彼の本気に彼女の憂鬱





〜10〜





「おはよう、ミリーナ♪今日も世界で一番綺麗だぞ(はぁと)」

「・・・・・・・・・・・。」

とりあえず無視するミリーナ。

「ついでに一応おはよう。ゼルガディス。」

このいかにもとってつけたような失礼な挨拶もゼルガディスにとっては日課で
ある。そもそもこんな事に腹を立てていてはルークの友達などやっていられな
い。

「ガウリイの奴はどうした?」

この頃やたらと生き生きと輝き、毎日『愛ってすばらしい』オーラを放ち、尚且
つ毎日毎日ノロケ話を頼んでもいないのに聞かせるガウリイの姿が、見当た
らないとなると気にかかるのは当然といえば当然である。ルークのそんな問
に視線で答えるミリーナとゼルガディス、その視線の先を追うと、


「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!」


ルークは叫び声を上げ、派手に椅子から転げ落ちた。見てはいけないモノを見
てしまった心境である。

ガウリイは三人から少し離れたところで、机に突っ伏していた。その姿からは、
かっての生き生きとした輝きは微塵も感じられない。それどころか、悲しみ、不
幸、辛さといった負の感情を一心に背負い込んだようなオーラを醸し出してい
る。目は虚ろで焦点が合っていないようにも見える。そして、間を置かずに聞こ
えてくるため息。
はっきりいって恐すぎる光景である。

「ガ・・・・・ウ・・・・リイ。」

勇気を振り絞り・・・・・・いや、この場合は無謀というべきかルークはガウリイに
声を掛けた。その瞬間、ガウリイはカッと目を見開き近づいてくるとルークの肩
をがしっと掴んだ。


「ああぁぁぁぁぁぁーーーー!オレはどうすればいいんだ!!リナがあまりに可
愛すぎるから、オレのこの苦しみがお前にわかるか?」


はっきりいってさっぱりわけがわからないが、とりあえず命が惜しいので頷くル
ーク。


「嘘つけ!お前にこの苦しみがわかってたまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」


『なら言うなよ』命が惜しいので心の中でツッコミを入れるルーク。

ガウリイの指が肩に痛いくらいくい込む。

『い、痛い〜〜〜、ほ、骨折れる〜〜〜。』

ルークは心の中で涙を流した。


「リナぁぁぁぁぁぁ〜〜、そうか、そうなんだな・・・・・やっぱりオレを避けているの
か?リナぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー、オレが昨日あんな事をしたから・・・・・・・・・・
いやだぁぁぁぁ!リナに嫌われるなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!」


ものすごい剣幕で叫ぶだけ叫び、ルークを突き飛ばすとダッとの如くガウリイは
講義室を走り去っていった。

「ゼェゼェ・・・・・・・こ、恐かった・・・・・・・・。」

床に倒されたまま恐怖に引きつった顔で呟くルーク。

「講義サボるつもりか、あいつは?」

ツッコムところはそこじゃないぞゼルガディス!!

「昨日のデートでリナさんに嫌われるような事したんでしょうね・・・・・・・ふふ、も
しかして最後まで無理やりやっちゃったとか・・・・・・・・・・・・・・・いくらなんでもこ
れは犯罪ですね・・・・・・・となると無理やりキスしたとか・・・・・・土曜日の勢いか
らいってキスはキスでもディープキス・・・・・・・・・まぁ、当たらずとも遠からずでし
ょうね。」

す、鋭すぎるミリーナ。思考がぶっ飛んでるぞミリーナ。









ガウリイが激しく苦悩しているその頃、セイルーン高校でも


「リナさん昨日のデートどうだったんですか?」

何度リナの鉄拳をくらおうと懲りないアメリアは、好奇心に負けて無謀にもスト
レートにリナに訊いた。いつもなら問答無用とばかりに鉄拳が飛んでくるのだ
が、



プシューーーーーーボンッ



リナの顔は一気に真っ赤になったかと思うと、湯気を立てんばかりの勢いで爆
発した。

「リ、リナさん・・・・・・・?」



デート、デート、デート、デート、デート、デート、デート、デート(以下エンドレス)

二人きり、二人きり、二人きり、二人きり、二人きり、二人きり(以下エンドレス)


(思い出し中)



「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!」

いきなりそう叫ぶなりダッとの如く教室を走り去って行くリナ。訳がわからずポツ
ンと取り残されるアメリア。


リナさんが変です・・・・・・いつも変ですが、今日はもっと変です。昨日何かあっ
たんでしょうか?


