青い、蒼い、物語









第九話・End of Start

「お取り込み中大変申し訳ないが」
 びきっ! ずささささっっ!!
 後ろから聞こえた冷えた声に、リュートとアメリアが素早く離れる。
「………なんか用か」
「そう邪険に扱うな。お前にとっては大切な用事だぞ」
 ゼルガディスは腕を組んだまま無情に言い放つ。
 父。
 親子。
「………伝言だ。レナ・ガブリエフから」
「…っ!」
 レナ、という言葉に反応し、ゼルガディスに目で問う。
 どんな? と。

『今までの無礼をお許しくださいませ。ウィンディス殿下。そして、お母上を大切に…』

「な…」
 絶句する。
「ちなみに言うと、今から半時間ほど前に、セイルーンを発った」
 冷静に報告。癇に触り、リュートはゼルガディスの胸ぐらを引っ掴む。
「ウィンディス!」
 母の非難も聞こえない。どうしようもない怒りが、リュートを支配していた。
「なんで……っ…!」
 ゼルガディスはその手を払おうともせず、淡々と激昂するリュートを見つめる。
 身長差では、リュートよりゼルガディスの方がやや長身なため、やや見上げる体制になる
が……それでも怯まなかった。
「なんでっ!」
「『なんで』?」
 促すが、言葉が出てこない。代わりに言ってやった。
「『どうして、引き止めなかった』?」
 引き止める権利がないだろう?
 その答えに反論できなくて、悔しくて……。
 力が抜けて。
『大丈夫だった? ボク』
『ボクは、どうしてセイルーンに?』
 子供扱いされて、腹が立って。
 でもそれはなぜか心地よく。
『…ボクのいぢわる』
『…らしくない答えね。ボク』
 ずっといたい。
 できれば、一緒に旅をしたい。
 そう思っていたのは、自分なのに。
 それを断ち切ってしまったのも、自分だった。
「……」
 どうすればいい。
 自問、立ち尽くす。
 どうすれば、いい?
 自分は、『リュート』である前に、『ウィンディス』なのだ。いずれはこの聖王都を担う
者で──勝手な行動をしてはいけない。
 でも。
 どう。
 すれば。
「………行きなさい」
 静かな静かな沈黙に、静かな静かな、鈴のような声が響いた。
「え……?」

「何やてえええええええっっ!!?」
 キーンとした耳をぽんぽんと押さえて、レナはセイルーン国境警備兵の一人に食いかかる
ガウリイを見守る。
「一体うちらが何したっちゅーねん! お尋ね者になった覚えないど!?」
「い……いや、それがその……」
「ああンッ!? せつめーしぃやコラァ!」
「ガウリイ、それじゃあ立派なヤクザさんよ? ちゃんと人の話は最後まで聞きましょうっ
て、父さんも言っていたでしょう?」
 優しくなだめるレナに、しぶしぶ、ガウリイは警備兵の胸ぐらを掴むのを止めた。
「………で。なぜなんですか?」
 レナは冷やかに小首を傾げる。弟とは違った威圧感が、その場にいた人間を直撃する。
「私たちが……ここから出ることも引き返すことはならない…というのは」
「わ……私たちもよくは知らないんだ! ただ……その……」
 警備兵のリーダーらしき初老の男が、淀んでから話す。
「近衛兵団隊長直々のご命令で……『金髪のぽよぽよ女剣士と、栗色の髪の小ザル魔導士が
来たら、そこから出すな』と……」
「あンのキメラ中年……!! 誰が小ザルや、誰が!」
「……ぽよぽよ…って……私のこと…?」
 姉弟はそれぞれ違ったリアクションながら、警備員にもう一度聞いてみる。
 だが、答えは同じ。
「とにかく……こりゃ、おとなしゅうしとこか。どうせ来るものは決まっとるさかい」
 仕方あらへん、とガウリイはぽすんと側の長クッションに座った。レナは少し戸惑って…
…同じように腰掛ける。
 だが、落ち着かない様子だ。
 指先やつま先をちょいちょいといじくったり、髪先を梳いたり。挙げ句には剣の素振りな
どをしてしまう。
(……モロ丸分かりやんけ)
 ガウリイはそう、心中で呟く。
 彼女は……自分の姉は、そうだった。子供の頃からこうだった。
 根本的なところで、彼女は善人なのだ。
 だから、嘘をつくのが下手だ。嘘をつくことさえも、実のところあまり好きではない。他
人と距離をおこうとするのに、その他人に構って欲しくて。
 自分を隠すのも、本当は気が進まない。巣のままの自分が一番好きなのだから。
 不器用で、お人好しで、優しくて……本当は……。
「ねーやん」
 少年は声をかけた。
 少女は振り向いた。


 本当は──
         誰よりも  
               何よりも  




                    何
                    ヨ
                    リ
                    モ
                    ・




「……なあに?」
 にっこりと笑って、レナはソファのガウリイに視線を合わせるよう、膝を折る。そんな彼
女に、ガウリイは微笑み返した。
「ねーやんは、笑っとる方がええわ」
「? ……どうしたの? 急にそんなこと……」
「母ちゃんも言っとる。ねーやんは、笑った顔の方がええわ。うちも、ねーやんの笑顔好き
やさかい」
 まだ幼く、小さな手を、レナに伸ばした。
「だから……あいつがいないとダメなんや」
 びくり。レナは身体を小さく震わせた。
「あいつがいないねーやんは、泣いてばかりや。……うち、そんなんは見とうない」
 おかしな子。
「ガウリイのおめめは節穴かしら?」
 おかしな子。
「泣いてなんか、いないわよ?」
 おかしな子。
 お馬鹿さんな弟。
 たった一人の家族。
 ガウリイはスカイブルーの双眼で、レナを見つめた。頬に触れる手はそのままに。
「ねーやんは哀しすぎるんよ」

