天空の川 想いの橋 |
その1 彦星の悩み 俺の前には乳白色の川が流れている。足元には銀の欠片のような小石の川原が広がっている。 そして。 何より大切な少女の姿はどこにもなかった………… 今日、朝からリナは上機嫌だった。 今朝からよく晴れ渡った空が嬉しいらしい。いつもならあまり天気が良いと 『日に焼けちゃう』と言って嫌がるのだが、森の中を通り抜ける街道のため日差しもきつくはならない。 弾むような足取りで歩くリナの、クセのある栗色の髪に木漏れ日が差し込んで、光がまるで踊っているように揺れている。 「いー天気ねー」 「あぁ、そうだな」 心底気持ち良さそうなリナの声。 俺の前を歩く少女の髪に触れたくなり、やっとのことでそれを押し殺す。普段から念入りに手入れをされているリナの長い髪は、触ると柔らかくて良い香りがして気持ちがいい。その髪に触れたくていつも何かと理由をつけてリナの髪をくしゃくしゃと撫でていた。 不意にリナがちらりとこちらを振り返る。 「どーした?リナ」 「何でもないわよ! ……けどホントに好い天気よね。この分なら今夜は晴れかな?」 今夜? 夜に何をするつもりだ?……まあ十中八九盗賊いぢめだろうが…… この分じゃ、今夜は要注意だな。 おや? リナのヤツ、なんか顔が赤いぞ? 「リナ?」 「あ、ええっと……何ガウリイ」 なにと言われてもリナの様子が気になっただけなんだが……素直にそう言うと照れそうだな。 とりあえず、いつものようにボケで誤魔化すか。 「いや……何だったっけ??」 「………………ひょっとして、今何訊こうとしてたか忘れた、と?」 「おーそうだそうだ。俺今何訊こうとしてたんだ?リナ」 あ、リナの手が震えてる。こりゃいつものやつがくるな。 すっぱぁぁぁぁあん!! 「んな事あたしが知る訳ないでしょーが!!」 どこからともなく取り出したスリッパで俺の頭を一撃してリナが怒鳴る。 ……なんだか今日はいつもより痛かったぞ?リナ。 「毎度毎度よく出てくるなぁそれ」 「あんたのボケをつっこむにはこれが一番なのよ!」 リナはそう言ってスリッパを懐にしまい込む。 この少女は気がついているんだろうか。俺がここまで簡単にやられてやるのがリナだけだという事に。 ま、気がついてないんだろうな。 何事にも聡いリナの唯一鈍い所。 『保護者』だなんて言っているからいつまでたっても気がついてくれないんだろうか? たまには見せてみようか。『男』としての俺を。 とりあえずいつもの『クラゲの保護者』に戻っておくか。 「おーそうだそうだ。今ので思い出したんだが」 「ををっ!ガウリイが思い出しすなんて!?」 満面の笑みを浮かべて言うと、リナは大げさに驚いた顔になった。そのまま木々の隙間から覗く空を仰ぐ。 「せっかく良いお天気だと思ったのに……こりは大嵐の前触れかしら?」 「リナァ」 思わず声が情けなくなる。 「じょーだんよ。で?何が訊きたかったわけ?」 「さっきお前さんが言ってた……」 「ひょっとして……七夕が何か知りたい、と?」 「ああ(はぁと)」 リナが頭を抱えた。 うん。困った顔のリナも可愛い。(はぁと) 「ガウリイ、あんたほんとーーーーーに知らないわけ?七夕」 「おう」 どっかで聞いた事はあるような気もするが。思い出すよりリナの話を聞く方が楽しいからな。 こいつ、話しながらもくるくると表情が変わるし。 「しょうがないわね。仕方ないからこのあたしがじきじきに教えたげるから感謝しなさいよね」 紅の瞳をキラキラさせてリナが言う。 「おう。教えてくれ」 これが見たくてリナについいろいろ(知ってる事を含め)尋ねているのは俺だけの秘密。 ……おや?リナの奴何考えているんだ? 「リナ?」 「何でもないわよ。んな事より、話の途中で居眠りなんかしたらただじゃおかないんだからね? ――昔々、働き者の織姫ってヒトと彦星ってヒトがいたの。ところがこの二人、結婚したとたん仕事をしなくなっちゃったのよ」 そうか。 「その気持ち、良く分かるなぁ」 俺だってリナと結婚できたら離れて仕事なんか行きたくないしなぁ。日がな一日リナの顔を見てすごす………… エプロン着けて『ご飯よ(はぁと)』なんて声をかけらりでもしたら…… メシより先にリナを食っちまうかも。 もちろん夜はリナを抱いて寝室へ…… なんて素晴らしい!!これを至福と言わずしてなんと言う!! 「はぁ?」 あ、いかん。ついあまりに幸せな空想にふけってしまった。 けど可愛いだろうなぁ……新妻のリナ…… 俺も仕事どころじゃなくなりそうだな。 しかし……現実の道のりは険しいからなぁ…………はぁ。 いつになったら俺達先に進めるんだろうな?リナ。 「ああいや、何でもない。それで?」 話の続きを催促する事で誤魔化す。……ちょっと不審そうな顔をしているがどうやら気にしない事にしたみたいだな。 「んで、二人があんまりにも仕事をしないもんだからとうとう天帝を怒らせちゃったの」 「なんだ?その」 「天帝?…そうね、二人の上司ってとこかしら。二人は罰として天の川を挟んで別々にされちゃったのよ」 「何!?」 別々って…別れさせられたって事か??それって離婚か!? …………いい度胸だ。 点滴だか何だか知らないいが、俺からリナを奪う奴は絶対に許さない。 必ず八裂きにしてそれから…………………………………してやる!! 「ガウリイ?」 リナの声に我に返ると、綺麗な目に不安げな色をたたえてリナが俺の顔を見上げていた。 いかんいかん。つい我を忘れていた。 「悪い。話の腰折っちまったな」 「それはいーけど……」 「悪かった」 まだ不安そうなリナの髪をくしゃくしゃと撫ぜると案の定、 「もう!髪が痛むからやめてって言ってるでしょ!」 と返ってきた。 が、言葉ほどに嫌がってないのはすでに分かっている。その証拠に 「スマンスマン」 と一応言うといつもあっさり許してくれる。今回も例に漏れないようだ。 「ったく。いいわ、続き話すわよ」 どうやらリナが感じた不安も消えてくれたようだ。 けど、顔が少し赤いぞ?リナ。 「まぁこのまま二度と会えないってのはさすがに可哀想って事で、年に一度七月七日に天の川のほとりで会う事が許されたのよ」 「一年に一度しか会っちゃいけないのか?」 「そうよ。…まぁこの部分には別の話もあってね」 別の話? 俺がキョトンとするとリナはクスリと笑って言った。 「天の川で引き離された時、織姫が『七日、七日に会いましょう』って言ったのに彦星がそれを『七月七日に』って聞き間違えちゃったのよ。んで『七月七日か』って言い返したら織姫も間違えて『そう』って答えちゃったのよ。その結果二人は一年に一度しか会えなくなっちゃったというおまぬけな話もあんのよ。 にしてもこれだとマヌケな話よねー。二人して聞き間違えるなんてさ」 けらけらとリナが笑う。 聞き間違いで好きな相手と年に一度しか会えないだと!? 冗談ではない。いくらなんでもそんな失敗を俺がするものか!! そんな事になりでもしたら、まず間違い無く気が狂う。 「……俺なら」 リナがキョトンとした顔になる。 「俺なら絶対間違えたりしない」 「へ?」 いつになく真剣な俺の様子にリナは戸惑っていが、俺は今まで小出しにしかしてこなかったあいつへの想い全てを込めてリナを見つめた。 