烙 印…狂愛の行方…
















   ―――どうすればあいつの全てが手に入る?

   ―――どうすれば、あいつを思い通りに出来る?



優しく湯気が立ち上る温かな食事をトレイに乗せ、ゆっくりと廊下を歩きながら思案を巡らせる。

この食事は宿屋の主人が何日も部屋を出てこないリナを気遣って用意した食事らしいが。
本当なら、俺はあいつの傍を離れるべきじゃない。


……目を離せば何をするか解らないからな。

やっと手に入れられたのに、自殺でもされてはもともこもない―――
唯一、俺の手の届かない地獄(ところ)に逃げる事など許さない。

まぁ、もっとも、もう何日も食事はおろか睡眠も摂らせていないのだから、身体が困憊しきってロクに動くことすら出来ないだろう。

ノックすることもなく、ごく自然な動作で部屋に入る。


そこは下界と切り離されていて。
窓は閉め切り、光も遮断され、風の動かない薄暗い室内。
シーツが乱れ、散乱した衣服が床に敷かれている……

俺にとっては見慣れた風景だった。

後ろ手でドアを閉め、鍵も厳重にかけ直すと、薄笑いを浮かべながら寝台に近寄っていく。

シーツでくるまれた、廃人同然の彼女のもとへ――


くっくく…
俺の気配が近づく毎に、震え怯えるお前が分からないと思っているのか?
俺だけの反応に、それがなんであれ俺を喜ばせることに。

「メシ、持ってきたぞ」

返事など出来るはずがないと知っていても、保護者の時のように優しく頭を撫でる。
紅宝のガラス玉に俺の姿が映る事を確認して、
念のために、と縛っておいた両腕と、さるぐつわを外してやる。

「さぁ、食え。…腹、減ってるだろう?」

「……」



   ―――なぁ、覇者と呼ばれた人間たちよ。相手を征服するにはどうすればいいんだ?

   ―――決して思い通りにならない相手を屈服させるにはどうすればいいんだ?



