moon light magic

















「リナ…」


誰かがあたしを呼んでいる?
誰かがあたしの頬を撫でている?

ダレ?

ううん。この声をあたしは知っている。
いつも隣にいる男(ひと)

彼の名は・・・


「ガウリイ?」

もう朝なの?
強い光を予想して瞼を細く開いたけれど、辺りはまだ暗闇に包まれていた。


「起きたか、リナ?」

今度はあたしの髪を梳いて、瞳を覗き込みながら嬉しそうに言ってくる。

「ちょ・・あんたっ こんな夜中に乙女の部屋で何やってんのよ!」

今は真夜中が過ぎた頃であろうか。
月がまだ煌々と輝いている。
月光で淡く照らし出されているのは、あたしの自称保護者、ガウリイ君。

なんだってコイツはこんな夜中にあたしを叩き起こしたんだろ?


「んで、あんた 何しに来たわけ?」

ベットから上半身だけを起こして、軽く睨む。
こんな夜中に叩き起こされて機嫌のいい人間はあまりいないだろう。
例に漏れず、あたしも声に怒りを滲ませて問いかけてやる。


「夜這いしに来た。」

あたしのイライラに気付いているのかいないのか、ガウリイはニコニコと答えてくる。

・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。

「は?」

今コイツ、とんでもないこと言わなかった?

夜這い?
ガウリイがぁ?
ダレに???

???・・・・!

あたしにぃ!?


「だ・・大丈夫?あんた??まさか春になって雪解けと一緒にあんたのノーミソまで溶けちゃったとか?」

最も、ガウリイの脳味噌は溶け残っていた方が少なかったような気がするが、それはそれ。
大体、コイツは今までこんなフザケタ発言をすることは無かったし。


「なぁリナ。少し飲まないか?」

あたしの言葉など全く堪えた様子もなくニコニコと笑いながら全く別のことを言ってくる。
そして、どこから持ってきたのやら、あたしの前にひょいっと差し出された一本のワインと2つのワイングラス。
月光で青白く縁取られたグラスは魔力を秘めているように淡く輝いていた。


「・・・・あんた酔ってるの?」

うん。そー考えれば全て納得がいく。
じゃなきゃ、この甲斐性なしがあたしに迫るなんて事するはずがない。


「酔ってないよ。今から酔うんだ。酒と、・・・リナに。」

全身を悪寒が駆け抜けていく。かっカユイぃぃぃぃぃぃぃ
酔ってるっ絶っっっっっっっっっっっ対酔ってる!!

けれど、ガウリイからは酒の匂いはしない。
うん。きっと無臭の酒なのよ。
そーよ。そんなの聞いたことないけどそうなのよ。そうよ。
今、あたしが決めた。


「ホント可愛いよな。リナは…」

今の歯の浮くような科白で頬を赤く染めたあたしに、ガウリイの蒼い瞳が近づいてくる。
あたしは、ぷいっと横を向いて蒼い瞳から視線を逸らす。
コイツの瞳は心臓に悪いのよっ 
しかも今日はいつもみたいにほんわか〜って感じじゃない。
真剣で・・・なんかコワイ。


「なぁリナ、飲むか?」

逸らした視線にグラスが一つだけ差し出される。

「・・・・・・。一杯だけなら。」

ホントは乗るべきところじゃないんだけど、普段のガウリイはあたしに『子供にはまだ早い』って言ってお酒を飲ませてくれない。
滅多にない機会だし・・・一杯くらいなら大丈夫・・よね?


ガウリイはあたしの言葉を聞くと、ベットから腰を上げ、グラスとワインをナイトテーブルに置く。
手際よくワインを開け、それぞれのグラスに注いでいく。
あたしはその間にベットから抜け出し、窓際に腰掛ける。
やっぱこーゆー夜は月見酒が一番よね。