リナの奇怪な行動はこれだけに留まらなかった・・・・・・・・・・。

アメリアはその日一日、リナを穴があくくらいにじぃーーっと観察する事にした。

授業中、リナはボーっと窓の外を見ていたかと思うと、突然ぶんぶんと首を振
り机に突っ伏したりした。


思い出しちゃダメよ!忘れるのよあたし!!



『ねぇねぇ、昨日のドラマの『キスシーン』見た?』
『うんうん、感動的だったよね。』

近くの席で交わされる女子の会話が聞こえてきた。


キスシーン、キスシーン、キスシーン、キスシーン、キスシーン(以下エンドレス)

力強い腕に、入り込んでくる舌・・・・・・・・・・・・・・・。

(思い出し中)



「ダメダメダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!」


リナはそう叫ぶと唐突に立ち上がった。

「インバース・・・・・・先生どこか間違ってるか・・・・・・?」

チョークで黒板に書いていた教師が、恐る恐る呟いた。

はっと我に返ったリナはクラス中の視線を一心に浴びていた。今は、授業中で
ある。

「あは・・・・・・・・いえあははははは。」

リナの乾いたむなしい笑い声だけが教室に響いた。



やっぱりリナさん昨日何かありましたね!なんとしても聞き出して見せます!


アメリアの疑いはやがて確信に変わり、その瞳が怪しく光った。



―――休み時間

「リナさん、昨日・・・・・・・・はぅ!!」

リナは近づいてきたアメリアの肩をいきななりがしっと掴んだ。


「ガウリイは『男』なのよ!!」


「はぁ?」

訳がわからず素っ頓狂な声を上げるアメリアにおかまいなしに、ガクガクとアメ
リアを揺さぶりながら


「『男』だったのよ!父ちゃんとは違うのよ!!事の重大さがわかる!!」


「はぁ?」


「恐いわよね・・・・・・あたしにすれば何の心構えもなしに、唐突に崖から突き落
とされたようなもんよ!あたしの気持ちがわかるアメリア!!」


何がなんだかさっぱりわからないアメリアであったが、リナの剣幕におされとりあ
え頷くアメリア。


「アメリアにわかるはずないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


『なら言わないで下さい〜〜。』命が惜しいので心の中でツッコミを入れるアメリ
ア。


「あぁーーーーもうダメ!!顔なんてまともに見れないわ!!今朝はなんとか会
わないように切り抜けたけど、これからどうしろって言うのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
!」


アメリアを突き飛ばし、教室を走って出て行くリナ。本日これで五回目だったりす
る。

「さっぱりわけがわかりません〜〜、誰か教えて下さい!!」

哀れにも事情がわからずリナに翻弄されるアメリア。


『今日のリナ=インバースはいつも以上に変だ!!近寄ったら只じゃすまされな
い!!』

という伝令が全校生徒の間を行き来したそうな。




振り払おうとしても振り払えない力強い腕とか、低い声とか、真剣な顔とか・・・・
父ちゃんとは全然違う男の人・・・・・・・・・・・・ダメダメぇぇぇぇぇぇぇぇ!!とにかく
忘れるのよあたし!!あの唇の感触も舌の感触も・・・・・・・・・・・


(思い出し中)


プシューーーーボンッ


「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!忘れられないのぉぉぉぉぉぉぉ!!頭から離れな
いのよ!!きっとあたしおかしくなっちゃったんだわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

廊下の途中で立ち止まりいきなり叫ぶリナ。驚いたのは周りにいた生徒達であ
る。


「たかがキスじゃないの!そうよ、たかがファーストキスじゃないの・・・・・・・・・さ
れどファーストキス・・・・・・・・・さりとてファーストキス・・・・・・・・・ファーストキスが
無理やりの上、ディープキス・・・・・・・・・・・い、い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
ガウリイのバカぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」

今度は頭を抱えてしゃがみこんだかと思えば、唐突に立ち上がり叫ぶとまた走
り去って行った。







「リナぁ〜〜、オレが悪かった。リナの可愛い笑顔を見てるうちに、我慢できなく
なってつい情熱に歯止めが効かなくなったというか・・・・・・・・それにしてもリナの
唇は甘かったなぁ〜〜♪ぜひとももう一度味わいたい・・・・・・・・・・・って違うだろ
オレは!!」

「あいつ本当に反省してるのか?」

ガウリイのリナに対する謝罪の言葉の練習を聞きながら、最もなツッコミをするル
ーク。

「反省なんていう謙虚な言葉がそもそもガウリイの辞書に存在などするのか?」

親友なのにあまりに酷いゼルガディス。

「するわけありません!ガウリイさんの辞書に存在する言葉は只一つ『リナ』とい
う名前だけですね!」


「なるほどぉ〜〜(しみじみ)」

ミリーナの言葉に心底納得するルークとゼルガディス。