罪か、罰か、祝福か…













「…ガ……ウ…リ……」



虚ろな声と虚ろな瞳。

天空では無機質な月光が細く妖しく輝き照らす。
月下で無情にも照らさ暴かれる所行…

それは、乱れたシーツとその上を蠢く者たち。

シーツの波はしなやかに…妖しくたゆたい、
白いシーツの波に栗色の髪を散らすのは、縫いつけられた少女。
手足の自由を奪われ、為すがままに弄ばれる…
その華奢な躯の上に覆い被さる者は、しなやかな野生の獣を思わせる男。
それが全裸にさせた少女の上で……ひたすら貪っている。
サラリ、と月から彼女を――自分の犯した罪を隠す髪の色は、彼女が好きだと言った、見事な金髪だった――……






「……ガ…ウリ……イ………」


















「忘れましょ。お互い、何もなかった…」



それが、リナの下した決断。
彼は絶望を称えた瞳で、重々しく…頷いた。






夜が明け、昨日の白紙の罪と変わらぬ朝が訪れる。

ふと、廊下で対局の瞳がかち合う。
彼女の方は何か言おうと口を開いたが、それを言葉に出す前に、彼は彼女に歩み寄って顎を攫い、口づける。

言葉など言わせない。

「…ん……っ」

何も聞きたくない。
ただそれだけの事で彼は必死に縋り付いた。

何時か来る限界はほんの数分で。
彼は静かにリナから離れると、軽く乱れた呼吸を整える。

「おはよう。リナ…」

逃がさない。
逃げられない。


「お…は…よ。……ご飯…食べ…よう…」
「あ………あぁ…」

拍子抜けしたとも言うべきか。
拒絶の言葉でも罵りでもなく、リナは途切れ途切れにそう言ってきた。


表面上は何も変わらない。

二人の化かし合いが始まった。


彼は、想いのために。
彼女は、彼のために。

交差する想いは互いに届かない――





時間というモノは、過ぎてみれば早いもの。
もうすでに町は暗闇の中に沈んでいた。

「じゃあ……ぅんっ!」

ノブに手を掛けたリナの肩を掴み、顎をこちらに向かせ、口づける。

「おやすみリナ。…良い夢を」



ガウリイは口づけを繰り返す。
あの夜を……決して忘れないと、寡黙に示す為に―――


何も言わない彼女。
変化は彼女の瞳。
少女から、見知らぬ女に変わった。
それが唯一の変化。
態度も話し方も笑い方さえも、何一つ…瞳を除いては、何一つ変わらなかった。

次第に想いが募る。
いつ、彼女は消えるのか。
自分の気持ちは、伝えていない。
そう。彼は言葉にしていない。
ただ―――抱いただけ。
溢れた想いに操られ、彼は月の祝福を受ける少女を抱いた。
あまりに美しく、妖しすぎる彼女。

少女の制止を振り切って…拒絶の声を無視して…
彼女の想いも、知らぬままに……

彼女に消えぬ恥辱を与えた―――
















耐えきれなくなったのは、青白い三日月が満月へと変貌を遂げた夜。

「ん……っ」

いつものように。
消えることは許さないと口づけを贈る。

「……お…やす…み」

唇を解き放ち、彼に言う挨拶はマンネリ化したもの。
他はない。

それが引き金となり、限界が訪れる。
彼女が閉めようとするドアに足を入れ、反射的にそれを阻止する。

「リナ。話がある」

切羽詰まった声に、抗議の声を上げようとしていたリナが僅かに眉を潜めた。

「………………明日に出来ない?」
「どうしても、聞きたい事がある」
「………………」

リナは諦めたように嘆息すると、無言でドアを開放する。
ガウリイはリナ隣に滑り込み、ドアを閉める。
明かりのついていない部屋は―――あの日と同じだった。

「で、話って何?」

窓越しの月から、リナに目を移す。
彼女は静かだった。
少なくとも、彼には彼女の表情からは何の感情も読みとることは出来ない。
ゆっくりとリナに向き直り、強張った表情で話を切りだした。




「決着を付けに来た…」

「……………」

張り詰めた空気は、彼女の緊張か、自分のものか。
危うい糸が部屋中を張り巡り、二人にも容赦なく、絡み付いた。

「あの夜――…オレは……」
「もう、その話はしないって言ったでしょ?」

冷めた口調の中には、僅かな焦り。

「嫌だ……決着を――つけたい」

血を吐くような思い。
そう。彼女の答え次第では、二人の仲も、それまで。
あまりにもあっけなく…終止符を打つことになる。

痛切に現実を受け止めながら、ガウリイは再び話を切り出した。

「あの夜、オレはお前を無理矢理抱いたんだ……強姦したんだぞ?
 なのに…なんでお前はオレの傍にいてくれる?
 何故あの時、オレを拒まなかった?」

「もう終わった事よ」

「終わってない!!…終わってないんだ…
 罪か…罰か…祝福か…どれでもいい。お前の審判を下してくれ!
 オレは…それに従うから…」

「………………」


沈黙が積み重なるごとに彼の全身が震え出す。
今更ながら、絶望にも似た恐怖が襲ってきたのだ。
聞かなければ良かった…
そうすれば、明日も彼女と変わらぬ日々が待っている。
と同時に。
聞いて良かった。
これで一歩、前に進める。あの夜から止まったままの時間が動き出す。

