彼と彼女の関係 |
「あ・・・っ」 ガウリイの顔がゆっくりと近づいてくる。 あたしを映していた空色の瞳を伏せて。 そっと包み込む優しい束縛。 やんわりと肩を掴む手。 逃げ出すことは容易い。だけど…… あたしもまた、ゆっくりと瞳を閉じて視界いっぱいに広がった彼の端正な顔を消し去る。 あたしの唇にそっと触れる彼の温もり。 それは優しく包み込むような口づけだった。 何も映し出されなくても、彼があたしの傍にいて触れ合っている確かな証。 恥ずかしくて、でもなぜかほっとして、あたしは彼にすべてを委ねた―― 触れ合っていたのはどれくらいだろう・・・ 気がつくと、彼の唇は離れていた。 閉じていた瞳を開いて最初に映し出されたものは、彼の広い胸。 あたしは、いつの間にか全身を包み込まれるように抱き締められていた。 彼が触れていた唇が、触れられている体が・・・熱い。 「リナ」 頭上から降ってくる彼の声。 いつもの優しい声なのに、あたしに届く声は甘く熱の籠もった響きを奏でた。 彼はあたしを地面にゆっくりと押し倒し―――……って・・え? ちょっ・・・・ちょっと待ってよ!! 「が・・がうりっ」 「リナ・・・」 熱い吐息があたしの背筋を震わせるが、首筋に顔を埋める彼はあたしを求めてくる。 片手で素早くマントとショルダーガードの留め金を外し、あたしの背中を彷徨っていた手はあたしの胸の方に伸びてくる。 「・・・!ガウリイっ」 名前を呼んでも、顔を上げず、あたしの体をまさぐり続ける。 やっ・・・やだっ 怖い!! 「やめ!・・・っ」 ごそごそ・・・ 「やめてって言ってるでしょ〜〜〜がぁ〜〜〜〜!!」 スパ〜〜〜〜ン! いつまでも突っ走っているガウリイの頭に愛用のスリッパをぶちかます。 「〜〜〜ってぇ〜なにするんだよ、リナぁ〜」 それでようやく、ぶすっとした顔をあたしに晒す。 「それははこっちのセリフよ!この所かまわず発情クラゲめぇぇぇ!!!」 スパン、スパパパン!!! 幽かに震える体を奮い立たせてガウリイにスリッパの乱れ撃ちをかける。 「うわっ止め・・っ、リナ、落ち着け。」 慌ててあたしの上から退くガウリイ。 そこからは先ほどの男の顔は微塵も感じられない、見慣れた相棒のクラゲ男だった。 なによぉ・・・なんなのよ一体・・ ガウリイの豹変ぶりにあたしの体から力が抜ける。 「・・・ばかぁ」 ぽそっと呟いて起きあがり、外された武具の留め金を付け直すと、荷物をとって歩き出す。 忘れてやる。うんそう決めた。今のはなかったことにしよう! あたしは今ちょっとした白日夢を見てたのよ。 「お、おいっリナ?」 「ほらっ 早く来ないと置いてくわよ。今日中には町に着くんだから」 言う間にもさっさと進んでいく。 「ちょっ・・リナ、待てっ」 後ろで追いかけてくる気配がする。 「うわっ」 慌てすぎて、何かに躓いたらしい。 振り向けば、ガウリイが地面と熱烈なキスをしていた。 ・・・なんでコイツなんかが怖いと思うのよ・・・ 「リナ〜」 どうにか起き上がって、あたしの隣に並ぶと声をかけてくる。 無視。 ふん!あたしにあんなことしようとしたバツよ! だいたい、初めてが外なんて問題外よ!!! 「お〜い・・リナぁ〜」 懲りずに再び呼びかける声に負け、ガウリイの方を仰ぐ。 「・・・何よ。」 絶対零度より冷たい声で言い放ったが、ガウリイはまったぐ動じた様子もなくあたしの胸元を指さした。 「それ、直した方がいいんじゃないか?」 ??????? 『ま、オレとしては嬉しいんだけど、他の男に見られるのは絶対ヤだからなぁ・・・』などと、大真面目な顔をしながら呟くエロくらげ。 ?????? ・・・・・・・!? ま・・・・・まさか・・・・ いや〜な予感を覚えながら、恐る恐るその先を辿ると・・・・・ 予想通り…いや、予想以上に服がはだけ、その胸元がかなり際どい所まで露出していた。 「うひゃぁああぁぁっっ」 慌てて両腕で覆い隠す。 「ばっっばかっ知ってたならさっさと教えなさいよ!!」 「リナが聞いてくれなかったんじゃ・・・いえ、すいませんでした・・」 あたしの手に宿る青白い魔力球に恐れをなして素直に謝るガウリイ君。 大体!元はといえばガウリイがやったんじゃないっ ばか・・・ばかばかばかばかばかっエロバカクラゲ!! 