「ほら、食べないと精がつかないぞ」

一さじ掬い、口元に運んでやるが、その度に拒絶を繰り返す。
笑おうとしたのだろう。
しかし、彼女の笑みは、ただ口を歪ませるだけだった。

「また…貪り足りないの?そろそろ飽きたんじゃない?」
「生憎だが、当分飽きそうにないね。やっと…お前が俺だけのモノになったんだ」

愛おしげに髪をすく手が一回りも二回りも細くなったリナの手に振り払われる。

「…っ………あの時の…騙して保護者ヅラしていたときのあんた面、もう二度と見たくないわ。不愉快よ」

「まだそんな元気が残ってたんだな。なら、メシなんか食わなくても出来るな」


床にトレイを置き、リナの両腕を掴み上げ、のし掛かる。

「………ゃぁ…っ…くっ…………」

唇を噛み締め、躰を熱くする愛撫に必死に耐える。

「躰は正直なんだろ?俺のでカンジてるんだろ?」
「…あんっ…た、な……かっ…サイ、テー……っ…」

行為は激しさを増し、俺自身で彼女の中を往復を繰り返す。

「…ふ……くっ……」
「リナ、愛してる…」
「………ぁぅ…」
「愛してる、愛してる愛してるっ」
「……っ…」
「…く、リナ…」
「ぁぁあ…」

小さく悲鳴を上げ、二人は昇りつめる。
が、休む暇もなく再び彼女を犯し始める。

何度彼女の中で果てようと。
何度彼女が失神しようとも。
俺はリナの体を貪り続ける。

そう…躰はいとも容易く征服できるから。

「どうしたらお前の心まで征服できるんだろうな…」

ふと、漏らした呟きに、リナの瞳が見開かれる。
しかし、それは直ぐに憎悪の色が滲む。

「どこまで貪欲なの。こんな方法でしか表現できないゲスが…っ」

苦笑が漏れる。

「そうだな」

そして、一際大きな波に飲み込まれ、彼女の中に欲望を吐き出した。

ようやく彼女の上から退き、痙攣する彼女の躰を傍らに置くと、
包み込むように強く、抱きしめる。
柔らかい髪に顔を埋め、体温が肌を伝わってくる。

全てを引き替えに、俺はこんな飾りを手に入れた。

本当に俺が欲しかったのは、笑いながら俺だけを見つめ、『愛してる』と俺だけに言う彼女の姿。
とっくり諦めがついたと思っていたのに、未練が断ち切れずにいる。

いつか、いつか、俺に……っ

一層力を込め、折れてしまいそうなほど華奢な躯を抱き込む。
気絶しているであろう事を前提とした、本音。

「どうしたら…どうしたら……お前を手に入れられる?
 本気なんだ。本気で愛してる。壊してやりたいほど…っ
 もう耐えられなかった。俺に犯されれば、お前は否応なく俺の存在を
 思い知らされるはずだった。
 俺を受け入れてくれる…はずだった。
 なのになんで…本当はただ、…ただ、俺だけを見て欲しかった…
 ……俺な、
 もし時間が戻ることが出来るなら、俺は出会った頃に戻りたい。
 出会い頭に『惚れた』って宣言してやるから。
 枷を付けずに、自分を偽らずに…お前に俺を保護者としてじゃなく、
 男として、始めから意識してもらいたい。
 そしたら、…きっと…幸せになれるんだろ…な……きっと…っ…」

「……泣いてるの?」

どくんっ、と心臓が跳ねる。

「気がついたのか?」
「……ええ」
「そうか…」

抱きしめる力を緩め、痛々しい痣の残る彼女の手首をとると、なるべく痛みを感じないように麻縄で縛る。

「痛くないか?逃げないって約束すればもうこんなことはしない」

「……………」

「冷めちまっただろうけど、メシ食うか?」

「……………」

「……………リナ?」

「あたしは、あんたを男として見ていたわ」

「………リ、ナ…?」

リナの言葉に躰が否応なく、震えた。

「卑怯な男としてね。何も明かさず、何も望まないような素振りで、とんでもなく貪欲で。あたしはあんたを許さない」

「……ああ」

「最低よ。詰られて当然よ。でも…」

「……」

「嫌いに成りきれない。殺したいほど憎いのに、まだあんたへの信頼が捨てきれなかった。それが…このザマよ」

「お前への信頼を裏切ったつもりはない。俺がしたのは、お前に想いをぶつけただけだ」

そう。
喩え、世間ではそれが狂気と言われようと。

「あたしは…っあんたが好きだった。あんたと…っ………ずっと…」
「俺はそんな綺麗な世界じゃ生きられないんだ」
「……」

リナの肩から力が抜ける。

「そう。分かり合えないってことね。
 …悪いけど…あたしはもう幕を下ろさせて貰うわ」

「死なせはしない。絶対に。どうやって死ぬんだ?
 手を縛られ、俺がお前の傍で監視しているのに…」

「死ぬ?誰が?死んだりなんてしないわ。あたしは自由になるの…こうやって」

ちく、と足にささった痛みは微かなものだった。
しかし、身体は途方もない眠気と脱力感に襲われる。

「な、に…を」

リナはこちらを向き、面白そうに口を三日月に形作る。

「へぇ〜効くのね。あんたがあたしに盛った薬は。どぉ?
 そっと針に仕込ませて置いたのよ。あんたが油断した隙にね」



「…リ、ナ……」

「さよなら」

あっさりと呪文で束縛を断ち切る彼女を霞んだ眼差しで見つめる事しかできない自分がとんでもなく歯がゆい。
リナは散らばった服を拾い、ゆうゆうと身に纏ってゆく。
そして、支度を終えた彼女はオレに背を向け歩き出そうとした。

