すりーぴんぐ びゅーてぃ |
あたしはこの頃、気になることがある。 それはズバリ、野宿するたびぐっすり安眠出来ること。 前なら、野宿の時は決まって眠りは浅く、起きたときにはもう暴れたくなるほど体の節々が痛いはずなんだけど… この頃は全然平気。 むしろ安宿のベッドで寝るよりも心地良い…というか。 こう、なんつーか、訳もなく安心出来るのよ。 おかしいわよねぇ〜…絶対。 野宿に慣れたから、と単純な理由も浮かんだけど、まさかある日唐突に来るわけもない。 と、言うことで。 あたしは外部要因の筋で原因追及を試みることにした。 次の町まで歩いて約3日。 当然、その間は野宿。 これは確かめる絶好の機会じゃない? 「んじゃガウリイ、あたし寝るから。交代の時間になったら起こしてね〜」 いつの間にか決まった割り当て。 始めはガウリイが見張りで、次があたし。 この男、以前は文句もなくいつも自分だけで一晩中見張りをしていたのだが、最近はあたしの事も多少信用してくれているのか、いつも寝ないで見張りを続けているとあたしが起きて張り倒すからか、朝が明けかけたほんの数時間分はあたしに見張りをさせてくれる。 ……ちったぁ同等に扱え、とガウリイを吹っ飛ばし続けた賜物かもしれない。 ある意味、女子供に優しいのも困ったモンである。 そんなことを頭の隅で考えながらも、眠れる時間が限られているから、あたしはガウリイの返事も待たずにさっさとマントにくるまって横になった。 「おやすみ〜」 「ああ、お休み」 いつものガウリイの低い声が眠りへの入り口…なんだけど、 今宵は睡魔との戦いの幕開けだった。 それから暫く。 しかし、ぢつは………なぁぁぁんにもなかったりする。 やっぱり、ただの慣れだったのかなぁ? 諦めかけたその時、何かが動いた。 ――――――って、これはガウリイか。 立ち上がるような衣擦れの音とこちらに近づいてくる低い足音。 むぅ…もう交代なのかな? 一定の足音でリズムを刻みながらあたしのもとへ来る。 注がれる視線。 もしかして、狸寝入りしてたのがバレたのかな? 「リナ」 起こすのではなく、そっと囁くように。 「リナ…」 覚醒させるのではなく、惑わせるように。 「リナ」 ただ呼ぶではなく、求めるような声色で何度もあたしを呼ぶ。 起きる…べきじゃないかな。 ゆっくりとした動作でガウリイの手があたしに触れ、そっと持ち上げる。 な!? 何すんのよーーーーっっ!? 運ばれた先はも地面よりも柔らかく暖かい場所。 そしてその中に閉じ込められる。 あたし、いつの間にか寝てたりしないわよね!? 冗談でも夢でもないわよねぇ!?!? 肌越しに規則正しい鼓動の旋律が聞こえる。 これはあたしのとは別の、ガウリイのもの。 アーマーを脱いでいるらしいそれはやたらと生々しく、鍛え抜かれた肉体があたしの華奢な身体に密着している。 今まで必要以上にお互いに触れなかったあたしたちには考えられない密着度。 うう。居心地がものすごく良いような、暴れたくなるほど悪いような… 複雑な心境。 そして耳元で囁かれる声、頬にかかる吐息… 夢ならリアルすぎるわよ。 コレだったのね。原因は…… 体重はガウリイにゆだね、体制も楽。 ガウリイの体をクッションすれば固い地面より断然イイ。 慣れた手つきってことは、いつもこんなことしてたのね? 「リナ…」 にしても…声色が全然違う。 呼ばれてこっちが思わず赤面しそになるくらい。 滾った熱ととろけるような甘さが込められている。 ゆっくりと髪を梳く手。 いつものようにぽんぽんと撫でたり、わしわしとかき混ぜるやり方ではなく。 ……そ、そう。あくまで、あ・く・ま・で例えるとしたら、恋人を愛でるように。愛おしげに。 そして大きな手は髪を梳き、頬を撫で、唇をなぞる。 な……なななななななに始めちゃってんのよ………っっっ クソ恥ずかしいことこの上ないのだが。 ガウリイは夜目も利くから妄りに顔に出すわけにはいかない。 必死に平静を保とうとするあたし。 