女 神 の 贖 罪


~鎮魂歌【レクイエム】~
眠れ・・・・女神よ――
静かに。安らかに。永劫に―――眠れ。
虚無となりし、そなたの閉ざされし未来よ。
無明の闇にて鎮めるがよい・・・・
歴史は女神を消し、新たな道を進み出す。
記憶もまた、それに同じ――・・・

夢幻となりて、儚く、燃ゆ・・・・


儚く・・・・・消ゆ・・・・








歴史は、新しき道を歩み始めた。
女神の犠牲により――
女神の贖罪が為に――
蒼き騎士は、守護者となりて、女神に己が剣を捧げることなく、
また、想いを寄せることなく、
その名前すら、呼ぶことなく、
記憶にのみ、その姿を留める事となる。



蒼き戦士は女神の抜け殻に跪き、純白の花を捧ぐ。
再び孤独な己が道を歩まんが為に・・・
書き換えられし過去を忘れぬ為に・・・





~another world story 女神の贖罪~








アトラスシティへと続く街道。
正規ルート逸れ、小高い丘を登ると、一本の大木。
その根本――そこにそれがあった。

小さな、一人の墓碑が。
それは静かに在り続け時を刻む。
風化していく石碑が時を過ごした証。
それ以外は何も変わらない。
この風景も、静けさも・・・・。




手に花束を握り、俯きながら歩く男が一人。
風が彼の長い金髪が舞い上げ、花びらを散らしていく・・・
男は迷わず街道を外れ、彼女の元へと向かう。
彼はその墓碑がそこにあることを知ってた。

木漏れ日の下。

彼女は静かにそこに眠っていた。
人知れず・・・・・・あの時から・・・


彼は墓碑から目をそらし、遙かな視線で空を仰ぐ。
蒼穹を見ていると、どこか空言のように思える。
それは全て彼の見せる夢のせいだった。
『あの時』から、夢を見るようになった。

暗雲すらない闇の世界。
そこで一人立ち竦む彼がいた。
天空であった闇に手を伸ばし、必死に何かを求めていた彼。
自分でも分からない。
悪夢と呼べる、しかし悪夢と片付けられる筈の夢。
何故、あんなにも生々しく幾度も彼を苛むのか―――

その答えは出たことなどない。
出るはずはないのだ。
自分はあんな体験などをしたことがないのだから。
けれど、目覚めると吐き気がするほどの絶望と孤独。
混沌と等しい空虚・・・

「帰ッテ来イ。・・・・待ッテルカラ・・・・」

限りなく優しい自分の声。
そんな優しい声音を奏でることが出来ないのは自分が良く知っている。
言った覚えもない。
なのに・・・・

「行ッテ来ルネ・・・・・」

返事があった。もう二度と聞くことが出来ない彼女の声で。

目覚めると、自然と涙が流れていた。


「感傷的になってるのかもな・・・・・」

自分の力が及ばず、目の前で命を落とした少女。
自分の命と引き替えに絶望を振り払い、再び世界を光で満たした少女。

あの夢が現実だとしたら、今は・・・・・なんなのだろう。


視線を下げ、一歩、墓碑に歩み寄った。

「お嬢ちゃん。また来たぜ。この日に・・・・・」

寡黙な彼女への挨拶。
彼女の命日であるこの日。
膝を折り、花を添える・・・・と、
先客がすでに来ていたのだろう。
墓碑に瑞々しい花が添えられていた。
彼女がここに眠っているを知っているのは、世界で二人。

無口な魔剣士と、この場に佇む彼だけ。

彼がここにいるという事はもう一人の剣士が捧げていったものであろう。
剣士と魔法剣士。
どちらも彼女を救えなかった。
見守ることしか出来なかった・・・・・

自分の無力を痛感したのはあの時が初めてだった。

相手はこの世を統べる魔王。
たとえ七分の一とはいえ、その力は絶対だった。
自分たちの力など無力に等しかった。
けれど、少女が立ち向かった。
たった一人で。

そして、勝利を収めた。自らの・・・・命と引き替えに。



「夢を・・・・見たんだ。オレと、お嬢ちゃんと・・・見たこともない連中と、バカみたいに騒ぎ立てて、見知らぬ土地を旅する夢を――」

瞳を伏せる。
夢の余韻を味わうが如く。

「綺麗な世界だったよ。・・・・泣きたくなるほどな。」


瞳を開いた世界は、冷酷で・・・・
けれど、いつ何時(なんどき)かつての戦友が敵として相見えるかもしれないこの世界に、彼らはそれでも生きていた。
しかし、そこに『勝つ』と豪語した彼女は・・・・いない。




「もう・・・・5年・・・・か。」



世界の救世主にとってはあまりにも似つかわしくない静かな場所。
いや、彼女にとってはそれが似つかわしいのかもしれない。
炎の如き気性の激しい彼女には。
誰も知らない、静かなここが・・・

「お前さん・・・・・・らしいのかもしれない。」

風が彼の金髪を攫い、舞を躍る。
言葉も風に乗り、やがて吸い込まれる。

蒼瞳を細め、静かに語りかける。

「お前さんとはほんの数日しか旅をしなかったけどな・・・・・
もっと、ずっと旅を続けたかったよ。」

かつて彼女に触れたように、墓碑に触れる。
冷たく、固い感触。
彼女の髪の感触とは懸け離れた質感・・・。
彼女が死んだというのは、こんな時、痛切に感じる。


『もぅっ触んないでよっ 痛むでしょ!』

「あぁ・・・・すまん」


彼女の声が聞こえたような気がして、謝りながら手を離す。
耳に残るような、記憶だけの彼女の声音。

「・・・・・・っ」

守れなかった。

守りたかったのに。

守れなかった。


守れなかった。


唇を噛み締め、手の皮を突き破るほど強く握り締める。
憤りを静め、彼女に向かって優しく微笑む。


「また来年来るよ。お嬢ちゃん・・・
いや、世界を救った天才魔道士、リナ=インバース・・・」


踵を返し、歩き出す。
独りで。

墓碑は静かに彼を見送った。
『早く忘れなさいよ』と。
記憶を失ってもなお、過去に捕らわれ続ける彼の背中を押すように。
彼の無事を祈るように――・・・

静かに。そっと―――・・・・




「待ッテルカラ、ズット・・・・」



全ては、女神の贖罪。

全ては、新しい歴史。

女神は、静かに眠る。



木漏れ日の、下で―――・・・・・







~fin~










ここは一つの重複世界。パラレルワールドの彼と彼女。
赤眼の魔王が復活した時、リナが自らの命と引き替えに不完全版重破斬を唱え救ったら…というお話です。
ガウリイとゼルは生き残り、毎年あの日に花を捧げに来てます。