樹海の糸。





















―――――時々思う事がある。
このまま手を離せば。
お互い楽になれるのではないかと――――




「リナ」
呼ばれてあたしは肩越しに振り向いた。
「……何?」
「宿屋。ここだろ?」
「―――あ」
ガウリイに言われて気がつくあたし。
―――とある町で夜、外の酒屋で夕飯を食べて宿屋に戻る所だった。
考え事をしていたせいかうっかり宿屋の前を歩き通りすぎてしまっていた。
後ろに数歩戻り、宿屋の入り口に向き直す。
ふわり。
彼の手が優しくあたしの頭をなでた。
「……何か―――考え事、か?」
「……ん」
あたしは曖昧な笑みだけ返した。



あたしが考えていたのは―――酒屋での出来事からだった。




「あの……魔道士さん、ですよね」
メニューを注文する時、そうふと声を掛けられた。10歳くらいだろうか。
可愛らしい女の子。こんな時間に居るところからどーやらここの酒屋のおかみさんの娘らしかった。
「…そう…だけど?」
「あの、もしトーム=バーソンという人に出会ったら、ここに帰るように言って欲しいんです。
きっとどこかの大きな町で傭兵をやっていると思うんで。お願いします」
「え、ちょっと」

突然そんなことを言われあたしは困惑した。
すると入れ違いにおかみさんが出てきた。困ったような表情で。
「ごめんよ。あんたも……あの子に頼まれたんだろ?トームに会ったら帰るように、って」
「あ、はい」
「トームってのは…あたしの亭主でね。あの子の父親なんだ。あの子が生まれた後すぐにこの町を出てね。
昔から傭兵に憧れていたから……風の噂ではおっ死んじまったらしいんだけどね。
なんとなくあの子にその事を言えなくてね、あたしも……。あの子は父親が帰ってくると信じてるんだ」
懐かしむように寂しそうに―――あたし達に、彼女のいないところでそう語った。



もう、居ないものなのに居ると信じている彼女。
その夢を奪わないように、情報を伝えないおかみさん。
それは――――町を出て、彼女らの目の前から彼が自ら離れたから出来る『希望』で。
そうでなければ。
成り立たない想い。




―――あたしは時々恐くなる。
自分の、隣に居る相棒への――――感情が。

気がつけばどうにもならなくなっていた。
彼の為に命を投げ出しても、世界を壊してもいいと思うまでに膨れ上がっていた。

何もかもが恐くなる。
世界よりも彼を選ぶ想いも。
彼が目の前からいなくなったらどうなるのかと言う不安も。
なら、決着をつけるためにも、想いを出してしまえれば良いのにそれすら恐い。
彼にそんな感情はない、とはっきり言われたら。拒まれたら。


一生懸命今は感情を押し殺している。
いつか耐えきれず壊れてしまう日が来るんだろうか。


―――ならば。


「んじゃあ、明日はセレンティアに向かうわよ。おやすみ」
あたしはいつもの通り部屋の前でガウリイに挨拶し、自分の部屋へ入ろうとした。
こう言う風に妙にもやもやした時は後で宿を出て盗賊いぢめをして。それで憂さ晴らし。
―――が。

ぐいっ。

ふいにガウリイに後ろから優しく抱きしめられた。
「ちょっ…!ガウリイ!何すんのよっ!?」
じたばたもがいてあたしは怒鳴る。


―――――時々思う事がある。
このままふいに別れれば。
宿を飛び出し、帰らなければ。
あたしは楽に――もし万が一彼に何かあったとしても、彼がどこかで同じ空の下生きているという『希望』を持ったままで、生きていけるのではないかと――――


「……あ、いや、おまえさん――――このままなんかいなくなりそうな気がしたから。なんとなく」
「………っ」
戸惑ったように、困ったように言う彼にあたしは言葉を失った。


最初は――――あたしが彼を追って旅をしていたのだ。
光の剣が目当て。
そしてその後は彼の為に魔力剣を探す旅。
いつだってあたしが彼といっしょにいたいと願ってきた。
逃がさないと―――想ってた。


「……いなくなっても、別に平気でしょ?今はいっしょに居る理由なんて別に無いんだし」
あたしは抱きしめられたまま、冷静を保とうとしながら―――彼のほうを振り向かず答える。

そう。
少し前彼は言った。
――――あたし達がいっしょに旅をするのに、理由はいらない、と――――


見えない糸で束縛しているのはあたしだとずっと想っていた。
恐くて、でもやっぱりそばにいたくて、彼を縛る。
いつでも縛ってるのはあたし。
だからあたしが望めばいつでもあたし達は別々の道を歩ける。
あたしが望めば、この夢は守れる。
けれども。


「……けど、いっしょにいちゃいけない理由も無いだろ?」
「――――」
そう言うとガウリイはゆっくりあたしを離して、あたしに後ろを向かせる。
声の通りで、やっぱり心配そうな、戸惑った彼の顔。

「……おまえさん、やっぱりまた、魔族のこととか、考えても仕方ない事考えてたのか?」
当たってもいないけれど、外れてもいない答え。
―――考えても仕方ない。わかってる。
だからこそ今のうちに行動した方がいいんじゃないかと想ってしまう。
―――けれども。

「リナ」
泣きたくなるほど優しい声。
いっしょにいたいと願ってしまう愛しい声。

「……別にっ……何も考えてないし、いなくなんないわよ。あたしは。
単に盗賊いぢめの事考えてただけよっ」
顔が火照ったりと言った彼への感情を極力抑えながら、なんとか軽口を叩くあたし。
なんだ、と安心したような、それはそれで困ったような―――そんな表情をし、ガウリイはあたしの頭をなでた。
その手がとても心地よくて。
あたしはそこでとりあえずその場は考える事をやめる。


―――前はいつも縛っているのはあたしだと想っていたのに。
結局縛られているのはあたし。
縛っているのはガウリイ。
特に彼は何も言わないのに、あたしも何も言えないのに―――優しさであたしは彼から逃れられない。
その声が。手が。
あたしを樹海に閉じ込めているのである。