それでも、体中の熱が沸騰して、顔が熱くなってくる。 「リナ…」 ふぇぇぇぇ……それ以上、何もしないでっっ あたしの切願むなしく、 今度は耳たぶを弄ばれ、思わぬ刺激に体を震わせてしまう。 「……」 途端、ガウリイの動きが凍る。 あたしの眠りを妨げ、尚かつ目を覚まされてはまずい、ということなのだろう。 お生憎様。はじめっから起きてるのよね〜。 ま、こんなことしてるなんて知られたら、あたしに消し炭にされるもんね。 それ以上の覚醒の兆候がないのに気を改めたか、手の動きも再会する。 …せんでいいのに。 「リナ」 切ない声。 さっきからあたしの知らない声音で呼ばれ続けている。 いつもの彼じゃないように。 にしても……こいつ、野宿するたびにこんな事してたのねっ! あたしの意識がないのをいいことに好き勝手するとは…許すまじ…っ! 「リナ」 う゛……そーゆー甘ったるい声で呼ばれると、居心地が悪い…というより良いんだけど、そのなんつーか。所在がないというか…恥ずかしいというか。 なんともむず痒い。 しかも、起きるに起きれない。 そんなあたしの葛藤を余所に、おでこに熱い吐息と柔らかい感触。 ―――!? 「リナ…」 次々と同じ感触が別のところに落とされる。 こ、これって……ま、ましゃか………ガウリイの唇……とか? 「リナ」 羽のように柔らかい感触。その後に残る熱。 瞼に。 「リナ…愛してる」 頬に。 「リナ…」 とどめは乙女の唇に。 しかも、長めにじっくりと味わうような濃いめのキス。 あたしのファーストキスがぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!! 「……ぅんっ」 反射的に声が漏れる。 すると、ゆっくりと唇を放し、くすりと笑う気配。 「お休み、良い夢を…」 え……? とたん、なぜだか猛烈な眠気が襲ってくる。 あたしの髪を撫でるガウリイの仕草が気持ちよくて。 あたしを包む熱が心地よくて。 ここが自分にとっての安息の場所だと感じ取ると、急に身体が重くなって、あっという間に意識が引きずり込まれていく。 また唇に甘い感触… 吸い込まれる感覚の中、朧気にそれを感じたような、気が、し、た…… 「おーい、リナ。時間だぞ〜」 深い眠りから引き上げる、のほほんとした声。 「リナ〜 遅くまで起きてるから眠いんだぞ。 オレが見張りしててやるから、まだ寝てるか?」 「みゅ〜起きる〜〜〜」 瞼をこすりながら目を開けて見ると、地面に寝たままのあたしをガウリイが覗き込んでいた。 「お、大丈夫か?」 夜明けの刹那の時。その最も暗い闇の中でも、薪の炎に照らされたガウリイの顔を見た途端、思いっきり顔が沸騰する。 ガウリイはまともにみれないあたしに首を傾げながら、ほむっとて手を置いてわしわし撫でる。 「じゃ、お言葉に甘えてオレ、眠るな」 「へーーあ、うん……」 い、言わなきゃ。 なんであんなことしたのかとか、巫山戯んじゃないとか… 一体人の事をなんだと思っているとか。 いつの間に降ろしたの、とか…。 文句と疑問が色々ありすぎて言葉を整理している間に、ガウリイはさっさと横になってしまい、何処でもいつでも即座に眠れる特技を存分に発揮して、すぐさま穏やかな寝息が聞こえてくる。 ………なんか、すっごく虚しいんですけど…… すぴょすぴょと眠るガウリイの顔を見つめながら、あたしは一つくらいささやかな復讐してやろうと誓う。 熱が、肌が、微かに重なる。 長い前髪から微かに覗くガウリイのおでこにお返しの口づけ。 「秘密主義のガウリイなんて大嫌い」 ほんの少し怒った口調で囁きながら。 「だから、今度は正々堂々言ってよね」 精一杯背伸びをして、布石をしておく。 これがこれからどう活用されるかは解らないけど……悪い気はしないから。 鼻の頭にも唇を落とすと、ガウリイの端正な眉がぴくんっと動いたのを見て、満足気に微笑んだ。 あーあ。結局今日も安眠しちゃったじゃない。 ありがとね、自称保護者さん。 END |