天空の川 想いの橋 |
その3 天の川のほとりで あたしは待っていた。 ただひたすら。 ベガがいなくなった後。あたしは一人天の川のほとりにたっていた。 ベガの話だとこの川の水が透明になったら橋が架けられるって……って橋… 橋ィ!? …………どーやって橋を架けるわけ? あたしが持ってるのはさっき織った布が一反ただそれだけ。おまけに魔法は使えない状態。 さっき一応試してみたけどやっぱりべがの言うとおり全く発動しなかった。 こうなったら仕方ないわね。 言われたとおり、ここでガウリイを待つっきゃない、か。 …10分経過 …30分経過 ……何やってるのよあのクラゲは!! いいかげん待ちくたびれたあたしは、足元の小石を天の川に投げ込もうとして…… 「あ……」 天の川が透き通っていく。これって、ベガが言ってた…… 「すごい…川底まで見えるなんて……」 すっかり透明になった天の川は、さっきと全く違う姿になっていた。 川岸から少し先までは川原と同じ銀の小石が輝いている。けどその先は…… 川床、と思われるものは深い藍色の空間としか見えなくなっていた。 その中で煌く金銀の欠片。中には赤っぽく輝くものや青白い炎のような輝きを持つ欠片もある。 「何だか夜空でも見てるみたい」 いや、もしかしたら本当の夜空なのかもしれない。 それにしても……ガウリイってばホントにどうしちゃったんだろう。ベガの言い方だとそんなに遅くなりそうになかったのに…… 「どうして来ないのよ……あのバカは……」 こんなに綺麗な光景なのに。 一人で見てたってつまんないよ、ガウリイ。 …………………… ……会いたい。 会いたいよ、ガウリイ。 そんなに長く離れているわけじゃないんだろうけど、無性にガウリイに会いたくて堪らない。 何で来ないのよあいつはぁ!! 会ったら一発ひっぱたいて、蹴っ飛ばしてそして…… あれ? やだ、何だか景色がぼやけてきた。 冗談じゃない。 このあたしが、リナ=インバースともあろう者がたかが自称保護者がいないくらいで泣いてたまるもんですか! そうよ、こんな事くらい… 不意に感じたのは言いようのない恐怖と喪失感。 この感覚には覚えがある。 そう。あれはあの時。ガウリイが冥王に攫われた後の朝。 ガウリイがいないせいで、何だか体の横がスース―しちゃって…… あの時も、そうだった。 二度と会えなくなるかもしれなかった。 ……モ・ウ・ニ・ド・ト・カ・レ・ニ・ハ・ア・エ・ナ・イ・? 「リナーーーッッ!」 「あ…」 天の川の対岸で、大きく手を振っているのは…… くるり。 会えて嬉しいのに。 あたしは彼から逃げるように背中を向けていた…… 「リナ!?」 対岸まではかなりの距離がある筈なのに、何故か彼の声はすぐ近くで聞こえた。今あたしが一番聞きたかった声。 なのに、あたしの足は止まらない。それどころかさっきより歩くスピードは速くなっている。 「リナ!待てって!」 やだ。 あんなに会いたかった筈なのに。今はガウリイの顔を見たくない。 会いたい。 会いたくない。 頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。 もうやだこんなの!! 「リナ!!」 一際大きな声であたしを呼ぶ声に続いて。 一つの水音が、辺りに響いた…… ――――天の川の水は弱水ですから、飛び込んだりしたら二度と浮かぶ事は出来ません。 だから、飛び込んだりしないで下さいね―――― 「……ガウ、リ……」 対岸にいた筈の彼の姿が、ない。 さっきの、水音。あれってまさか…… 「だぁぁぁぁーーーーーっっ!! あんの馬鹿!!どーすんだよあれほど飛び込むなって言っただろーが!!」 誰かの喚き声がどっか遠くの方でしている。 飛び込んだ…… ―――二度と浮かぶ事は出来ない――― 「駄目です!貴女まで飛び込んだりしては!」 天の川に飛び込もうとしたあたしはベガに抱き止められていた。 「離して!ガウリイが…ガウリイが!!」 「落ち着いて下さい。方法はあります!」 「方法って……ガウリイを助けられるの!?」 「もちろんです。 アル!アルタイル!!」 「おう!ミリ、じゃなくて織姫!!」 「(また間違えて……)そちらの条件は満たしてますね?」 「任せろ!それだけはバッチリだ!」 ベガは頷いてあたしに視線を戻した。 「いいですか?何度も言うようにこの水に飛び込んでは二度と浮かび上がる事は出来ません。でも貴女と彼が橋を架ければ彼は橋の上に現れますから」 「でもそんな事言ったて、橋の架け方なんて」 「大丈夫。