風の向こうに 番外編 |
「pure question」 「はあぁぁぁ…………」 朝、顔を合わせてからずっと。物憂げな顔で吐き出される溜め息を聞き続けて気の滅入らない奴がいるだろうか。 俺はうんざりとした表情で窓際に座っている、書類上での上司に近づいた。 ちらりと出入り口の方に目をやると、無言で無責任なエールを送る同僚以下部下達のの姿が。 部隊の副官といえば聞こえは良いが、早い話が隊長であるこいつのお守り役なんだからな。 全く……どうせ、リナ絡みのことなんだろうが。 「おい、いい加減にしろ」 声をかけると、ゆっくり奴の視線が俺の方を向いた。 金髪碧眼、ついでに言うと長身。国一番の剣の使い手で、将軍。独身。 こうやって物憂げな表情で外を眺めている姿など、そのへんの優男の俳優よりよっぽど絵になっている。実際、こいつに憧れる貴族の姫は数多いが…… いかんせん、こいつの頭の中身は、たった一人の存在で埋め尽くされている。 おかげで俺の仕事は増える一方だ。 「なぁ、ゼル」 「……何だ」 「子供の作り方って、どうやって教えてやれば良いんだ?」 …………… 俺は、今何を聞いたんだ? 何かとんでもない発言を耳にしたような…… 「おい?」 俺の表情から勘違いされたことに気がついたらしく、奴は苦笑いを浮かべた。 「……一体どうしたっていうんだ?」 「実は、昨日のことなんだが……」 ****************** 楽しそうに通りを駆けていく少女の後を、ガウリイはゆっくりと追いかけた。 一度は失ったと思った少女―リナが、自らの意志で自分の元に戻って来てくれた。 これからは彼女を失う心配をする必要もない。ずっと一緒にいられる。 そう思うと自然に顔がほころんでしまうのを抑えられないガウリイだった。 「ん?」 興味の赴くままに視線を巡らせていたリナの足が止まっていた。視線はある方向に釘付けになっている。 ガウリイが近づいたことにも気がつかない様子で、リナは熱心にある人物を見ていた。 「リナ?」 「あ……ガウリイ」 「どうしたんだ?」 「あのね、あの人……」 リナの視線を追ったガウリイが見たのは、お腹の大きな女性だった。出産が近いらしく大きなお腹を嬉しそうに撫でながら夫と思われる男性と話している。 「あの人がどうしたのか?」 「どうしてあんなにお腹が大きいのかしら」 「そりゃ、お腹に赤ちゃんがいるからだろ?」 「赤ちゃんが、お腹の中に?」 何を当たり前な……ガウリイはそう思った。が、リナの育った環境に思い当たり、何気ない様子で尋ねてみる。 「あぁ。…それがどうかしたのか?」 「だって、人間の赤ちゃんって、コウノトリが運んでくるんでしょ?」 真顔で答えられ、ガウリイは固まった。 そんなガウリイの様子に気がつかず、リナは首を傾げて続けた。 「姉ちゃんにはそう教わったんだけど……だからね、あたしずっと赤ちゃんはコウノトリが運んできて、家の玄関に置いていくんだって思ってたの。 でも、赤ちゃんがお腹の中に入ってるんでしょ?だったらどうやってお腹の中に入るんだろ。赤ちゃんが入れそうな場所ってないんだけど…… ねぇ、ガウリイ。どうして?」 ****************** 話し終えたガウリイの顔を、俺はただじっと見つめていた。 「で」 口調がぶっきらぼうになるのは仕方がないだろう。何しろ、こんな深刻そうな顔で話した内容がこれなのだ。 出入り口の向こうでは笑い転げた連中の屍が転がっている。 「あんな純真無垢な笑顔を向けられるとどうも……なぁ。かといってあのままじゃあ……」 こいつの悩みの原因に思い当たり、俺をとうとう吹き出した。そりゃあ、そんな風に思っている相手に迫るわけにはいかんだろう。 しかし…… 「いい加減にしろ。こっちは切実なんだぞ」 「いや……まぁ、なぁ」 「やっと朝晩のキスに慣れさせたっていうのに……くそう。かといってストレートに言おうものならとんでもない事になりそうだし……とはいえ……」 本気で悩んでいるな。 見てる分には面白いが、このままではガウリイが使い物にならない。 ………仕方がない。 「お前自身で言うのは抵抗があるんだろう」 「あぁ」 「じゃ、アメリアに頼んでみるさ。女同士の方が話しやすいだろう?」 「おぉ!その手があったか!」 喜色満面でガウリイは立ち上がり、俺の手を握ってぶんぶんと振り回した。 「助かる!頼んだぞゼル!」 「分かったから、いい加減手を離せ!」 俺は男に手を握られて喜ぶ趣味はない!! ****************** 数日後。 俺は再びあの姿を見ることになった。 「ガウリイ?」 心なしか、前回よりやつれた気がするが……? 確か、昨日アメリアがあいつの家を訪れたはずだ。そしてリナの誤解を解いたはずだが…… 「どうした。『ガウリイなんて不潔よ!』とでも言われたか?」 