「ほいよ、リナ。」

差し出されたワインは紅く、水面には月が映っていた。
ワインの中に月があるみたい。
綺麗・・・。


「そんなにアルコールは高くないから、飲みやすいと思うぞ。」

「ありがと。」

一応礼を言って彼の手からグラスを受け取る。

早速ワインを口に含む。

・・・・こくん。
うん。確かに喉越しが良くて飲みやすい。
あたしの口の中にアルコールと甘酸っぱい酸味が広がった。


「綺麗だな。」

蒼い瞳を細めて、こちらを見つめながら言う。

「そーねぇ・・・綺麗な月ね。」

「違う。月明かりに照らされてるリナが、だ。」


ぶっっ・・けほっけほっ・・
二口目を口に含んでいたあたしは今の言葉で思いっきり吹き出す。

・・・おかしい・・・やっぱりガウリイがおかしすぎる。


「ガウリイ、あんた、もしかして落っこちてた食べ物でも拾い食いしたの?」
「リナ、情緒がないぞ。」

小さく、呆れとも苦笑とも取れる笑みを浮かべる。

ふんっ あんたにだけは言われたくないわよーだっ



「でもよくワインなんか持ってたわねぇ」

気を取り直して、あたしの横で立ったまま飲んでいるガウリイに問いかける。

「ああ、宿の主人がくれた。」

「何で?」

「さぁ・・・」

やっぱクラゲよねぇ〜 
これで記憶力が良かったら非の打ち所がないんだけど・・・
天は二物を与えないってホントねぇ。

苦笑しながらまた一口こくり、と飲んで月を見上げる。
本当に、月が綺麗。

「やっぱり、リナの方が綺麗だな。」

いつの間にか空になったグラスを置いて、あたしの頬に手を添えるガウリイ。

「一体どうしたのよ今日は・・・?」

「言っただろ?リナを夜這いしに来たって。」

ををっ ガウリイが前に言ったことを憶えてるっっ!!
・・・ってそんなこと考えてる場合じゃないかも。

あれっ?をや??なんか・・・ガウリイの顔が近づいてくる!?
え?
ええ?
ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇっっっ
こ、こここここれってもしかしてっっ!!噂に聞く、キっキスぅぅ!?

後ろへ下がろうとしてもカタンっと窓に当たってしまう。
前はガウリイが塞いでるし・・・っ
も、もしかして、もしかしなくても逃げ道がないぃぃぃ!??


「が、ガウリイっ もう一杯飲む?」

自分が飲んでいたグラスをガウリイの前に出して牽制してみるが・・・、

「オレはワインなんかより、リナを味わいたいな。」

ひょい、とあたしの手の中のグラスを取り、後ろのテーブルに置いてしまう。

ヤバイ・・・っ このままじゃかなりの勢いでヤバイっっっ
いったいどーしろっていうのよぉぉぉぉぉぉぉ


「あ、あんた、もう酔ってるわけ!?それとも月の魔力に操られてるとかっ」

「オレはシラフだし、自分の意志でリナに迫ってるんだ。
 さぁ、もう瞳閉じて。」

限りなくヤバイぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!!!!

だれかぁこれが夢だといってぇぇぇっっ!!!!


「あんたっ あたしのこと子供扱いしてたんじゃないのっ!?」

「子供を夜這いなんかするかよ。今のリナはどんな女より魅惑的だ。」

もうガウリイの吐息が掛かるくらいに近づいてる。
ひえええええええええぇぇぇぇ洒落にならん!!!!!!

そだっ呪文!
呪文唱えなきゃっ・・・・・でもどんな?
呪文ってなによ!?

ガウリイの蒼い瞳で見つめられ、頭の中が真っ白でなにも浮かばない。

やっ!これ以上ガウリイの瞳見てられないっ!
ぎゅって瞼を閉じる。

「がう・・・んっ」

とうとうあたしの唇に、柔らかくて温かいものが触れる。
彼の大きな手が、あたしを優しく・・けれど強く抱き締める。

「ん・・・ぅん・・んん」




――初めてのキスは、甘酸っぱくてほろ苦いワイン味。
それは全身から力が抜けていくような長くて、深いキスだった。




「はぁっ・・・」
「やっぱりワインなんかより、リナの方がずっと甘いな。」
「・・・バカ」

なんで抵抗する気になれないんだろう。
あたしまで月の魔力に魅せられたのかな・・・?

くすっとガウリイが小さく笑う。

「このまま全部味わいたいけど、今日はここまでにしてやるよ。
 また、月が出た夜に夜這いに来るな。」

どこか妖しくどこか神秘的な男はあたしを抱き上げ、ベットに戻す。


「リナが忘れないように、約束の印だ。」

パジャマのボタンを2つほど外し、首筋に顔を埋める。
熱い吐息、熱い唇、微かな痛み。―――そして、残された約束。


「お休み、リナ」


呪文のように耳元で囁かれ、あたしは瞳を閉じて夢に落ちていく。
途中で唇に温かい感触。
それはさっき感じたばかりのもの。
優しく触れる彼の唇を、あたしは夢心地で受けとめた。


どうやら・・・あたしは海月の魔力に魅せられたみたいね。
















           ―――翌朝―――






何も変わりないはずの朝。

思いっきり背伸びをして起きあがり、着替えをし始める。

……ん? アザ…?
ふと着替える手を休め、鏡の前に立つ。
その鏡に映し出されたのは、首筋に残された昨日の約束の印。

――夢じゃ・・・・なかったんだ―――

嬉しいような・・・恥ずかしいような――・・・

・・・取り敢えず、今日の朝食はあいつの奢りで決まりねっ

あたしは部屋を出て、あいつが待っているだろう食堂に向かう。
記憶と共に付けられた紅い印にそっと手を重ねて―――





その後、

あたしは月の出る毎夜に、金髪の、蒼い瞳に月の魔力を宿した月の使者を迎えることになる。

でもそこから先は、あたし達2人と・・・月だけが知っていること――












END