凸凹恋愛事情 一進一退編
〈ニッシンゲッポ?センリノミチモイッポカラ〉




















「…んっ……んん…っ」

くぐもる声は苦しさではなく、ねだるような響き。
息つぎすらままならず、苦しげに寄せられる眉がたまらなく扇情的で。

合わせただけの唇の感触に満足していたのも束の間、更なる飢えがオレを襲う。
何度も角度を変えて口づけてまずは下準備。
突き放そうとする手を取り、深く抱き込むと準備完了、進撃開始。

まずは下唇を甘噛みして頑なな壁を突き崩して、そのままぬるりと忍び込む。
微かに震える歯を丹念になぞり、柔らかい口内の内壁と歯茎の狭間を舌で辿ると、堪らずに最後の抵抗の門もゆるゆると開く。
すかさず歯の隙間から侵入し、戸惑う彼女の舌を絡め取る。
柔らかく、しなやかで。
やっぱり、舌も身体の作りと同じように小さい。

折り曲げられ、オレと彼女の間で挟まれた腕に力など入るはずはなく、抵抗も出来ないそれはぎゅっと強くオレの服を掴む。

よもやそんな仕草の一つ一つがオレを煽っているなどとは欠片も考えちゃいないだろうな。

「…っ…ぁ、がう、り…くるし…よっ」

口づけの合間に絞り出す吐息は甘く熱を帯びて。
ここが宿屋の廊下だとか、人通りがあるだとかどうでもよくなって、見境なくがっつきたくなる。



ようやく一歩前進したオレたちは今、コイビト同士の戯れに耽っている。
まだ二人一部屋をとるほど深い関係ではないので(オレとしては今すぐにでもそうなりたいのだが、リナが拒んでいる)翌朝まで彼女の顔が見れないなんて拷問に近い。
板を挟んだ向こう側に惚れた女の気配を絶えず感じ続け、清々しい顔で朝の挨拶なんで出来るわけないだろ?
だからせめて、お休みのキスくらい貰わないと、とてもじゃないが耐えられそうにない。

そのままなし崩しに――…なんて強かな下心も持ち合わせているのだが、相手もなかなか手強い。
今のところ、連戦連敗記録を更新中。

がくがくと足に力が入らなくなったのを見計らって、リナをドアに押しつける。
離れた唇から乱れた吐息が零れ落ちる合間すらももどかしく、すぐさま彼女の柔らかい唇を貪る。
口付ける度に、もっともっと貪欲なさらなる飢えを感じる。
離れたら即座に餓死する。
そんな馬鹿な考えも真実みを帯びるほどの飢餓感。

「がうり…、ヒトが…来る、よ?」

何とか気を逸らそうと嘘をつくリナ。
淡く口元を緩ませるだけで受け流し、身長差から晒される無防備な喉元に容赦なく食らい付く。

「…ひゃぅ…っ!」

堪らず反り返るリナは、己の意に反してますます目の前に獲物をさらけ出す。
風呂上がりで湿ったままの髪の中に手を入れ頭に添えると、じんわりと籠もった熱が伝わってくる。
とうとう羞恥に耐えきれず、嫌がる素振りを見せて暴れ出す。

サイズの合わない夜着一枚を身にまとった彼女から、石鹸の香りがふわりと立ちこめて。
何処までも残酷で鈍感で無防備な少女。
一切合切、全身で無意識に男を誘惑してくる。

しどけなく合わせた夜着を止めるのは頼りないほど細い腰紐だけ。
身体の線をなぞるように手を這わせてると、面白いくらい硬く硬直するリナ。
これほどないくらい顔を赤らめ、よりいっそう激しく暴れ出す。