「ま、て…」

伸ばした手で必死に彼女を抱きしめる。

「放しなさい」
「いや、だ」
「……ブラム・ファング」

躊躇いもなく、呪文を俺に向かって解き放った。
刃となった風が素肌を切り裂き、鮮血がにじみ出る。

「これで分かったでしょ?あたしは本気よ。放しなさい」
「いやだ」
「…モノ・ヴォルト!」
「くぅ…はぁ!」

全身が弾け、躰が熱くなる。
引きつる皮膚と、嫌な匂い。
そして、鋭く全身に奔る、激痛。

「…ぐ…っはっ!」
「殺されたいの!?早くっ早く放しなさいっ!」
「…おかげで頭がスッキリした。嫌だ。例え屍になっても放すものか」

「…っ眠り…眠り、眠り!!…なんで…効かないのよ……
 あんた、ほんとに死んじゃうんだからねっ!放してっっ」

「今日はな、寒いだろ?外は雪が降ってるんだ。風邪、引くぞ」
「…っ…あんたなんかに心配…してもらう義理なんて……」

唇を噛み締め、目尻に浮かぶ涙を乱暴に拭うと、不意に、リナの抵抗が止んだ。
彼女を抱きしめる力をさらに込める。

「…痛いな。
 けど、お前さんが心に受けた傷だと思えば、なんてことはない。
 久しぶりに呪文食らって随分マトモになったよ」
「…は、なして…」
「嫌だ」
「……っ…」

言葉に詰まるリナ。
暫くは沈黙だけが室内に広がる。
やがて、紡ぎ出た混沌の言葉に俺は正直、耳を疑った。

そして、ほんの僅かな、未来に繋がる希望が弱々しく灯るのを感じた。
ゆっくりと、美しい声音でリナが唱えているのは、傷を癒す回復呪文。
やがて癒される傷と引き替えに、猛烈な眠気が襲いくるが、俺はここで気を失うわけにはいかない。
意識を保ち、強く、強くリナを抱きしめる。

「…ばぁか。あんたがそんな、んじゃ…あたし、は…、」

「…ごめんな。俺は普通の愛し方なんて分からない。
 でも、な。俺の全身全霊でお前を護るから」

「…こんなにあたしを傷つけてたのに?」

「俺だけに傷つけられるお前は…綺麗だった。
 他人に傷つけられるのは、許せない。それだけだ」

「自分勝手すぎるわ」

「そうだな」

「あたしはあんたがしたこと、絶対に許さないわよ」

「…ああ。罪を背負って、お前の傍で生きたい」

リナの目尻に滲む涙を舌で拭い、耳元で囁く。

「愛してる。今までも、今も、これからも。ずっと…」

シンと静まりかえる室内。
突き刺すような部屋の空気が、やがて穏やかに流れ始める。



「…お腹減った」

「は?」

リナの思わぬ発言に場に、そぐわない頓狂な声が口をついて出る。

「あんたが、あたしを縛って監禁するから!何も食べて無くてお腹が減ったって言ったの!」
「…飯、あるぞ」

ぼそっと申し訳なさそうに呟き、冷め切った食事のトレイを指差す。

「冷えてて美味しくない」

きっぱりという彼女に思わず顔をのぞき込む。

俺の知っていた少女の輝きと、俺の知らなかった女の顔がそこにあった。
自然と笑みが浮かんでくる。


切望した物。
失って絶望した物。
そして取り戻せた物。

全てがリナの表情の中にあった。

「俺もそーいえば腹減ったな。下に降りて、飯でも食うか?」

鼓動が激しくなる。
彼女の、表情一つで。
以前は見慣れていた、あのちょっと拗ねてみせる愛らしい表情だけで。

「ふっふーんだ。あんたは薬が効いててロクに動けないんだから。
夢の中で匂いだけ嗅いでお腹いっぱいにしなさいよ」

「あっ ずるいぞっ」

「あたしを監禁した罰よ。あ、余ったら持ってきてあげる♪」

「おっおいっリナ〜〜っ」

我ながら情けない声を上げて、すたすたと歩くリナに必死に手を伸ばす
が、何度も不自由な体で上手く捕まえることは出来なかった。
するりと腕を抜けられてしまう。

「置いていかないでくれよ〜」

「だぁぁぁぁぁあっっもぅっ!情けない声出すんじゃないわよっ!!」

振り返り、今度は俺の方に真っ直ぐ歩いてくる。
それはこんな俺を受け入れて、傍にいてくれることへの承諾の証。

「ほらっ…ったく…世話が焼けるわね〜」

「お前さんが俺に薬を盛ったんじゃぁ…」

「そこんとこだけ器用に忘れなさい」

身も蓋もなく言い返すと、俺の手を取る。
それが合図とばかりに思いっきり引っ張ってリナにキスをする。

「ん…っ」

抗議の如く押し返される手も、逃げ回る舌も、全てが愛しい。
愛しくてたまらない。
やっと…やっと手に入れた。

はぁ。

繋がる銀の糸が、零れる吐息が、オレの欲望に火を付ける。
…まぁ、今回は我慢しよう。
今度やったら、きっと次はないだろうし。
流石に俺もここ数日ロクなモン食ってないせいか、腹が減った。