貴女方は二人とも条件をちゃんと果たしてますから。 願ってください。 祈ってください。 ―――天の川を渡る橋は貴女方の想いなのですから」 想いが、渡る。 今のあたしの願いはガウリイと一緒にいたい。彼に会いたい。 会ってちゃんと伝えたい。 本当の、あたしの気持ちを。 伝えたい――ガウリイに。 あたしの持っていた布の束。 それが光の道になって対岸へ延びていった…… 光でできた橋。それを支えるは銀の柱。 その上に座り込んでいる人影。 長い金の髪。 見たこと無い衣装を着てるけど、見間違えなんて絶対にしたりしない。 あたしの、一番、大切なヒト――ガウリイ。 あたしはまっすぐに彼に近づいて行った。 「リナ」 あたしを見て、嬉しそうに微笑むガウリイ。 「いやぁまいったまいった。あの川本当に浮かべないんだな。前に行こうとしても沈むばかりだしさぁ。 それにしても…………ここどこなんだ?リナ」 いつもと同じ調子でボケまくって。 そんなガウリイの前にあたしは跪いて…… ドゴッ 鈍い音と共にあたしの全体重をのせたパンチがガウリイの頭に炸裂した。 「っっっーーーーー!!」 「馬鹿!くらげ!のーみそプリンの剣術馬鹿!!」 「…………」 「あんたなんか……あんたなんて……大っキライよ……」 俯いたままのあたしの視界が何だかまたぼやけてきた。 ガウリイなんか……きらいだぁ…… 俯いたままのあたしは、ふわりと暖かな腕に包まれた。 「ゴメンな?リナ……」 「あんたなんか……知らないんだからぁ……」 ゆっくりと大きな手が髪を撫でていく。 知らず知らずあたしは大きくて広い胸に縋りついていた。 「あの時……すぐにでもリナの所に行かないと二度と会えなくなるような気がしてさ……思わず後先考えずに飛び込んじまったんだ。 リナを泣かせるつもりはなかったんだけどな。 …………心配かけてすまなかった。ゴメンな…リナ…」 ちょっと低い、優しい声。 「ばか……考えなし……」 「あぁ。だからリナがいないと駄目なんだ。 ……リナにずっと一緒にいて欲しい。リナがいないと何していいか分からないし何しでかすか分からんからな。今回みたいに」 くすり。 「ほんと。あんたってばしょうがないんだから……」 けど嫌いじゃない。 この腕の中は暖かくて一番安心していられるから。 抱きしめてくれる腕が心地よくてそのまま体を預けると、抱きしめる力がほんの少し強くなった。 ねぇガウリイ。 今の台詞。 別の言い方でちゃんと言ってくれたら返事してあげる。 「リナ……俺と一緒にいてくれないか……?」 「……どうしよっかな」 小さく呟いて見上げれば、困ったような色が蒼い目に浮かんでいる。 なんとなく可笑しくなってくすくすと笑うと力一杯抱きしめられた。 「苦しいってばガウリイ」 「答えてくれなきゃ離さない」 「ちゃんと言ってくれなきゃ答えてあげない」 『…………』 暫し睨み合いが続き。 「まったく……リナには敵わないよ」 「あら。そんな当たり前の事も分からなかったの?」 先に折れたのはガウリイの方。 「知ってたさ。お前さんには敵わないって事ぐらい。 ……けど俺、今までずっとアプローチしてたんだけどなぁ」 何よそれ。 あたしがキョトンとしているとガウリイは小さく笑った。 「ま、いっか」 蒼い瞳が真剣な色に変わる。 「好きだ。愛してる、リナ」 「…………お決まりの台詞ね。オリジナリティーの欠片も無いじゃない」 「お前さんらしい答えだな」 そう言ってガウリイは苦笑した。 「で?」 「で?って…何よ」 蒼い瞳が悪戯っぽい笑みを浮かべて見つめてくる。 「リナの返事。ちゃんと言ったら答えるって言ったろ?」 う。 「リーナ?」 あたしがそっぽを向いて返事に困っていると、ガウリイは大きな手であたしの顔を包み込んで自分の方を向かせた。 顔が真っ赤になるのが自分でも分かる。 あんな台詞で誤魔化したけど、ホントはさっきの台詞無茶苦茶恥ずかしかったから。ああでもしなかったらガウリイの顔が見れなくて。 ……けどそんな事、ガウリイにはお見通しだったみたい。 「………嫌いな相手に抱きしめられて大人しくなんかしてないわよ」 「素直じゃないなぁ。ま、そこが可愛いんだけど」 顔が瞬間湯沸し機になった。 真顔でなんて事言うのよあんたはぁ!! 「リナ」 「…ガウリイ」 ガウリイの視線があたしを絡め取る。 見つめてくる視線を逸らす事はできなくて。 「愛してる。俺とずっと一緒にいてくれ」 「………はい………」 ガウリイは嬉しそうに微笑んで。 天の川の上で、あたしは静かに目を閉じた……… 夜空に広がる満天の星たち。 