凸凹恋愛事情 旅路編 〈ソンナ彼ラノ日常〉 |
少しずつ――、少しずつ―――… 厚く固い鉄壁の防御を剥いでいく。 傷を付けて、切り刻んで、何度も爪を立てて――― それは時に柔らかいにこ毛をむしり取っていくように、 くるまれた薄皮を舐めとろかすように。 そうして、ようやくここまで辿り着いた。 まだ届かない? でも聞こえるだろ? ――――カリ、カリ… ほら、耳を澄ましてみろよ。 ―――カリ…カ…ガ…ッ…、 次の町へと向かう裏街道。 今までなら、意気揚々と盗賊を待ちわびるリナが好きこのんで通った、 薄暗く人通りのない道――だったが。 今ではリナがわざとらしく表街道を進もうとするのを遮り、オレが率先して引きずってゆく。 薄暗く、人気のない道。 そう、ちょっとやそっとじゃ誰にも気づかれず、人目をえらく気にする照れ屋なリナが「人前はずぇぇぇぇっったいにイヤ!」という頑固な主張もはね除けられる、まさにオレのためにある道。 今はのんびりと(オレにとってはそうだが、リナは一刻も早く抜けようとちゃきちゃきと必死に歩いている)二人並んで歩いている。 なんでも、予定よりゼフィーリアに着くのが遅くなりそうで、少しでも距離を稼いでおきたいんだとか…… 詳しいことは忘れたが、そんなことを言っていた気がする。 しかし―――っていうのは建前なんだろうなぁ。なんとなく。 人気がない裏街道の時だけムキになって歩いたってゼフィーリアへの道は遠いだろうに。 さて、どうするかな。 過剰反応しているリナをからかうのも面白そうだが、このままのペースで行けば、次の町にたどり着く前にバテるのは必至だろう。 ほんの少しの親切心と多大な悪戯心で隣を歩く彼女に手を伸ばす。 するり、とリナのうなじをかすめ、髪を垂らした内側からリナの肩当てへと手を回す。 オレの手にヒクリと少しばかり反応するも、それ以上は努めて平常心。 以前はリナの過剰すぎる反応に眼を細めて楽しんだものだが、そろそろこの手も使い古されて来たらしい。 もっとも、オレとしてはリナが慣れてきたのなら好都合。 …そのまま先へ進めるし。 我ながら人の悪い笑みを浮かべ、平静を装うリナを見つめる。 細い首筋を撫で、輪郭を指でなぞると、刺激に耐えきれず小さく鼻を鳴らす。 柔らかく耳たぶを愛撫すると、だんだんと足取りが重くなり、顔が赤らんでくる。 ゾクゾクと背筋を震わせて感じているリナを眺めながら、それでも彼女は口を開こうとしない。 意固地になっているというよりも、口を開いてしまえば漏れそうになる声を抑えているのだろう。 弱い所を集中的に攻められ、責め苦を受け続けるように顔が歪む。 瞳が甘く潤み始め、熱に浮かされたような表情が何かを訴えるかのように、 こちらを向いた。 止めろって?…ンなそそる顔して言ったって無駄。つーか無理。 煽ってるって知ってるか? 知らないだろうな。 オレにとっては好都合だから言ってやらんけど、人前では絶対するなよ? 耳たぶから首筋へ、触れるか触れないかのところで5本の指を焦らすように降ろし、マントの留め具の所まで下ると、上へなぞり戻る。 その繰り返し。 瞳の会話は一瞬。 次第にリナの吐息に熱が籠もり、身体の中にある熱が堪えきれずに彼女の身体から自由を奪う。 「…んん…っ」 そのままカクンと膝が折れ、リナは地面にへたり込んだ。 「こんのぉ…くらげぇ〜っ」 また惨敗を喫したことに悔しそうな目つきで睨め付けてくるリナがこの上なく可愛い。 ほら、と手を貸して抱き起こそうとするも、 慣れない刺激に足と腰をやられたリナがそう早く回復できるはずもなく。 