意 趣 返 し

















はふ………。

目を覚ました瞬間、覚醒した意識と共に感じたダルさにため息が漏れる。

しょっぱなからだけど、もぉだめかも〜〜〜〜…

窓から降り注ぐ日の光から太陽がだいぶ高く昇っていることが窺知れる。
そろそろお昼になるだろうか。
それでも全身を包む徒労感に起きることもできず、薄目だけで怠惰な時間を堪能する。

ああ、太陽が眩しい…。

夜明け前はもう二度と太陽が見られないんじゃないかと錯覚するほど、永遠の夜を感じた。
今は眠いわけじゃないけど、とことん体が疲れている。
体が悲鳴を上げるってぇのはこーゆことかもしんない。
とにかくダルくて、体の中に鈍い痛みが燻っている。

うつ伏せになろうと体を捻らせるが、柔らかいはずの枕は期待外れなほど硬くて居心地が悪かった。
そう、そこにあるのは羨ましいほど筋肉が付いた太い腕が一本。

…………この手が…っこの手がぁぁぁぁぁ!!!!!

ガッチリと掴まれ、逃げるどころか身動きすらもさせてもらえなかった憎々しい手。
乱暴にされたわけじゃないど…っ!
初めてだった無垢な乙女になんつーことを…っ

歯ぎしりしつつ、隣に寝転がっている相手を殺気混じりに睨み付ける。
間違っても相手を起こそうなんて愚かなことはしない。
もしまた迫られたら……う゛う゛。

もういやぁ…

心の中だけで滝のような涙を流す。
分かって欲しい。
生まれて始めて男であるこいつを受け入れたあたしに、この体力馬鹿クラゲは…っっ絶倫男はぁぁぁっっっっっ!!!

痛い。ダルイ。辛い。まだ何か入ってるような気がして変な感じがする〜

…途中までは気持ちよくなくもなかったのに、さ…//////
大体ずるいわよ。男は気持ちいいだけなんて!!

不覚にも痛くて泣いてるあたしを慰めながら、『オレが初めてで嬉しい』とか『受け入れてくれてありがとう』とか!

冗談じゃないわよ!
あんたが半分以上押し込んだんじゃないのよ〜〜〜!!
あまつさえ『リナの中すっげぇ気持ちいい』なんてほざいてたのよ!?

信じらんない!!
痛かったのよ!?
ほんっっっっきで!!!!

そりゃ、今はガウリイ以外の男には抱かれる気はないわよ。
そーゆー関係になってもいいかなぁ〜と思ったのだってコイツが初めてだったし。
ガウリイに抱かれて嬉しくないわけじゃないけど…。

なんかあたしの方が損してる気がする〜〜〜!





…………………うしっ!
ちょっとガウリイを焦らせてやれ。

うししし、と思い付いた悪企みに体の不調も忘れ、腰に回された腕を慎重に取り払って、音を立てずに起き上がる。
床に脱ぎ散らかされた服を来て荷物をかき集め、おまけに立てかけてある斬妖剣を手に取る。
んっふっふっふっふ……
今からこいつが起きた時に慌てふためく様が思い浮ぶようだわ〜

超一流の剣士と言えど、流石に何年も一緒に居て信頼っぽこともしてくれて、夜を共にした相棒にまで注意を払うことはしないらしい。
今この時ばかりはその信頼を利用しちゃる。
未だベッドで惰眠を貪っているガウリイから目を離さず、一歩また一歩と後退し、静かにドアを閉めたところでようやく詰めていた息を吐き出す。

さぁ、あいつが起きるまでに一刻も早く逃げなきゃ。


まぁ、あの野生の勘相手じゃいつまで持つかわからないけとね。
あたしも見つかって欲しくないわけじゃなくて、ちゃんと見つけて欲しい。

早い話が「かくれんぼ」みたいなものよ。

息を切らせて必死で探してくれたガウリイが駆け寄ってくる……うん。
そのくらい焦らせたって罰当たんないわよね?
















――数時間後―――…

秋のタ幕れは早く、夜の戸張がすぐそこまで掛かっていた。


あぅ…なんか無性に虚しくなってきた……

待てど暮らせど、ガウリイが現れる気配ない。
虚しさはだんだんと怒りに変わり、あたしは寝転がっていた町はずれの丘から飛び起きた。


「あのボケナス甲斐性なしくらげ〜〜〜!!!!!!」


景気づけに叫んでみても虚しいことこの上ない。
ここはこの町を一望できる場所で、舗装された街道がある唯一の通り道にもなっているのだが、ここを通らなければ次の町に行くこともできないとあって旅人や商人たちが間を置かず通っている。
そんな中、一人優雅にひなたぼっこをしていたのだが、もはや太陽は西の山陰にさしかかっている。
日暮れ時になる頃には人の姿も途絶えて虚しさ3割増しである。

もしかしたらガウリイのヤツ、町の中を迷走してるのやも…?
いや、それにしたって遅いわよ!

