天空の川 想いの橋






その3 想いの橋の上で



 俺は走っていた。
 そりゃもう全力疾走で。



「何だ?……これは……」
 ようやく捜し求めた物を見つけ出すことが出来た俺は目を疑った。
 今まで、ほんの少し前まで乳白色の水だったのがみるみる透き通っていく。
 川底があるはずの所に広がるのは深い藍色の空間。
「まずい……おい走るぞ!!」
 そう言うなりアルが走り出す。
「アル!何なんだこれは!?」
「時間が来ちまったんだ!」
 時間?
「天の川の水が透明になる時。これは今年の織姫と彦星が天の川に想いの橋を架ける時間が来たって事なんだよ!!」
「つまりどういう事だ?」
「あんたの織姫と会うチャンスがどんどん減っていってるって事だ!!」

 …………なにぃぃぃっっっ!?

「そんな大事な事何でもっと早く言わないんだ!!」
「人の話を全然聞かなかったのはあんたの方だろうがぁっっ!!」
 こいつに言いたい事は山ほどあったのだが。
 今はこいつよりリナだ。
 リナ〜〜〜ッッ今行くからなぁぁぁっっ!!



 俺は走った。とにかく走った。
 川原は走りにくいことこの上なかったが、俺はさらに走るスピードを上げて走った。
 リナ、どこだ?どこにいる??
 対岸を見渡すが、求める姿は今だ目に入ってこない。
 気持ちばかりが先行する。
「………いた!!」
「いたって………相変わらず常識離れした視力してやがんな……」
 そんなアルの呟きなど、俺の耳にはちっとも入っては来なかった。

「リナーーーっっ!!」

 対岸の小さな人影が反応する。
 …………あれ、本当にリナか!?
 天の川の対岸に立つリナは見た事の無い異国の衣装を身につけていた。
 ……可愛い。
 はっきし言って滅茶苦茶可愛い。
 もともと華奢でスタイルが良いリナは何を着てもどんな格好をしていても可愛いし魅力的なんだが。(超特大はぁと)
 普段は『この色嫌い』と言って全く着ようとしないピンクの衣装。ほっそりしたウエストがはっきり出ている。
「うげ、あれがあのリナか!?馬子にも衣装とはまさにこのこ」
 瞬殺!
 あんな可愛いリナの姿をアルなんぞに見せて良いだろうか。いや良くない!
 あんなヤツに見せるのはもったいなさ過ぎるというもの。
 さらにはあの暴言。
 ……さっきは大事な事言い忘れた礼もまだだったしな。
 鳩尾と延髄に一発ずつ。
 まぁ、本気でやったからしばらくは動けないだろう。
 改めて可愛いリナ(はぁと)に目を戻す…と…
 ……あれ?
 リナが俺に背を向けている。そのままスタスタと歩き始める。
 どこ行く気だ?俺の声、聞こえなかったのか?
「リナ!?」
 リナは俺に背を向けたまま、天の川から離れていく。
 まずい。
 このままではリナに会えなくなってしまう。
 遅くなった事、怒っているんだな。
「リナ!待てって!」
 リナの足は止まらない。それどころかさっきよりスピードが上がっている。
 けれどリナの所へ行くには天の川が邪魔をしている。
 今は一刻も早くリナの所に行かなければならないのに……!!
「あ〜〜ぁ、ありゃ本気で怒らせたな」

 ぼすっ どごっ ばきっ

 …………これで少しは静かになるだろう。以外に復活が早かったな。
 やはり切り殺していた方が良かったか……?
 そんな事をしている間にリナはどんどん行ってしまっていた。
 しまった。アルなんぞにかまっている場合ではない。
 リナと会えなくなるのは死んでもイヤだ。そんな事になれば俺は……
 決断するのは早かった。
 天の川がなんだ!
 弱水がなんだ!
 俺とリナの間を阻むものなど何一つ許しはしない!
「リナ!!」
 俺に出しうる限りの声で呼びかけて。
 ――俺は天の川に飛び込んだ。



 浮かべないのなら川底を歩く。
 ……そこまで考えていた訳ではないのだが。
 天の川は俺が知っているどんな水よりもやっかいなシロモノだった。
 空気みたいに透明なせいか、水の中という気がしない。ただ頭の上にキラキラとした物があるという事と気泡が上に上がるところを見るとやはり水の中なのだろう。
 ところがこいつときたらまるで手応えというものが無い。
 前へ進む為に水をかいている筈なのにちっとも進んでいないように思える。
 このままではじきに息が続かなくなってしまう。