またズルズルと座り込んでしまった。 「可愛いなぁ、お前さん」 こんなに可愛い生き物がこの世にあったなんて信じられないくらいに。 「あんたっっ!!なんだってそう見境なしに仕掛けてくるのよ!?」 信じられない、と言った口調で詰め寄るリナの太ももを腕に乗せ、小さな子を抱きかかえるようにして持ち上げる。 オレと同じくらい食ってるくせに、その食料が何処に消えたのか不思議なくらい、とんでもなく軽い。 片手にリナ。もう片手には二人分の荷物を担ぎ、ゆっくりと歩き出す。 オレより視線が高くなったリナは相変わらず不機嫌そうに睨んでいるものの、 特に不満も言うことなく大人しく抱かれている。 そういえば、最近お前さんの笑顔、見てないな。 はにかみながらも頬を染めて笑うお前さんも大好きなのに。 暫く二人とも言葉を交わさず、黙々と歩く。 漸くしてようやく落ち着きを取り戻したリナが珍しく折れて、居心地の良い体勢を探してオレの首に巻き付けてくる。 これだから、人目のない街道を通るのは止められない。 「もう少し落ち着いたら、降ろしてよね?」 「ああ」 鎧のせいで彼女の鼓動は伝わらないものの、きっと早鐘のようになっているのだろう。 「ガウリイは、さ…その…もしかして……欲求不満、…たまってるの?」 「なんだ、急に?」 「だって。あんた、この前まではこんな風にあたしに悪戯仕掛けてくることなんてなかったでしょ? 口で諭すか、力づくで休憩とらせたじゃない? それなのに…」 「いや、こっちの方が効果的だし、オレも楽しいし」 「…………意地悪だよね、あんたって…」 頬を膨らませるリナが幼くて愛しくて。 「リナが可愛すぎるのが悪い」 本音を正直に言ったはずだが、リナの表情が輪を掛けて険しくなった。 「責任転嫁すな」 そうかぁ?オレにとっちゃ当然の帰結なんだけどな。 それ以上リナの機嫌を損ねたくなくて、沈黙を保ったまま、むくれるリナを抱えて歩いた。 しばらく間をおいてから、リナは言い辛そうに口を開いた。 「………おこさまみたいなあたしじゃ、あんたに辛い思いさせてる?」 「まさか。オレは十分楽しんでるぞ?」 優しいリナ。 精一杯応えようとしてくれているのは解ってる。 ただ、お前さんはまだ幼いから。 「恋人になったから…あんたは自分に枷をはめてあたしだけを求めてるの?」 そんなトンチンカンな答えが出てくるんだろうなぁ。 「オレがこんなことするのも、したいと思うのも、お前さんだけだぞ?」 「いぢめるのも?」 「そ」 「……なんか、ヤな特別待遇だ…」 置いて行かれた子どもが途方に暮れるような瞳をして、リナが呟いた。 その頼りなげな様子がまた可愛くて思わず笑みを零すオレに、リナは笑い事じゃないと怒ってぽこすか殴ってくる。 もちろん、力の入っていないそれがリナの不器用で捻くれた愛情表現だということもお見通し。 本当に、隅から隅までつくづく可愛い。 やっぱり裏街道を選んで正解だったなぁ、なんてリナの顔を見ながら悦に入っていたのだが――― 今まで培ってきた感覚が危険を察知する。 野蛮な気配が周囲から複数、こちらを標的に向かってくる。 いち早く気づいたオレの表情をリナも読み取ったのか、緩んだ口元が引き締まる。 隙のない顔つきになるリナに至極残念なオレ。 「…せっかく二人っきりでイイ雰囲気だったのに…」 「馬鹿言ってないで。数と距離は?」 「んー…気配は4つ。どれも大したことはないし、距離もまだ遠いな。 