人 魚 姫









プロローグ 〜出会い〜




 満月の夜。
 少年は一人海の傍の岩場を歩いていた。
 口を真一文字に結び、一心不乱に足場の悪い岩場を歩いていく。
「帰るもんか。帰るもんか……」
 自分に言い聞かせるようにただ呟きつづけ、少年は足を速めた。
 と少年が濡れた岩場に差し掛かった時。
 一際大きな波に、少年は飲み込まれてしまっていた。


 着ていた衣服が纏わり着き、少年の自由を奪っていく。荒い波に弄ばれ、岩場に叩きつけられそうになった時。
 少年は誰かの手で岩場から引き離された。


 海面に顔を出して。
 少年は盛大に咳き込んだ。溺れかけた際に飲んだ海水のせいで喉が酷く痛み咳が止まらない。
 しばらく咳き込む彼の背中を、いつしか誰かがさすっていた。
 ようやく落ち着きを取り戻した少年の耳に飛び込んできたのは、幼い少女の声だった。
「おにいちゃん、おおきいのにおよげないの?」
「泳げるよ!!」
 そう叫び返した時、少年はやっと自分を支える小さな小さな腕に気がつき目を丸くした。
 自分を荒れ狂う水から救ったのは、自分よりずっと小さな少女。
 月明かりに少女の紅の瞳がきらりと光った。
「お前…誰だ?」
「おまえじゃないもん。リナだもん!」
 小さな少女はそう言ってぷうっと頬を膨らませた。
「リナ?」
「うん!おにいちゃんは?」
 無邪気な問いかけ。
「僕はガウリイ」
「ガウリ?」
 少女は小首を傾げる。
「ガウリじゃなくてガウリイなんだけど……まぁいっか」
 少年――ガウリイは少女の仕草にクスリと笑った。つられるように少女――リナもくすくすと笑う。
 そのままリナの手がガウリイから離れ、彼はまた溺れかける羽目になった。


 その後、リナに助けられて波の静かな場所に移動したガウリイだったが、一向に海から上がろうとしないリナに首を傾げた。
「どうしたの?」
「じゃね、ガウリ」
「待てよ!こんな時間に海で泳いだりしたら溺れるだろ!?」
 自分がつい今しがた溺れかけてこの少女に助けられた事は綺麗さっぱり忘れてガウリイは言った。
 その時だった。
 普段大きな波など全く来ない静かな入り江に有り得ないような波が押し寄せてきたのは。
 波はリナとガウリイを巻き込み……二人は浜辺に押し上げられていた。
「げほっげほっ…大丈夫、リ…ナ…」
 隣で咳き込む少女を見てガウリイは固まった。
 少女の――リナの下半身は魚の尾鰭。ルビーの様に煌く鱗に包まれている。
 絶句するガウリイに気がついたリナがびくりと体を震わせた。慌てて海に戻ろうとするが、水中では自由自在に彼女を運ぶ尾鰭も陸では彼女を縛るものでしかない。
 それでも細い腕で必死に自分の体を支え海に戻ろうとするリナの姿に、ガウリイは我に返った。
 リナに近寄り手を掛けると、弾かれたようにリナが振り向く。
 幼い少女とも思えない強い炎を宿した瞳に貫かれ、ガウリイは息を呑んだ。
「大丈夫。海に帰りたいんだろ?今運んでやるから…」
 そっとリナの脇の下に手を差し入れ抱き上げる。リナは一瞬体を震わせたが大人しく抱かれていた。
 そのまま海の中に入り少女を下ろしてやる。
 するとすぐにリナは水中に姿を消した。
「行っちゃったか……」
 ぽつりと呟く。…と少し離れた海面に小さな頭が覗いた。
「リナ!」
「……たすけてくれて、ありがと」
 蚊の泣くような小さな小さな声で、リナは顔を真っ赤にさせて言った。
「こっちこそ。それに最初にリナに助けてもらったのは俺の方だし…
 さっきは助けてくれて有難う。リナ」
「じゃあ、これでおあいこ?」
「ああ。おあいこだ」
 顔を見合わせ、二人同時に吹き出す。
 誰もいない入り江に二つの軽やかな笑い声が広がった。


