触 感









「今日はここで休みましょ。野宿になるけど仕方ないわ」
 あたしは連れの剣士にそう告げた。いつものことだ。彼は頷いて火を熾す。
 今は夏。深い森の中は虫も多い。あたしは彼がそうしている間に虫が嫌がる煙を出す木や草を集め、あたし達の夜営地を取り囲むように四箇所で、それを焚いた。
「何してるんだ?」
「虫除けよ。気休めにしかならないかもしれないけど。ガウリイだって蚊に刺されるのは嫌でしょう」
「まあなぁ。去年だったか、二十箇所も刺されて全身痒かったし」
 もう、辺りはかなり暗い。火を熾すとそこはとても安心できる場所って感じになるけれど、森の夜闇は余りに深く、却ってあたし達を隔絶させた。
 いつもの野宿と同じ様に森でガウリイが鹿をしとめ、あたしがそれを調理して夕食を済ませる。
 ガウリイは当たり前のように、そしていつものように自分から見張りをしようとした。
「いいわ、今日はあたしが見張りをする」
「オレがやるよ。お前さん、疲れてるだろ」
「いいのよ。何かまだ眠れそうにないし。眠くなってきたら代わってもらうから先に寝てくれない?」
「ああ、解った。じゃあお言葉に甘えて」
 ガウリイは柔らかい草の上に横になり、目を閉じた。
 ・・・・・・本当のところ、あたしはわざと道のりやペースを考えて今日は野宿になるようにした。
 最近、あたしたちはサイラーグで死んでもおかしくないような事件に巻き込まれた。正確に言うならあたしの事情にガウリイやアメリア、ゼルガディス、シルフィール達を巻き込んだようなものだった。その事件の最中、ガウリイがさらわれた。あたしをおびき寄せる為の餌として。
 その事件であたしはもう少しで彼を失うところだった。
 その頃は無我夢中だったけれど、こうしていつもの日常に戻った頃、再びそれが蘇った。悪夢という形で。
 毎夜あたしは目が覚める。夢の中で、彼を失う事への不安で一杯になって。サイラーグでのことは全部夢で、彼はもうこの世にはいないのではないかと。
 だから今日は野宿がしたかった。夜、彼が横で眠っていれば安心できるから。
「・・・・・・ガウリイ?」
 声を掛ける。彼が眠っているかどうか確かめる為に。
 きゅっと三秒ほど彼の鼻をつまんでみる。目覚めない。・・・・・・目覚めないでよ。
 あたしはグローブを外し、素手で彼の金の髪に触れた。さらさらとした感触。彼の額、頬、首を手でなぞる。形の良い冷たい耳をたどり、やわらかな耳朶に触れる。
 彼は今はいつものプレート・メイルを外し、眠る間だけ上はタンクトップを着ている。襟ぐりから覗く鎖骨がとても、綺麗だった。
 更にしっかりとした肩に触れ、最後に彼の手を、取った。
 彼のしていたグローブを外す。彼の人柄そのものの優しくて、大きな手。
 あたしは触って確かめたかったのだ。彼が確かに今ここにいるということを。それとも、もしかしたらずっと前からあたしはこうしたかったのかもしれない。
 彼の手の指の一本一本に触れる。
 ・・・・・・あたしといたら、また彼を巻き込むかもしれない。また彼を死にそうな目に遭わせるかもしれない。
 でも、あたしは我が侭だから。自分勝手だからあんたから言うまであたしの保護者辞めさせてなんかやらないんだから。あたしの方から解放してあげたりなんかしない。
 沢山の人を巻き込んで不幸にした。でもあたしは自分が幸せになることを躊躇ったりしない。過ぎた時はもう戻らないのだから、あたしに出来るのは今を精一杯生きることだけ。
「手放す気なんか、ないんだから」
 あたしは彼の手を持ち上げて頬を寄せた。愛しいものにするように。
「あの・・・・・・そういう風にされると、いくらオレでもちょっと・・・・・・」
 !ガウリイの声っ!?
 彼が起き上がる。ぽりぽりと頭を掻きながら。
「いつ・・・・・・起きたの?」
「お前さんが額に触れたくらい、かな」
「・・・・・・っ」
 あたしの顔が朱に染まってゆくのが自分でも判る。彼がこれを焚き火の所為だと思ってくれることを祈った。
「一応、オレは男で,お前さんは女で、今は夜。で・・・・・・ここは森の中で人気も無い、と。自分の自制心に自分で感心するよ。ちょっとやばかったな」
 あたしはぎくりと体を強張らせる。でも、次に訪れたものはいつも通りの、あたしを安心させてくれるガウリイの声と手。彼は優しくあたしの髪を撫でた。
「何か怖いか?何が怖かった?」
 この声に嘘はつけない。
「・・・・・・あんたがいなくなるのが」
「大丈夫だって、傍に居るから」
「いつまで?」
「一生か?」
 大事な筈のことを事も無げに言う。
「・・・・・・それは、保護者として?」
 小さな声で聞いたから、ガウリイには聞こえなかっただろう。返事は無い。
「やっぱり、お前さんが寝な。最近あんまり寝てなかっただろ」
「・・・・・・判ってたの」
「まあな。お前さんが頼ってくるまで言うまいと思ってたんだが」
 あたしは横になる。彼はまるで父ちゃんのように繰り返し繰り返し、あたしの髪を撫でた。最近は全く眠気が来なかったのに、それがあんまり気持ち良くてすぐに眠くなる。
 さっき、ガウリイがちょっと気になるようなことを言ったことも、彼に触れたかったあたしの気持ちも、今はまだ考えなくていい。
 この優しくて気持ちの良い手はまだあたしの傍に居るから。
 あと、もう少しだけこのままで・・・・・・






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♪あとがき♪
 恥ずかしい(滝汗)。子供と大人の境界線に居るリナちゃんをお届けします。
 「めりーさん」と申します。
 さて問題です。この羊が本当に書きたかったのはどこでしょう(笑)。
 時期的には「死霊都市の王」のちょっと後くらいです。
 中途半端ですか?生殺しですか?
 わたしはこれくらいホワイトなガウが好きです。いえ、ブラックも見てて楽しいですけど。
 この小品はこのサイトでいつも素敵なガウリナと、それを書く場を作っていてくださる飛鳥さんにお送りしたいと思います。悲しいですが返品も可です!よろしければまた書かせてください。
 読んだ方、感想など頂ければ幸いです。
 それでは、また。