でも確実にオレたちに狙いを定めて縮まってきてる」 「あたしたちの夕飯代たちね♪」 ………不幸な奴らだ。 芋づる式に盗賊の根城まで吐かせて、今夜の夕食代のみならず、当分の旅費代にされる運命を辿るであろう奴らに微かな同情すら覚える。 しかし、懐が暖かければリナも無茶な依頼は受けず、機嫌も良い。 しかも旅の身空で、ふたりきりの限られた時間を邪魔してくれた礼もしたい。 なんとも言えないオレに、リナは期待に胸膨らませ、自分の感知範囲に入るのを今か今かと待っている。 …今度の追い剥ぎ連中は、口上くらいは言えるだろうか? 「おうおう!昼間っから女抱えて大層なご身分じゃねぇか! ここを通りたきゃ金目の――」 「でぃるぶらんど♪」 楽しそうに呪文を炸裂させると、四方を取り囲んでいた賊たちは、吹き上げた土砂諸共吹き飛ばされ、重力に従って地面に叩きつけられると同時に片が付いた。 弱くて可愛くてうぶなリナが、強くて不敵で豪快な魔道士の一面を見せる。 「あらら〜呆気ない奴らねぇ」 …お前の呪文食らってへらへらしていられるヤツもあんまり居ないと思うけどな。 あ、それってオレのことか? よいしょ、と軽いかけ声とともにオレの腕から飛び降り、地面に倒れ伏した盗賊たちに近寄っていく。 髪が楽しそうに揺れて、本人の今の気持ちを表しているかのようだ。 「うふふふふ…♪」 ひたすら妖しい笑みを浮かべ、盗賊の懐に手を伸ばすリナ。 強力な魔道士からさらに、凶悪で極悪で非道な盗賊殺しの二つ名に似つかわしい相貌になっていた。 それすら愛しいと思うオレは相当病んでいるかもしれない。 とりあえず余計な手出しはせず、傍観を決めこんでその辺の木にもたれ掛かった。 「く、くそぉ…」 「あら。なかなか根性あるじゃない」 起きあがろうとする追い剥ぎAの頭にエルボーを食らわせ沈め、すかさずそいつの懐を漁るリナ。 勿論、悪びれるどころか嬉々とした顔つきになっているのは言うまでもない。 溜まっていた鬱憤を晴らすかのように手並みよくしばき倒す。 なんの鬱憤かは、オレ自身のためにも考えないようにしよう。 「お、俺たちゃ泣く子も黙る…」 「やかまし」 ぐべし、と続いて起きあがったBの顎に掬い上げるようなアッパーをお見舞いして次の餌食にする。 漁ってから実入りが悪い、シケてると散々悪態を付きながら、周りの奴らも一緒くたにけちょんけちゃんに貶して、あたしのためにもっと稼いでからヤラレに来なさいなどと女王様風に言い放つ。 「野郎に抱っこされてたガキのくせに…」 「うっさい。忘れろ。電撃」 バチバチっと稲妻が走り、敢えなくCが気絶。 もちろん、一時的に超帯電質になったヤツとてお構いなしに、ぷすぷす煙を上げるむさい男に手を伸ばしては金目のモノを残らず奪い尽くす。 なんだかどっちが悪党なのか解らなくなってきたぞ…。 見慣れた風景になりつつあるそれに、しかしオレは溜息を吐くしかない。 何せ、いくら止めさせようとしてもアレだけは絶対譲らないのだ。 もうアレは彼女の習性と諦め、彼女が危険に晒されることのないよう、見守って自由にさせるのが一番だと達観した。 「そ、そうだっ! こんなガキにやられたとあっちゃ、俺らダークフォースの名が廃るって…」 「ふんふん。弱っちい賊のくせに生意気ねー。で、そのなんたらって盗賊のアジトは何処よ?」 哀れ最後のDは黙らせず、襟をひっつかんで凄味をきかせる。 「だ、誰が言うか…」 「へーそーふーん。このあたしが誰だか知ってもそんな口が聞けるかしら?」 