無 題




















 この日のために結構がんばった。
 一昨日この街についてから、以前来た時に知り合ったセリーズの家で台所を借りて。
 材料もいいものを選んで、ゆっくりじっくり時間をかけて作ったのに。

 外は雨。
 しかも風が強い。

 言い直そう。嵐だ。

 ガウリイは勘がいいから気付かれないようにと彼女の家に預けておいたのがまずかった。
 これじゃあ取りに行けない。


「リナ、あきらめろよ。
 また明日会いに行けばいいだろ。」
「・・・・・・」
 窓の外を眺めて無言なあたしにガウリイが溜息をついた。
 ガウリイには昨日一昨日とセリーズとおしゃべりに行っていたことになっている。
「リナ。しょうがないだろ?」
「・・・わかってるわよ。
 寝るから出てって。」
 今日じゃなきゃだめなのに。
 ガウリイはあたしの頭をくしゃっと撫でると部屋から出て行った。
 あたしはしばらく待って、窓を開けると呪文を唱えて外に出た。


「うきゃあぁぁぁぁ」
 翔封界で飛んでいたのだが、風が強すぎて飛ばされてしまった。
 しょうがないから術を解いてあたしは歩いていくことにする。
 マントをしっかりと被って。
 吹き付けてくる風と雨に、ほとんど目を開けていられない。
「絶対に、今日渡すんだからーー!」

 ごおうっ

「うひゃあ」

 がつ

 ひゅうぅぅぅ がしゃああああん

「うわ、なんだ!?」

 一際強い風にのって飛ばされてきたどこぞの店の看板を、姉ちゃん仕込みのアッパーで回避した。
 回避したんだが、あたしの殴り上げた看板は誰かのお家の二階の窓に突っ込んでいってしまった・・・。
 あたしは悪くない。
 悪くないけど、万が一弁償させられてはたまらない。
 あたしは全力をもって先を急いだ。
 全く風の強い日にはああいった看板はきちんと固定しとくかしまっとくかするのが常識ってもんよね。無事だったから良かったものの、大怪我するとこだったじゃない。
 後もう少し。
 この先の橋を渡ればセリーズの家はすぐ。
 飛ばされないように1歩1歩踏みしめて、あたしは先に進む。
 ああ、でも。
 神様なんかあたしに恨みでもあるんですか?
 けんか売ってんだったら買うわよ!!
「何で橋がないのよ!!!」
 昨日までそこにあったはずの橋はなく、増水した川はものすごい勢いで流れている。
 流されたか・・・。
「ここまで来て・・・」
 どうしよう、飛んだらまた風で飛ばされちゃうし。
 泳いで渡るなんて絶対無理だし。
「―――あきらめてたまるもんですかっ!!」
 このリナ=インバースの行く手をこの程度で遮れると思ったら大間違いよ!!
「霊呪法!
 ゴーレム!ここで倒れて!!」

 ずどどご

「ふ、これでゴーレム橋の出来上がり!
 ザマアミロってのよ!!」
 あたしは意気揚揚と倒れたゴーレムの背を歩いて川を渡る。

 どんどんどん
「セリーズ!!」
 あたしに扉をどかどか殴られて、セリーズはあたしを中に入れてくれた。
「リナさん。すごいですよ。
 今タオル持ってきますから。」
「ああ、いいわよ。
 どうせ帰りもこうなるんだし。
 それより・・・」
 濡れ鼠なあたしにセリーズはタオルを用意してくれようとしたが、早く帰らなければ。
 あの過保護な保護者に気付かれる前に宿に戻りたいし。
「ああ、もう準備してありますよ。
 濡れないようにきっちり包んどきましたから。」
 セリーズは女のあたしから見ても魅力的な笑顔で籠を差し出した。
 その中にはあたしがこの日のために作った、焼き菓子がしっかりと梱包されている。
「リナさんのことだから、絶対に取りにくると思って準備しときましたよ。」
「アリガト。」
「いいえ。
 がんばってくださいね。」
 あたしは赤面した顔を押さえてセリーズを睨んだ。
「じゃ、気をつけて帰ってくださいね。」
「じゃあね。
 ありがとー」
 あたしはしっかりと籠を抱えると、再び風の吹き荒れる外に出た。
 早く帰ろう。
 きっとガウリイはびっくりするだろうな。
 あたしはゴーレム橋を渡る。
 でも、足を踏みしめた瞬間妙な感触があったと思うと、足元のゴーレムはあっさりと崩れた。
 ――落ちる
 濁流に飲み込まれる瞬間、籠をしっかりと抱きしめたあたしはガウリイの声を聞いたような気がした。



 あれ?
 あたし、・・・
「気がついたか、リナ。」
「がうりい?」
 あたしは宿に取ったあたしの部屋に寝かされていた。
 起き上がったあたしを見るガウリイの瞳は鋭く、怖い。
「お前、何て無茶するんだ!
 俺がいなかったらあのまま川に流されてたぞ!!」
 ああ、そっか。
「こんな日に外に出るなんて、何考えてんだ!
 心配したんだぞ!」
 あたし、川に落ちたんだ。
 ガウリイに助けられたのか・・・
「・・・・・・籠は?」
 あの籠がない。
「籠?」
「あたしが抱えてた籠!」
 うそ・・・流されちゃった?
「リナ?」
 ガウリイが心配そうに覗き込んでくる。
 ああ、ガウリイに上げるはずだったのに・・・
 あんなにがんばって・・・
「お、おい。泣いてんのか!?」
 泣きたくもなるわ。
 何日も前から考えて、悩んで。
 今日渡して気持ちを伝えるつもりだったのに・・・
「リナ、リナ」
 ん?
 あれ、あの青い包みって・・・
「ガウリイ、あれ、あの・・」
「へ?あ、ああ。あれか。
 お前助けた時に近くに落ちてたんだ。川の縁に引っかかっててな。
 しっかり包まれてるし、明日役所にでも届けようかと。」
 あたしはベッドから降りると、台の上のその包みを手に取った。
 間違いない。
 あたしのだ・・・よかったぁ。
 セリーズがしっかり梱包してくれてたおかげで、水は染みてないみたいだし。
「それ、お前さんのか?」
「うん。ハイこれ上げる。」
「俺にか?」
 あたしは後ろから覗き込んできたガウリイにそれを押し付けた。
 やっぱりガウリイびっくりしてる。
 目がまん丸だ。カワイイ。
「えっと、あの。」
「今日、ガウリイの誕生日でしょ。」
「――あ!
 ありがとう・・・」
 よかった、ガウリイが笑ってくれた。
「あのね、ガウリイ。大好きだよ。」