相棒の気配くらい察知できなくちゃ保護者失格よ!!
……まぁ、「元」保護者であって……今は……ごにょごにょ……だけどさっ!


ぐぅぐぅと空腹に抗議をあげる腹の虫に堪えきれず、あたしは不条理な怒りを抱え町に戻ることにした。


ガウリイめ〜っっ
今日という今日は手加減抜きで吹き飛ばしてやるからっ!

初めにこっそり抜け出したのは誰だったかなどというのはすでにあたしの頭にはない。
自動つじ斬り装置ならぬ斬妖剣を鞘ごとずるずると引きずりながら、重い足どりで宿屋に引き返していった。



宿屋の主人の話では、ベッドメイクをしに行った時にはまだ寝ていたらい。
つくづく呑気な奴である。
されど降りてくる気配はないらしく、まだ部屋に閉じ篭っているらしい。

延長をしてきた際に聞かされた話を思い起こしながら、あたしはドスドスと階段を踏み鳴らすように二階の客室へと向かう。

……あの馬鹿、年も考えずに頑張りすぎるからきっと腰砕けになったに違いないわ。
ああ、もう恥ずかしいったらありゃしない。

芋ずる式に昨晩の情事まで思い出してしまい、真っ赤になるあたしは他人からみればさぞ微笑ましい光景だろうに。
本人にしてみれば人が居ようと居なかろうと恥ずかしいことには変わりない。

…ああゆうのって、普通の恋人同士だったら当たり前なのかなぁ…/////
調べる術がないわけでもないけど…今はあいつだけで手ぇいっぱいだわ。

にしてもガウリイのヤツ、食事もとらずになにやってだか。
本気で「頑張りすぎ」とかだったら容赦しないわよ?





とうとう部屋の前まできて、しばし深呼吸。

顔の赤みよーし、身だしなみよーし、ガウリイを吹き飛ばす呪文もよーしっ!

ノックを鳴らし、ドアノブを回すと、鍵のかかっていないそれはあっさりと開いた。
ったく、不用心ねぇ。


扉とともに差し込む朱色の西日。
室内は夕暮れに染められ、まがまがしいほどの朱色が充満する室内………


そこに彼はいた。

ベッドに腰掛け、深くうなだれながら長い陰が不気味に伸びている。
彼の金髪が異様な朱金に輝き、その眩しさに目を細めながらゆっくりと彼のもとへと足を進めた。

開口一発罵声を飛ばし、呪文で彼自身も飛ばそうとしていたはずだったのに。
彼の纏う雰囲気がそれを許さなかった。

微動だにしないガウリイ。
こちらを向こうともせず、長い前髪と左手で覆われた表情は一切読めなかった。

「ガウリイ…?」

そっと、空気を震わせ名を呼ぶ。
けれど返ってくるのは沈黙ばかり。

「ガウリイ、どうしたの?どこか、痛いの?」

実はうたた寝とかしてたりして……?
予想に反して、意識があった彼は口を開いたが、ぼそぼそとくぐもった声はうまく聞き取れない。

「頭がいたいの?もしかして風邪とか?調子悪いならベッド横になった方が…」

ガウリイのただならぬ様子に思わず剣を置いて手を伸ばし、両肩を押して横にさせようとするが、彼は静止したままビクもしない。

「ガウリイ?」

ゆっくり、顔を覆っていた手があたしの手を包むように握る。

「……あ゛」


や、やばい…しおらしく見せておいて、実は罠とか…!?

今までの経験則上、思わす背筋に冷たいものが走るが、一向に次の攻撃がこない。
不信に思ってガウリイの顕になった顔を除き込むと……



「なんて顔してるのよ、あんた…」


迷子になった瞳が、行く宛もなく床に落とされていた。
彷徨う視線がゆっくりとあたしに向けられる。

「リナ、どこまでが嘘でどこまでが真実なんだ?」

「どこまでって…?」

「オレがリナに惚れたと言った。それにリナも頷いた。リナもオレが好きだと言った。何度もキスをした。そしてオレに抱かれた。けど目を覚ましたらリナは剣を持ち逃げしていた。
……なのに、今目の前に居る」

「全て真実よ」

「リナはオレより剣が欲しかったのか?だから逃げたのか?
 ならどうして気を持たせるようなことをした?何故オレに抱かれた?……どうして、今更戻って来た?」

「それは……」

「剣が欲しければ勝手に持っていけ。二人で探した剣だ、お前さんにも権利はある。だが………オレの気持ちを弄ばないでくれ」

あたしを掴む手は微かに震えていて。
その瞳があまに切なくて。
あたしは自由な手で彼の頬にそっと触れた。

「頼む…。もう触れないでくれ」

苦しげに表情を歪ませ懇願する彼。
瞳がどうしていいかわからないように揺らめいていた。

あたしは、そんなガウリイの頭を抱え込んで口つけた。
乾いた唇はただその行為をじっと受け入れ、技巧的でもなんもないただ重ねるだけのキスをする。
離れて見た顔は泣きそうなほど情けなくて、途方に暮れた顔をしていた。