敗退的な自分と変化へと逃げ出したい自分の思いが交差する。
どちらにせよ、もう後戻りは出来ない。

俯き加減に、彼は最後の審判を待った。



「アンタはもう、それを受けてるでしょ?」

静かに言った言葉の真意―――
彼にはまだ分からない。

「…?」

リナは小さく微笑む。
穏やかに。切なげに。

「あたしはもう、それを全て与えてるって言ってるのよ。
 罪はあの夜の記憶の封印。解けそうで解けない…もどかしい封印。
 罰は……沈黙。そして……祝福は受諾。
 ねぇ、ガウリイ。あたしはアンタを拒んだ?」

ガウリイは弾かれるように顔を上げる。
彼の揺れる瞳を見据え、そのあまりに情けない表情にリナは自然と口調を和らげた。

「あたしはガウリイを責めた?」

彼はただ首を横に振る。

「あんたは一人で旅を続けている?」

もう一度、首を振る。

「リ…ナ……が」

そして迷子の子供のように、弱々しく呟く。

「リナがいてくれる」

もう一度。

リナはため息を吐くと、今度は非難するように視線をきつくする。

「ガウリイだって、一度も言葉にしてないわ。
 抱いても……口づけを交わしても………何も言わなかった…」

「それはっ オレがお前を傷つけたのに……今更…卑怯だろ」

「そうね。アンタは卑怯者よ。その上、臆病者よ。
 あたしを押さえ込んで…力を振りかざし、あたしを犯した」

叩き付けるように、キッパリと言う。
その事実が彼を切り刻み、苛んでいく…
でも、リナは彼をただ傷つけたいんじゃない。
反省や謝罪なんて求めていない。
彼に気づいて欲しいだけ。
彼女の秘めた想いに……

「これはアンタが聞きたがったことでしょう?ちゃんと聞きなさい!」

絶望の瞳をした彼に檄を飛ばす。


「だけどね。」

言葉を一度切り、彼の頬に手を伸ばし彼に彼女のぬくもりを伝える。

「あたしは、ガウリイを受け入れたのよ」

どんなに卑怯者でも。
どんなに情けない男でも。
リナはガウリイを受け入れてのだ。
その言葉が深く沈んだ彼の心に届いたのだろう。
廃人のような彼の瞳に一筋の光が射し込む。

「あんたはクラゲだから…順番を知らないのね。
 脳味噌が万年不在だから、人の愛し方も忘れたのね。
 抱いて……キスして……そうじゃない。
 言葉とキスの後に……あたしを抱いてよ。」

「…リナ……っ」

悲鳴のように彼女の名を呼び、腕の中に閉じこめた。
震える手と…躯で。

「どう?あたしの罰は辛かったでしょ?いい気味よ。
 このあたしに手順を踏まず手を出した愚かさを呪いなさい」

彼女の華奢な躯を締め付ける苦しい圧迫感があるにも関わらず、
そんなものなど微塵も感じさせないほど、穏やかな声。
彼はただ、偉大さを秘めた彼女の器を縋るように精一杯抱き締めた。

「リナ…愛してる…愛してる……っ いつの間にか、そうとしか考えられなくなった。心が壊れて…溢れちまうくらい…」

「ね、それはさ。ちゃんとあたしの目を見て言ってよ」

言われるがまま、彼女の躯を一度放し、頬に手を伸ばして包み込む。

「愛してる」

真剣な蒼玉の瞳がリナの紅玉を射抜く。
リナはゆっくりと瞼を閉じ、

「もう一度。言って…」

「愛してる。リナが欲しい」

彼の言葉がリナの心に染み込む余韻を味わうかのように、そっと聞き入る。

そして、再び開けたリナの瞳は――幼い少女の無垢な瞳だった。

「よし。ガウリイにしちゃ上出来ね。」
「オレにしちゃってのは……」

困ったように呟き、そして何を思ったか、満面の笑みを浮かべる。

「オレにも言葉をくれないか?」
「駄目よ。罪は許せても、罰は続行」

素っ気なく言ったつもりでも、リナの頬は赤い。
つまりは、そういうこと。
ガウリイはリナが照れていると分かっていながら、言葉をせがむ。

「でも、同じ審判は二度と受けたくない。リナの言葉も欲しい」
「や〜よっ恥ずかしいモンっ 言わなくても、分かるでしょ?」
「分からん」

そう言って、少女の唇に自分のそれを重ね、深く味わう。

「んっ……はぁ……」

二人を繋ぐ銀の鎖は脆く、直ぐに切れる。

「わからないな…どうしてオレを煽るように声をあげてくれるんだ?
 どうして素直に受け入れてくれる?
 どうして頬を赤らめ…吐息を乱して…オレを誘う?」

「それは…祝福。受諾の内よ」
「じゃ、どうしてオレの傍にいてくれる?」
「それは………」

潤んだ瞳を挑戦的に光らせるが、彼女は意外にあっさりと白旗を上げた。

「アンタを好きになっちゃったせいでしょ?」

「そうか…」

そっぽを向こうとする彼女の顔を包み込んで、満足げに頷く。
彼女にしか見せ得ない極上の微笑みを持って、もう一度、顔を寄せる。


リナもそっと瞳を閉じる。
重なり合った唇は甘くて。
今度はさらに深く、リナの思考を全て奪うように激しく求める。






「リナ分かってるよな。言葉と口づけ…その後に何が来るか……」

抱き締められ、頭の上から降ってくるガウリイの言葉はいつもとは少し違う響きを持っていて。




リナは彼の広い胸に顔を埋め、


――小さく頷いた。













〜fin〜