虚 空 の 太 陽 |
深夜、付近にはめぼしい盗賊団もいない。ゆえに少女は心地よい睡魔に身を委ねている。 あどけない寝顔を見ていると、このまま朝をむかえてしまいそうだった。 無意識に溜息をつきかけて、思いとどまる。 今、少女を起こすわけにはいかない。 これが最後、そう思いながら眠ったままの少女に口づける。軽く、ほんの一瞬、触れるだけの。もう何度目になるか、数える気にもならないほど繰り返してきた秘密の行為。 これ以上触れたら・・・起こしてしまう。今も、ほんの一瞬のつもりが、思わず長く深いものへと移りそうになるのを必死で抑えた。 この葛藤とも今日限り。 ゴメンナ。 声に出さずに呟く。 魔族に襲われる心配がなくなったから。だからおまえを守るために。 サヨナラ・・・・・リナ。 目をきつく閉じる、歯を食いしばる。握ったこぶしの爪が手のひらに喰い込む。 そのまま踵を返した。その姿が見えるだけで、それだけで縛られるから。離れられなくなるから。 ・・・そして俺は一人になった・・・・・ リナと出会う前、俺は一人だった。それなりに人生を楽しんでいたはずだった。だが今は、何も感じない。ただ生きているだけ・・・。 一晩中走りつづけて、朝になってもさらに体力の続く限り歩いた。リナと別れて三日目、流石に限界を感じ、たどり着いた街で足を止めることにした。 リナが翔封界で追ってくれば追いつけるであろう距離、けれど俺がここにいることをあいつは知らない。追うためには俺を捜さなければならない。 捜してくれるだろうか?いや、何も言わず勝手に姿を消した奴のことなど追い求めたりはしないだろう。 すぐに忘れる。すぐに・・・忘れられてしまうのか?俺は・・・。 何も考えたくない俺。 今の俺は虚しき骸。 仕事を見つけ、当座のねぐらを確保する。 多少のへそくりとリナからもらった小遣いがあったから、しばらく働く必要はなかったが、なんとなく。たぶん何かしていたいのだろう。動いていたいのだろう。 リナからもらった金を、使う気にはなれなかったし・・・。 仕事の内容は金持ちの護衛。旅に出るのに家人と使用人だけでは不安らしい。 何もしないよりかはマシ。その行く先はリナと別れた街の反対方向。声をかけられたとき、拒む理由はなかったのだ。 旅は何事もなく退屈だった。途中、盗賊らしきものに襲われたが被害も何もなかったのだから退屈そのものだ。そう言うと周りは変な顔をした。・・・どうでもいい。変でもリナと一緒なら楽しかったのだから。 明日は目的の街だ、という地点で野宿となる。 明け方、見張りの交代時間が来て起こされる。ダルイ。リナのための見張りなら元気すぎて困っていたくらいなんだが。 手にはブラストソード。リナに返すべきかも知れない、そうは思ったが。リナが俺のために手に入れてくれた剣。せめてこれくらいは残したかった。 見張りといってもこの辺りまでくると平和そのものであり、念のため、という程度のものだ。周囲に怪しい気配もない。途中の森の中に泉があったのを思い出し足を向けた。初夏とはいえ、まだまだ水は冷たい。泳げば眠気覚ましにはなる。 しばらく持つであろう量の薪を足して火のそばを離れた。 泉のほとりに立つと、仄かな星の光に水がぼんやりと輝いているように見える。見上げるとただの夜空。そういえば、リナと別れてから、空を見上げることなどなかった。いつも下ばかり見ていたような気がする。 星が綺麗なのかもしれないが、心が動かない。リナと一緒なら・・・きっと綺麗に見えるのだろうな。 そんな空に向かって出た言葉は。 「リナ」 ・・・会いたい・・・会えない・・・。 「なによ」 幻聴が。 幻でもいい。 「リナ」 「なによ」 今度は声とともにガサガサと音がする。 その時、呼吸は止まったに違いない。鬱蒼と茂る枝の間からふんわりとリナが舞い降りた時。 「・・・リナ」 「なによ」 三度目の呼びかけに不機嫌そうな顔で答える。間違いない、幻覚ではない。本物のリナがそこにいた。 「なんでここに」 「あんたがこっちの方に来るのが見えたからね。浮遊でついてきたのよ」 「そうじゃない!なんでお前がここにいるんだ!!」 「あんたがここにいるからよ!」 思わず大声を出した俺に、リナはキツイ瞳で言葉を返した。ギラギラと輝く赤い瞳が俺を睨んでいる。憎まれているというのに、その視線を浴びるだけで心が躍る。 「どうやって、いや。なぜ・・・追ってきた」 責める口調にリナの眉がピクリと跳ねた。 「ふざけないでよ。紙切れ一つで、何も言わずに姿消して、よくそんな台詞が吐けるわね。あたしはあんたのその身勝手さに文句つけにきたのよ。・・・なんでイキナリいなくなるのよ!ワケわかんないでしょ!?」 「ブラストソードを取り戻しにきたってワケじゃあないのか?」 「それはあんたのために見つけたんだから、あんたの物でしょ!?そんな物どうだっていいのよ!」 