今更ながら恥ずかしくなって顔が上気してくる。 それをガウリイに知られるのが嫌で、足を速める。 「おーい、リナ〜無理するなよ〜」 あたしを気遣いながら、ぴったりと横についてくる。 あたしが完全なオーバーペースなのに対して、ガウリイには十分余裕がある。 元々の歩幅が全然違うのだから当たり前だ。 ガウリイがあたしの歩調に合わせて歩いてくれてたのは知ってたけど、こうまで簡単に追いつかれると腹立たしくなってくる。 なんだかまたガウリイに子供扱いされているような気分・・・。 あたし、なに独りよがりしてるんだろう・・・ 折角気持ちが通じ合ったのに・・・・・バカみたい。 沈みかけた太陽の先にはあたしたちが目指す町。 あたしはもやもやした想いを抱えたまま、予定通り町に到着した。 「えぇぇーーっジョーダンじゃないわよぉぉ〜〜〜っ」 あたしの雄叫びが響き渡ったのは、目的地の町の一軒の宿屋。 美味しいと評判の店で夕食を摂った後、宿屋を探したのだが、悉く満室だった。 最後の望みを託してこの宿屋に尋ねると、空きがあるという。 ―――ただし、ダブルが一部屋だけ。 冗談ではない。 昼間あんなことがあったばかりだというのに・・・なんで一つ屋根の下で寝なければならないのよ! リナちゃん貞操の危機!! って・・・それもあるけど、何となく気まずい。 あれからまともにガウリイの顔を見ていないのに・・・・一晩中一緒にいなきゃならないなんて冗談じゃない。 「どうにかならないんですか?」 すがるように尋ねるが・・・きっと無理だろうなぁ。 「そーは言ってもねぇ・・・・」 予想通り渋い顔をする宿の主人・・・・と、 何故かあたしとガウリイを交互に見比べ始める。 「あんたら・・・恋人か夫婦かい?」 「ばっっっ違います!コイツはただの旅の連れです!!!」 いきなりの質問に顔を赤らめながらも、力説する。 「・・・・・・」 ガウリイの視線が注がれているのが分かるが、嘘は・・・吐いてないと思う。 それを聞くと、人の良さそうな主人はすまなさそうな顔をして一つの打開策を提示してくる。 「じゃあ、宿賃は半額でどう・・」 「はい!泊まります。喜んで泊まらせて頂きます!」 主人が言い終わらぬうちにカウンターに詰め寄って承諾する。 らっき〜〜っ やっぱこーこなくっちゃねぇっっ♪ あたしは差し出された記帳に、ほくほくとした表情で名前を記した。 って何つられて快く承諾しちゃってるのよぉぉ〜〜〜〜っっっ あたしが今の現状を思い出したのは、鍵を貰って部屋の前に佇んだ時だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しゃーないか・・・。 まさかここまで来て野宿ってのは嫌だし・・でもなぁ・・・ 「なぁ、リナ?部屋に入らないのか?」 後ろから声が掛かる。 当然それはガウリイなんだけど、諸悪の根元のくせにのんきなモノである。 「は・・入るわよ」 ドアノブに手が掛かるが、どうしても回せない。 これではガウリイに不審に思われてしまう。 う〜〜女は度胸よ!! 深呼吸をして、いささか乱暴にドアを開け放つ。 その部屋はなんの変哲もない部屋だったのだが・・・ ベットが一つしかない。当然だ。部屋はダブルなのだから。 でも、その存在が異常なほど気になる。視界の隅に入るそれが、やたらとあたしの動悸を早める。 期待というより不安。不安というより未知の恐怖がじわじわとあたしの中に広がってくる。 入り口で所在なさ気に佇んでいると、ガウリイはすたすたと一人で部屋の中に入って、荷物を降ろしていた。 「どうした?リナ?」 なーーんにも考えていないように・・・いや、実際何も考えていないんだろうけどね。 のほほんと尋ねてくる。 ・・・・そうよね。意識しすぎよね? このクラゲにそんな甲斐性ある分けないじゃない。 と思いつつも、何かに急き立てられるように、お風呂に入ってくると一方的に言って、二人だけの空間からそそくさと脱出した。 ・・んだけど、やっぱし上がったら部屋に戻らなきゃならないわけで。 また部屋の前で立ち止まってしまう。 しかもあたしは今パジャマ姿なわけで、さらに部屋に入るのを躊躇してしまう。 うう・・・さっさと入ってさっさと寝ちゃおう。 