黄 金 色 の 海







それは、あたしたちがゼフィーリアに入って2日経った日のこと。
秋も深まってきて、日が落ちるのが早くなった。
その日も、もう日が暮れかかったので、一面に葡萄畑が広がるその村で宿をとろうと
決めた。

本当は、今日のうちにもうすこし先の町へ行こうと思えば、行ける。
でも、夕日に染まる葡萄畑を見たとき、急にその風景から離れがたくなって、
『ここに泊まろう』と、提案したのだ。
ガウリイが『ああ、いいぜ』と言って、簡単に決まった。

もう、葡萄の収穫時期は過ぎていて、すでに葉っぱは枯れかけていたけれど。
一面に広がる畑の葉っぱ全部がそうだと、夕日に染まった時まるで黄金色の海のよう
で、
あたしは、小さいときからその風景が好きだった。
でも、旅に出てから見ていなかったから。
だから、あんまりにも久しぶりに見たから、ここに泊まりたいと言ったのだ。


そしてその夜、あたしは、葡萄畑を見渡せる小高い丘の上で下を眺めていた。
ちょうど良い高さの、低い柵に軽く腰掛けて。
まるで降ってくるような月の光で、夕日に染まった色とは違う、蒼い黄金色の海を眺
めていた。

『家まで、あと5日くらいかな』
ふと考える。そういえば、葡萄の収穫時期ってもう過ぎてる。
でもガウリイは何にも言わずに、あたしの実家へと一緒に向かっている。
まさか、時期が過ぎてしまってることに気付かない訳じゃないだろーけど…
でもあいつのことだし、もしかしてホントに気付かないんじゃ?
知らず、もれる苦笑。
風が吹き、眼下の海に波が起こる。

今は、マントは着けていないし、『ちょっと、寒くなってきたかな』と思ったとき、
「リナ」と、後ろから聞きなれた声がした。
ふわりと肩にショールがかけられる。
「寒くないのか、ずっとこんなとこで」
「ちょーどそう思いはじめてたとこよ。気が利くわね」
首だけ後ろを向いて笑って言うあたし。ガウリイがやわらかく微笑ってた。
でもなんで手が両肩に置かれたままなんだろう…?
「ところで、どうしてここが分かったの?」
「…この村の男達が、『丘の上に女の子が居るぞ』って話してたからな」
「へえ?そんなにここに居ると目立つのかな」
「…ちょっと意味が違うと思うが、な」
なんでかムッとした表情。はて?でもまだ手は肩の上。

「なに見てたんだ?夕方からずいぶんご執心だな」
切りかえるような口調で訊いてきた。
「これ。葡萄畑。キレイでしょ?」下を指し示し、言うあたし。
「・・へえ・・」
「昔っからこれが好きでね、毎年眺めてたわ」
「時期を逃して残念だって思ったが、なるほどこりゃ綺麗だな」
…ちゃんと気付いてるじゃないの。
「・・ガウリイ。葡萄は終わったのよ?それでもあたしの家に来るつもりなの?
そりゃ、まだ少しはあるかもしれないけど」
でもあんたが食べる程はないと思うわよ。
「・・・・・・」
無言だった。でも、肩に置かれていた両手が、ゆっくりあたしの前にまわり。
・・あたしは抱きしめられていた。

!!?!?!?
「が、がうりい!?」
「・・理由なんか。どうだっていいんだ」
耳元で囁く低い声。ガウリイの・・うああ、血が頭に昇る〜〜。
「ど、どうだってって、あんた」
「リナ。俺はお前と一緒に居られたら。それでいいんだ。
お前の家に行くのは、そのためにも必要だと思った」