嬉しくて、悲しい。今ならまだ間に合う。まだ止められるはず。だから。 「書置きの通りだよ。お前とはもう一緒にいられない」 後半の台詞はリナの瞳を逃れることで、口にできた。 「だ・か・ら!なんで一緒にいられないのかってきいてんの!!」 「うるさいっ」 ツカツカとリナの近寄ってくる気配。 「くらげのくせに、いつからあたしにそんな口が利けるようになったのよ。ちゃんとこっち見てしゃべりなさいよ」 リナの手が俺の両頬を包む。逃げられない・・・俺の瞳は再びリナに囚われた。強い光を放つ瞳に本音が、押し込めていた俺が、引きずり出される。 禁断症状に苦しむ麻薬患者とは、こんなものなのかもしれない。 止まらない、止められない、止めたくない? 「これ以上お前のそばにいたら、お前を壊してしまう。壊したくなくて・・・」 言葉とは裏腹に、俺の両頬をはさんでいるリナの手首を掴む。この危うさに気づく様子もなく、むしろ赤い瞳の輝きを柔らかくして少女は尋ね返してきた。 「あたしを壊す?」 「俺はお前を守りたい、傷つけたくない。けどお前は自分からどんどん危険に足を踏み入れていく。止めたって聞かない。 だから閉じ込めたかった。俺の腕の中に、俺だけのものにして、閉じ込めて、独占して、誰にも見せないようにして。 そうしたら危険な目にも会わない。 だが、俺が好きになったのは、俺が惹かれてやまないリナは、いつも、何があっても前を向いて進んでた。だからこそ輝いていた。閉じ込めてしまったらリナじゃなくなる・・・。 そうなるのが分かっていても、抑えられそうになかった。 俺はたぶん信用されてたから、閉じ込めようと思えば・・・できた。壊すつもりならいつでも壊せた。 この手にちょっと、力を入れるだけでいい。 背骨が折れる程に抱きしめて、押さえつけて裸にして・・・俺を刻み込めば。お前を壊せるだろう? だから一緒にいられないって、忠告してやったのに。馬鹿だよ・・・お前は」 目が虚ろになり、自嘲の笑みがこぼれるのが分かった。我知らず両手に力がこもる。 リナは静かだった。・・・なぜ? 怒り狂いしばき倒そうとするところを、逆に押し倒してやろう・・・そんな暗い妄想に浸っていたというのに。俺に怯えてどうしていいのかわからない、という様子でもない。 その瞳はなぜか、穏やかで優しい。 なぜだ!?なぜそんなに無防備でいられる?俺の話が理解できてないのか!?そこまで鈍いと・・・酷いぞ?ホントに。・・・なんて性質が悪いんだ。 ホントのホントに・・・理性の鎖が千切れかけていた。 まるでそれを見越したようにリナがはあーっと、大袈裟に、呆れたと言わんばかりに溜息をついた。 「馬鹿はあんたでしょーが、このくらげっ。馬鹿だくらげだとは思ってたけど、まさかここまで馬鹿でくらげだとは思わなかったわよ」 そう言ってリナは苦笑して見せた。 ・ ・・リナが何を言わんとしているのか、わからない。馬鹿にされているらしいということわかるが。 「ねえガウリイ、世のお母さんたちはみんな壊れてるの?」 「?・・・何だ?」 「だって、女は男に抱かれると自由を失って壊れちゃうんでしょ?ってことは、少なくとも子供産んだことのある人はみんな壊れてるっ、てことよね?くらげ理論によると」 「おいっ、・・・違うだろっ。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて・・・」 リナが真顔に戻って言葉を紡ぐ。瞳が、再び強い光を放つ。 「同じことだわ。このあたしが男に抱かれたくらいで屈服すると思ってんの? 例え体が自由にならなくなったとしても、あたしは負けない。心は誰にも屈しない。本当にそんなことであたしを閉じ込められると思ってる? 冗談じゃないわ!だったら試してみればいい。何があろうと何をされようと、あたしは止まらないわよ?だからあたしを閉じ込めることなんて、誰にもできやしないわ。 例え誰だろうと、ガウリイ、あんたでもね」 「・・・無理?・・・なのか?」 「そうよっ!あんたみたいなくらげが、頭なんか使ったりするから間違って変な答えを導いたりするのよ?馬鹿くらげは馬鹿くらげらしく、このリナ=インバース様の後ろに黙って付いてくればいいのっ!!」 呆気なく体中から力が抜けた。 他愛無い、リナの、なんでもない一言で俺はこんなにも楽になれる。リナの、言葉だからか。 それを確認してか、リナが笑った。 自信に溢れた笑み、生気に満ちた瞳。 「そうよっ、このリナ=インバースを誰が縛れるっていうのよ!」 そうか、そうだよな。俺がこの輝きを壊せるだなんて、思い上がりも甚だしい。何があってもこの瞳はきっと、光を失わない。 俺は本当に馬鹿だよ、お前さんの言う通りだ。 「全く・・・あたしはてっきり、あんたがもうあたしなんかに係わるのが嫌になったのかと思って。だったらしょうがないかって思ったんだけどね。 