 ごめん。
 ごめん。

 あたしは、ロナを抱く腕に力をこめた。

 ごめんなさい―――ガウリイ。

 最期だと、思った。
 最期に、なるはずだった。

 ロナが、光るまでは。

「――っ!」
 目を開けようとして、そのあまりの眩しさに、再び目を閉じてしまった。
 けれど、たしかにロナは光っていた。

 
 いったい何がどうなったのか、あたしにもわからなかった。
 だけど次の瞬間、体が燃えるように熱くなった。
 空気がうねるような音が、遠くから聞こえてくる。
 まるで精神世界面に来たような、そんな違和感が体を包む。

 
 長いような短いような、そんな奇妙な時間。

 光りがおさまったような気がして目を開けてみると―――
 そこは、さっきまでと同じ、普通の田舎道だった。

「あれ?」
 首をかしげながら、あたしは辺りを見回す。
 さっきと、どこも変わった様子はないが――なぜか、少なからぬ違和感をおぼえ
る。
 熱くなった体も、今ではもう普通どおりである。
「何が、起こったのよ・・・・・・?」
 ロナも、べつに光ったりなどしていない。
 首をひねり、そこでようやく、あたしはさっきまでいた魔族が消えていることに気づいた。
 どこかに姿をかくしているとかではなく―――ほんとに、消えてしまっているのである。
 何なんだ、いったい?
 とりあえず、危機が去った事にまちがいはないが――
「ロナ。あんた、何かしたの?」
 問い掛けても、ロナはただ笑うだけである。
 ま、赤ん坊に聞いたあたしもあたしなんだけど。
 どうにも、よくわからない。
 さっき光ったロナも、消えてしまった魔族も。
 しばし、あたしはそこに立ったまま考え――
「ま、いっか。ともかく助かったわけだし。
 お腹も減ったし、さっさとライトア・シティに行きましょ」
 あっさりと考えを放棄し、あたしはロナを抱いて歩き始めた。