「馬鹿。悲観的になりすぎよ。少しはあたしのこと探そうとか思わなかったわけ?」

「……リナがそういう気なら、探さない方が良いと思った」

「あんたねぇ!あたしはそんな卑劣な手段使うような人間じゃないわよ!!」

ガウリイから剣を奪うためだけに抱かれるなんて冗談ではない。
それなら光の剣の時にやった方が良かっただろうし、あたしにあんな重い両手剣など使いこなせない。かといって売り払うにももったいないし…。姉ちゃんの献上品にするのが関の山である。
はっきり言って、実用上あまり利得はない。

大体、ガウリイから剣を奪い取るなら、難しい話でも小一時間ほど聞かせて、油断した所を鈍器でどつき倒し、す巻きにしてから金品奪って悠々堂々真っ昼間に別れてやるわよ。
…って、そっちの方が悪どいかもしんないけど…

「なぁ。なんで今更戻ってきたんだ?」

「〜〜〜〜〜っわかんないの?」

「ああ」

「乙女心は複雑でデリケートなのよ」

「ますますわからん」

こいつ今、脊椎反射で答えたわね?
ちっとは考える素振りでも見せなさいっての。

「あたしばっかり損してる気分だったから、あんたも振り回してみたかったのよ。慌てふためいてそこらじゅう駆けずり回るガウリイが見れると思ったのに…」

「悪趣味だな…」

「ほっといてよ」

ぷぅと頬を膨らませ、ガウリイを見上げると、あたしの心まで見透かすようにじっと蒼穹が見ていたが、ようやく何かを悟ったのか、それまで強張っていたガウリイが安堵のため息を漏らして表情を和らげた。

「リナ」
「あによ?」

「リナは剣とオレ、どっちが欲しい?」
「案外しつこいわね…」

苦笑してあたしを包み込もうとする腕に身を任せる。


彼はもっと大人だと思っていた。
執着や愛情にはあまり縁のない男だと思っていた。

少しだけ歩み寄ったあたしはガウリイの等身大の姿も見えるようになって。
確かに、年の功のためか経験があって、あたしより大きくて届かないくらい深い所もあるけれど。
あたしの姿が見えないだけで不安になったり、傷つきやすかったり…
本当はすごく人間味溢るる男だった。


「どっちもこの世で二つとないものなのよ?両方欲しいに決まってるじゃない」

「リナらしいな」

抱きしめられて、頭の上から降ってくる低くて心地良い声。

「オレはリナだけが欲しい。リナさえ居ればそれで良いんだ…」

「無欲ねぇ。あたしはお金も欲しいし、新しい知識も欲しい。盗賊もいびり倒してお宝がっぽり巻き上げたいし、それから……」

「オレって盗賊いびりと同列かよ……」

情けない声に思わず笑みを漏らす。

「少しは元気になったわね?」
「ああ。リナが戻ってきたしな」

口元に笑みを浮かべ、嬉しそうに髪をすく。

「…今度はちゃんと探しに来なさいよ?」

「おう。照れ隠しで毎度こんなことされちゃ敵わんからな。
もう二度と逃がさないように肝に銘じとく。でも、お前さん、体大丈夫か?昨日あんだけ無理したんだから、ゆっくり休んでた方が…」

「ああああああああいーから!余計なことまで言わなくていーーから!大丈夫だからっっ!!」

まったくっ!なるべく忘れようと努めてるってのに、余計な事を言うんじゃないのっ!!
また顔が熱くなってきたじゃないのよ…っ


「そ、それよりさ。あたし、お腹空いちゃったのよね。ご飯食べに行きましょ!」

強引な話題転換にガウリイが呆れた顔をして、あたしのほっぺたを両手でみょんみょん引っ張る。

「こんな真っ赤な顔で外に出たらお前さんの方が美味そうだって料理されちまうぞ?」

「や、やかましい!誰のせいよ、誰の……」

「もちろん、オレ。
 せっかく苦労してここまで咲かせたのに、横槍入れられたんじゃたまらんからなぁ…」

「ちょ…っ! ど、どこ触って……っ!?」

明らかに抱き締める以外の意思を持った手つきがあたしの肌を彷徨い始めるのを必死に牽制してみるのだが。
悲しいかな、どんなに拒んでも次第に懐柔されてしまう。

「ん〜。もう少し二人でイチャイチャしてようぜ。傷心のオレを慰めてくれよ」

「だから!お腹空いたんだってば〜〜〜っっ」

「オレも腹ぺこだ。満たされるためにはたっぷりリナを充電しなきゃなー」


「そーゆー意味じゃなーーーーい!!!」




いつのまにか日は完全に暮れ、室内が闇色に沈んでゆく中、沈まない二人の声がしばらく攻防を続けたとか…。
ちなみに、あたしたちが本物の食事にいつありつけたか、なんて野暮なことは聞かないように。

ってか、むしろあたしが聞きたいくらいよーーー!!!!!!













■ 終 ■