Sinner 『罪人は十字を背負いてただ忍従の道を行く』 |
10 そして日常の復活 「……あ……?」 「おっ、ガウリイ。よーやくお目覚め?」 目を開けると、すぐ側にリナがいた。思わずがばっと身を起こす。 「り、リナ! 大丈夫なのか、記憶!?」 いつの間にか夜が明けたらしい。日の光が射し込むここは、どうやら宿のオレの部屋らしかった。 肩にかけたオレの手を、リナはぺん、と軽く払う。 「え〜え〜、お陰様でねっ! このと〜り元通りよ」 「そ、そっか……よかったあ……」 安心しきって力が抜けたオレに、リナは苦笑したらしかった。 「やー、悪かったわね、心配かけたみたいで。 事情はゼルとアメリアに聞いたわ。あたしはちっとも覚えてないんだけどさー」 あはははは、と笑う。 「ほんっと、7歳になってただなんて信じらんないわ。 夕べ――いや、一昨日の夜になるんだっけ? 最後の記憶も、ゴハン食べてた辺りからあやふやなのよねえ」 ほーお。昨日一日のこと、何にも覚えてないんだなあ。 アイスのこととか、ゼロスにさらわれたこととか覚えてないなら、オシオキに呪文で吹っ飛ばされることもないだろうしちょっと安心――って。 あ!? 「今なんつった!?」 「え? だ、だから、7歳になってたなんて信じらんないって」 「そのあとっ! 階段から落ちたときのこと、覚えてないのか!?」 「あ〜、それね〜。 ど〜にも今イチはっきりしないのよねえ……最後にカクテル飲んだことは覚えてるんだけど」 顎に手を当てて、リナが考え込む。 「やっぱ少し酔ってたから、忘れちゃったのかしらね〜。 ああでも、大体の話はアメリアに聞いたわよ? あんたが何かくっだらないギャグ飛ばして、脱力したあたしが足滑らせて階段から落ちたんでしょ? いや〜、案外ヌケてるわね、あたしも。あはははははは」 ………………………………………………ウソだろおおおおおおっ!? どーして肝心なところだけ忘れてるんだ、リナっ! じゃあ何か? オレは結局『返事』をもらえないまま……!? ずるずるずる。 「ちょ……っ、どーしたのよガウリイ!?」 再びベッドに沈み込むオレに、リナが慌てる。 「……いや……別に――」 目の前に一瞬、笑いをかみ殺してるゼルガディスと、腹かかえて爆笑してるゼロスの姿が見えた気がした。 あ、あははははははははははは。 ……まあ、いいか。リナが元通りになったんなら。 もう少しだけ、このまま―― 「そーいえばガウリイ。あんた、階段から落ちそうになったあたしを、助けられなかったんですってねえ?」 ぎくうっ! 「う……そ、それは――」 「ちょうどアメリア達が帰ってきたからよかったようなものの、そのままだったら結構な怪我だったっていうじゃないの? あたしの自称保護者さんは何やってたのかしら? ん?」 「……す……すみません……」 やっぱり呪文で天誅だろうか? 神妙に謝ったら、リナはくすりと笑った。 「いいわ、許してあげる。 あんた責任感じてえらくしょげてたっていうし、昨日一日あたしのお守りしてくれたんでしょ? ……ありがと。一応お礼言っとくわ」 一瞬だけ嬉しそうな笑みを浮かべ、椅子から立ち上がる。 「さて、いつまでも寝てないで、とっととお昼食べに行くわよ? まあ、今日はみんな疲れてるだろうから、出発は明日にするけど。時間は待っちゃくれないんだから」 なんだ、もう昼なのか? ……そういえば、腹も減ってるし。 「わかった」 のそのそとベッドから這い出ようとして。 「?」 目の前に立っているリナに、気付く。 「リナ?」 見上げる前に、リナの手に顔を押さえつけられた。 ふわりと栗色の髪が目の前に広がって。 耳元に、吐息にも似た囁き。 「……ありがと、傭兵さん。……もうちょっとだけ待っててよね?」 そして、ほっぺたに触れる柔らかいもの。 ……って、あ!? オレが全てを認識する前に、リナの身体がパッと離れた。そのまま小走りに部屋から出て、一言。 「ほら! 早くしないと食いっぱぐれるよ、ガウリイ!」 そして、耳まで赤くなった顔を隠すように、急ぎ廊下へ消えていく。 ………………………………………………………………え〜っと。 今のは、つまり――。 ………………………………。 「……ま、いっか」 オレはあっさり考えるのをやめた。 一度『待つ』と言った以上、オレは待つことにしよう。 リナを信じているから。いつか必ず、その答えがもらえると信じているから。 ……ゼルガディスやアメリアには、叱られそうだけれど。 「待てよ、リナ! オレの分もちゃんととっといてくれよなあ〜!」 叶うことなら、お姫さまが目覚める日が、一日も早くやってきますように。 END |