そのかわり。


「ひっかかったな」

「だ、騙したわね」


彼女の輝きを、全身で浴びよう。
消えなかった輝き。消せなかった想い。

それを何者からも守りたいのと同時に、俺の手でズタズタに引き裂いてやりたくなる衝動に駆られる。まさしく諸刃の刃。

守るから。愛してるから。全て俺に捧げてくれないか?
俺はもうどうしようもないほどお前に溺れているんだ。
お前なしでは息も出来ないほどに。


満たされないのなら………俺は喜んで理性を手放そう。

お前が他の誰かに目を向けるなら、俺は躊躇なくその目を潰すだろう。
お前が俺の傍から離れるなら、俺は嬉々としてその足を折るだろう。

お前が誰かに心を奪われたなら、俺はその脈打つ体から赤い滴を滴らせて、心臓をえぐり出して食らいつくすだろう。

その代わり、お前が俺を愛しく想うなら、真綿にくるむようにふんわりと優しく愛して、全てに代えてもお前を守ろう。
お前が俺に手を伸ばすなら、そこに羽のように軽い口づけを落とそう。
お前が俺を見つめてくれるなら、膝を折って終生の忠誠と愛を誓おう。


……ごめんな、リナ。俺にはこういう愛し方しかできない。


許してくれとは言わない。
それは烙印として俺に刻まれるべきものだから。


「さぁ、下行ってメシ食うぞ……?…なんだ?
 もう立てないのか?」

「絶対ぜぇぇぇぇぇっったい許さないんだから」

「はいはぃ。我が儘なお姫様だ。ほら。抱っこしてやるよ。
 世話が焼けるな〜…最も、俺にしては最高の甘えだけどな♪」

さっきのお返しとばかりに言い、薬の効果など何処へやら。
彼女に灯った輝きが俺の中和剤。実際、体が興奮して眠気なんか吹っ飛んでるしな。ハンストのせいで軽くなった少女を楽々と抱き上げる。

「だ…っ誰のせいだぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」

ばたばたと暴れる少女をなだめながら、ゆっくりと階段を下りてゆく。

「随分痩せちまったなぁ〜
 いっぱい精つけろよ。そんなんじゃ持たないから♪」

「全然変わってないじゃなぃぃぃっ!!!!」

詐欺だと言わんばかりに叫ぶ。
まぁ、そーとも言うかもな。

許されなくても良い。

けど。

「俺はもう抱かない、なんて一言も言ってないからな」

この想いだけは、どうか許して欲しい。
自分でも制御できないほどの、この、狂愛を。

「卑怯ものぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!」

「でも、そんな俺の事が好きなんだよなー。お互い様だ」








リナ、

俺を愛してくれるなら、どうか――――

どうか俺に、罪の烙印を刻んでくれ。

二度と消えないように。


二度と、見失わないように―――――













END







…てへ♪なんかサイトに載っちゃった(爆)
ど〜せメールだけだし〜♪とかいって、調子に乗って書いたもので、
サイトに載せるつもりが無かった分、とんでもない文が羅列してますが……。
はぅ。ご容赦を…。よって、多少イケナイ部分もあります。(直せよ、自分)
が、moon tear行きになる程のレベルじゃありませんし…ま、どーせ飛鳥んトコだし(←人様に差し上げたくせに〜!)
Lily様の『続編が見てみたい〜♪』というお言葉に甘えて、ホイホイっと乗っかって暴走しつつ書いたブツですvv
よって、発案者の方の元へご奉公に行きました(元気でやるのよ〜(笑)

とりあえず、『禁断シリーズ(いつの間にシリーズ化したんだよ)』
はこれでお終いです。皆様が少しでも楽しんでくだされば嬉しさの極みですv