 ――天の川は弱水だから飛び込んだら二度と浮かび上がれない――



 冗談ではない。
 俺はリナの所へ行くんだ。
 あいつの居場所は俺の傍。
 そして俺の居場所もまたあいつの……リナの傍なのだから。



 俺の持っていた想いの石。
 それから溢れた光が天高く舞い上がっていった……



 光で出来た橋。それを支えるは銀の柱。
 気がつくと俺は光の橋の上に座り込んでいた。
 橋の向こうに立っている小さな人影。
 柔らかな栗色の髪。
 いつも前だけを見据える深紅の瞳。
 ほっそりとした華奢な体をピンクの衣装に包んで。
 …………近くで見るともっと可愛い。可愛すぎる。
 俺の世界で一番愛しい女性――リナ。
「リナ」
 やっとリナの顔が近くで見れる。それもこんな可愛い格好のリナを。
 押さえようにも顔が緩む。
 くぅぅぅぅ〜〜〜〜〜抱きしめたいっっっ!!
「いやぁまいったまいった。あの川本当に浮かべないんだな。前に行こうとしても沈むばかりだしさぁ。
 それにしても…………ここどこなんだ?リナ」
 いつもと同じ調子でボケる。
 ……でないと今の俺、リナを押し倒しちまうな……
 そんな俺の前にリナが跪いて……

ドゴッ

 鈍い音と共にリナの全体重をのせたパンチが俺の頭に炸裂した。

「っっっーーーーー!!」
 い、今のは油断していたせいかかなり…いやマジで痛い。
「馬鹿!くらげ!のーみそプリンの剣術馬鹿!!」
 けれど。
 俺の前に跪いたリナは今にも泣き出しそうな顔をしていた……
 リナを泣かせたくなんてなかった。
 けど、こいつにとんでもなく心配させてしまったようだ。
 何も言えずにいる俺の前でリナは俯いてしまった。
「あんたなんか……あんたなんて……大っキライよ……」
 俯いたままのリナの語尾が震えていて。
 俺はそっと腕を伸ばし、リナを抱きしめた。
「ゴメンな?リナ……」
「あんたなんか……知らないんだからぁ……」
 ゆっくりとリナの髪を撫でる。するとリナは俺の胸に縋りついてきた。
「あの時……すぐにでもリナの所に行かないと二度と会えなくなるような気がしてさ……思わず後先考えずに飛び込んじまったんだ。
 リナを泣かせるつもりはなかったんだけどな。
 …………心配かけてすまなかった。ゴメンな…リナ…」
「ばか……考えなし……」
 胸の中のリナの声は俺の耳に甘く届いた。
「あぁ。だからリナがいないと駄目なんだ。
 ……リナにずっと一緒にいて欲しい。リナがいないと何していいか分からないし何しでかすか分からんからな。今回みたいに」
 くすり。
 やっと少しリナが笑ってくれた。
「ほんと。あんたってばしょうがないんだから……」
 呟きながら体を預けてくる。
 ふわりとリナの髪から良い香りがした。思わず抱きしめる腕に力が入ってしまったが、リナは嫌がる様子も無くそのままおとなしく抱きしめられていた。
 ……いつもこれくらい大人しければ楽なんだが……
 それにしてもさっきの俺の台詞。
 あんな遠まわしな言い方じゃリナには気づいてもらえないかもな。
 ことこれに関して、リナの鈍さは筋金入りだからなぁ。一応、告白したんだが……?
「リナ……俺と一緒にいてくれないか……?」
 耳元で囁く。
「……どうしよっかな」
 おいおい、ここまで来てそれは無いだろ?
 俺の心の叫びが顔に出てしまったのか、俺を見上げたリナはくすくす笑い出した。その瞳は俺の知る挑戦的な瞳で。
 でもその笑顔がまた可愛くて。今度こそ力一杯抱きしめた。
「苦しいってばガウリイ」
「答えてくれなきゃ話さない」
「ちゃんと言ってくれなきゃ答えてあげない」
 そうきたか。
 俺としてはちゃんと言ったんだけど。