 波打ち際近くの石の上に座ってガウリイは空を見上げた。
「……だから、旅に出るんだ。家には兄さんがいるし俺がいなくたって誰も困らないし。剣の腕だって勉強だって何だってラウディ兄さんの方が上手に出来るし。
 家にいたって、俺なんか何の役にも立たないんだから」
 ガウリイの呟きをリナは首を傾げて聞いていた。そんなリナの仕草に、相手がまだ幼い少女だという事を思い出してガウリイは苦笑した。
 こんな小さな女の子に、なに愚痴こぼしてんだろ、俺。みっともない。
「あのね、あのね」
「ん?」
「リナね、まだじょうずにじゅつがつかえないの。いっつもね、しっぱいばっかりするの。
 んでね、もうれんしゅうしないってルナねえちゃにいったの。そしたらね」
 リナは小さな拳を頭の両側に当ててぐりぐりと回して見せた。
「ねえちゃにぐりぐりされて、おこられちゃった」
「それは…何と言うか…」
 小さな女の子が自分の話をちゃんと理解している事にも驚かされたのでもあるが。
 ……こんな小さな子にそこまでやるか?
 思わず冷や汗が出たガウリイに気づかずにリナは話し続けた。
「ねえちゃがね、いってたよ。『いずれリナにしかできないことができる。そうなったときにできないじゃすませられない』って。
 『だれだってさいしょはうまくいかない』って。
 けどねけどね、ちゃんとがんばればうまくできるようになるって。だからリナがんばるの。
 いつかルナねえちゃみたいにつよくなるの!!」
 目をきらきらさせて言うリナにガウリイは目を丸くした。
 自分より小さな女の子がしっかり前を向いて頑張っているというのに、ただ逃げ出そうとしていた自分がどうしようもなく恥ずかしくなる。
「だからね、ガウリもだいじょーぶだよ!」
「……そうだな。
 リナも頑張ってるなら、俺も負けてられないな。俺もやるよ、剣の鍛錬。いつかラウディ兄さんより強くなる」
「うんっ!!がんばれガウリ!!」
 にこにこと屈託無く笑うリナの髪を、いつも父がするように撫でるとリナは嬉しそうに目を細めた。
「そうだ……」
「??」
 あれだけ波に揉まれたのにポケットの中に残っていた物をガウリイはリナに手渡した。
「リナにあげるよ」
「うわぁ、これすっごくきれい!!」
 昼間来た宝石商が持ってきた中にあったルビーの指輪。宝石になんか興味は無かったのになぜか目が離れなくて。
 皆に笑われたが、母が『そんなに気に入ったのなら』と買ってくれた見事な真紅のルビーは、目の前の少女の瞳と同じ色をしていた。
「いいの?ガウリ」
「いいんだ。…もしかしたらリナにあげるためだったのかもしれないし」
 リナは嬉しそうに指輪を眺めていたが、不意に何かを思いついたらしくちょいちょいと手招きした。
「?」
 ガウリイが屈み込むとリナは水を蹴って首に抱きついた。
 唇に一瞬、柔らかな感触。
「おれいだよ!」
 真っ赤になった少年の前で、きゃらきゃらと笑う少女。
 その胸の上で、銀のペンダントがキラリと光った。



           * * * * * * *          



「……夢、か……」
 ばさりと長い髪をかきあげながらゆっくりと青年が体を起こした。
 黄金の髪に朝日が反射して美しく輝く。



 ガウリイ=レウァール=ディン=ガブリエフ。
 海運王国ブリタニアルの第二王子。


 幼い日の幻のような出会いから、十年の歳月が流れていた。
 









あ・と・が・き(という名の言い訳)
 やっちゃいました。スレ版人魚姫。
 ここまで来て、「これのどこが人魚姫!?」と思われたあなた。その意見は正しいです。
 自分でもそう思いましたから。
 けどちゃんと、人魚姫の要素も入ってますよ?海で溺れた王子様を、ちゃんと人魚姫が助けてるでしょ??
 …あ、ガウリイあれがファーストキスだったりします。リナちゃんったら小さいのに積極的(撲殺)
 ちなみに、リナは5歳。ガウリイは12歳でした。
 はてさてこれからどうなるか。
 続き、読みたい方なんているんでしょうか??