・・・・ええ!?
「で、でも、それって、目が離せない子供だからって、言うんでしょ?」
自分でも、慌ててるのが分かる。普段気に掛かってたけど言わないつもりだったこと
まで
言ってしまう。あたしの両手は、ガウリイの腕を離そうと動く。でもびくともしな
い。
「違う。そんなんじゃなくて…!」
まどろっこしそうなガウリイ。また力が強くなった。
「だって、今まで子供扱いだったじゃない!保護者保護者って!」
「だからそれは!」
「なんだってのよ!」
と、急にガウリイの左手があたしの右手を持ってった。
まるでエスコートするみたいな持ち方。
暖かい感触があった。・・え?
「子供にこういうこと。しないよな?」
あたしの。右手の甲に。キス、したの?
「あれは、ああいう風に言っとけば、半端なヤツは俺を見てちょっかい出さなくなる
だろ。
もっとも、半端じゃないヤツにも譲るつもりなんぞ無かったがな」
「・・・・・・」
「使いやすい言い訳だったんだよ、俺には。お前を独占できる…」

ど、独占!?えええええ?
「分かったか?」優しく聞いてくる。
こくん、と何とか頷くあたし。でもまだ混乱している。
「それがああいう風に言ってた理由。それから」
「それから・・?」
「今こうしてる理由、聞きたいか?」

こうして…?・・!!って、そういや抱きしめられてるまんまだあっ!
しかも右手もまだガウリイに持ってかれてる。
「り、理由?って」
「聞いたら戻れないぞ?いいのか?」

ひどく真摯な眼差しで、問い掛けてくる。
いつもの彼じゃないみたい。でも。
「じゃあ今なら戻れるってわけ?あんな事言っといて?こーゆーことしといて?」
こっちも聞き返す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばし無言。
「…そうだな。俺は戻りたくないし。じゃ、聞かなかった、なんてのは無しな」
う。そう言われると。何だか見ちゃいけないモノを見ようとしてるような気が(汗)
なんてあたしの思考には関わらず、話を進めるガウリイ。

「こっちに、こうするのは」
また右手の甲にキス。なんか恥ずかしい…。
「敬愛の印。尊敬とか、な」
・・って、ガウリイ変な事言うのね。普通そうじゃないっけ?
ていうか、敬愛なんて言葉使うの初めて聞いた。
「で、こっちにこうするのは」
今度は、手をひっくり返して、手のひらにさっきより長いキス。
「・・・求愛の、印」
!!!求愛って!?え、どういう!?

「・・あいしてる。お前がいい。・・リナが、欲しい」

あいし、てる?
何故か、涙が溢れた。
急にわかった事があった。ううん、分かってたんだ、本当はずっと前から。
なんで『保護者』って言われるのが気に掛かってたか。
なんとも思ってないなら、気にする事は無いはずの。
あたしはずっとずっと、惹かれていたんだ、強く…。ガウリイに。
その強さに、暖かさに、広さに、優しさに、惹かれ続けていたんだ。
・・ああ、あたしがその言葉をとても嬉しいと感じていることを、伝えなくちゃ。
でも涙が流れ続けて、言葉が出ない。それなら。

ガウリイは、じっと、泣き出したあたしを見つめてた。
あたしは右手を引き戻す。それを悲しそうな表情になったガウリイの視線が追ってく
る。
あたしは、両手で。まだあたしを抱きしめてた、ガウリイのもう片方の手をそっとは
ずして。
・・その手のひらに、口付けた。


眼を見開いたガウリイが、とてもとても嬉しそうに笑った。
あたしも、少し笑うことが出来た。
「リナ、リナ、リナ・・」
ガウリイはもどかしげにあたしを自分のほうに向かせた。
あたしはまだ涙が止まらなかったけれど。
流れる涙を、唇で拭ってくれた。
そのあと、そっと口付けてきた。すぐ離れて、もう一度。
何度も何度も、重ねる度に口付けは深く、永くなっていった。
力が抜けそうになったけど、抜けきる前に、解放してくれた。

そのあと、二人で手をつないで、宿に戻って。
部屋で、また手のひらに口付け合う。儀式みたいだねって、笑った。


その夜から次の朝まで、あたしは、彼の黄金色の海の中で眠った。



・・おわり。