「…………それなら良かったんだけどな…………」 地を這うような声で言いながら、ゆらりとガウリイが顔を上げた。 うっ……… 背筋を冷たい汗が流れ落ちる。何なんだ、この威圧感は。 「この国の性教育はどうなっているんだろうな……なぁ、ゼル?」 「俺に言うな! ………何があったんだ?」 「…………あのな…………」 ****************** ガウリイは、緊張していた。 今日、ガウリイが仕事中の間にアメリアが来ることになっている。そして、妊娠に関する正しい知識をリナに教える手はずになっていた。 『任せてください!正義の名の下に、私が必ずやリナさんに正しい知識を伝授して差し上げます!』 自信たっぷりにアメリアはそう宣言していたが…… 真実を知ったリナがどんな反応をするのか、楽しみのような不安のような、そんな気持ちを抱え、ガウリイは家の扉を開けた。 「ただいま」 「ガウリイ……」 家の中から聞こえてきた弱々しい声に、ガウリイは心臓を鷲掴みにされたような気分を味わった。 彼女の声がしたのは、台所。まさか怪我でもしたのか!? 「リナ!」 慌てて飛び込んだガウリイの前に、丸々としたキャベツが飛び込んできた。そして困り果てた顔で佇んでいるリナ。 「ガウリイ、どうしよう……」 「?????」 リナが持っているのは包丁。そして台の上にはキャベツ。 ………切り方が分からなくなったのか? 人間の食べ物など作ったことのないリナだったが、最近めきめきと腕を上げていた。彼女の手料理を食べるのが一番の楽しみでもあったのだが、今日は全く手がつけられていないらしい。 「どうした?切り方が分からなくなったのか?なら……」 ガウリイがキャベツを切ろうとした瞬間。 「駄目ぇっ!!」 「うわっっ!!」 いきなり飛び込んできたリナが、キャベツを抱え込む。もうちょっとでリナを傷つけてしまいそうになってガウリイは青くなった。 「あ、危なかった…… おいおい、一体どうしたんだ?危ないだろ」 「だって、もし中に赤ちゃんがいたらどうするの!?」 「……………はぁ?」 「アメリアが言ってたんだもの。赤ちゃんはキャベツの中から生まれるんだって。 だから、困ってたの。もしこの中に赤ちゃんがいたらどうしようって。包丁で切って、もし赤ちゃんを傷つけたりしたら大変でしょ?でもお料理しなきゃいけないし…… ね、どうしたら赤ちゃんがいるか、分かるかしら?後ね、ガウリイ……ガウリイ?」 ****************** 俺は、固まった。 ガウリイはため息をつきつつ先を話す。 「とりあえず、店で売ってるキャベツの中に赤ん坊はいないって言って納得させたが……まさか、こんな事になるとはな……」 「そ、それは……」 そこまで言うのがやっとだった。 こらえきれずに笑い出した俺をガウリイがジト目で睨んだが、ふっと意味ありげな笑みを浮かべた。 「そんなに笑ってていいのか?」 「……何がだ」 「お前忘れてるな。 リナにそう教えたのは、アメリアだって事」 「!」 「ついでに教えてやる。キャベツの中の赤ん坊が母親のお腹に入る方法は、『正義の心を持ってすれば不可能はありません』だったそうだ」 「………………」 ガウリイに指摘された事実に俺が固まる。と、ガウリイの奴は俺を指さしておかえしとばかりに大笑いしやがった。 しかし……まさか、アメリアがそう考えていたとは。 俺自身思ってもいなかった展開に頭が思うようについていかない。 「…………どうするんだ?」 「俺が知るか。 って言えればいいんだが……なぁ」 はあぁぁぁぁぁ………… 二人そろってため息をつきながら、俺は天を仰いでいた。 ちなみに。 彼女たちが真実を理解するまでに俺達がかなり苦闘する羽目になったことは言うまでもない。 とりあえずEND? *********************************************** 150000ヒットおめでとうございます! 番外編、となっていますが、これの本編はまだ私の頭の中にしか存在していません。 各キャラの設定は リナ:戦乱で両親を失い、ハーピィの群れで育った。人間の言葉は話せ るが一般常識の知識は幼稚園児並。一応16,7歳くらい。 ガウリイ:ガウが住んでいる国の軍隊所属。将軍の一人で独身、一軒家で一 人暮らし。25,6くらい? ゼル:ガウの副官。幼馴染み。22,3歳。 アメリア:ゼルの婚約者。(この話の設定では)18歳。 ルナ:リナの育ての親。純粋のハーピィ。 リナにとって母であり姉。一応リナに人の言葉と知識を教えてい る。(間違いも多い) ……こんな所でしょうか。 何しろ番外編が先に出来てしまったので、これからどう変化するか分からないし、それ以前に書くかどうかも分かりませんが。 こんなかーーなり半端なお話ですが。 ちょっとでも楽しんでいただければ幸いです。 Lily |