その中でも一際目立つ星の川…天の川。 あたしは宿屋の屋根の上でそれをぼんやりと眺めていた。 あの後。 気がつくとあたし達は元の森の中の街道に立っていた。ただ、完全にもとの場所じゃなくて次の町がすぐ目の前に見えていたけれど。 何となくガウリイと目を会わせられなくて、宿に部屋を取った後はほとんど部屋にこもっていた。 ……夕食も、いつもよりずっと静かで。 外では七夕という事で夜店が出てお祭り騒ぎだったけど、あたしはとても遊ぶ気にはなれずにいた。 入浴後、溜息混じりに夜空を見上げたら天の川が綺麗に見えて。 あたしは浮遊の術で屋根の上に登った。 「あれって……結局何だったんだろ……」 「どうだろうな」 「ガ、ガウリイ!?」 下を見るとガウリイが窓枠に手をかけてこちらを見ていた。 「よ。そっち行っても良いか?」 「う、うん……」 不意にかけられた声にどぎまぎしている間にガウリイは器用に屋根に登ってきた。 「すっげー星だな、リナ」 「そだ、ね…」 やっぱりガウリイの顔が見れずに下を向いてしまう。 もしあれが夢なら……夢でもやっぱり恥ずかしい!! あの時あたしってばガウリイと…… じたばたじたばた 「リナァ?屋根の上で暴れると危ないぞ?」 「うきゃっっ」 「ほら言わんこっちゃない」 屋根から落ちかけたあたしはガウリイに抱き止められていた。 「あ、ありがと…」 「どういたしまして(はぁと)」 体勢を立て直したものの、ガウリイはあたしを離そうとしない。 「ガウリイ……手、離して」 「やだ」 あう、即答されちゃった… 「だってリナ、ずっと俺のこと避けてただろ」 「う、……そ、それは、何と言うか…」 「だから。罰として俺の気がすむまでこのまま。はい決定」 「ちょ、ちょっと!!」 なんでこう押しが強いのよ〜っっ 一応抵抗してみるが効果はナシ。 所詮あたしが力でガウリイに敵うはずもないし。 仕方なく大人しくする。 ……後ろから抱きしめられてるわけだから、顔見られないですむだけ良い方よね。 あたし、今絶対ゆでダコになってる。 「さっき、宿の女将さんが話してたんだけどな?ここんとこ七夕の夜に限って雨が降ってたんだってさ」 「へぇ」 「アルが言ってたが、今年の織姫と彦星が橋を架けるのに失敗すると下じゃ雨が降るんだってさ」 「アルって……誰?」 「天の川の所で会ったヤツ」 天の川? 天の川ってまさか…… 「俺も夢かと思ったんだけどな」 そう言うとガウリイはポケットの中から何かを取り出してあたしの手にそれを握らせた。 手を開いてみると、二つの石が星明りに煌いた。 一つは白い石。もう一つは藍色の石。 どちらも虹が閉じ込められたような、不思議な色合いと輝きを持っていた。 今まで色々な宝石を見てきたけれど、こんな綺麗な石は初めて見る。 「これ……」 「天の川で探してた石。これを見つけるのに手間取って遅刻したんだ。あの時はすまなかった。リナ」 天の川で見つけたって…… じゃあ、あれって現実にあった事なの?? 「だから、あの時言った事も本当」 抱きしめる腕の力が強くなる。 「リナ。愛してる」 「……バカ。なんでそう恥ずかしい台詞が言えるのよ」 「リナの事が大好きだから」 即答され、ただでさえ赤くなっていた顔が更に赤くなる。 そっと見上げると、優しい微笑み。 ファーストキスは、天の川の上で。 そして、 天の川の下で、あたしはガウリイと二度目のキスをした…… 後日。 「そういえば……」 「どうした?」 「あたしは布を織らされたんだけど、織りあがったら真っ白な布になったの」 「白?」 「うん。 ……今のあたしに一番相応しい色に染まるって言われたんだけど、どういう事なんだろ??」 その時。 ガウリイはアヤシイ笑みを浮かべた。 「なるほどなぁ〜〜」 「何?何なのよ??」 「そうかそうか。うんうん(はぁと)」 「ちょっと!何一人で納得してるのよ!?」 「いやなんでも。 さぁて、これは一刻も早くゼフィーリアに行かなくちゃなぁ?」 あたしがこの意味を知ったのは、 ゼフィーリアの実家に届けられていた、あの布に対面した時だった…… お・し・ま・い 終わりです。 や……やっと終わったぁぁぁぁぁっっっ!!(魂の叫び) 私にしては珍しくちゃんと完結するなんて!? いつも途中でつまったら放り出してるから、頭の中で止まった話の多いこと多いこと。 やっぱり人に見せると書き上げなければならなくなるのね。 最後までこのような駄文にお付き合い頂いて有難う御座いました。 心優しい貴方に、心から感謝します。 有難う御座いましたぁ!! |