ドアを開けると、あたしより早く上がってきたガウリイがベットに腰掛けていた。その姿は湯上がりのせいか妙に色っぽい。 「リナか?遅かったな」 あたしに話しかける仕草や口調も、やけに艶やかに感じる。 「そ・・そそそっそう?」 うわずった声で答えながらも、自分を必死に落ち着ける。 だ・・・大丈夫よ。うん。大丈夫。 そう自分に言い聞かせて、平静を装いながらドアを閉めた。 閉まる音が異様に響く。――これで、外と中の空間が切り離された。 中にいるのはあたしとガウリイだけ・・・ どきどきどき・・・・ 鼓動が激しくなっていく。 だからっ意識しすぎなのよ!ガウリイと一緒の部屋なんて、今まで何度かあったじゃないっ! そう。別に変な意味ではないが、こんな風に一部屋しかないといわれた事は何度かあった。その時も何もなかった。 だから・・・・大丈夫なのよ。 「リナ・・」 「うぇぇえ?」 思わず変な声を上げてしまうと、ガウリイが吹き出す。 「お前さん、ガチガチだぜ?大丈夫だよ。そんなに意識しなくても。別に取って食おうってわけじゃないし」 あ・・・なによっバカにしてっ ふんっだっっあんたなんかに取って食われてたまるもんですかっ ぷいっとガウリイに背を向けて、彼がいるベットの反対側に乗っかる。 と、途端に太い腕が体に絡みついてくる。 「ちょっっなにもしないって言ったじゃ・・」 慌てて離れようとするけれど、すでに遅し、しっかとガウリイの腕の中に納められてしまっている。 「オレは取って食いはしないとは言ったけど、手を出さないとは言ってないぞ」 うるさいわねあたしがそう解釈したんだから大人しく従いなさいよ!! むきーっ!と、いくら暴れても藻掻いても、解放する気はないのか、一向に力が緩まない。 「落ち着けって。それよりさっき、どうしてあんなこと言ったんだ?」 う゛・・・それってやっぱし、恋人云々ってやつかな・・・? 「ホントの事じゃない。あんたはあたしの旅の連れでしょ?」 「『ただの』旅の連れなのか?」 少し拗ねた声を耳元で奏でる。 「〜〜〜〜〜っあんたは保護者なんでしょ!」 ガウリイの熱い吐息が耳に掛かるのが恥ずかしくて、声を荒げる。 「保護者は今日卒業した・・・・今は・・・」 そこで言葉を切ってしまうガウリイ。 ・・・なによっそこで止めないでよ・・・っ 不意に、どんなに暴れても解けなかった腕があっさりと解かれた。 え? あまりにあっさりと解かれたので、思わずガウリイの顔を仰ぐ。 あたしが見たガウリイは苦笑していた。 仕方ないといった表情で。 「今日はここまでな。明日も歩くんだろ?そろそろ寝よう」 そう一方的に言うと、ぽんぽんとあたしの頭に手を置いて、わしわしと撫でてくる。 「やめぇぇい!髪が痛むでしょーがっ!」 「はいはい。で、オレは床に寝るのか?それとも、一緒にベットで寝ていいのか?」 あたしの髪から手を放すと、蒼い瞳が覗き込んでくる。 ガウリイは、自分より何よりまず第一にあたしの意思を尊重してくれる。 元から優しいってのもあるんだろうけど、多分あたしのことを大切に扱ってくれているのだ。 あたしはそんな彼を好きになった。 ・・・仕方ないわね。 「いいわよ。このベット広いし」 そう、この大きさだったら、ガウリイと寝ても十分だろう。 あたしだけがぬくぬくとベットで寝る、ってのも忍びないしね。 「ありがとな、リナ。じゃお先に」 そう言うとガウリイはまたくしゃと髪を撫でて、ベットの縁に移動する。 多分、これもあたしへの気遣い。 そしてさっさとベットに潜り込んでしまう。 ありがとね。ガウリイ・・・ あたしも彼が寝ている反対側の縁に潜り込む。 さ、寝よ寝よ。 だ〜〜〜〜〜〜〜っ眠れない!! 寝返りを打つこと数十回。ど〜〜〜しても眠れない! 体は疲れているはずなのに、目が冴えまくっている。 大体、あたしは男と一つベットに寝てぐーすかぴーすか寝れるほど無神経じゃないのよ! う゛う゛しかも今夜はやけに冷え込む。 寒がりなあたしに拍車を掛けるように、傍らにはガウリイの存在。 これで眠れるほうがどうかしている。 ぐ〜〜〜っ耐えられない!! 今までは、カタカタと体を震わせながら我慢していたのだがとうとう我慢の限界に達した。自慢じゃないけど、あたしは堪え性ってのがない。 