「ガウ…リ…っ! や、やだっ」

オレの顔に浮かんだ感情を読み取ったのか、リナが目を背けて拒絶する。

「どうして…?」

熱に浮かされているのは彼女だけではなくて。
折れそうなほど細い腰を通り越し、その手を腰から臀部へ、さらにその弾力のある双丘の片方を包み込むように揉みしだく。

「…っぁ…だめ…ったら、駄目なのぉ!!」

皮膚の薄い彼女はそこらかしこ敏感らしく、こちらの手の動きに逐一反応してはオレを楽しませてくれる。
もともと大きすぎる夜着は次第に合わせ目を緩め、鎖骨が、肩が、胸元が露わになってくる。
必死で暴れるリナだったが、肌を焦がすほど強いオレの視線や、緩む口元に何かを感じとったのか、ぴたりと静止する。

「なんだ、もう暴れないのか?」

くつくつと笑いながら揶揄すると、リナは小動物のように脅えて身をすくませる。

「あんた…性格悪くなってない?」

不安と脅えを混ぜ合わせた視線で問いかけてくるリナ。

「なんだか、別人みたい。……ガウリイ、だよね?」

よほど人の悪い笑みを浮かべていたらしい。
リナは身を固くして、オレが鎖骨の間に唇を落とし鮮やかな華を散らすのをただじっと黙って受け入れた。
その痕に音を立てて口付けると、リナの瞳を食い入るように見つめる。

「どうだと思う、リナ?」

「…………」

解け合う熱すら忘れさせるのは瞬きほどの時間と審判。
怖ず怖ずと回される腕〈判決〉に満足して、その額に感謝の口づけ。

リナを護りたい信念に変わりはない。
ただ、こうして時々リナを困らせたくなるのもオレ自身。
リナの意思を無視してでも蹂躙したい衝動が突き上げてくる。

そんな矛盾したオレを受け入れてくれる彼女に感謝を。
羽のような口づけを何度も落とすと、緊張がほぐれたのかくすぐったそうに身をすくませるリナ。

しばらくは唇と囁きだけで睦み合っていると、
偶然かはたまた彼女の悪運の強さか、彼女が言った空言が真になる。
人が一人、こちらに向かってくる気配。

リナも気づいたのか、離しての意味を込めて見上げてくる。
苦笑して解放すると、安堵の吐息を漏らし、なんの躊躇いもなくするりと腕から逃げてゆく。

ドアが閉まる刹那、蝶番のきしむ音に紛れて囁いた。


「もちょっと、待ってて…ね?」






ぱたん、と隔てられた空間はあまりに薄く、扉の向こう側に寄りかかっている彼女の気配は手に取るように解る。
それが、今のオレたちの距離を現している。

届くようで、届かない。
今は、まだ―――

扉をぶち破ることは容易に出来ても、彼女のあの小さな声に反することなどできやしない。

オレはへにゃりと顔を崩して、すれ違う客に訝しがられた。
あー…可愛くてたまんねぇ。


にやける口元を手で押さえ、オレは自分に宛われた部屋へと戻っていった―――












いわく、恋愛初心者のリナと甘やかな情交に耽るのは男心を存分にくすぐられる。

これが毎夜リナに迫るオレの真理だった。





百戦錬磨のオンナや夜伽をする蝶たちでは、こんな甘ったるくて砂糖菓子のような恋愛は味わえない。
下世話に言う、手折るのに飽きた男が育てに走るのだというが、心底理解できる。
いや、相手があのリナだからかもしれんが。
とにかく、たまらなく愛おしい。

手を出して、困らせて、怒らせて、脅えさせて、最後に許して貰う――が今のところオレのルーティンワークになりつつある。



あまり過剰にやりすぎるとリナに嫌われてしまう。
それでは元も子もない。
そう、要は引き際が肝心なのだ。
リナが耐えきれなくなるギリギリのラインを見極め、潔く後退する。
リナも追撃はしてこない。
迎撃されるのは分かり切っているだろうから。

その繰り返し。

これも一つの恋の駆け引きってヤツだろう?


我慢してないと言えば嘘になるが、オレはこの状況を大いに楽しんでいた。