あんたってば底なしにお人好しじゃない?縁も縁もない赤の他人のあたしを、三年間も保護してきたんだもん。人間だけじゃなく魔族からも・・・。なんか今更って気がしたし。そうなると理由がわからなくて。 それでもあんたがあたしと別れて幸せならいいやって思ったけど。・・・楽しそうには見えなかったわよ?最近のあんたは。むしろ寂しそうで・・・でもなんて声掛けていいのかわからなくて。・・・隠れてた。 そしたら、リナって、呼ばれたから。ばれてたのかと思って出てきてみたら、気づいてたんじゃあないみたいで。 こっちが驚いたわよ。つけられてるのに気づかないなんて・・・あんたらしくないもの」 照れ隠しのように捲くし立てていたリナだったが、どんどん恥ずかしくなっていったらしい。最後の方の声は消えかかっていた。 よくよく思い返してみれば、俺の台詞は愛の告白そのまんま、だし。リナの行動もそれに近いもの、のような気がする。 改めてリナを見る。今度はリナが目を逸らす番だった。引っ込めようとする手を引き戻す。頬をちょっぴり赤く染めて、上目遣いに非難してくる。じっと見つめると照れに耐えられなくなって俯く。 掴んだ手首が心なしか痩せたような・・・?手首だけではない、全体的にだ。やつれたような印象。これはたぶん・・・いや、間違いなく。俺のせいだ。 無気力になっていた俺はいつからリナがそばにいたのかは知らない。その間のリナを知らない。知らないがリナはきっと食事の量が減っていたのだろう、あまり寝てもいないのだろう。俺と同じように。 でなければ俺が見張りの交代に起こされて、泉の方に足を向けたことに気づくはずがない。朝起きたらいなくなっていた。そんな寂しい思いをしたせいで、もうそんな思いをしたくないせいで、眠りも浅くなっていたのではないだろうか? 照れたまま俯いているリナに申し訳なくて、胸が締め付けられるようで、けれどそんな風に感じてくれていたリナが。・・・愛しくて、切なくて。 「ゴメンナ」 ありったけの思いをこの一言に詰め込む・・・。 「・・・今度やったら知らないからね?」 伝わった。許してもらえた。けどそれはまあ横に置く。(笑) ・・・可愛いっ。拗ねたような表情が俺を誘っている。・・・ような気がしたのだ・・・。 「リナ」 手を離すと不思議そうに見上げてくる。そのままリナの頭を上向かせ片手で支え、もう一方の手で細腰を引き寄せる。顔を近づけると大きな瞳がさらに大きく見開かれる。一瞬、軽く唇が触れると、赤い瞳がギュッと閉じられた。同時に体も強張ってしまっている。けれど逃げようとはしない。 嬉しくて、再度口づけ舌を差し入れる。もがく華奢な体をしっかりと押さえつけ、丹念に、だが激しく舌での愛撫を繰り返す。息つく暇もないほどに・・・。 徐々に体の力が抜けていき、全身を預けてくれるようになるまで、それを続ける。 ようやく唇を離してやると、愛しい少女が潤んだ瞳で荒く息をついている。可愛いっ!! ・・・そそる・・・。 「馬鹿くらげっ、あったしは、初めてなんだからね!ちょっとは手加減しなさいよ・・・馬鹿・・・」 そう言いつつも少女は両手を俺の背中に回し、胸に顔を埋めてきた。 可愛らしい口から漏れる可愛らしい言葉。 ファーストキスねえ?その辺はベットの上でじっくりと話を聞かせることにしよう。 今が人生の絶頂期なのだろうか?このままの幸せが続けばいいな・・・そう思いながら俺はリナを抱く腕に力を込めた。願いを込めて。 朝日がさす。綺麗だ、素直にそう思える。リナがいるから。リナと一緒なら。俺はきっと上をむいて歩いていける。リナさえそばにいてくれるのなら・・・・・。 ここで終わり たくないので **************************** おまけ はやる俺はリナを小脇に抱え全速力で街を目指した。宿を見つけ早速、愛を語り合おうとしたのにい〜。 朝っぱらから何考えとるっ!!と、スリッパで制裁を受け。 なおかつ、護衛の仕事を放棄してしまったため違約金を払うことになり・・・呪文で吹っ飛ばされ黒焦げにされ・・・。 怒りが収まる様子もなく。しばらく愛を語り合うのは無理なようである。 だがそれはまた、別のお話、だそうな。 ・・・くすん。 いちおー 終わり |
しよう様ぁぁぁぁっっ 嬉しい・・くぅ〜〜っ嬉しすぎるぅぅぅぅっっ ほんとーーにほんとーーにありがとうございました〜〜〜!!! ガウリイがぁぁぁっむっちゃカッコイイ!! 最高〜〜〜〜vvv オチもついてて二重にお得!(笑) しかも、ガウリイsideと言うことは・・・・にやり。(爆) とにもかくにも、飛鳥には勿体なさ過ぎる小説を頂いちゃってありがとうございました! 感謝感謝大大大感謝です!!! |
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