『…………』

 暫し睨み合いが続き。
 先に折れたのはやはり俺だった。
「まったく……リナには敵わないよ」
「あら。そんな当たり前の事も分からなかったの?」
 見上げてくる強気の眼差しは、俺の大好きないつものリナで。
「知ってたさ。お前さんには敵わないって事ぐらい。
 ……けど俺、今までずっとアプローチしてたんだけどなぁ」
 俺の告白にきょとんとするリナ。この様子じゃあ本気で気づいてなかったんだな。
 思わず笑みがこぼれる。
「ま、いっか」
 少しだけリナを離してリナの紅い瞳を見つめた。
「好きだ。愛してる、リナ」
「…………お決まりの台詞ね。オリジナリティーの欠片も無いじゃない」
 あまりにもリナらしい答えに苦笑する。
「お前さんらしい答えだな
 ……で?」
 返事を催促すると一瞬の間にリナの顔が紅く染まった。
 やっぱり、今の台詞は照れ隠しか。
 今も紅い瞳は必死になって俺から逃げようとしている。
「で?って…何よ」
「リナの返事。ちゃんと言ったら答えるって言ったろ?」
 真っ赤になってそっぽを向くリナ。その仕草がまた可愛くてついついからかいたくなってくる。
「リーナ?」
 手で顔を挟んでこちらを向かせると、恥ずかしそうに視線がさ迷っている。
 どうやら想像以上に恥ずかしかったらしい。
 そんな仕草もまた可愛くて。
 どうやら、今はリナのどんな些細な行動も可愛く見えるんだな。俺。
「………嫌いな相手に抱きしめられて大人しくなんかしてないわよ」
「素直じゃないなぁ。ま、そこが可愛いんだけど」
 リナの顔が瞬間湯沸し機になった。
 ……しかし、いつも言いたくても言えなかった事がさっきからすらすら出てくる。リナの反応もいつもよりずっと素直だし……?
 そういえば、アルが言ってたな。『想いの橋の上では本心が出てくる』と。
 なら。
 今なら、お前の本心を聞かせてくれるな?リナ。
「リナ」
「…ガウリイ」
 おずおずとリナがこちらを見る。どこか不安げな視線に優しく微笑むと少し安心したのか視線が柔らかくなった。
「愛してる。俺とずっと一緒にいてくれ」
「………はい………」



 リナは恥ずかしそうに俯いて、それでも嬉しそうに微笑んで。

 想いの橋の上で、俺の長年の努力は実を結んだのであった……… 












 宿屋の食堂で。
 俺は一人、部屋に閉じこもったままの少女の事を考えていた。



 あの後、俺達は元の街道に戻っていた。
 けれどリナはまともに俺を見ようとはしなくなった。
 辿り着いた町は七夕という事で賑わっていたが、リナは宿に部屋を取ると出てこようとはしなかった。
 夕食の時も別人のように大人しくて。
 おかげで食べた気がしなかった。
 夜になって、外はますます賑やかになっていったが、リナは部屋にこもったまま外に出る気配は無い。
 仕方なく、俺は一人で宿屋の食堂で酒を飲んでいた。
「それにしても、今年は晴れて良かったですねぇ」
「本当に。ここ数年は七夕の夜に限って雨が降ってましたから。
 ……どうやら今年は織姫と彦星が喧嘩をしなかったようですねぇ」
 笑いを含んだ女将の声。
「織姫と彦星が喧嘩?」
「ええ。
 この辺りでは七夕の夜に雨が降るのは天上で二人が喧嘩をするからだって言い伝えがあるんですよ」
「それにしても何も一年に一度の夜に喧嘩しなくてもいいのに」
 聞くともなしに聞こえてきた会話は、俺から完全に酔いを覚ましていた。