普段は隠している『男』としての俺を見せた事にリナは軽いパニックに陥っている。 「……リナ」 思わずリナは後ずさりして。 「うきゃぁ!」 足元の石に気がつかず、後ろにひっくり返りそうになったのだ。 「リナ!」 ひっくり返る寸前で抱きとめる。まぁこんな事は俺にとっては朝メシ前なのだが。 びっくりしたのか、リナは紅い瞳を見開いて俺を見ている。 ん? 今の俺達の体勢……リナの可愛い顔がすぐ目の前に…… 『あたしを食べて(はぁと)』と言っている艶々した桜色の唇。 とどめと言わんばかりにリナの細い腰は俺の腕でしっかり固定済み。 ……据え膳食わぬは男の恥、こんなチャンスを逃すほど俺は愚かではない! 「ちょ、ちょっとガウリイ?」 「リナ」 男として好きな女をくどく時の声で、わざと耳元で囁くとリナはピクリと震えた。 ……可愛い(超特大はぁと) 顎に手をかけ、視線でリナを縛る。 「ち、ちょっと待ってガウリイ」 「やだ」 「やだって、ガ、ガウリイ……!!」 ここまできて止める男はいないよなぁ。往生際が悪いぞ?リナ。 俺キスには自信あるからな。 俺はそのままリナの唇を目指し…… 「きぃぃやあぁぁぁぁ!だれかぁ!!」 ――――俺はこの瞬間、至福の時が終わりを告げた事を知った………… その後の事はほとんど何一つ頭に入ってきやしなかった。 何しろ、突然の悲鳴は俺を一瞬とはいえ止める事に成功し、もちろんリナはその隙に俺の顎にすくい上げるような見事なアッパーをきめ、俺の腕の中から抜け出してしまった。 あの一撃はクリーンヒットだった… あんなチャンス……滅多にないなんてもんじゃない。 文字どうり、千載一遇のチャンスだったのだ。しかも……リナの唇まであと1センチだったのにぃぃぃ!!(血の涙) あの悲鳴さえなければ今ごろは…… 前を走っていくリナの足が止まる。その前には追い剥ぎ連中が。 こいつらか……こいつらのせいで………… コロス。 ……リナの唇を奪い損ねた俺の怒りの前に敵はいなかった。 「あ、ありがとうございました」 襲われていたのはいかにもああいった連中が喜んで襲いそうな女性だった。 服のスリットから白い足が覗く。 ……そんな襲って下さいと言うような格好でこんな所を歩くくらいなら、襲われても悲鳴なんてあげるんじゃない!おかげで、おかげで…… リナの事だ、この先あんな風に隙を見せたりする筈がない。 はぁぁ…何かものすごく気が抜けてきた…… 「いえいえそんな、お礼なんて喜んで受け取らせていただきます」 「おひ………」 思わずジト目でリナを睨むが、やはり無視された。 どうせこいつの事だ、この人から礼金を貰いなおかつさっきの連中のアジトでも襲う気なのだろう。 ……怒りに任せてあいつら全員のしたが、結果的にあいつの盗賊いぢめが阻止できたみたいだな。 「あああああああああーーーーーーーーーっっ」 「ふぇ!?な、何よ一体」 突然ずいぶん素っ頓狂な声を出したな。 「わ……割れてる……」 どうやら何か大切な物が割れたようだが……ふっ、俺とリナのキスを邪魔したんだ。 その程度ですんで、幸運だったと思わなきゃな。 ………男だったら今ごろは………くっくっくっ。 「どうかしました?」 リナが声をかけた途端、その人は弾かれたように顔を上げた。 「………………」 「あ、あの?」 リナの顔を見つめていたと思うと今度はこちらをまじまじと見た。 「時間も玉もないし……この人達に賭けるしかないわね」 「は?」 賭ける?こいつ、俺とリナに何をするつもりだ? 「いえいえ、こっちの話です。それより、助けていただいて有難う御座いました。おかげで助かりました。 あの、お二人のお名前は?」 「あたしはリナよ。