もう耐えられない〜〜! くるっとまた寝返りすると、この寒さにものんきに寝ているガウリイが目にはいる。 何処にいても眠れないなら皆同じ。こいつだけ爆睡してるなんて許せないわ! ずりずりとベットの中をガウリイの方へと移動していく。 え?何するのかって? 勿論♪人間湯たんぽ(はぁと) ぴと、とくっつけば予想以上に暖かい。 スリスリとあまりの暖かさにガウリイの二の腕に頬ずりしながら擦り寄る。 「あのなぁ〜リナ。保護者は卒業したって言っただろ?お前さん、ちゃんと解ってるのか?」 ・・・・え!? 寝てると思っていたガウリイがいつのまにやら目を開けて、困ったようにこちらを見ていた。 「あああああああああぁあんた!!起きてたの!?」 離れようとするが、またガウリイの腕が腰に巻き付いて離れられない。 「・・・オレもいちおー健全な男なんでね」 疲労が滲んだ表情と、熱を帯びた身体が彼の状態を伝えてきて、あたしの顔が夜目にも分かるほど赤らむ。 あたしの正面に向き合うようにガウリイが横向きになると、諭すような口調であたしに話しかけてくる。 「いいか、リナ。オレにも限界ってモノがあるんだから、あんまり虐めないでくれよ」 だからさっきもあそこまでで止めたのに・・・・ などという呟きまでが異常にいいあたしの耳に届いてくる。 「なによぉー 昼間は平気であんなことしたくせに・・・」 どうせ抵抗しても無駄だろうから、何もしないで彼の腕の中に収まっている。 それに・・・動くと寒いし。 「お前さん、怖かったんだろ?だから今日は反省も兼ねて手を出さないつもりだったんだぞ」 あ、・・・ちゃんと分かってくれてたん・・・だ? そう、ガウリイが嫌だったわけじゃない。ただ、怖かっただけ。 ガウリイがいきなり知らない男になってしまったような気がしたから・・・ 「・・・ありがと・・ね」 「気にするな。惚れた弱みってやつだ。今まで待ったんだし・・・。 リナが受け入れてくれるまで気長に待つさ」 「・・・いいよ」 「え?」 あたしからの思わぬ返事にガウリイが目を見開く。 「リナ・・・・?」 「・・・二度も言わせないでよっ」 自分の言ったことが恥ずかしくて、さらに赤くなる顔を俯かせる。 「・・・いいのか?オレがその気になったら、お前が怖がっても、嫌がっても、無理矢理抱いちまうかもしれないんだぞ?」 「もう怖くないよ」 「……なら試してみようか?」 「う・・・んっ!?」 あたしの声をガウリイの唇が遮る。 「はんっ・・・んっ・・うん」 初めての時とは全然違う。 あまりの激しさに翻弄されてしまう。 あたしの唇を割って彼がするっと入り込んでくると、そのままあたしの舌を絡み合わせ、隅々まで探ってくる。 「ん・・・ぁんっ」 ガウリイの袖をぎっと握り締めて、彼を受け入れる。 というより、彼のされるがままに舌を弄ばれる。 何度も・・何度も、角度を変え、向きを変えて息つく暇もないほど激しいキスを求められる。 「はぁ・・・はぁっ」 情けないことに、ガウリイが放してくれたときには力が抜けきって、へなっていた。 あたしの上にはガウリイ。 彼の金髪が背中から流れ落ちて、あたしから周りの視界を奪う。 金色のカーテンで覆われた視界に映るのは、彼の端正な顔だけ。 すべてを見透かすような空色の瞳だけ・・・ 体が・・・金色の籠に囚われる。 心が・・・蒼い瞳を持つ獣の虜になる。 時に、空気のように自然で、時に息さえ出来ないほど締め付ける束縛。 自由な・・・けど、一度捕まってしまったなら、逃げられない禁断の束縛―― あたしは・・それを自らの意志で選んだ。 彼に躰を・・心を囚われることを―――だから――― 「いいんだな?」 あたしの上から見つめる熱い瞳。 だから――― 「いいよ」 だから―――怖くない――― ガウリイだったら・・・・怖くない。 額に、頬に、瞼に、唇に、優しく降り落とされる唇を受け止めるあたしには、あのときみたいな恐怖感はなかった。 「愛してる・・リナ」 「あたし・・・も」 彼は柔らかく微笑んで、初めての時と同じくらいの優しい口づけをくれた。 それは・・・あたしとガウリイが新しい関係になる儀式―― 『ただの』旅の連れから・・・『特別な』旅の連れへと――― END☆ |