 何よりも寂しく

「いつも泣いてばかりやった。笑って誤魔化すのも年貢の納め時や」

 何よりも哀しく

「知らないとこで傷ばっか作って、手当てもせんでそのまンま……」

 何よりも弱く

「やめて頂戴。ガウリイ」
「いやや」
 ふい、と反らされる視線。ガウリイは糾弾の手をゆるめようとはしなかった。
「うちは……」
「やめて」
「うちはねーやんの弟やで」
「やめて」
「ねーやんの心配して、何が悪いんや」
「やめて」
「ねーやんの笑った顔見たいのの、どこが悪いんや」
「やめなさい……!」
「逃げるなァッ!!」
 耳を塞ごうとする手を、信じられないほど強い力で遮る。こちらの様子をうかがっていた
兵士がビビっているが、アウト・オブ・眼中。
「やめて! お願いだから、もうやめて頂戴、ガウリイ!」
「やめへん! もう、うちいやや!! そんなねーやん見るのいやや!」
 
 逃げるな、と叫ぶ声がする。
 何を逃げている? 何もないのに、何をそう怯える?
 
「ねーやん」
「……」
「あいつは、ねーやんのことぜってーおっかける。ねーやんがどこにいようと、ぜってー追
ってくる」
「……」
「逃げんの、やめよ? そしたら、楽や。受け止めてくれる、あいつは」
「……いや…」
 そんな保証どこにもない。
 置いていく。
 みんなみんな、置いていく。そして行ってしまう。戻ってこない。うしろを振り向きもし
ない。
 父さんも、母さんも。
「『マイナス思考をいい加減に治しなさいよアンタは! それでもあたしの娘なの!?』」
 ──懐かしい声。
 そして、頬に走る鋭い痛み。
「『この……っ意気地なし! 根性なし! くらげのくせに!!』」
 地団駄を踏みながら怒鳴り散らすのは、確かに弟のはずなのに。
 ……瞳が、紅い。
(まさか……)
「母さ……んっ!?」
「『母さん? じゃないわよ!! あたしはそんなヤワヤワくらげに育てた覚えはぬわぁあ
あ〜〜いい!! くぬっ! くぬくぬっ!!』」 
 頬の柔軟運動を繰り返しながら『ガウリイ』は……『リナ』はレナに向かって、叫ぶ。
「『大体ね! あたしは根暗が嫌いなの!! 嗚呼ワタシは悲劇のヒロイン〜〜とか言って
る女が一番嫌い!! あんたみたいに何かを失うことでもう立ち直れない。逃げているだけ
の女が大嫌い! あんた……あんたは何よ! 何なの!?』」

 私は……?

「『あんたは一体誰よ!!』」


『女、とか、男、とか。カンケーないぞ。お前さんはお前さんのペースで、やってきゃいい
んだ。レナ』
『…………』
『剣でも魔法でも……そういう力はな、自分と、何か大切なものを……護るために、つける
のが一番良い。でも一番大切なのは、信じるって気持ちだ。それなしに、力だけを頼りに、
守り続けてもそれ以上には強くはなれないのさ』
『…………』
『なーんてな。ちょっとわからなかったか?』
『…………あまり』
『実を言うと、オレもよく分かんないんだよな』
『はあ……』


 私は……。あの人の……。
「…………」
 ガウリイも、レナも、何も言わない。言えない。言いたくはなかった。
「『バカ……』」
 瞳が、また蒼穹へ戻る。途端、ぼろぼろと涙が、ガウリイの頬を伝って落ちた。
「ねーやんのアホぉ……」
 ぐしぐしと乱暴に、涙を拭う。レナはどこか虚ろ気に膝の上に視線を落としていた。
「…………」
 どうしてなのだろう、と。
 私は、どうしてこんなにも弱いのだろう、と。
 本当は──

 駆ケテクル足音

 本当は──傍にいたかった。お喋りしたり、ふざけ合ったり、ケンカしたりしたかった。
 自分より年上なのに、身長は自分の方が上で、最初は弟がもう一人出来たような感じだっ
たけど……。

 扉ガ開カレ

 本当は……。

 振リ向ク少女

 本当は淋しかった。怖かった。
 だから、誰かに支えて欲しかった。助けて欲しかった。
 傍にいたかった。いてほしかった。
 当てのない旅だったから、見つかるか……生きているのかさえわからない父親を探して、
何年も歩き続けてて。

「レナ……」

 だから──本当は……

「オレは、お前がいなきゃダメなんだ」

 言って欲しかった。

「だから……オレも一緒にいていいか?」

「…………ええ」
 ふわりと、微笑む。
「もちろんよ……ボク」





              青い、蒼い、物語・了


・え〜……。あれから、一年も経っていたのですね、申し訳ありません、管理人様。そして
 『青い〜』をお読み頂いておりました、(いるのかわかりませんが)皆様。
 本当は第二部もあるのですが、ひとまずはここでこの話は終わりとさせていただきます。
 原因は……まあ、いろいろです。自分の文才のなさや、受験(っぽいもの)、そして何よ
 り、私がスレイヤーズへの興味を半減してしまったからです。
 嫌いになったわけではないんですよ。ガウリナ作品、いつもウハウハで見てます。(ヘン
タ イだよ、それは)でも、やはりこんな中途半端なことではダメなので……。
 精進したら、また書きたいなーとか思うようにもなるかもです。
 でも、ここまで書き上げきれたのは、管理人様や皆様のおかげです。
 今まで本当にありがとうございました。
                                 Miyu