「はッ! おめーのような生意気で外道で血も涙もねぇ胸なしなんか……… む、胸なし!? お、おま…まさか!?」 「んっんっん……命は要らないと見たわよ?」 「ひぃぃーーっっま、まさか盗賊殺しの……こんなちびガキが… いや確かに胸がない!間違いねぇ!」 「いちいち胸を基準に出すなーー!!!!」 怒り狂ったリナが地火風水の呪文を連打して、盗賊と自然を完膚無きまでに打ちのめす。黒魔術を使っていないところを見ると、彼女なりに手加減しているのだろう…。 ほんのわずかだろうがな。 半殺しにしてからさらに足蹴にして、手慣れた様子で命乞いをする奴らの口を割る。 「言う。言います。言わせて頂きます〜」 「そうそう。最初っから素直にゲロすれば、こんなに痛い目見ずにすんだのよ」 奴らが禁句を口にしなければ、ももれなく付く。 安全圏に非難していたオレは難を逃れ、こっそりと彼女のコンプレックスを指摘する。 いいんだよ。今はまだ。 そのうちオレがたっぷりと愛情を注いで、おっきくしてやる予定なんだから。 気にするなら今夜にでも実践してやるんだがなぁ。 反撃する気力も根こそぎ奪われた奴らからようやく注意を逸らし、オレはリナの背中を見つめる。 もう暫くはオアズケだよなぁ。 思いの外ガードの堅い彼女の最終兵器。 あのリナに、涙ながらでか細くお願いされちゃ、オレの疚しい下心なんか木っ端微塵に砕け散る。 「さて。用も済んだし、行きましょ、ガウリイ!」 くるりと振り返ったリナは満面の笑みで、水を得た魚のように生き生きとしている。 オレが見たかった笑顔とは微妙に違うけれど、リナが嬉しそうなのでまぁいいかと思う。 どうやら今夜の夕飯はご馳走で、今晩は夜更かし、翌日は寝不足ってトコか。 目算をしながら、オレは小さく笑みを漏らした。 彼女の隣に並んですぐ、口を開く。 「リナ、そんなに胸が気になるなら、オレが手伝ってやるからな」 「へ…手伝……って!?…な、なな…何言ってんのよっ!」 「このセクハラ!エセ保護者!」と罵倒され、リナは混沌言語を唱えようとするが、オレは焦りもせずにリナを見つめたまま満面の笑みを浮かべる。 どうやら彼女はオレに見つめられるのが苦手らしく、一瞬言葉に詰まって、毒気を抜かれたように呪文を中断してそっぽを向く。 「なんなら今ここでも、オレは構わないぞ?」 鬱蒼と茂った森。 むっとした緑の臭いに満ちた静かな空間。 いつの間にか盗賊たちの姿も消え、他の動物たちの息づかいも聞こえてこない。 人目もなく、何をしても誰にもわからない場所―― どうやら意図が伝わったらしいリナは顔を真っ赤にして自分の細い身体を守るように抱き締める。 万華鏡のようにくるくる変わるその表情。 照れる表情もいいが、彼女が困った時の表情はまた格別だと思う。 「いつでも大歓迎だぜ。 外が嫌なら、今晩の宿屋でも―――」 「う゛ーあー…ぅー…………………………………………………………… ……………………………………………………………も、少し、待って」 顔を俯かせ、耳まで赤くしながら蚊の鳴くような声を絞り出す。 「了解」 うーん。なかなかの手応え。もう一押しってところか? 何気ない日常で、過ごす時の中で。 日々 着々と。 鉄壁の防御に無数の亀裂をつけて、刻んで、いつか粉々に打ち砕く――― なぁ、今も聞こえるだろ? リナ。 一心不乱にお前だけを求めて。 お前のいる壁の向こう側からガリガリと削る、研がれた鋭い爪の音が―――― ほら、また小さな欠片が剥がれたぜ? もう少しでお前に届きそうだ―――… 終。 |