 部屋に戻ると、リナの気配が無い。
 ゆっくり気配を探ると屋根の上でリナの気配がする。
 俺は窓を開け、上を見上げた。
 ……いた。
 リナは屋根に座って頭上の満天の星空を眺めていた。
 月と星の光をあびたリナはどこか別人のようだった。
「あれって……結局何だったんだろ……」
 小さな小さな呟き。
「どうだろうな」
「ガ、ガウリイ!?」
 声をかけるまで俺に気がついていなかったらしい。
「よ。そっち行っても良いか?」
「う、うん……」
 消え入りそうな小さな声。
 窓枠を使い屋根に登り、リナの隣に座る。
「すっげー星だな、リナ」
「そだ、ね…」
 やっぱり俺を見ようとせず、リナは下を向いてしまう。が、その頬が薔薇色に染まっているのを見逃す俺ではない。
 確信。リナもあそこでの事を覚えている。
 その証拠に不意にリナは屋根の上でじたばたと暴れ始めた。
 ……どうやら思い出して恥ずかしくなったらしい。
「リナァ?屋根の上で暴れると危ないぞ?」
「うきゃっっ」
「ほら言わんこっちゃない」
 案の定バランスを崩し、屋根から落ちかけたリナを抱きとめてやる。
 鼻腔をくすぐるリナの甘い香り。
 風呂上りなのだろうリナの髪が僅かにしっとりとしている。
「あ、ありがと…」
「どういたしまして(はぁと)」
 リナは体勢を立て直したが、俺はリナを離す気はさらさらなかった。
 そのままリナを腕の中に閉じ込める。
「ガウリイ……手、離して」
「やだ」
 リナが恥ずかしそうに抗議するがどこ吹く風と聞き流す。
「だってリナ、ずっと俺のこと避けてただろ」
「う、……そ、それは、何と言うか…」
「だから。罰として俺の気がすむまでこのまま。はい決定」
「ちょ、ちょっと!!」
 俺の腕から逃れようとするが、所詮非力なリナが俺に敵うわけも無く、やがて諦めたのか大人しくなった。
 後ろから抱きしめているため顔は見れないが、僅かに覗く肌が薔薇色に染まっている。
 リナの小さな体が俺の腕の中にすっぽりと収まっている事に、例えようの無い喜びが湧き上がってくる。が、リナを威かさないようにいつもと同じように声をかけた。
「さっき、宿の女将さんが話してたんだけどな?ここんとこ七夕の夜に限って雨が降ってたんだってさ」
 何気なさを装って話しかける。
「へぇ」
「アルが言ってたが、今年の織姫と彦星が橋を架けるのに失敗すると下じゃ雨が降るんだってさ」
「アルって……誰?」
 俺の話に興味を持ったらしくリナが見上げてくる。
 大きな瞳が俺を見つめていて。
 くううう〜〜〜〜〜っっ可愛いぞリナァ!!
「天の川の所で会ったヤツ」
 リナが目をぱちくりとさせた。
「俺も夢かと思ったんだけどな」
 俺はズボンのポケットから取り出した物をリナの手に握らせた。
 リナの手の中で、それは月と星の僅かな光の中でも美しく煌いた。
「これ……」
「天の川で探してた石。これを見つけるのに手間取って遅刻したんだ。あの時はすまなかった。リナ」
 リナは呆然と手の中の石を見つめている。
 俺が見つけた、リナへの想いの石。
 そっと抱きしめる腕に力を込めた。
「リナ。愛してる」
「……バカ。なんでそう恥ずかしい台詞が言えるのよ」
「リナの事が大好きだから」
 即答するとリナは更に真っ赤になった。
 上目使いに見上げてくる紅い瞳に優しく微笑んで。



 最初のキスは想いの橋の上で。

 そして、
 満天の星の下で、俺はリナと二度目のキスをした。



 後日、リナがこんな事を言っていた。
「そういえば……」
「どうした?」
「あたしは布を織らされたんだけど、織りあがったら真っ白な布になったの」
「白?」
「うん。
 ……今のあたしに一番相応しい色に染まるっていわれたんだけど、どういう事なんだろ??」
 …………
 白、といえばウェディングドレス!!
 それが一番相応しいって事は…………ふっふっふ(妖笑)
「なるほどなぁ〜〜」
「何?何なのよ??」
 リナ。
 お前さんの望みはよぉぉぉっっく理解した。
 リナ……俺のお嫁さん(はぁと)になりたかったのか!!
 その望み、すぐにでもかなえてやりたいがやはり手順はちゃんとすませないとな。
 そうすれば、何に気兼ねする事無くどうどうとリナに……
「そうかそうか。うんうん(はぁと)」
「ちょっと!何一人で納得してるのよ!?」
「いやなんでも。
 さぁて、これは一刻も早くゼフィーリアに行かなくちゃなぁ?」

 こーして。
 リナが俺の言った意味を知ったのは、リナの実家についてからだった。



 お・し・ま・い








 終わりました。
 ガウリイってば勝手にどんどん暴走してくれるから書きやすい事書きやすい事。
 それにしても回が進むに連れどんどん大人しくなっていくガウリイ。
 ふっっっ……
 これが私の限界さっっ。まぁ、想いが通じたと言う事で一応満足したという事にしてください。
 実はガウリイが大人しいわけにはちゃんと理由がありまして。
 それが知りたい方は
 《お・ま・け》にGo!!


 ここまでお付き合いいただいたお優しい皆様に。
 心より感謝を申し上げます。

 有難う御座いましたぁぁぁっっっ!!

 注意!
 ガウリイの衣装についての描写が無いのは、手抜きではありません。
 ガウリイは自分の服はどうでも良かったし、リナはガウリイが天の川に飛び込んだりしたもんだからそれどころじゃ無くなっちゃったんです。
 後は二人の世界に行っちゃたので……