リナ=インバース」 「俺はガウリイ」 交渉はリナの役目だが、少し注意していた方がいいかもしれんな。 「リナさんにガウリイさんですね…………これでよしっと」 持っていた小袋の中から取り出した玉に何やらボソボソ呟いている。 どうやら本格的に用心が必要かな…… 「あの…ちょっと?」 さすがにリナも気になるらしい。声をかけると女は顔を上げ、にっこりと微笑んだ。 直感。 こいつ、俺達に何かするつもりだ。 「お待たせしました。それじゃ、よろしくお願いしますね?リナさんガウリイさん」 「は?何の事よ??」 リナが問いかけるより先に女の手にした玉から光が溢れ。 とっさにリナの腕を取ろうとしたが、俺の手は空を掴んだだけだった…… 目蓋の下からでもわかる白光が消え。 ゆっくりと目を開けると見知らぬ場所に俺は一人で立っていた。 そう。 一人で。 「リナーーーーーッッ」 声を限りに呼んでみるが返事はない。 銀の川原に立っているのは俺一人。 「あの女……俺とリナのキスを邪魔しただけじゃあきたらず俺達を引き離しやがって……」 例え相手が女だろうとも俺からリナを奪う奴は許さない。 さすがに殺したりすると俺は構わないがリナが嫌がるだろうからな。とりあえず二度と俺達の前に姿を見せようなんて考えられないようにするぐらいなら構わんだろう。 ま、それはおいおい考えるとして。 「おい」 まずはリナを探さなくちゃな。 「…おい」 さしあたりどこから探すかな…… 「おいっつってるんだろうが!!」 ……そういやさっきからごちゃごちゃと五月蝿い奴がいたな。 「……なんだ」 「何だ、じゃねぇよ。ったく何で俺がこんな事……」 「用がないなら声なんぞかけるな。次は無い」 はっきり言って今の俺は機嫌が最高に悪い。 リナとのキスは邪魔されるはリナは行方不明になっちまうわ…… 一体、俺が何をしたぁぁっっ!! 「ちったぁ人の話を聞け!!あんただろう?今年の彦星は!!」 「何の事だ。俺はひこ…何とかなんて名じゃない」 俺の答えに何故か奴は頭を抱えた。 「……やっぱり、どんな状態になってもあんたのクラゲぶりは変わらないみたいだな。毎度毎度とはいえ、リナの奴も大変だ」 「何?お前リナを知ってるのか?」 そいつはニヤリと笑った。 「ああ知ってるぜ。今どこに居るかもな。ってちょっと待て!俺に剣なんて突きつけるな!!」 「リナはどこだ」 「だからちょっと待てって…」 「答えろ。でないと」 相手の喉元に突きつけた斬妖剣がわずかに皮膚に食い込む。 「分かった!分かったから剣をしまえ!!」 男はそう言って後ずさった。 最初から大人しくそうすればいいものを…… 「リナ=インバースならあっちだ。この天の川の対岸にあるはた織場にいる。 ……おいちょっと待て!!」 いきなりそいつは俺の腕に飛びついた。 「人の話は最後まで聞け!!この川は泳いで渡る事は出来ねぇ川なんだ!!んな事すれば本当にあいつにゃ会えなくなっちまうんだぞ!!それでもいいのかあんたは!!」 二度とリナに会えなくなる。 その言葉に俺の動きが止まった…… 続く あーあ、とうとうやってしまったガウリイside それにしてもうちのガウリイってば変な奴。ホワイトなんだかブラックなんだか……? どーせこんなものよね。あたしの文章力と表現力じゃ。 開き直った所でガウリイsideお送りしちゃいました。 お願いプリーズ。カミソリだけは送らないいでね? 酷い内容なの、本人が一番分かっているんだから…… それでは、このような駄文にここまでお付き合いして下さり有難う御座いました。 次はどうなる事やら……なんか大幅に加筆修正しちゃってるし…… |